閉ざした世界で何を望むか

彼方しょーは

第1話

 イヤホンをして音楽を聴きながら乗客の少ない電車に揺られる。けれど、長い時間も音楽を聴いているのはひどく退屈に感じてしまう。多分、俺が新しい音楽をあまり聞かないからだ。同じ音楽ばかり聴いていては飽きるのも必然か。今日、この曲を聴くのももう三回目。だが、他のことをする気にはならない。SNSを見れば、楽しそうに他の人と遊んでいる友人に嫉妬する。ソシャゲはあまり好きじゃない。やってはいるが、暇つぶしにやれるようなものじゃない。充電なくなっちゃうし。その充電も、もう半分もない。まあ、充電がなくなったって構わない。帰りのことなんて考えてないし。


 だって俺は、本気で死にたいと思っているから。


 行先は海。死にたい理由は、いじめられてたからとか、誰かに裏切られたからとかじゃない。自分の思考のせいだ。俺は自分が嫌いだ。ただそれだけ。ちゃんとした理由なんてない。言いたくない。財布とスマホを入れた小さなショルダーバッグを肩にかけただけの少ない荷物。だって死ぬから。水着も、水筒も、レジャーシートもいらない。財布には詰められるだけのお金が入ってる。念のため。読みたい本が立ち寄った本屋に売っているかもしれないから。多分、死にに行くのにおかしくない?って思う人もいるだろう。死ぬなら、簡単に死ねる場所なんていくらでもあるから。海を選んだ理由は単純。逃げ道を残したかったから。


 だって俺は、生きたいと思っている。


 死ぬのが怖いんだ。失うことが怖い。その先を考えるのが怖い。例え何かに生まれ変わったとしても、それは俺じゃない。全くの別物だ。死ねばすべてが終わる。この苦しみから脱したい。もうこんな感情は味わいたくない。そう思っているのに、まだ生きていれば、俺は救われるんじゃないかって期待してしまう。そんなこと、あるわけが無いのに。


 幸せの数は平等。なんて言う人がいるが、俺は全くそうは思わない。そもそも、何をもって幸せとするかなんて人それぞれ。それに、その考えは同じ年齢まで生きた人にしか適用できない。仮に、幸せの数が平等だとしよう。例えば、若いうちにその人の不幸がすべて襲い掛かってきて、それに耐えられず自殺してしまったとしたら?その先にどれだけの幸福があろうと、その人はそれを知らずに死んでいく。それでも平等と言えるのか?未来は不透明で何があるか分からない。けれど過去は透明で、不幸は残る。生きていればそのうち幸福が訪れるなんてのは、無責任で、傲慢で、世迷言だ。そんなことを言うのなら、あなたがその人を幸せにしろよ。そんなことを毎回思う。


 誰かの幸福は誰かの不幸の上にできている。


 ああ、まただ。また勝手に思考がぐるぐる回ってゆく。俺は人を幸せにできない。だから、不幸でいるべきなんだ。みんなそれを望んでいる。気兼ねなく話しかけてくれる友人たちも、きっと俺と居るよりも他の人と居るほうが楽しいに決まっている。俺は邪魔なんだ。けれど、その姿を人に見せてはいけない。それはそこにあるだけで人を不幸にしてしまうから。


「はぁ……」


 溜息をこぼす。幸せが逃げるとは言うが、構わない。俺の人生に幸福は見えないのだから。他者の視点から見れば、もしかしたら俺は幸せ者に見えるかもしれない。なら、そう見えるのだと教えてほしい。そう言ってもらえるだけで少しは幸せな気分になれるかもしれない。


 こんなことを考えている間は、どんなにポップな音楽を流しても耳には届かない。世界を閉ざすから。自分だけの世界に入ってしまうから。ただ、ふと帰ってきた時には二、三曲は飛んでいる。


 気晴らしに、外の景色を眺める。ビルの群れが左へ流れていく。段々と、ビルの数が少なくなっていき、やがて海が見え始めた。青く澄んでいて、陽の光をきらきらと反射させている。まるで宇宙のようだ。宇宙なんて見たことは無いけれど。ともかく、そのくらい綺麗だなと感じた。あの宇宙の中に身を投げれたらどれだけ幸せだろう。宇宙に沈み、誰にも見つからないまま溶けてゆく。ああ、穏やかにいけそうだ。


 海の場所はなんとなく決めていた。新幹線に乗って、電車を乗り継いで八時間かけてここまで来た。理由なんて単純で、ただここに来てみたかっただけだ。友達がよく歌っていた曲に出てくる場所。調べてみればすぐに出てきた。思ったよりも遠い場所で驚いたが、金ならいくらでもあった。


「次は~〇×駅~〇×駅~お出口は右側です」


 たしか、ここだ。気づけば、この車両にいる乗客は俺を含めて五人程度だった。やがて電車は金切り音を立てて停車する。扉が開けば、ホームへと足を差し出す。駅は思ったよりも小さくて、閑散としていた。いや、少し考えれば分かることか。とにかく、ザ・田舎って感じの駅だ。改札を出る。目の前に海が見えるけれどここじゃない。目的地まではだいぶ歩く必要がある。


 線路沿いに歩いていく。風は穏やかで快晴。ただ、風はなんだか湿っぽくて、なんて表現すればいいんだろうか。とにかく、不快だった。それでも海の空気というのは海なし県に住んでいる俺からすれば新鮮なもので、それだけで何とか乗り切ることができた。


「……ここか」


 いくつかの踏切を通りすぎて、もしかしたらさっきのがそうだったのかもという不安を抱えながら歩いていると、ここだとはっきり分かる踏切の前に来ていた。その場所はかつて映像で見たまんまの場所だった。

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