眼鏡の心情その三

「そういうことなら、今夜飲みに行かね?」


 まさかの、白山さんからこう言われた。今夜、一緒に飲もうというのはあまりにも急すぎるのではないか。俺はそう思ったが、主はどうだろうか。


「えっ……飲み、ですか?」


 なぜか、主はそう言ったまま動かなくなってしまった。こんな質問に、フリーズしていていいのか主よ?


「そうそう。お前が迷惑じゃなければ、良かったら一緒に飲もうぜ。お前、あんまり

喋らないし、この機会に仲深めようかと思ってるんだが……」


 白山さんは、爽やかな笑顔で主にそう言ってくれた。主よ、白山さんがそう言ってくれているんだ。こんなチャンス、あんまり無いぞ。別に、大人数での飲み会というわけでもないんだし、たまには仕事仲間と飲みにでも行ったらどうなんだ。


「……分かりました。一緒に、行きましょう」


 主は、白山さんにそう言った。主の声音は、仕方ないというふうでもなく、少し嬉しさのこもっている声だった。白山さんは、主の返事を聞くと、途端に顔が華やかになり、爽やかな顔がますます爽やかになった。


「おぉ、一緒に行ってくれるのか! いや〜、誘って良かったわ!」


 白山さんはそう言って、もうウキウキしていた。よっぽど、主と飲みに行けるのが嬉しいんだろうな。正直、俺としても主と仲良くしてくれる人間がいることが嬉しい。


「はは、そう言ってもらえると、俺も嬉しいです……」


 主はちょっと嬉しそうにそう言った。正直、主としても、一緒に飲む仲間が現れて、内心喜んでいるのだろう。


「じゃあ、俺が行きつけの焼き鳥屋があるから、そこにしようぜ!」


 白山さんは、主にそう言った。焼き鳥屋とは、なかなか飲み会に相応しいんじゃないか? よく主が見ているテレビドラマとかだと、サラリーマンが飲むときには、焼き鳥屋とか居酒屋に飲みに行く、と相場が決まっている。

だから白山さんも、焼き鳥屋にいつも飲みに行っているのだろう。


「分かりました!」


 主も、ちょっと声音がウキウキしている感じだ。やっぱり一緒に飲みにいく人が現れて嬉しいのだろう。いつもは、飲むといっても帰宅するときに、コンビニに寄って酒とつまみを買って、自宅でちびちび晩酌をするって感じだからな。それか、一人で居酒屋に寄り、そこで黙々と酒とご飯を頬張るかのどちらかだ。まぁ、どちらも最後は寝てしまうんだが。主は酒癖が悪い方なんだ。居酒屋に寄ったときなんかは、なんとか会計は済ませるものの、帰り道で寝てしまうことが多い。


「ふふ、楽しそうね。私は、今日は予定があるから、参加できないけど……。二人で、楽しんでね」


 桜庭さくらばさんが、そう言ってくれた。


「はい! ありがとうございます!」


 主は勢いよく桜庭さくらばさんにそう言った。だから、あんまり大声を出さない方が良いって思っているのに! こうやって、変なところで大声を出すんじゃなく、プレゼンのときにその大声を出してくれよ。


