笑う鉄仮面嬢の巡礼

こふる/すずきこふる

第1話 『星』の選定


 王都の中心に聳え立つ白亜の大聖堂には多くの人が集まっていた。この国、リュミル王国では今、『エトワール』の選定の儀が行われていた。


 リュミル王国では、流星の降る夜に人智を超える奇跡──星の力を宿す女性が現れる。

 その女性は、『星』と呼ばれ、人々の希望の存在として敬われた。


 しかし、『星』は一代つき一人と言われていたはずが、今代では二人同時に現れたのだ。


 異例とも言える事態に、国は『星』の選定を行うことにしたのである。


 今日はその結果を告げられる日。

 礼拝堂の祭壇に上がったリュミル国王は、階下にいる二人の少女を見下ろす。


 一人は深紅のドレスを纏った公爵家の令嬢、クレール。

 もう一方は清楚な淡い青のドレスを着た平民の少女、アリス。


 身分も性格も正反対の二人は、ライバルとして互いに切磋琢磨してきた仲であることをリュミル国王も含め、選定の儀に関わった皆が知っている。


「選定の結果を言い渡す」


 静まり返った礼拝堂にリュミル国王がゆっくりと告げた。


「今代の『星』は──アリスに任命する」


 礼拝堂に大きな歓声と拍手が沸きあがる。

 アリスと呼ばれた少女は弾かれたように顔を上げ、信じられないといった風に手で口元を覆い隠した。


「私が『星』……本当に⁉」

「おめでとうアリス」


 そう声をかけたのは、この国の第一王子ダリオン。

 彼の金色の瞳はアリスを愛おしそうに見つめていた。


「僕は君が選ばれると思っていたさ」

「殿下……」


 熱く見つめ合う二人を周囲が温かく見守る中、冷たい声が水を差した。


「まあ、人目も憚らず見つめ合うなんて恥ずかしいこと……」


 はっと我に返った二人が、すぐ隣にいた少女に目を向ける。


「ク、クレール様っ……」


 頬を真っ赤に染めたアリスが名を呼ぶと、彼女、クレールはふんと鼻を鳴らす。


「まずはおめでとう、アリスさん」

「は……はい」


 突き刺すようなクレールの祝福の言葉、そして彼女の冷たい視線に、アリスが委縮して背中を丸めると、クレールは無表情のまま、さらにこう告げた。


「悔しいですが、あなたが『星』に選ばれたこと。そして、あなたとともに選定の儀に立てたことを、わたくしは誇りに思いますわ」


 選定の儀の間、アリスはクレールにたくさん助けられた。平民である故に足りない知識、礼儀作法を惜しみなく教え、今日のドレスも彼女が見立ててくれたものだった。


 ライバルであり、先生であり、身分を超えた友でもあったクレールからの祝福の言葉に、アリスは思わず涙ぐんだ。


「クレール様……っ!」

「まあ、民の希望である『星』が、簡単に涙を見せてはいけなくてよ?」


 アリスにハンカチを手渡すクレールに、ダリオンは苦笑して肩を竦める。


「こんな時でも感情を見せないなんて、相変わらずの鉄仮面ぶりだね。素直にアリスが選ばれて嬉しいって言えないの?」

「なんのことをおっしゃっているのか分かりませんわ。それにアリスさんが選ばれるのは当然です。わたくしは、星の力の顕現に失敗したのだもの」


 大昔から、『星』が亡くなった夜に現れる巨大彗星が、次代の『星』を選び、力を授けると言われていた。


 しかし、アリスとクレールは選ばれた当初、次代の『星』の証である星の痣があるにも関わらず、星の力が顕現しなかったのである。

 『星』は民の希望であり、平和の象徴でもあったため、公の場に立つことが多く、選定の儀では教養も重視された。両者ともに星の力が顕現されれば、より有力な能力を持つ者が選ばれる。


