最終話 『星』の奇跡

 

 二週間後、セレスティスで大きな祭が執り行われた。


 その名も『セレスティス大笑い大会』である。


 クレールがオアシスの種を芽吹かせられなかったのは、おそらく笑いが足りなかったのだろう。特にガイアスとは長い付き合いだ。彼の笑いネタや微笑みを引き出す技では力が足りなかったのだとクレールは推測したのだ。


 そこで、現地民に新鮮な笑いを提供してもらおうと企画したのが、この祭りである。


 セレスティスの民達には『台所にある野菜の種を持ってこい。実が生るまで成長させてやる』とか『女にプロポーズを考えている男は花の種を持ってこい。『エトワール』の奇跡で咲かせた花だと箔が付くぞ』という呼び込みで参加者を募らせた。


「いいか~~~~~お前ら~~~~~~!」


 大会開催の挨拶で壇上の上に立つガイアスが声を張り上げる。


「お嬢様が笑って草が生えるところが見たいかーーーーーーっ!」

「おおおおおおおおおおおおおっ!」


「幻のオアシスの復活をこの目で見たいかーーーーーーーーーーーっ!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


「ならば、うちのお嬢様を笑わせろ! 言っとくがうちのお嬢様は親父ギャグ以外であれば、ペンを転がすだけでも笑う、ツボの浅さだぞーーーーーーーーーーーっ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 こうして、笑いの火蓋は切って落とされた。


 前世と違い、人を笑わせる場というのはこの世界では少ない。どちらかといえば、ピエロやサーカスといった客を驚かせて喜ばせる方が多いだろう。


 集まってくれた参加者はセレスティスの民だけでなく、噂を聞きつけた近くの村や町に滞在していた行商人もいた。


 一発芸や腹踊り、夫婦漫才だけでなく大道芸まで種類多く笑いを提供してくれた。


 おかげでクレールの周囲一帯は草原と化しており、持ち寄った野菜や果物の苗、花や薬草が育ち、大収穫となった。


「ああ……もう一生分笑った気分……」


 クレールはそう言いながら、膝に置いた植木鉢を見下ろす。


 植木鉢は相変わらず雑草の芽が生えているだけで、肝心のオアシスの種は芽吹かない。


「残念ね……やっぱりわたくしの力はそれまでなのかしら……」


 所詮、クレールはライバル令嬢。民達を救うほどの奇跡は持ちえないということだろうか。


「クレール様」


 隣にいた神父が労し気にクレールを見つめる。


「ごめんなさい、神父様。皆様がオアシス復活のためにこんなに頑張ってくれたのに……」

「……ご覧にください、クレール様。草木が成長し、多くの民達が喜びに湧いています。子ども達もこれほどの緑を見た者はいないでしょう」

「…………でも、この緑も雨が降らなければ枯れてしまうわ」

「それでもです。クレール様は我々セレスティスの民に希望と笑顔をくださった。素晴らしい奇跡です」

「…………ありがとう、神父様」


 クレールがそう言った時、会場の観客たちが大きな歓声を上げた。


「司会を変わりまして、本日の大トリはこの方! クレール様の一番の下僕、ガイアス様だああああああああああああああああっ!」


「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「やれ、ガイアス! お前ならオアシスの種を芽吹かせられるぞ!」

「あんちゃんがんばれーーーーーーーっ!」


 いつの間にセレスティスの民達と仲良くなったのか、ガイアスは熱い声援を受けて会場入りをする。


 中には熱い眼差しで見つめる女性もいて、ガイアスの人気具合がよく分かった。


「お嬢様!」


 ガイアスが舞台の下でクレールに向かって叫んだ。


「お嬢様にお仕えして早十数年。オレは笑いのネタを数々提供してきました。しかし、お嬢様に『ガイアスに飽きた』と言われ、この二週間考えてきた新たな笑いを提供いたします!」


