いいじゃん、退職代行サービス!

脳幹 まこと

社会ってね、代行で出来てるんだよ?



 退職したんだって?


 へえ、退職代行サービス使ったんだね。


 今、人気だもんね。わかるよ。


 退職ってプレッシャーになるもんね。


 僕も何度も考えたけど、怖気づいて止めちゃったくらいだしね。


 周りに申し訳ない? せっかくの新卒がもったいない?


 別にいいじゃん! そんなことで悩まなくたって!


「退職は自分で全部やり遂げなきゃダメ」「新卒にこだわらないとダメ」なんて、誰が決めたのさ。


 古い日本の慣習だよ。もう年功序列も永年勤続も古い古い。


 状況が全然違うんだからさ。そんなので心壊すなんて馬鹿らしいよ。


 良い選択したよ。


 なるほど。


 上司との付き合いがうまくいかなかったんだね。


 わかるよ。


 僕もね、入社直後に関わった上司が本当に酷かったんだ。


 全然知識もない僕に大量の仕事を押しつけて「終わるまで帰るな」だよ。


 自分は定時でさっさと現場離れるクセにね。


 そんで必死に終電まで働くでしょ?


 でも、それでも仕事が終わらないとか間違ってたとするじゃん。


 そうなったら、もうブチギレだよ。


 場所も選ばず、机バンバン叩いて怒鳴りつけて。


 ヤクザの恫喝かと思ったくらい。


 そんな感じだったから、一時期は食べ物もロクに受けつけなくてさ。


 食べても戻しちゃうし。


 本当、嫌だったな。


 嫌いって言うか、単純にいやだった。


 クソ上司そのものと言うより、そんなヤツを放置する会社や世間に対して。


 もし、あの時に退職代行があったら、多分……


 うん、確実に使ってたと思うんだよね。


 本当、ひっどい現場だったからさ。


 死にもの狂いで食らいついて、今があるって感じだよ。



 え?


 会社は今も変わってないよ?


 絶賛勤続中だね。残念なことに。


 うーん、別に状況が良くなったってわけでもないかなあ。


 え、成長したから? そんなわけないじゃん。


 今でも根性論とか成長物語みたいなの聞くと、殴り飛ばしてやりたくなるしね。


 じゃあ、辞めればいい、か。


 そうだね。今は退職代行もあるしね。


 そうだよね。不思議だよね。


 理由?


 ……


 ……


 慣れって、怖いよね。


 あれだけ嫌だった仕事の重圧も。


 死んで欲しかった上司の罵声も。


 今となっては全然苦しくないんだ。


 プライドがなくなったからかな。


 仕事を華麗にこなせるし、あの上司なんかよりよっぽど上手くやれる。


 そういう幻想が、今となっては消えたんだ。


 僕ごときがどうしたところで、って感じだよ。


 でもね。


 それ以上に、辞めない理由があるとするなら……


 気付いちゃったからかな。


 それなりに仕事してみてね。


 僕、分かっちゃったんだよ。


 社会って何処どこでもこんなモンじゃないかって。


 自分の嫌がることを別の人に代行させて、


 その代わり、自分は他の誰かの嫌なことをする。


 それで社会は回ってるんだって。


 分かってくるんだよ。


 部下を持って、お客さんと交渉したり、自分のお上に報告するようになる。


 そうやって進めば進むほど、理解せざるを得ないんだ。


 自分があの上司に似てきたことに。


 あれほど反面教師としてきたはずの、あの人にね。


 不思議だろう?


 僕も、あの人も、同じ形をしていたんだよ。


 どれだけ過程が違おうとも、結局は同じ形に収まる。


 認めたくはなかったけどね。


 そして形によって、取れる行動は違ってくるんだ。


 取れない行動は、誰かに代わりにやってもらうしかない。


 そう。


 自分の欲求を自力で満たせる人なんて、そう多くはない。


 仕事にしろ、私生活にしろ。


 例えば……


 自分の着るものも、食べ物も、住んでるところも、別に自分で作ったわけじゃないだろう?


 それらはすべて、他の人に代行してもらって手に入れたものじゃないか?


 その人は……誰かの着るものや、食べ物や、住処を作っている間、


 嫌だと思わなかっただろうか。


 嫌だけど、それでお金が払われるのなら、仕方がない。


 そう思っていたんじゃないか……ってね。


 分かるだろう?


 どこにいようとも、逃げられないと悟ったんだよ。


 この社会にいる限りはね。



 ほら、最近……有名人のスキャンダルが多くなったでしょ。


 ああいった記事を出してる人、あの記事を調査してる人、あの記事を読む人、反応して凸する人、標的となった人の弁護人、ファンの人……


 一見、「彼らは何をしているんだ」って思うだろう?


 でも……


 有名な人の順風満帆な姿を見るとさ、それが誰であれ、


 とりあえず・・・・・虫唾が走る人がいるんじゃないかな。


 そういう人にとっちゃ、スキャンダルを作ったり、目撃したりっていうのは、


 天より与えられた使命であり、天国のような娯楽になるわけ。


 理由もなくなびく人達だって同じさ。


 理由決め・・・・なんて面倒事は誰かに決めてもらって、


 代わりに自分達は、列に並んであげることで注目の役に立つ。それはきっとまた別の誰かの面倒事なのさ。


 みんながみんな、何かの代行者なのかもね。



 おっと、話が逸れたね。


 改めて言うけど……


 君の行動にも、退職代行サービスの存在にも、


 何も問題はない。


 世間の人達からバッシングを受けようが、


 そんなのは関係ない人達の戯れ言だと考えれば良いさ。


 でも、これだけは覚えておいて欲しい。


 社会は代行で満ちてるってこと。


 退職代行があるのに、退職誘導代行・・・・・・はないだなんて、どうして言い切れる?


 君を退職代行による退職に追いやったクソ上司だって、


 その更に上の人の意向を代行したに過ぎないのかもよ?


 それこそ君の使った退職代行サービスと結託した可能性だってある。


 人は、嫌なことを、よそに押しつけたいものだから。



 君の次の職場に……


 手が回っていないことを祈ってるよ。

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