「おぉ、良い返事だな木下塚きねづか桜庭さくらばさんも、今度時間があったら一緒に行きませんか?」


 白山さんは主に向き直ってそう言いつつ、桜庭さくらばさんにも、さりげなく飲みの誘いをしていた。ちゃっかりしてる人だなぁ、白山さんは。


「えぇ、良いわよ。今度一緒に行きましょうか」


 桜庭さくらばさんは、そう言って微笑みつつ、腕時計を見た。


「あ、もうこんな時間。ごめんなさいね、私この後予定があるので、これで失礼します」


 そう申し訳なさそうに言い、桜庭さくらばさんはまたも蝶のように去っていった。相変わらず、上品な人だなぁ。


「……ちぇっ、振られちまったか」


 ふとそんな声がしたので主は振り向いた。すると、白山さんが残念そうな顔をして突っ立っているのが俺にも見えた。

大方、白山さんは、桜庭さくらばさんに一緒に飲みに行って欲しかったのだろう。桜庭さくらばさんのことが気になっているのだろうか。


「……あの、もしかして白山さんって、桜庭さくらばさんのこと……」


 主は、おそるおそる白山さんに尋ねてみた。ちょっと、その質問はあまりにも急すぎないか? いくら主がコミュニケーション下手でも、もうちょっと言い方とかがあるだろ!


「え? なんか言ったか?」

「え、あ、いや、なんでもないです!」


 白山さんはどうやら主の声が聞こえていなかったみたいで、もう一度こっちに聞き返してきた。主は、気まずそうに手を振り、今の言葉をまるでなかったかのようにかき消す。……今、せっかく聞けそうだったのに、自らなかったことにするとはどういうことなんだ。


「……そうか? 何か言った気がしたが、まぁいいや。じゃあ、また夜に会おうぜ! 俺、ちょっとこのあと溜まった資料、片付けなきゃいけなくてさ」


 白山さんはそう言って、そそくさと自分のデスクに戻っていった。

白山さんは、主のことを不思議そうに見つめたが、すぐに切り替えていた。


「……白山さんは、こんな俺と飲みに行って、果たして楽しいのだろうか……」


 主は、そう不安げに呟く。少なくとも、白山さんは人を、よく言われる陽キャとか陰キャとかにカテゴライズしない人なんだろうな、さっぱりしているし。

 主も、そう自分のことを卑下せずに、もっと楽観的に生きればいいのに。……でも、それがきっと難しい人間もいるんだろうな。


「……とりあえず、俺も一旦溜まった仕事を片付けるか。今やっておけば、明日楽だし……」


 そう呟いて、主は自分のデスクに向かった。偉いぞ主。そうやって、先のことを考えるのは大切なことだ。俺は内心で主を褒めた。



             *



木下塚きねづか、お前何頼む?」


 白山さんは、そう主に聞いた。

今は会社近くの居酒屋にいる。人の声がワイワイガヤガヤと賑やかで、少しうるさいくらいだ。


「あ、じゃあ俺は、ねぎまで……」

「あぁ、ねぎまってウマいよな! じゃあ、俺もそうしよっかな!」


 白山さんも、どうやら主と同じものを頼むらしい。この”ねぎま”というやつは相当美味しいのだろうか。俺は食べられないから分からない。


「すみませーん! 注文お願いします!」


 白山さんはよく通る声で、店員さんに注文をお願いした。白山さんは、何もかも主とは対極的な人なんだな。主は、白山さんみたいに声も大きくしないし、弱々しく手をあげて注文することしかできないというのに。


