第9話 夜道の乗客
あ、どうも、タケダです。
どうもどうも。
G県の山奥にあるF峠っていう場所にある古いトンネルで、仲間と一緒に幽霊をやってます。
僕らはいわゆる地縛霊なんで、普段はトンネルの周囲半径50メートルくらいの狭い範囲でだらだらぐだぐだしてるんですけどね。
今年の夏はちょっと忙しくて。
ほら、コロナ?でしたっけ。あれが終わったおかげで戻ってきたんですよ!
F峠にも!!
観光客、じゃなかった心霊スポット徘徊者たちが!!!
暇を持て余した大学生グループとか!
彼女にいいところを見せたいヤンキー彼氏とか!
再生回数を回したいオカルト動画投稿者とか!
そういうのがたくさん!!
ありがとう!
みんなありがとう!!
僕たちの暇つぶしに付き合ってくれて!!!
コロナ自粛期間は、幽霊とはいえ日本国に住む身として、きちんとお互いにソーシャルディスタンスに気を遣いながら暮らしていたので、みんなと酒盛りもできず、いや、ほんとに退屈でした……
幽霊って退屈には強いはずなんですけどね。
あれは多分「〇〇をしてはいけない」って言われると逆にしたくなっちゃうパターンでしょうね。
みんなでリモートで話し合った結果、外での酒盛り禁止ということになったんですが、その期間の辛さといったら……
まあそんな感じで、今年はみんな久々に「おい、俺たちの夏が帰ってきたな!」って感じでした。
日本の夏、幽霊の夏!
モリタくんが自粛期間中に暇すぎて習得してしまった、撮影してる動画の隅っこをちょこっとだけ横切るっていう技術があるんですけど、それをみんなで身につけたので、来た人みんな「映った、映った」って喜んでましたねー。
開祖のモリタくんは画面の端っこを意味ありげに影みたいな感じで横切るんですけど、ナカタくんはぼうっと顔を出したり、あと一番年長のヤマダさんはちょっとだけ発光したりして。
様々な流派が派生しました。
これからはやっぱり動画の時代ですからねー。我々幽霊もそれに対応していかないと、心霊スポットとしてはすたれていく一方ですからね。
僕は今、ポルターガイスト音の練習してます。かりかりかり。
それで僕らがなんで今、こんな夜中にF峠からはるか離れた山中の道路を、みんなでぞろぞろと歩いてるかっていうと。
僕らは地縛霊なんであのトンネルから離れられないんですけど、今年の夏はほら、フェスがあったもんですから。
コロナ期間はできなかったですからね。久しぶりの開催に僕らも大喜びで駆け付けたわけです!
前にも誰かが言ったかもしれませんけど、
いやー、楽しかった。
でも楽しいことは終わるのも早いもので。
来年の再会を誓って、みんな帰路に就いたんです。
「お前ら来年まで成仏すんなよ!」
「お前もな! やりすぎて除霊とかされんじゃねえぞ!」
なんてお互いに言い合ってね。
で、N県とG県の境にあるD山の山小屋で管理人をやってるサチコさん、僕らはさっちゃんって呼んでるんですけど、彼女と帰る方向が同じだったので一緒に帰ることにしたんです。
「この道をこっちに行くとD山の登山道入口なので」
と言いました。
「皆さん、ありがとうございました。どうか、お元気で」
だから僕らも、
「おー。さっちゃんも元気でなあ」
って手を振って別れようとしたんです。
そしたら、道路の向こうからライトをつけた車が一台近付いてきたんです。
それはタクシーでした。運転手さんは、もう七十歳くらいの疲れた顔の男性でした。
「こんな山の中にタクシーなんて珍しいなあ」
と僕が言ったら、さっちゃんが、
「きっと長距離のお客さんを乗せた帰りですね。M市の市街地に出るにはこの道が近道なんです」
と言うので、みんな「なるほどなあ」と納得しました。
さすが、さっちゃんは自分の自縛場所に近いだけあって、この辺のことをよく知っています。
「それじゃちょうどよかった。さっちゃん、あのタクシーで帰ったら?」
なんてヤマダさんが言って、みんなで笑いました。