 新たな笑い。それはちょっとだけ興味がある。


「なら、来なさい! わたくしが貴方の笑いを受け止めてあげるわ!」


 クレールが主人らしく答えてやると、ガイアスは「では」と咳払いして顔を上げる。



「お嬢様、可愛いぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」


「へっ⁉」


「いつもは凛としているお嬢様が、時々ぼんやり外を眺めながらおやつのことを考えていたり、朝が弱くて寝ぼけたまま食事を摂ってたり、ギャップが最高ぉおおおおおおっ!」



 てっきりギャグで笑いを取るとばかり思っていたが、ガイアスが急にクレールを褒めちぎり始めて、周囲は困惑していた。


「おい、ガイアスのヤツ。あれでどう笑いを取るんだ? どう見てもあれは惚気だろ?」

「いや、クレール様を見ろ」


 クレールを見ると彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめながらも口元が緩んでいた。


「あれは……照れ笑いだ!」

「アイツ! 惚気るついでに別の方向から笑わせてやがる!」

「あんにゃろう、見せつけやがって!」


 会場の男達からブーイングが飛ばされる中、草原と化した会場にはたくさんの花が咲き乱れ、風で花びらが宙を舞う。

 緑が失いつつあるセレスティスでは滅多に見られない光景に皆がうっとりしていた時だった。



「そんなお嬢様が、好きだぁああああああああああああああっ!」



 クレールをずっと褒めちぎっていたガイアスの愛の告白に、賑やかだった周囲が一気に静まり返った。



「お嬢様にお会いして十数年! 孤児のオレを煙たがらずに優しく接してくれて、何なら自分と同等の教育を施してくれた! 貴族令嬢だからって叶えられない夢だと言いながら聞かせてくれたお嬢様の夢はいつかオレの夢にもなりました! 最果ての大地に訪れる夢を叶えた後も、オレはお嬢様と同じ夢を見てそれを叶えたい! お嬢様、好きだぁあああああああああああああああああああああっ!」



 周囲が「おおおっ!」と大きくどよめき、視線はクレールへと向けられる。


「え、ええっ⁉」


 笑いを提供すると聞いていたのに、まさか告白されるとは思ってもなかったクレールは思わず視線を泳がせてしまう。


 しかし、どこを見ても会場のいる者達が好奇心に満ちた目をクレールに向けており、視線のやり場もなかった。


「………………ガイアス」

「はい!」

「ガイアスのぉ……バカぁあああああああああああああああああああっ!」


 クレールはそう叫ぶと、植木鉢を抱えたまま壇上を駆け下りて行き、会場から姿を消した。


「へ…………」


 告白の返事にバカと罵られ、残されたガイアスがぽかんと立ち尽くしていた。


「へ?」


 ガイアスは周囲に視線を送ると、すでに酒が入って酔いが回った男達が大きな声で笑い始めた。


「がはははははははははっ!」

「ガイアス! 振られてやんの~!」

「確かにこれは新しい笑いだわ、あはははははははははははっ!」

「可哀想~、新しい女紹介してやろうか~!」


 寄ってたかってガイアスを叩いて慰めながらゲラゲラ笑う男達に、ガイアスはそれを振り払った。


「振られてねぇわ! お嬢様――――――っ!」


 ◇


「信じられない。大衆の目があるところであんなことを言うなんて……」


 まだ熱くなった頬が冷めない。それどころかもっと熱くなっているような気がする。


 ガイアスの告白は、嬉しかった。『星』への憧れと最果ての大地へ訪れる夢を一緒に追いかけてくれた大事な人だ。


 しかし、てっきりガイアスは自分のことを主人としてしか見ていないものとばかり思っていた。


 ガイアスの事は好きだ。好きだが……


「なんであんな大勢の前で告白するのよ……!」

「お嬢様!」

「っ⁉」


 まだ彼と顔を合わせる心の準備ができてなかったクレールは、声なき叫びをあげた。


「なんで逃げるんですか⁉」

「あ、あなたこそ! 大勢の前で何を言うの! わたくしに笑いを提供してくれるんじゃなかったの⁉」

「いや……オレは……最悪、お嬢が笑ってオレをあしらうことも考えたんですけど」

「嘘告白ってわけ⁉ 信じられない!」


 もし、それが本当ならこの場で主従関係を打ち切ってやってもいいとクレールが口にしようとした時、ガイアスがクレールの肩に手を置く。


「いえ、オレは本気です」


 紫色の瞳がまっすぐとクレールに向けられ、その真剣な表情から彼の思いが伝わってきた。


「オレはお嬢様を一人の女性として愛しています。お嬢様はオレがお嫌いですか?」

「…………いえ、わたくしもガイアスのことが……好きよ」


 そう、クレールはガイアスの事が好きだ。幼馴染同然に共に過し、秘密を、夢を共有してきた仲だ。好きにならないわけがない。


「……お嬢様!」

「でも、お父様はお許しになるかしら……」


 笑って草が生えてもクレールは公爵令嬢。貴族の娘は政略的な婚姻がつきものだ。家は兄がいるとは言え、クレールは政治の駒でもある。一介の使用人との結婚を父は認めてくれるか不安だった。