「はい、ご注文承りました」

「えーっと、ねぎま二つと、俺はハイボールで––––」


 そんなことを考えていると、すぐに店員さんが来て、注文内容を聞いた。

白山さんはスラスラと主の分まで注文してくれている。


「あれ、お前、飲むものどうする? 俺頼んじゃうからさ」

「あ、じゃあ俺は烏龍茶お願いします」


 ふいに白山さんが、主にそう尋ねてきた。主は咄嗟に烏龍茶と答えたが、主の分まで頼んでくれるなんて、良い人すぎるな。


「よしっ。じゃあすみません、ハイボールと烏龍茶をお願いします」

「かしこまりました」


 白山さんは、スムーズに注文を済ませていた。


「すみません、俺の分まで頼んでいただいて……」


 主は、白山さんに申し訳なさそうに謝ったが、白山さんは気にしないというふうに笑顔を見せた。


「いいっていいって! こーいうの、慣れてるし!」


 他人の分まで注文するという行為が慣れている、ということは白山さんは、やっぱり飲み会に行き慣れているということか。


「そういえば、お前ってさ、あんまり喋らないけど、何か趣味とかあるの?」


 白山さんが、急に主にそう質問してきた。


「えっ、しゅ、趣味ですか⁉︎」


 主は突然の白山さんの質問に驚き、分かりやすく動揺した。その証拠に、眼鏡(つまり俺)のブリッジ部分を、ぎゅっと指で押さえた。

痛いからやめろって! 俺はそう叫ぼうにも、口がないので叫ぶことができない。


 主の趣味って言っても、主は趣味がお笑い番組を見ることか、アニメを見ることくらいしかないからな。


「うーん、俺の趣味は、お笑い番組を見ること、かな……」


 そう自信なさそうに言った主を、白山さんは興味津々な目で見た。


「えっ、お笑い番組? 意外だなぁ、木下塚きねづかってもっと、アニメとか見るイメージあるわ」


 いや、アニメも見るんですけどね。俺は主に代わって、心の中でそう白山さんに言った。


「……いや、まぁ、アニメも見るんですけどね」


 主は、今俺が思ったことをそのまま言った。そうだ、主はアニメも見ているのだ。

最近は、魔法少女ものだったり、異世界転生ものだったりのアニメを見ているな。


「へー、どんなアニメ見るんだ? 俺、全然アニメとか見なくてさ〜。最近は、ホラ、あの異世界だっけ? に飛ばされるやつとか流行ってるよな」


 白山さんは、主の趣味について興味津々に質問してきた。やっぱり最近は”大人になってアニメ見るなんてキモい”とかいう風潮はないのか、比較的アニメを見ている人への風当たりも優しい気がする。ここら辺は、俺は人間ではないので詳しくは知らないが、他の人間を見ていても、大人でアニメを見ている、という人たちは結構いる気がする。


「あぁ、えぇっと……。その、異世界に飛ばされるやつとか、よく見てます。異世界転生って言うんですけど、結構面白いですよ」


 主は、白山さんに丁寧に、異世界転生ものとはどういうものか、ということを説明していた。早口だったが、これは主の癖だろう。心なしか、さっきよりも口調が弾んでいる気がする。白山さんが、自分の好きなものに興味を持ってくれて嬉しいのだろう。


「おぉ、木下塚きねづかよっぽどそのアニメが好きなんだな! さっきより口数も増えてるし、嬉しそうだし! なんだか俺も見てみたくなってきたわ。どんな題名のアニメなんだ?」


