第3話

 ああ、長々と勝手に語りすぎてしまった。話を戻そうか。何しにここに来たのか、だったね。そんなの決まっている。


「死にたいんだ」

「へ〜、どうして?」


 その人魚は、死ぬことを否定はしなかった。ただ、理由を尋ねてきた。……どうして、ね。


「孤独なんだ」

「ふーん。まあ、生物の中じゃ珍しいことでもないよね」


 なんとなく、怒りが沸いた。そうだよ。世の中の生物の比率で考えれば、ひとりぼっちなんて珍しくもなんともない。だからなんだ。珍しくないからなんだって言うんだ。この痛みは、この苦しみは確かなんだ。


「そうだよ。でも、俺はひとりぼっちじゃない」

「??」


 言っている意味がわからないと、人魚は首を傾げる。そうだよな。あなたが考えている孤独はきっと外面的なもの。家族も、友人も居ない。話せる人も、一緒に遊ぶ人も、相談できる人も居ない。そんな孤独。ひとりぼっち。でも、俺には家族もいるし、向こうがどう思っているか分からないけど、馬鹿やって騒いで笑い合える友人だっている。でも、それじゃあダメなんだよ。


「心が孤独なんだ」

「そうなんだ。それは、私には分からないなぁ」


 そうだろうね。あんたと話していれば分かるよ。あんたはきっと、信頼出来る友がいて、家族にも恵まれていて、多くの人に囲まれてるんだろ?


「あんたには分からないだろうな。この気持ちは」


 ああ、無性に気分が下がってきた。いつもこれなんだ。どれだけ楽しくても、それは俺にしがみついて離さない。


「分からないよ。だから、教えて欲しい」

「……は?」


 そんなことを言ってきた人はいただろうか?いや、俺がそもそもこんな話をしていなかったか。なんでだろう。死ぬ前だからなのかな。こんなに人にペラペラと喋っているのは。自分の口が羽毛のように軽い。思ったことがすぐに口に出てしまう。


「お兄さんは、ほんとは死にたくないんじゃない?」

「あなたに何が分かるんだよ」

「分からないから教えて欲しいって言ってんじゃん。死にたいなら、なんでお兄さんはそんな苦しそうな顔してるの?」


 そんな顔をしてるのか。なんでって、簡単なことだよ。俺は生きたいんだ。どうしようもなく生きたい。ただ、それだけ。


「なら、死ぬのが怖いんだと思う」


 生きたいとは言えなかった。否定されるのが怖かったんだ。矛盾しているのは分かっている。それでも、この気持ちは噓偽りない本心だから。


「ふ~ん。なら、生きたいんでしょ?」

「……」

「なら、やめておきなよ。生きている内は後悔することもあるよ。でも、死んだら後悔することも出来ないからね」


 そう言われたとき、自分の中で死ぬことも生きることも曖昧だったことに気づいた。いや、死んだその先について気が付いてたのに見ないふりをしていたんだ。ほんとは、こうやって誰かに止められたかったのかもしれない。SNSの話だって、本当はうらやましく思っていたのかな。気にかけてくれる人がたくさんいる。それはとても幸せなことなんだ。


「うん、やっぱりやめようかな」

「それがいいよ」

「ずっと迷ってたんだ。死ぬか、生きるか」


 でも、この初対面の人と話して決断した。もう少し生きてみようかなって。でも、きっとまた辛い思いをするんだ。


「生きることを選んだんだね」

「でも、これからのことを考えると怖いんだよ」

「話してみなよ。楽になるかもよ?」

「じゃあ、聞いてもらおうかな」


 この子、ほんとに年下なのか?もしかしたら、年上かもしれない。そんな安心感があるんだ。


 この話は前にも誰かに話した気がする。あの時は誰だったっけ。たしか親だったか。色々不安なんだって。話したのを覚えている。けれど、そいつには考えすぎだって言われた。そんなことは分かってるんだよ。それから、当たり障りのない、中身のないことを言われたんだっけ。あと、なぜか俺が悪く言われた。あいつのことはもう信用していない。子の気持ちも考えられない野生動物以下の人間だ。


 以前にそんなことがあったにもかかわらず、なぜか抵抗も不安もなかった。この人なら大丈夫だと心の中で思っているんだろうか。


「俺はさ、妄想癖なんだよ」

「……なにそれ?」


 よく考えれば、彼女は人魚。人間とは常識も考え方も違うんだった。人魚の世界には妄想癖なんて言葉は無いか。


「うーん、そうだな……頭の中で勝手に悪いことを考えて、それを真実だと思い込んでしまう病気?」

「……人間って大変なんだね」


 何か勘違いされている気がするが、まあいいか。あまり、重要な話でも無いし。あとの話に支障はきたさないだろうから。


「そんな恐ろしい病気が人間の間で流行ってるなんて。人魚も気をつけなきゃ!」


 前言撤回。今すぐに誤解をとかなくちゃいけないみたいだ。このままではただの感染症にかかった人になってしまう。インフルエンザとかそういう類のものでは無いんだよ。


「違う違う。妄想癖は誰かにうつったりしないよ。心の病気だからね」

「そうなの?びっくりした〜」


 人魚はホッと胸を撫で下ろした。こっちもそんな気分だよ。まさか妄想癖を感染病だと誤解される日が来るとは。俺とこの人の違いをひしひしと感じられるよ。


「話、戻してもいい?」

「うん、どうぞ〜」

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