妄執と炎獄の結末

@satelitecommander

前編

「三丁目で火事が…………」

「大丈夫ですか?!いま救急車が……!!!」

「中に1人取り残されてる!!!」

「消防車が………………」

周囲が騒がしい。無理もない。夕方の人が家に帰り出す頃に火事が起きたのだ。当然騒ぎになるだろう。

そして炎の中に3人。左腕と両足に火傷を負い力なく倒れ伏す女と、喉と両手を焼かれ叫ぶことすら出来ずに悶える男。そして、男にすがりついて泣き喚く女。

(どうしてこんなことに……あぁ、あたしがやったんだった……。)

そんなことを火傷の痛みと熱で朦朧とした頭で考えながら、焔は意識を炎によって叩き落とされた。


檻枷 焔(おりかせ ほむら)は孤独だった。両親からは望まぬ子として冷たく当たられ、怒らせないように静かに過ごすしかなかった。周辺からは虐められ、陰気で小心者な歪んだ子供に育っていった。

唯一の心の支えは幼い頃にいじめを止めようと立ち上がってくれた年下の男の子で。しかして声を、感謝を伝える度量もなく。感謝は次第に歪んだ愛情に、歪んだ愛情は憎悪と殺意へと捻じ曲がっていった。

そして時は流れ、幼かった少年も自立しやがて人に告白するまでに時計の針が進み。

焔は自らの心の支えとしてきたモノが他人にその身を委ねようとする瞬間を見てしまい……

歪に捻くれた憎悪と愛情は、ついに爆発のときを迎えてしまった。焔は放火という最悪な形で憎悪を爆発させてしまい……家に火を放った瞬間に運悪く吹き込んだ強風によって自らに火が燃え移り、家ごと自らを焼いたところで意識を引き戻される。


「そろそろ起きて欲しいのだけれど……?回復魔術は人並みにしか出来ないのよ、私。」

「ッ!!!」

(ここは……!!)

甘ったるく、耳にまとわりついて脳の奥に手を伸ばそうとするような声を聞いて焔は目を覚ました。自分が今置かれている環境を理解出来ないまま、伸ばされた手によって強制的に左を向かされる。

「まぁ……あの外傷から目を覚ましてくれたのなら及第点かしら。」

「あん、た、は……」

焔は必死に声を出そうとしたが、掠れた消え入るような声しか出ない上にそもそも目に飛び込んできた情報のせいで声が出ないことすら忘れていた。

焔の左に「浮かんでいる」女。紫色の肌に世の女性が理想とするモデル体型。頭には2本の角と、腰から蝙蝠のような不気味な翼を生やし、尻尾を揺らめかせる、なにをどうしたってこの世のものとは考えられない女が浮かんでいた。

「さて……目を覚ましてくれたところ悪いのだけれど。」

「貴女は死ぬわ。知ってる?両足と左手に深度Ⅲの大火傷。骨まで焦げかけていたそうよ?私でも治せないんだから相当だわ……」

まあ、私は回復魔術は"人並み"程度なのだけれど、と頭を横に振る女。

まるで意味がわからない。魔術?焔は死ぬ?全てが繋がらないまま、疑問は女の次の発言によって全て押し流されていった。

「貴女、人間をやめてしまわない?」

「コンティニュー……というのよね?私知ってるわ。確か銀貨を入れ直して……」

「ああ違う、そんなことはどうでもいい。とにかく、私は魔物娘という種族。人間の理屈からも常識からも外れた、ステキで強力な種族。貴女もソレにならない?」

「このままじゃ貴女は死ぬし、ソレは私たちのポリシーに反する。ソレに……」

貴女も、このままじゃ死にきれないでしょう?と舌を出して笑う魔物。その姿はまさしく、人を弄び地獄に叩き落として嗤う悪魔のようで。

「な、る……」

「喋り忘れてた。私は黄金郷の淫魔、堕落と淫靡の烙印。ゼバール・ゼル・エルドラド。以後お見知り置きを……あら?」

必死に力を振り絞り、右手をエルドラドに伸ばす焔。

それを見てエルドラドは微笑み……

「決まりね。それじゃあ貴女はたった今から人の理の外の存在♡そうねぇ……嫉妬と妄執の炎、牢獄と禍炎の権化、ウィル・オー・ウィスプとしてコンティニューしてもらおうかしら」

エルドラドは谷間から金色の炎を檻と炎をあしらった紋様のコインを取り出し、包帯をすり抜けて焔の左手にコインを投入した。

その瞬間。

「ーーーーーーーーーー!!!!!」

焔の全身が激しく蒼く燃え盛る。その炎は、まるで消えかけた最期の命の灯火を上書きして飲み込むようで。

そして火が消えた頃には……

そこには陰気で小心者で、内側に歪みと捻れを抱えた女の姿はなく。

蒼色の炎を纏い、檻をあしらったドレスに身を包んだ下半身が丸い檻の、死人のような青白い肌の女が「浮かんで」いた。

「ハッピーバースデー♪……と、いうのよね?こういう時には。」

「……」

焔は自分の身体を見る。骨まで焦がした左手は、蒼い炎の塊として再構築され。

失われた両足は、檻として生まれ変わり。

そして……体中を駆け巡る、今までに体験したことのない気持ちいい力を感じた焔は、大きく深呼吸をした。

「はァ〜〜〜〜」

「それじゃあバースデープレゼント。まだこの世界じゃその姿では出歩けないから……この指輪をあげるわ。」

そう言って手渡されたのは、消火器の栓のようなものがついた指輪。焔はそれを自分の左手の薬指に嵌める。まるで、最初からそうあるべきだったかのように。その瞬間、焔の左手の炎が内側に引っ込み、足が2本の所謂ヒトの足に変化した。

「生まれ変わった貴女にやって欲しいことがあるの。」

「暴れて。とにかくなんでもいいから……燃やして焼いて焦がして火を付けて。その栓を引き抜いたら貴女は元の姿に戻れるから……ハデに、やっちゃいなさい?」

時が動き出す。

善意によって作られた悪意の塊が、産声を上げて動き出した瞬間だった。

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