 白山さんは、主のアニメ語りにも臆せず、むしろどんどん興味を持ってくれているようだ。この人が、主と同じ部署で働いてくれていて良かった。


「えーと、これなんですけど……」


 主はスマホを白山さんに見せながら、そう言った。


「おぉ、なんか面白そうなアニメだな! サンキュ、木下塚きねづか

あとで見てみるわ。あ、これサブスク配信してる?」


 白山さんは、主に感謝しつつサブスク配信とやらについて尋ねた。

さぶすく……というのは、なんだ? なにかカタカナ用語のようだが。


「あぁ、サブスク配信はしてますよ。こういうのは、大体アニメのホームページに配信情報とかも乗ってるので……」


 主も、サブスク配信? とかいう難しいものをスラスラと饒舌に説明していた。


「おー、サンキュな!」

「お待たせいたしました。こちら、ハイボールと烏龍茶です」


 白山さんが主に礼を言ったとき、ちょうど飲み物が届いた。


「あ、ちょうど飲むもん届いたから、乾杯しようぜ!」

「はい、そうですね……」


 白山さんは主にそう言うと、主も同意した。


「じゃ、木下塚きねづかとの飲み記念に、カンパーイ!」

「か、乾杯!」


 グラスをカチンと鳴らす音が聞こえた。そして白山さんは、勢いよくハイボールをごくごく飲んだ。


「かーっ、これこれ!」


 白山さんはハイボールを飲んで、いきなりそう叫んだ。おい、急に叫んだから驚いたじゃないか。なんで人間は酒を飲んだらいきなり叫ぶ奴がいるんだ? 理解できない。

主も烏龍茶を一口飲んだ。


「はぁ、美味しい……」


 そして、ゆっくりとそう言った。


「やっぱ仕事終わりのビールは最高だ!」


 白山さんはまたもビールを一口飲み、満足げな顔でそう言った。


「白山さん、お酒飲める方ですか?」


 白山さんが、ビールを飲んで満面の笑顔になっているので気になったのだろう。主は、白山さんにふとそんな質問をしてみた。


「ん? あー、やっぱ酒は結構飲むな。うちの両親二人とも、酒強い方でさ。だから、両親の遺伝で、俺も酒飲むようになったのかも」


 白山さんはそう考えるように、顎に手を当てて言った。主はふむふむと頷いているので、俺もつられて揺れる。


「いいですね、俺も結構飲める方なんですけど」


 主は白山さんを見ながら羨ましそうにそう言った。


「え、じゃあなんで酒頼まなかったんだ?」


 白山さんは不思議そうに主に質問する。


「俺、酒癖が悪くて……。飲んだらもう寝落ちしちゃうんですよね」


 そうなのだ。主は酒癖が悪い。居酒屋に寄ったときなんかは、なんとか会計は済ませるものの、帰り道で寝てしまうことが多い。時々公園のベンチとか、電車の中で寝てしまう。

 家で飲んでる時も、お酒を飲んだらそのまま寝てしまう。なのでテレビを点けて晩酌をしているときは、テレビを点けっぱなしで寝てしまうことがほとんどだ。


「へぇ、そうなのか。だから今日は烏龍茶なんだな」


 白山さんが主と烏龍茶を見比べながらそう言った。


「はは、俺が寝ちゃって、白山さんに迷惑をかけたくなくて……」


 主はへにゃっと笑いながらそう言う。まぁ、白山さんに迷惑をかけたくないから烏龍茶を頼む、という選択は賢明だ。


「いやいや、お前が寝たら俺が起こすから大丈夫だって! それに、俺の声結構デカイって言われるし、もしお前が寝たら耳元で大声出してやろうか?」


 それはちょっと迷惑な気もするな。そもそもここ店の中だしな。


「あはは、それはやめてください……」


 主は結構ガチめに白山さんの提案を拒否していた。まぁ、店の中で大声を出されても主は迷惑を被る側だもんな。


「冗談だって! そんなにガチになることないだろ!」


 白山さんは、自分の提案を真剣に受け止めてしまった主に向かって、茶化すようにそう言った。しかし、白山さんは今の発言も冗談なのか本当なのか分からないし、本当にやりそうなところもあるから、なんとも言えないな。