 最終的に星の力を開花させ、人の病や傷を癒す力を得たアリスが『星』になった。


「わたくしは、これで失礼いたしますわ」

「え、クレール様、どちらに⁉」


 踵を返したクレールをアリスが呼び止める。

 彼女は黒いレースをあしらった扇子を取り出し、口元を隠す。


「せっかく祝いの席だもの。『星』になれなかった星屑のわたくしはすぐに去るべきですわ」

「そ、そんな! 星屑だなんて」

「それに……星の力が顕現しなかったのは、ひとえにわたくしの力不足……これを機に歴代の『星』達が奇跡を起こした土地へ巡礼の旅に出ようと思いますの」

「旅……」


 アリスはこぼれ落ちそうなくらい目を見開く。


「ええ、次に会う時はわたくしが胸を張って負けたと言えるくらい素晴らしい『星』になってくださいね」


 クレールはそう告げて歩き出したのを見て、アリスははっとして彼女を呼び止めた。


「そ、そんなっ! 待ってください、クレール様! 私、クレール様にたくさん助けられました! まだ恩返しもしていません! それにこのハンカチ……」

「まあ、『星』に恩返しをさせるなんて畏れ多いことこの上ないですわ。それに、そのハンカチは差し上げます。あなたが『星』に選ばれたら、きっとみっともなく泣くだろうと思って用意したものですから」


 クレールはそのまま歩を進め、礼拝堂の入り口で淑女の礼をした。


「それではごきげんよう」


 ◇


 大聖堂の外では『星』の誕生に民衆が喜びに湧いていた。逃げるように裏口から出たクレールの耳にも民衆の歓声が届く。


(ああ……本当に終わってしまったのね)


 クレールはこの『星』の選定の儀に人生をかけたと言っても過言ではない。


 星に選ばれたあの日の夜から、選定の儀で一度も手を抜いたことはない。アリスが『星』に選ばれたことにも何も悔いはなかった。長いようで短い時間を思い出しながらクレールは小さく俯く。


「お嬢様……」


 聞き慣れた呼び声にクレールが顔を上げると、そこには黒髪で深紫の瞳をした青年が経っていた。


「ガイアス……」


 クレールの従者、ガイアス。選定の儀後、裏口に控えていて欲しいと頼んだのは他でもない自分だ。


 彼を呼んだ声に震えが混じったのが自分でもわかった。


 ガイアスは小さく首を横に振ると、自分の上着を脱いでクレールにかぶせた。


「ここではいけません。屋敷に戻りましょう」

「ええ……」


 クレールはまるで罪人のように馬車に乗り込み、屋敷に向かって馬車を走らせる。


 カーテンを閉めた車窓の外から、民達の喜びの声が絶え間なく聞こえてきた。カーテンの隙間からお祭り騒ぎをしている光景が過り、クレールは再び俯いた。


 しばらくして馬車が止まり、ガイアスがドアを開けた。


「お嬢様。着きましたよ」

「ええ……」


 彼の手をかりて馬車から降りた。


「ガイアス」

「お嬢様、いけません。まだです」


 クレールは俯いたままガイアスにエスコートされて裏庭に向かう。

 公爵家の屋敷の裏は森林に囲まれており、人目に晒されることはない。

 裏庭の中心である噴水まで足を運んだ時、ガイアスは静かに口を開いた。


「ここまでくれば、もう大丈夫です」

「そう……ありがとうガイアス」


 クレールはそう言うと、顔を上げ、被っていたガイアスの上着を脱ぎ取った。



「やったぁああああああああああああっ! わたくしは、自由よぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」



 彼女が雄叫びに近い歓声を上げたと同時に、裏庭中の薔薇が一斉に咲き乱れた。


「うふふふふふっ! うふふっ! うふふふふふふっ!」


 彼女が笑うたびに、草木が大きく成長する。


 花々は風が吹いて花びらが散っても、再び花を咲かせ、煉瓦畳みの通路は煉瓦の隙間から下草が顔を出した。芝生や生垣もどんどん成長していき、アーチ状になっている薔薇の蔓が地面につき始めた頃になってガイアスが声をかけた。


「お嬢様、ストーップ!」

「はっ!」


 我に返ったクレールが裏庭を見渡す。


 手入れが行き届いていたはずの庭が、あっという間に荒れ果てた様子になっている。


 やってしまったと額に手を当てるクレールに、ガイアスはやれやれと肩を竦めるのであった。

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