10:影喰らいと呪いの少女2

「影喰らいは、呪いを緩和させるために君の魂の一部を取り入れて、自分の魂を君に混ぜた。それに、加護を与えるだなんだって言って、君が成人した日に何故か ペカトール家に自分の純粋な部分の魂を一部だけ捧げちまったんだ」


「魂の一部を……?」


「妖精は魔力の塊だ。不純物があれば力が弱まるし、純粋な部分を減らせば更に力は弱まっていく。しかも呪われた魂が混ざってるとあれば、いくら隣人妖精でも魔法の制御もしにくいだろうな」


「でも、呪いは解けるんですよね?」


「君の呪いを解くには……影喰らいを魔石かなにかに押し込めて、君の呪いを全て移すしかない。それか、君が影喰らいの呪いを全部背負って死ぬか……」


「じゃあ、わたしを……」


 呪いを解けばレゾは救われる。わたしが呪いを引き受ければ……そう思って唇を噛みしめると、そっとわたしの唇に、フリソスの手袋をしていないほうの指が触れた。その触れ方があまりにも優しくて驚いていると、今までで一番優しい表情で彼は微笑む。


「自己犠牲の精神は美しいかもしれないが、まだ決めつけるのは早い。影喰らいが君の使い魔ファミリアになって、魂を共有すれば呪いを抱えたままでもあいつは本来の力の八割りくらいは取り戻せるはずさ」


 話終わったフリソスが組んでいる足を下ろして格子窓の方へ目を向けた。


「人のフリをして、君が成人するまで待っていたような変わり者が影喰らいってやつだが……ほら、迎えが来たみたいだ」


わずかだけれど、木々が折れる音と地面の割れる音が部屋に響いてくる。


「カエ……せ。Wna i byth faddau i ti. Rwy'n melltithio'r dewin sydd wedi'i alltudio o lif amser.」


 漆喰の壁が薄い氷を割るように思えるくらい簡単に割れていく。ひび割れから菫色と黒が混ざり合った炎が吹きだし、部屋の床へとどんどん広がっていく。


「参ったな。話し合いは……してくれそうもないみたいだ」 


 そう言ったフリソスは、ローブを翻して後ろに飛び退いた。

 わたしを抱えて逃げることも出来るのに、それをしないってことは……本当にわたしを囮にするつもりはないみたい。


「おーおー、お怒りだねぇ影喰らい。あんたが人間の娘を攫うなんてありえねえとは思っていたが本来の姿に戻るほど怒るとは思わなかったぜ」


 さっきまでの優しげな口調と表情がフリソスから消えて、挑発するように片方の唇を持ち上げた表情でそう述べた。


「君をあいつの元へ戻してやりたい気持ちはあるが、俺も仕事なんだ。みたいな不慮の事故でもないと引き下がれないんだよ」


 それから、わたしを見て小さな声でそう呟く。まるでレゾに聞かせたくないみたい。


「そんな……」


 魔法を使って、この人を攻撃しろってことなのはわかるけれど……中庭の大木をねじ切ったときのことを思い出して体が固まる。

 手加減なんて出来ないし、殺してしまうかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、部屋中を覆い尽くすような濃い菫色をした炎が、わたしを避けるようにして部屋を覆っていく。フリソスの背後にある壁も焼き払い、棚も天井もボロボロと崩れて真っ黒な灰に変わっていく。


「遠慮しなくていい。俺を止めないと、君の大切な人が死んじまうぜ?」


 そういって、フリソスはわたしから更に離れて、さらに二、三歩後ろへと飛び退いた。


「穿て、貫け、焔の矢」


 それから、炎の魔法をレゾに向かって放つ。どうみても人間にしか見えないのに耳長族みたいな魔法を使うなんて……。

 レゾは飛んできた炎を体に受けて呻き声と呪いの言葉のようなものを吐き出している。人の顔みたいな部分を形作った炎がわたしを避けたままフリソスの方へと襲いかかるけれど、フリソスは自分の周りに生み出した炎でレゾの黒い炎をかき消した。


「待って!」


 火傷するかもしれない。そう思ったけれど苦しそうに呻くレゾを放ってはおけなくて、つい駆け出す。フリソスの魔法も放たれているけれど……腕輪アミュレットには魔法からわたしを守る魔法もかけてあるって聞いていたから怖くない。


