第30話 旅の終わり

「あーあ、黒焦げだ。ごめん、エトナ」


 俺は石床に落ちていた短剣を拾い上げた。

 表面は真っ黒に変色し、形も変わってしまっていた。

 短剣としての原型を留めてない。

 これじゃただの黒い金属板だ。


「いいわよ、別に。母さんだって納得してると思う」


 エトナはそういって金属板を受け取った。

 晴れやかな表情をしている。

 育ての親とも言える人がエトナに託した短剣。

 ルピナスで話を聞いた俺は、どうしてもこの短剣で魔王に一撃を浴びせたかったのだ。


「それにしても、あんたちゃんと約束を守ったわね」

「そりゃそうだよ。俺を信じて良かったでしょ」


 エトナは小さく微笑むと、巨大な魔石の前にしゃがみこんだ。

 直径1メートル以上はある。

 マズフレイなら運べるだろうけど、デカいなあ。

 さすが魔物の王が落としていった魔石だけはある。


「ね、これって売ったらいくらになると思う?」


 やっぱりそこ気になっちゃうんですね。

 エトナの瞳がキラキラと輝いている。

 魔王を倒したことと同じぐらい喜んでいる気がする。

 大事そうにスリスリと撫でている始末だ。


「これだけ立派な魔石なら、5000万ゴルドは硬いんじゃないか?」

「ごせんまん……!? それだけあれば、リカステの職人もたくさん雇えるわ」


 リカステで職人を雇って、ルピナスの復興を始める気か。

 場所も近いし、いい案だな。


「ま、でもあんたの魔石だもんね」

「いいよ、俺はお金の使い道なんてないから」


「本当? でも悪いわよ。ただ、あんたがどうしてもって言うのなら断るのも無粋よね。いいわ、貰っておいてあげる」


 俺が口を挟む間もなく、魔石の譲渡契約が完結した。

 エトナの声が弾んでいる。

 まあいいか、喜んでくれるなら。


「で、あんたはこれからどうするの?」


 魔石を撫でながら、振り返らずにエトナが言った。

 そうなんだよな。

 体はすべて取り戻したし、魔王を倒してエトナとの約束も果たした。

 元いた世界に帰りたいとも思わないしな。


「どうしようかな。これからゆっくり考えてみるよ」

「……そう。じゃあ、一度リカステに帰りましょうか」


 俺は巨大魔石を持ち上げ、マズフレイの背に載せる。

 かなりの重量だが、竜の体躯なら問題ないだろう。

 と、思っていたのだが載せた時にはちょっとイヤそうな顔をしていた。

 そうだよな、重いよな。

 俺は心の中で詫び、落とさないように巨大魔石を抱きしめながら帰路についた。





「ありがとな、マズフレイ。本当に助かったよ。ゼハインにもよろしくな」


 俺は魔槍をマズフレイの体にくくりつけると、ともに戦った竜に別れを告げた。

 空から魔王の要塞に攻め込むことができたたのは、マズフレイのおかげだ。

 これでお別れかと思うと、なんだかせつない気持ちになる。

 でも、またきっと会えるよな。


 宿の主人の話では、ゼハインはリカステで休んだ後、竜の国リガレアに向かって去っていったらしい。

 俺が魔王に勝つことを確信していたのだろうか。

 街の門を越えて飛び去っていくマズフレイを見送りながら、俺はそんなことを考えていた。


「さて、じゃあここで私たちもお別れね。短い間だったけど、楽しかったわ」


 巨大魔石をリカステの道具店に預けたエトナは、下見のためにルピナスに向かうらしい。

 小さな背負い袋に荷物をまとめている。

 しばらくはふたつの街を行ったり来たりするそうだ。


「ああ。エトナのおかげで体を取り戻せたよ。本当にありがとう」

「こちらこそ。仇も討てたし、お金も手に入ったからね」


 道具店の主人の話では、魔石の買取価格は1億ゴルド以上になるとのことだった。

 あまりに巨大すぎて見積もりだけで数日はかかるのだとか。

 それだけまとまったお金なら、ルピナスの復興にも役立つだろう。


「じゃあ、元気でね」


 エトナがひらひらと手を振った。

 その背中を見送りながら、俺は万感の思いにひたっていた。

 彼女がいなければ、いまごろどうなっていただろう。

 あの薄暗い古城で頭だけのまま、転がっているしかない。


 もっとエトナの側にいたい。

 それが俺の本音だ。

 結局、言い出せなかったが。


 俺は手のひらをじっと見つめる。

 炎と風を操り、魔王を倒せるほどの力。

 これだけの強さを手にしても、恋愛に対する臆病さは克服できていない。

 エトナとの関係性が崩れてしまうことがなにより怖いのだ。


 日が傾き、冷たい風が吹いてきた。

 のどかなあぜ道を歩くエトナの姿が、どんどん小さくなっていく。


 本当にこれでいいのか?

 いやいや、いいわけないじゃないか。

 もう会えないかもしれない。

 俺の本当の気持ちを伝えるんだ。

 よし、追いかけよう。


 そう決意した瞬間、エトナが振り向いた。

 そしてものすごい勢いで走ってくる。

 何? 忘れ物かな。


「あの……私、本当に行くわよ?」


 息を切らせながらエトナが言った。

 走ったせいか顔が赤い。


「うん、ルピナスに行くんだよな」

「そう。これでお別れだけど。あんたはそれでいいの? 寂しくないわけ?」


「いや、そりゃ寂しいよ。でも、ルピナス復興はエトナの悲願なわけだしさ」

「あんた、一緒に行動しようって言ったじゃない。私の近くにいられたら嬉しい、って」


「ああ、そういえば、そんなことも……」

「何よ。忘れてるでしょそれ! ほら、ライムと戦う前に」


「あ、言ったかも」

「と、とにかく……あんたがどうしてもって言うなら、手伝わせてあげても、いいわよ」


 エトナは腕を組んでそっぽを向いた。

 耳まで真っ赤に染まっている。

 俺は涙が出るほど嬉しかった。

 てっきり用があるのは俺の強さだけで、俺自体には興味がないものかと思っていた。


「いいのか!? 手伝うよ。なんでもする!」

「ふん、しょうがないわね。ほら、荷物持ちなさいよ」


 乱暴に荷物を手渡し、エトナはずんずん歩き出した。

 俺はその後についていく。


 もう少しだけ、俺はエトナの側にいられるらしい。

 その間に関係性を深められたらいいな。


 山から吹いた風が、野花をなびかせていく。

 俺は歩みを早めた。

 時折雲間から姿を見せる太陽が、俺たちの進む道をやさしく照らしていた。

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生首状態の勇者に転生した俺は、女盗賊と取引して盗まれた最強の体を取り戻す。 秋間辺 @itsudemomegane

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