ヤケクソ人生詰み男、盗賊団(?)の首領になる

音塚雪見

王国脱出編

人生終了/希望との出会い

 人生にどん底があるのなら、今がそれだ。

 肌寒い街並みを歩く俺はため息をつく。

 懐は素寒貧。帰る場所はない。

 


 いつまでも畑を耕しているのが嫌で、親の反対を振り切って村を飛び出してきて、やがてたどり着いた王都で働き始めて早十年が経った。大層な仕事ではない。冒険者が見向きもしないような粗雑な依頼をこなして、その日暮らしの生活を十年も続けてきたのだ。



「はぁ……」



 しかし今日終わった。

 ハメられた、とでも言うのだろうか。

 あるいは単なる鬱憤晴らしか。

 日頃の疲れを癒やすために酒場へ引っ掛けに行って、運の悪いことにベロベロに酔った冒険者に絡まれた。



 しかもたちの悪いことに、その冒険者は結構な有力者だったらしい。実力だけでなく、身分的な意味でも。らしい、というのは独房で看守から聞かされたことなので実際には知らないのだ。冒険者は聞くに耐えない暴言やらなにやらを吐いてきて、さすがの俺も我慢ならずにぶっ飛ばした。ここから人生が狂い始める。



 まず仕事がなくなった。

 依頼を受けに行っても、



『あぁダレンさん……』

『今日はいい仕事入ってる?』

『その、悪いんだけど――』



 あなたに仕事はないの。

 振るなって上から言われてて。



 などと言われたときには理解ができなかった。

 自分がなにかしただろうか。

 心当たりはない。

 いや、あるとすれば数日前のいざこざ・・・・だけで。



 そこからは酷いもので、例の冒険者の仲間だと思われる奴らに絡まれたり、挙句の果てには存在しない罪をでっち上げられて、つい先程まで独房の中で冷たい床に転がっていたのだ。



 今までなにも悪いことをしたことがないとは口が裂けても言えないが、間違ってもこんな仕打ちを受けることはしていないはずだ。たしかに親不孝をしているとは思う。けれども、誰に迷惑をかけることのない生活をしてきた。



「……もう王都にはいられない」



 檻を出てきたその足で歩く。

 王都を出るために歩く。

 これ以上この場所にいれば、さらに酷い目にあうのは明白だ。



「クソ……っ」



 あの冒険者に負けたようで悔しい。いや、実際負けたのだろう。十人に聞けば十人が負けだと答える。しかし俺の腸は煮えくり返っていた。だってそうだろう? 自分は悪いことをしていないのに、相手は悠々自適に暮らしていて、こっちは住む場所も仕事も失って浮浪者だ。



「おいオッサン」

「……あぁ?」



 その時、後ろから声がかけられた。

 反射的に荒んだ目を向ける。

 ずいぶんと聞き慣れた――聞き慣れてしまった声だったゆえに。



「聞いたぜェ? お前王都を出ていくんだってな」

「誰のせいで……!」

「おっと手を出そうなんて考えるなよ? ここは人目も多い。殴ったら最後、独房に入れられるだけじゃ済まないぞ」

「くっ……!!」



 拳を下げざるを得ない。



 へらへらと人を食ったような顔をして笑っているのは、例の冒険者だった。冷静に観察してみれば、いかにもボンボンのお貴族様という感じである。もしもあのときの俺が素面だったら、絶対に関わろうとしない相手だ。



 無言のまま踵を返して、



「まぁそんな焦るなって。この時期は寒いぞ? 今の格好のまま外へ飛び出し行ったら凍死しちまうかもな」

「……お前のせいだろう」

「いやいやいやイヤァ? 俺様は優しいからなぁ、たとえほんのちょーっぴり自分のせいだとしても、心を痛めるくらい優しいのよ。だからボロ衣しか着られないようなお前に施しをしてやろうと思って」



「さすがです!」「坊っちゃんお優しい!」といつの間にか現れた取り巻きが冒険者をおだてる。クソみたいなやり取りだ。



「ほら、拾えよ」


 

 そうして、道に捨てられたのはローブだった。

 見るからに安物だ。

 しかし今着ているものよりかは遥かに上等な。



「…………」

「感謝もなしか?」

「……ありがとう、ございます…………ッ!」



 現在の格好で王都の外に出ようものなら、王都にかけられている温度を一定にする魔法の効果範囲外になるため、恐ろしいほどの冬の寒さが襲いかかってくる。訪れるのは明白な死。たとえ屈辱的でも、目の前にあるローブを受け取らないという選択肢はなかった。



 這いつくばってローブを拾う姿を満足そうに眺める冒険者。

 バレないように唇を噛みしめる俺。



 消え去りたいほどの恥ずかしさが心中に去来して、足早にその場を立ち去る。今度は声もかけられなかった。ただ、背後に嘲笑を含んだ視線だけを受けていた。

















 王都を出てからどれほど経っただろうか。

 かろうじて寒さはしのげるものの、食料がないのは辛い。

 たまに積もっている雪を飲めば喉は潤せるが、この季節になると小動物も姿を消しているので、今までなにも食べていなかった。



 俺は霞む視界と足を引きずりながら、もはやどこへ向かっているのかもわからないまま、ひたすらに前へ前へと進み続けている。



「考えてみれば……村での生活は、幸せだった」



 無意識の思考が垂れ流されていく。

 自分ですら認識することのない声。



「たしかに生活は不安定だったし、不作のときは十分に食べられずにいつも腹を鳴らしていたし、そのくせ例年どおりに税を取っていく役人には、何度中指を立てたかわからない」