「レゾ! ねえ、わたしは大丈夫ですから!」


 フリソスの放った魔法に思い切って飛び出しながら、わたしはレゾの体の一部に抱きついた。

 体に触れる直前、フリソスが放った炎の矢は消え失せた。レゾに抱きついた体の方も、服は少し焦げたけれど、体はどこも熱くない。


「籠の鳥……オレがわかるのか」


「わかるにきまってるでしょう! 帰りましょう! わたしたちの家に」


 表情が分からないはずなのに、レゾが困ったような表情をしたのがわかる。

 レゾの炎はかき消されて、フリソスの紅い炎はレゾを呻かせている。どちらが有利なのか、わたしにもよくわかった。だから、早く帰りたい。そう思って、声を荒げた。


「いいねぇ。心が通じ合う瞬間ってやつ? でも、これくらいの抵抗じゃあ帰してやるわけにはいかないんだ。悪いな」


 わたしに向けていた表情とは違う。高笑いをしながら挑発を口にするフリソスだけれど、わたしに通じるようにヒントをくれているのもわかる。

 レゾに……本当の力を取り戻させてあげれば良いんだって……。


「なあ、影喰らい! あんたのせいで呪われたこと、俺はそこの娘に話しちまったぜ?」


 わたしは、ミレンドラに聞いていたから知ってる。を作ると、感情も共有してしまうんだって。彼がわたしとそれをしたくなかったのは、きっとわたしを呪ったのが自分だとまだ言う勇気が持てなかった殻なんだって今ならわかる。


「結びを……結びを使えばあなたはもっと強くなれるんですよね? わたしがあなたから奪っているものを返せるって……目が四つの人から聞きました」


「恨んで、ないのか? オレのせいであんたは呪われたのに」


 大きな大きな炎の中に、いつも見ているレゾの顔が浮かび上がった。見開いた満月みたいに綺麗な金色の目は、不安そうに揺れている。


「怖くないから! 恨んでないから……わたしと一つになって」


 彼の炎の中に両腕を入れる。そのまま、彼の顔の下、体があるであろう部分を抱きしめようと両腕を閉じると、そこには確かに体のようなものがあった。


――わたしは視るRwy'n syllu.瞬く闇の中にあるMae golau llachar yn y煌めく光を tywyllwch pefriol.

――わたしは識るRwy'n meithrin gwybodaeth.混ざり合った魂をYr enaid cymysg


 わたしは、呪文を唱える。正しい儀式は知らないけれど、頭の中に浮かんでくる言葉を心に任せて口に出して唱える。


――オレは君に明かすByddaf yn dangos y gwir i chi一つになるためのMeddu ar y penderfyniad 覚悟をangenrheidiol i ddod yn un.

――オレは与えるRwy'n rhoi i chi籠の中の鳥がDiweddglo hapus幸せになる結末を。gyda'r aderyn cawell.


 彼の言葉がわたしに重なって、それから自分のものじゃない激しく怒るような気持ちが流れ込んでくる。彼は彼で不思議そうな表情をしていたから、きっとわたしが本当に彼を恨んでないことが伝わっていたのかもしれないってわかって少しだけ恥ずかしくなって目を逸らす。


宵闇のhyddhewch y cadwyni檻よRhyddhewch y cadwyni o'r cawell鎖を放て a wnaed yn nhywyllwch y nos.


 いつも通りの姿に戻ったレゾがそう唱えると、辺り一面の影が一気に彼の手に集まってくる。フリソスの放っていた炎が強かったからか、炎に照らされていたたくさんの影がいきなり全て消えた。

 音が消えた気がして、すぐに黒い炎を纏った無数の鎖がフリソスの体を貫くのが見えた。

 フリソスの体を貫いた鎖たちは彼の体を好き勝手引き裂いてから消えていく。



「ククク……これが影喰らいの本来の力……」


 どさりと音がして、離れた位置に倒れたフリソスは痛々しい姿になりながらも、口元には笑みを浮かべていた。


「全盛期までとはいえないが……な」

 