「あぁ、はい……」


 主はちょっと返答に困ったようにそう言った。

しばしの静寂が二人(と俺)を包んだ。なんだこの空気。すごく気まずい気がする。


「お待たせしました! ねぎま二つ––––」

「あ、ねぎま届いたから、とりあえず食べようぜ!」


 気まずいタイミングで、店員さんが来てくれた。白山さんは、ちょうどいいタイミングで来てくれたとでも言うように、店員さんからねぎまを受け取った。


「いや〜、めっちゃ美味そう!」


 白山さんは、そう大袈裟に言った。さっきの冗談が気まずいのだろう。


「ねぎまって美味しいですよね、ネーミングもなんだか可愛いし……」


 主がねぎまを一口食べながらそう言った。

しかし、白山さんからの返答がない。


「あれ、白山さん……?」

「お前、さっきより喋れてるじゃん」


 白山さんは、主の目を真っ直ぐ見ながら言った。


「え、あ、確かに……」


 主は今自覚しましたと言うように、ハッとしながら言った。自分で気づいていなかったのかよ。


「さっきより喋ることができてるじゃん。会社だと、そんなに喋ってなかったけど」


 白山さんは主にそう微笑みながら言った。白山さんは、主とこんなに喋ることができて嬉しいのだろう。


「まぁ、一対一だと喋ることができるのかもしれないですね……」


 主は、そう少し考えながら言った。主の場合は、コミュニケーションが下手で、大人数の会議とかだと、アガってしまうが、こうして一対一だと普通に会話できるんだな。


「ふむふむ、なるほど。いやぁ〜、俺の前で喋ってくれてなんとなく安心したわ。

あの会議の雰囲気のままだったらどうしようって思ってたからさ」


 白山さんは、主にそう言った。俺としても、主が白山さんに認められてて嬉しい。


「あはは……」


 主はそう自信なさげに笑った。そしてねぎまを一口頬張った。ねぎまの湯気が、

レンズにかかって熱い。これだから、熱い食べ物はあんまり好きじゃないんだよな。


「そうだ、白山さんって、なんか趣味とかあるんですか?」

「あぁ、俺の趣味か? 俺は、ジム行ったり、映画とか観たりしてるぞ。まぁ、身体を動かす方が好きだな、俺は」


 白山さんはそう爽やかに答えていた。なるほど、白山さんは身体を動かす方が好きなのか。俺の主とは対照的に……って、いかん! 俺は、白山さんと主を比べてばっかりいる。この癖は、あんまり良いとはいえないな。俺は眼鏡だから人じゃないけど、人間みたいに、白山さんと主を無意識のうちに比べていたな……。

そうだ、俺の主だって良いところはいっぱいあるし、別に他人と主を比べる必要はないよな。主は主だ。俺はそう思い直した。


「へぇ、アウトドアが趣味なんですね」

「そうなんだよ! でも最近は寒いから、家に引き篭もって映画を見ていることが多いかもな」


 どうやら白山さんは、最近は家で映画を見ていることが多いらしい。まぁ、寒いもんな……。


「それにしてもさ、今日桜庭さくらばさんが来られなくて残念だよな。

桜庭さくらばさんも、飲み会に来てくれたらきっと楽しかったのに」


 白山さんはそう言って、はぁとため息をついた。それを聞いて、俺はハッとした。

もし、白山さんが桜庭さくらばさんのことが気になっているのなら、今日は桜庭さくらばさんが来られなくてすごく残念だっただろうと思う。


 俺がそんなことを思っていると、ふと主が俺の柄の部分をくいっと持ち上げた。


「あ、あの……白山さん……」


 主はそう白山さんに問いかける。何やら唾を飲み込む音も聞こえた。

……もしや主も、白山さんが桜庭さくらばさんのことをどう思っているのか聞きたいのだろうか?

 よし、じゃあここは主に頑張ってもらおう。俺は勝手に”主も白山さんが桜庭さくらばさんのことをどう思っているのか聞きたいのだろう”と解釈し、二人の会話を傍聴する側から、主を応援する方にシフトチェンジした。


「ん? どうした?」


 白山さんは、主の方を不思議そうに見つめた。


「え……えーと……その……」


 主は、中々言い出すことができていない。しかし、白山さんに聞くことができる機会は、多分今しかないだろう。だから、今が頑張りどきだ!


「その……白山さんって、桜庭さくらばさんのことが、気になっているのかなって、おもって……!」


 遂に言ったぞ主! よく勇気を出して、白山さんに聞くことができたな! 俺は主に心の中で拍手を送った。


「え、俺が、桜庭さくらばさんのことが気になるかって……?」


 白山さんはそう呟いた。


 数秒の沈黙が続く。


「えっ、もしかして木下塚きねづか、お前、俺が桜庭さくらばさんのことを好きだって思ってたのか⁉︎」


 白山さんは素っ頓狂な声を上げた。しかも大声だったので、他のお客さんに睨まれたりしていた。しかし白山さんは、自分が睨まれていることなど気にも留めず、ぷっと吹き出し、笑い袋のように笑った。


