エピローグ

 あの日から一ヶ月が経った。あれから特に変わらぬ日々を過ごしていた。今は、東京駅で友達と待ち合わせをしている。ちなみに集合時間は新幹線の一時間前にしてある。


「ま、これを見越しての集合時間だったんだけどさ」


 スマホに映るのはメッセージアプリの一つ。画面には今日共に出かける予定の友人達とのグループの会話画面。


U『すまん、Aと俺十分遅れる』

A『ほんとにごめんなさい!』


 予想通りで思わず笑ってしまう。相変わらずの遅刻癖だな。先に、そこらへんで飲み物でも買っておくか。


 人魚というのが本当に実在するのか、家に帰ってからネットで少し調べてみたんだ。結果としては、伝説とか見間違いでしたみたいなものしか出てこなかった。検索の仕方が悪かったのかもしれない。でも元は空想上の存在だ。いない方が当たり前なんだ。なら、俺が見て触れたのは幻だったのか?それは分からない。イマジナリーフレンドだったのかもしれないし、本物だったかもしれない。けれど、正直に言えば、どっちでも構わないと思っている。あの日、あの場所で俺を救ってくれたのは間違いなく彼女だから。


 駅内にあるコンビニで飲み物を買い、集合場所に戻るとちょうど件の二人が立っていた。


「おい、遅いぞ」


 と言ったのは俺……ではなくU。なんでこいつは遅れてきたくせにそんな堂々としてるんだよ。


「いや、遅れたのお前だろ」

「そうだった」


 なんだこいつ。こんなことを言いつつも、俺はこのやり取りを結構楽しんでいる。友人との会話がつまらない訳が無いか。


 そんなこんなで無事に新幹線に乗る。もちろん、駅弁も買った。せっかく新幹線に乗るんだから買っておかないとだよね。


「そういえば、この前言ってたやつ大丈夫?」


 席に着くなり早々、Aが話題を振ってきた。この前言ってたやつ、というのは俺の悩みのことだろうな。


「ああ、全然平気だよ」


 顔を上げて一歩を踏み出したあの日、俺は最初にAに悩みを打ち明けた。Aはこんなくだらない悩みをくだらないなんて言わずに真摯に聞いてくれた。その上で共感してくれたし、友達でしょ?って言ってくれたんだ。本当に感謝しかない。いつか、彼女が困っていたら、今度は俺が全力で助けようと思う。


「なら良かった!」


 その後も他愛ない会話をしたり、三人でゲームをしたりして時間を潰した。楽しい時間はあっという間に過ぎていって、気づけば大阪に着いていた。


 その後の二日間は大阪と京都を観光して楽しんだ。たこ焼きとか、お好み焼きとかをAに連れ回されながらも堪能した。一応、お土産も買った。八ツ橋。家族へのお土産なんていらないんだけど、妹がどうしてもというので仕方なく。


 そして、観光最終日。今日は日本唯一の砂丘に来ている。砂を踏んでみて少し遊んで満足した後、俺たちはある場所へと向かった。


「えぇ!?すごい!絵のまんまだ!」


 Aがはしゃぎ回って、色んな角度から写真を撮って回っている。


「じゃあ、俺は海の方見てくるから」

「え!?写真撮ろーよ!」

「いや、俺は前に来た時に撮ったし」

「すみませーん!」


 聞いてねぇし。Aはたまたま通りかかった人に写真を撮って欲しいという旨を伝えていた。なんというコミュ力。恐ろしい子。


 そんなわけで仕方なく記念に三人でパシャリ。後日、その写真はちゃんとメッセージアプリに送られてきた。


 気を取り直して、二人に一言伝えてから、俺は例の場所へ向かった。


 あの日も確か、こんな快晴だった。海が陽の光をキラキラ反射して、宇宙みたいだと感想を漏らしたこともよく覚えている。相も変わらず被覆ブロックが景観を損なう多さで鎮座している。これが無ければ、もっとこの景色を楽しめるのになあ。


 今思うと……いや、今その場所に来てもあの日の出会いは、見たものは夢だったように思える。人魚と出会い、人魚に慰めてもらって前を向いた。そんな夢みたいな出来事を体験した全てが泡沫のよう。


 今日ここに来たのは、俺がわがままを言ってのこと。どうしても、もう一度ここに来る口実が欲しかったんだ。


 もしも、あの日の出来事が夢じゃなかったなら……もう一度ここに来ればあの人魚に会えるんじゃないかって。そう思ったんだ。けれど、周りを見渡してもその姿はどこにも見えない。やっぱり、夢だったのかな。


「戻るか」

「あれ?死んでいかないの?」


 驚いて、心臓が破裂するかと思った。それと同時に、俺は条件反射で海の方に振り向いていた。その声には聞き覚えがあった。忘れるわけがない。忘れてはいけない。俺の、命の恩人の声。


「どうしたの?お兄さん。そんな、エイが上を通った獲物に気づかなかった時みたいな顔して」


 いや、どんな顔だよ。その例えは海に住んでるやつにしか伝わんないよ。


「あれ?お兄さん泣いてる?友達に会えたのが嬉しかった?」

「うん。凄く嬉しいよ」


 絶望した俺が生み出した、都合のいい幻かと何度も思った。けれど、幻じゃなかった。彼女は確かにそこに存在していた。


「ずっと君にお礼が言いたかったんだ。君のおかげで前を向けた、一歩を踏み出せた。君のおかげで、友達を失わずに済んだよ。ありがとう」

「どういたしまして」

「今日もあの日みたいに話を聞いてもらっていいかな。聞いて欲しいんだ。君と出会ったあとの話を」

「ぜひ聞かせてよ!」


 ほんとに少しの間だけ、俺は彼女に語る。友達と向き合い、前を向けたという話を。彼女は笑顔でそれを聞いてくれた。


 あの日、生きようが、死のうが、どちらを選んでも後悔すると本気で思っていた。けれど、現実はそこまで非情じゃなかったんだ。俺は、生きることを選んで後悔なんてしていない。


 けれど、これから先、また自分の病に振り回されて生きていることを後悔する日が来るかもしれない。でも、それでも、俺はあの日のことを思い出して乗り越えることが出来るはずだ。あの日、大切な友人に掛けられた言葉を俺は一生噛み締めて生きていくから。

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閉ざした世界で何を望むか 彼方しょーは @tuuuu

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