「いえ、お嬢様。その件についてはもう旦那様とすでに話がついていまして……」

「は?」

「ほら、責任を取らせるって話ですよ。年頃の男女が二人旅ですよ? 何もないわけないでしょ? だから旦那様は、お嬢様を傷つけることなく最果ての大地から帰ってきたら結婚相手として認めるって許可をいただいたんです。まあ、許可がいただけなかったら、お嬢様の気持ちを確認して駆け落ちも考えましたが……」

「あの責任ってという意味だったの⁉」


 道理でガイアス以外に護衛や使用人がいらないのかと念を押すように聞かれたわけだ。道中で何かあったかと問われれば、もちろん何もない。ガイアスはちゃんと父親の言いつけを守って紳士に徹していたわけだ。


「はい。王都に戻ったら、余っている爵位をお嬢様にお譲りしてくださるそうです。そうしたら、お嬢様は女伯爵です。そうなった後もオレはお嬢様をそばで支えます。だから、お嬢様、オレと結婚してくれますか?」


 跪いて許しを請うガイアスに、クレールは植木鉢を抱えたまま小さく俯いた。


「わ、わたくし、前世の記憶のせいで今世の常識と前世の常識がごっちゃになってしまう時があるけどいいかしら? 前世の謎の知識とかうっかり口にしたり……」

「お嬢様の前世の知識、すごい便利じゃないですか。むしろ、その知識を新領主となった時に発揮してくださいよ」


「うっかり大笑いして、大量の草を生やしてしまってもいいかしら?」

「安心してください。その草はオレが刈り取ります」


 どんと胸を叩いて笑うガイアスに、クレールは頷き笑みを零した。


「わたくしもあなたを愛しているわ。結婚しましょう、ガイアス」

「お嬢様!」


 ガイアスがクレールを抱きしめようとした時、彼女はくるりと背を向けて、彼の腕からすり抜けた。


「でもまずは、屋敷に帰る前にこの種を発芽させなければ! これはわたくしに課せられた使命よ!」

「お、お嬢様……」


 わざとではないとはいえ、見事に回避されたガイアスはがっくりと肩を落とした。


「いいですよ。オレはお嬢様のそんなところも好きですから……」

「え? 何をそんなに落ち込んでるの?」

「なんでもありません……って、あれ? お嬢様、植木鉢に芽がでてません?」

「どうせ、また雑草でしょ……」


 クレールが抱えていた植木鉢を見下ろすと、土の上に大きな双葉が顔を出ていた。しかもそれは今まで生えてきた雑草の芽ではない。葉はつやつやとしていて、茎もしっかりと太い。


 二人は顔を見合わせて、言った。


「芽が生えた!」


 その後、発芽したオアシスの種は大きく成長し、水を生み出す大樹となった。枯れ果てたオアシスは再び元の姿を取り戻し、クレールの微笑みの緑地活動によってセレスティスは緑豊かな土地となった。


「クレール様……この度は本当にありがとうございました」


 やることが全て終わり、セレスティスを出発する日。セレスティスの民達がクレール達を見送りに来てくれた。


「クレール様の奇跡のおかげで、このセレスティスに緑が戻りました。まさしくクレール様は民の希望となる『星』でございます」

「そんな、神父様。大袈裟ですよ。わたくしは草を生やすことしかできないですし、元はと言えば、初代『星』が作ったオアシスの種のおかげです」

「いえ、種があっても芽が出なければ何にも意味がありません。またセレスティスに訪れる際には民全員でお迎えいたします」


 こうして、クレール達はセレスティスの民に見送られながら最果ての大地を後にした。

 目的地はもちろん、屋敷がある王都である。


「結局、なんでオアシスの種は芽が出たんですかね? 別にお嬢様が大笑いしたわけでもないのに」


 クレールと一緒に御者台に並んで座っていたガイアスは、手綱を握りながら首を傾げた。


「さあ、なんででしょうね?」


 おそらくだが、ガイアスに求婚され、クレールが嬉しかったからではないかとクレールは推測したが、実際には分からない。


 もし、クレールの幸せな気持ちがオアシスの種を芽吹かせる力となったのなら嬉しいと思う。


「うーん……じゃあ、ここは一つ。オレとお嬢様の愛の力ということで」

「もう、何を言っているのよ」


 クレールが笑うと、ぼんっとどこかで草が生える音がした。それはちょうど車輪の真下だったらしく、馬車が大きく揺れた。


「きゃっ」

「おっと……」


 傾いたクレールの身体をガイアスが支え、クレールににっこりと笑いかけた。


「お嬢様、屋敷に戻るまでが巡礼ですからね」

「分かってるわよ。屋敷までよろしくね」

「屋敷までと言わず、これからの人生もお供しますよ」


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笑う鉄仮面嬢の巡礼 こふる/すずきこふる @kofuru-01

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