「え〜、なんだそれめっちゃウケる! 木下塚きねづか、お前って奴は、俺が桜庭さくらばさんのこと好きだって思ってんのか⁉︎ はっはっは、こりゃ傑作だ!」


 何もそんなに笑わなくてもいいだろうに……。そう思ったが、俺には白山さんの笑いを止めることはできない。なにしろ眼鏡だからな。白山さんの笑いを止めるとしたら、主が止めるしかない。


「え、あ、あの……。白山さん?」


 主は、笑い袋のように笑っている白山さんを前にして、そう声を振り絞ることしかできなかった。白山さんというと、机に突っ伏して背中を震わせながら笑っている。そんなに主の質問は可笑しかったのか?


「え、あ、ごめんごめん……。はははっ…。いや、俺は桜庭さくらばさんのことは、恋人っていうの? そういう目では見てないよ。桜庭さくらばさんのことは、尊敬している一社員として見てるし。今回飲み会誘ったのだって、ただただ仲良くなりたいってだけだ」


 俺は白山さんの答えを聞いて愕然とした。尊敬している一社員として仲良く……か。

つまり、恋愛の線は一つも無かったということだ。


「あ、そうなんですね、はは……」


 主も、そう言って俯くしかなす術がなかった。多分、今俺と主は同じ感情を共有していることだろう。その感情は一つ『恥』という感情以外にない。


「すみません、声のボリュームをもう少し下げていただけると助かります……」

「あ、ごめんなさい……」


 店員さんが白山さんのところに来て、そう申し訳なさそうに注意をした。このことも、主と俺の恥ずかしいという気持ちをより一層助長させた。


「いやぁ、それにしても、意外と木下塚きねづかも可愛いところあるじゃん?

俺が桜庭さくらばさんを飲みに誘うことを、好意があるんじゃないかと勘違いするなんてさ」


 白山さんは、そう言ってまた笑った。しかし、今度は声のボリュームを小さめにしながらだったが。


「も、もういいじゃないですかそのことは! 俺が悪かったってだけだし!」


 主は、しつこいと言ったように白山さんにそう言った。勢いのせいか、敬語が外れてるぞ。


「あ、今先輩に対してタメ口だったな?」

「う……そ、それはつい……」


 白山さんは言葉遣いに対して鋭いのか、主の痛いところを突いてきた。白山さんの指摘に対し、主は口籠る。

……なんだか主と白山さん、前より親しくなってる気がするな。


「いいっていいって! 俺は一応お前よりは先輩だけど、敬語なんか使わなくていいからさ! タメ口の方が”あ、距離縮まってんなー”って感じて嬉しいし!」


 白山さんはそうニカリと笑った。


「だからさ、この場でだけは、お前も敬語じゃなくて、くだけた口調でいいからな!