 だけれども、幸せだった。

 母さんは笑って抱きしめてくれたし、父さんは寡黙な性格だったが確実な愛を俺にくれていた。



 今じゃどうだ。

 いつ死ぬかも予想できない身。

 数秒後に死ぬかもしれない。

 もしかすると、これも死の間際に見ている妄想かもしれない。



「………………ぁ」



 そんなとき、人の話し声が聞こえた。



 どこにそんな力が隠れていのか、突如として足に力が宿って走り出す。杖代わりにしていた木を放り投げて、ひたすら直線的に。枝木が頬を切り裂いていくが気にしない。気にしていられない。



 やがて声の主のもとへたどり着いた。

 ボロボロの格好をした二人組だ。

 今の俺といい勝負かもしれない。



「――なるほど」



 俺は意味ありげに頷く。

 対峙している相手を理解したからだ。



 普通この季節に街や村の外に出ることはない。冬は人間が生きていける領域ではないから。強靭な戦士や魔法使いであれば別だろうが、一般的な人間では不可能だ。



 ではどのような人物が、冬に街の外へ出るのだろうか。



 答えは簡単である。

 街にいられなくなった者だ。

 例えば俺。例えば目の前の――盗賊。



 そう。

 話していたのは盗賊だった。

 上等そうな武器まで携帯している。



 俺は不敵に笑って、肩を竦めてみせた。



 もう駄目かもしれんね。



     ◇



 ――そこはまさに、地獄という形容がぴったりだった。



 むせ返るほど血の匂いが充満していて、狭い洞窟内には冬だというのに熱気がこもっている。何人もの死傷者が転がっていた。誰一人として双眸に希望が宿っている者はいない。



「……なぁ、マーク」

「……はい」

「私達は一体どこで間違えたんだろうな?」



 数年前から続く王国との戦争。

 帝国騎士団の面々は、当然戦いの最前線に出陣した。

 そして剣を抜くことなく敗走した。

 禁止されているはずの魔法による広域破壊攻撃によって。



「きっと、間違えてはおりません」

「そうか? ……そうだなぁ」

「ただ運が悪かっただけかと」

「運。運か」



 たしかに、と。

 帝国騎士団長ソニアは苦笑する。

 昔から私は運が悪かったんだ。



 もとは百人以上いた騎士達も今や見る影もなく、洞窟内に転がっているだけで十五人ほどだ。残りはすべて戦場で塵となって消えた。目の前で戦友が――その武勇を披露することもなく殺されるというのは、いっそのこと拍子抜けするほど現実離れしていた。数瞬なにが起きたか理解できないほどに。



「今も王国の領土内……その上、負傷者を連れては動けもしないか。いやはや、詰みというのはこういう状態を指すんだろうな。無理に脱出しようとしても、食料もままならない現状では冬に殺される」



 ソニアは壁に背を預けて嘆息する。

 不器用に歪められた口の端には、絶望が宿っていた。



「団長」

「ん」

「諦めてはなりません。今はどれだけ苦しくとも、そこを耐え抜けば……きっと、希望の光が見えてくるはずです」



 帝国騎士団副団長であるマークは生来の生真面目さを発揮し、決して諦めないように彼女へ進言する。「やはりお前は真面目だなぁ……」とソニアは苦笑した。



「希望の光、ね」



 そんなものはない。

 信じろと言った彼も理解しているのだ。

 事実、瞳の奥に隠しきれない淀みがある。



 私達はここで死ぬ。

 餓えて死ぬか、見つかって殺されるか。

 はたまた凍死という可能性もあるかもしれない。



 いずれにせよ、明るい未来がないことには変わりなかった。



「……ん?」



 万が一、億が一の確率で訪れるかもしれない希望の光とやらを掴むために、せめて体力くらいは回復させようかと――今までも散々してきたことではあるが――ソニアが眠ろうとしたところで、洞窟内に踏み入れる足音が聞こえてきた。



 聞き慣れた音だ。

 騎士団の誰かだろう。



 しかし解せない。王国の者に見つからないようにするために見張り番をしていたのだが、まだ交代の時間ではない。もしや不測の事態があったのだろうか。彼女が眉をひそめて視線を向けたところで――。



「団長、ご報告申し上げます」



 ――不思議な雰囲気をまとった男が、騎士の後ろに立っていた。



 これが後に「英雄王」と呼ばれることになるダレンと、彼いわく盗賊団らしい者どものとの初邂逅だった。いまだ両者ともに希望はない。しかしどん底にいるということは、ここからは上がっていくしかないのだ。這い上がっていくしか。

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2024年10月7日 19:35 毎日 19:35

ヤケクソ人生詰み男、盗賊団(?)の首領になる 音塚雪見 @otozukayukimi

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