でも、近付いてくるタクシーはなんだかふらふらしていました。
道路脇のガードレールに寄っていったかと思ったら、今度はセンターラインを大きくはみ出したり。
「危ないなあ」
とモリタくんが言いました。
「居眠り運転しそうになってるぞ」
確かに運転手さんは高齢なこともあってすごく眠そうでした(僕ら幽霊は夜目がめちゃくちゃ利くので、はっきり見えました)。
半眼って言うんですかね。瞼の上と下が、ロミオとジュリエットみたいにお互いを呼び合ってる感じです。で、運転手さんも「もうこの二人を幸せにしてやろうかなあ……」と諦め始めちゃってる感じでした。
「あの調子じゃ、街まで戻れなそうだぞ」
「あの歳で深夜の運転は疲れるよ。俺たちの享年よりもずっと上だもの」
「事故は、なかなかちゃんと成仏できないからな」
「おじいさん、新入りになっちゃうのかな」
そんなことを話していると、僕たちの中で一番の知恵者ニッタくんが、「そうだ!」と声を上げました。
「急にでかい声出すなよ。心臓止まるかと思っただろ」
イシダくんの文句に構わず、ニッタくんは言いました。
「さっちゃん、あのタクシーに乗って!」
「え?」
さっちゃんはびっくりした顔をします。
「私が?」
「うん。運転手さんは一人で運転してるから、睡魔に負けそうになるんだよ。お客さんを乗せればきっと目が覚めるよ」
「ああ、それはいいアイディアだね」
と僕。
「うん。タクシーを止めて、登山道の入り口まで送ってもらいなよ」
さすが知恵者のニッタくんだ、たいしたもんだ、と僕らは頷き合いました。
「そうですね……分かりました」
さっちゃんは笑顔で頷きました。
「実は私、山小屋で一晩中、みんなを凍死しないように起こし続けたこともあるんです」
「へえ、すげえ」
「じゃあ適任だな」
さっちゃんは道路の脇から身を乗り出すようにして、手を上げました。
眠りかけていた運転手さんが、ぎょっとしたように急ブレーキをかけます。
訝しむようにさっちゃんを見つめ、しばらくしてからやっと、後部座席のドアを開けました。
「じゃあ、これで」
さっちゃんは私たちに手を振りました。
「うん。元気でね」
「皆さんも」
「あの、これ」
急にナカタくんが何かをさっちゃんに差し出しました。
それは、つららでした。
「俺たちのトンネルの天井にできてるつらら。一番奥にできてるつららは、一年中溶けないんだ」
「あ、お前あれ折ってきたのか」
「抜け目ねえな」
みんなが騒ぎます。
「あの、今日の記念に受け取ってもらえれば」
とかなんとか言ってるナカタくんの顔は真っ赤でした。
そういえばナカタくんは、フェスの最中からずっとさっちゃんのことが気になってる感じでした。
みんなでひゅーひゅー言いながらナカタくんの肩とか腕を叩いて、さっちゃんも嬉しそうに「ありがとうございます」って受け取ってくれました。
それからさっちゃんはタクシーに乗って、去っていきました。
ハンドルを握る運転手さんはなんだか緊張した顔をしていました。
「運転手さん、緊張してるよ」
ナカタくんが心なしか羨ましそうに言いました。
「さっちゃん美人だもんなあ。そりゃ緊張するよなあ」
確かに運転手さんの顔は青ざめていて、眠気は吹っ飛んだように見えました。
「つらら、溶けずに持って帰れるといいなあ」
僕ら幽霊の体温は氷点下なのですが、そうはいっても真夏なので、ナカタくんが渡したつららはだいぶ水っぽくなっていて、ぽたぽたと水滴が垂れていたのです。
「タクシーの座席が濡れちゃうだろうね」
とモリタくんが言って、
「さっちゃんが下りたら、次のお客さんは驚くなあ」
なんて僕が言って、みんなで笑い合いました。
それから僕らは、F峠に向けてまた歩き出したのです。
出てくる幽霊がみんないいやつな怪談 やまだのぼる @n_yamada
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