あ、でも会社では体面もあるし、敬語使えよ?」


 白山さんはそう言ってくれた。


「あ、分かりました……じゃなくて、分かった!」


 主は、ちょっと敬語を使いそうになったが、なんとかタメ口を使うことに成功した。


「もぐもぐ……つくねだけじゃ足りないよな。お前、なんか好きなやつあるか?」


 白山さんが主に尋ねた。


「あ、俺は砂肝が好きなんだけど、白山さんは?」

「おぉ、砂肝が好きなのか! 俺は、ささみかハツかな」


 主は自分の好きな焼き鳥を答えてから、白山さんにも質問した。白山さんは、ささみとハツというのが好きらしい。


「ささみもハツも、美味しいよね……?」


 主が恐る恐る白山さんに尋ねる。主は、いつも誰に対しても敬語なので、こうやってタメ口を使うのは珍しい。だからなのか、慣れていないのだろう。


「あぁ、木下塚きねづかもささみとハツが好きなんだな。俺と気が合うな! じゃ、早速それ頼むわ。すみませーん、追加注文お願いしまーす!」


 白山さんは、いつの間にか店員さんに注文していた。それにしても、焼き鳥というものは、ただ鳥を焼いたものだと思っていたが、色々な呼び方があるのだな。


 すぐに店員さんが来て、白山さんはハツと砂肝とささみを二人分注文した。


「それにしても、今日桜庭さくらばさんが来られなかったのは残念だけど、お前が来てくれたのは良かったわ」


 白山さんは主に対して、そう言ってくれた。


「え、俺が一緒にいて楽しいの?」


 主は目をぱちくりとさせながら、白山さんに尋ねた。


「当たり前だろ! 最初は、あんまり話したことないヤツだから、仲良くなれればいいなーと思って、飲みに誘ったんだけど……。話してみたら、お前意外と喋ってくれるし、面白い奴だなと思ったよ」


 白山さんは、主にそう言ってくれた。すごくいい人だな、白山さん……。俺は、白山さんが主と飲んでくれて、嬉しいよ。


「あ、ありがとう白山さん……」


 主も、感激しているのか声が震えている。


「またこうやって、飲み行こうな!」


 白山さんは、主にそう言った。つくづく良い人だ。


「あ、そうだね、俺も白山さんと行きたいよ!」


 主も、白山さんにそう言った。むろん、眼鏡の俺も、白山さんとはまた一緒に飲みに行きたい。


「お待たせしましたー。砂肝とハツ、それからささみですね」


 店員さんが、白山さんと主のところに、頼んだ品々を持ってきてくれた。


「あぁ、ありがとうございます」


 白山さんは、店員さんににこやかにそう言って、食べ物を受け取った。


「ほら、木下塚きねづか。食べ物届いたから、食べようぜ」


 白山さんは、そう主に言って、早くも頼んだ食べ物を食べていた。


「あ、じゃあ俺も食べようかな」


 主もそう言って、注文したものに手を伸ばした。



           *



「いやぁ〜、結構腹一杯になったな!」

「うん、そうだね……」


 白山さんは、お腹をさすってそう言った。


「いやぁ、楽しかったな。また飲みに行こうぜ、木下塚きねづか!」


 白山さんはそう言って、親指を立てた。


「うん、俺も楽しかったよ。また行こう、白山さん」


 主も、白山さんにそう言った。


「じゃ、俺は徒歩で帰るから、また明日な!」


 白山さんはそう主に言い、自分の家へと歩き出した。


「あ、はい! 今日はありがとうございました!」


 主は、そう白山さんにお礼を言った。


「はは、だから敬語なんて使わなくて良いって言っただろ?」


 白山さんは振り向き、主にそう言った。


「あ……」


 主は、そう言ったまま、呆然と立ったままだ。


「じゃあ、また明日!」


 白山さんは、そう言って、歩いて行ってしまった。



         *



「白山さん、気さくで良い人だったなぁ」


 主は、家に帰ってからそう呟いてた。もう晩御飯は食べ終えたので、あとはお風呂に入って寝るだけだ。


「もうあとは、お風呂に入って寝るだけだし、ちゃっちゃと入って寝るか」


 主はそう呟いて、脱衣所へと向かった。



         *



  ––––風呂に入った後、主は寝間着に着替えて、ベッドに入った。そして俺を外して、ベッド脇のテーブルに置いた。

 ……まぁ、主にとっても、今日の出来事はずいぶん良い思い出になるんじゃないだろうか。

 俺が主の眼鏡でいるかぎり、今日みたいに人間との交流が続いたり、主と一緒に旅をしたりするんだろうな。ちょっとヘタレでダメなところもある主だけど、そういうところも俺は見守りたいと思っている。俺は、主の寝顔を見ながらそう思っていた。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

眼鏡 翡翠琥珀 @AmberKohaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説