 倒れているフリソスを案じる様子もなく、レゾはそれだけいうと腕を大きく振ってくすぶっている黒い炎をかき消す。


「悪役を倒してハッピーエンドだ。さっさと帰るべき家に帰りな」


 ゲホゲホと咳き込みながら、フリソスはかろうじて繋がっている腕を使ってあおむけになり、疲れた表情をうかべてそういった。

 思わず、駆け寄りそうになるわたしをレゾが止めるのを見て、満足そうに笑ったフリソスは口元の血を袖で拭ってこちらへ視線を送る。


「一つだけ教えてやる。妖精狩りの犯人は俺じゃない。気をつけておけよ」


「……あの、ありがとうございます」


 頭を下げたわたしをレゾが抱き上げてから視界が菫色に染まってしまったから、フリソスがどうなったのかはわからなかった。

 アレだけの傷を負ったなら、どんなすごい魔法使いでも死んでしまっていると思うけれど。せめて……弔ってあげて、祈りの一つでも捧げてあげれば良かった。

 レゾの胸に顔を埋めて、わたしはそっと彼が死後は安らかに眠れますようにと祈りを捧げた。


 屋敷に着くと、ポリーリャが迎え入れてくれた。

 まるで嵐のような一日だった。あの人は安らかに眠れますか? とレゾに聞いたら難しい顔をして「死んではいないだろう」と言ったから少しだけ安心したけれど……それもわたしを慰めるための優しい嘘なのかもしれない。


「籠の鳥、呪いのこと、俺の口からきちんと話せなくて本当に悪かった」


 温かい紅茶を飲んで少し落ち着いてから、ボロボロの服を着替えて、ベッドの上でぼーっとしていると、レゾが部屋に帰って来るなりわたしを抱きしめて弱々しい声でそんなことを言ってきたのだった。


「怖かったのはわかります。わたしが呪いに苦しんでいるのを知っていたなら……恨まれるって思いますよね」


「許して欲しいですか?」


「ああ、あんたのためならなんでもする。だから」


 布越しに彼の体温が伝わってくる。体に響いてくる鼓動がわたしだけのものではないこともしっかりと伝わってくるのは、多分わたしとレゾが魂も繋がっている状態だから……。


「ふふ……怒ってないことなんて伝わってると思うのに……。だって、わたしにはあなたがとっても不安なことが伝わってきてるんですから」


 そういって笑うけれど、レゾの表情もこちらに流れ込んでくる気持ちも不安そうなままだった。具体的に考えていることが伝わるわけではないけれど、それでも彼が考えていることや気持ちが伝わるというのはとてもうれしいものだった。わたしも彼も言葉が足りないときが多いから。

 わたしは、不安がいつまでも消えない彼に対して、一つだけお願いをすることにした。


「わたしのこと、籠の鳥じゃなくて、ハウラって呼んでください。それで許してあげます」


「ハウラ……それが君の名前か」


「え?」


 ずっと、わたしにあだ名を付けているのだと思っていたから、わたしは驚いた。名前を呼ばないのは、きっと何か深刻な理由があるのだとか、呪いに関係していたとかそういう理由が……。でも、レゾが発したのは、少しも予想をしていない言葉だった。

 わたしが首を傾げていると、レゾはさっきまでの不安が嘘だったようにニコニコしながら口を開く。


「こうして腕輪アミュレットを通して話しているだろう? オレにはあんたの名はと聞こえていたんだ。あんたの名を呼んでいるつもりでいたんだが、呼べてなかったなんてな」


 そう言いながら、彼はわたしの背中にまわしている腕にぎゅっと力を込めて、額に唇をそっと落とした。


「愛してる」


 低い声で、囁くようにそう言われて耳まで真っ赤になる。


「ハウラ、愛してる。これからもずっと可愛い小鳥の名前を呼んで愛を囁いても良いのか?」


 目を見つめられながら、レゾがそういうから、わたしは彼の唇に自分の唇を重ねて返事をした。


「わかっているでしょう? たくさん囁いてください。わたしもあなたの……レゾの名前を呼びながら、たくさん愛してると伝えますから」



――第一部 完――

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影喰らいと呪いの少女 小紫-こむらさきー @violetsnake206

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