第4話 最果ての大地『セレスティス』

 

 クレール達が目指す最果て大地『セレスティス』

 初代『エトワール』が顕現したその土地にクレール達はようやくたどり着いた。


「なにこれ……」


 幻のオアシスがあると言われているその場所は、草一つ生えていない荒野だったのである。


「こりゃ、すごいですね……てっきり観光名所として栄えていると思っていましたが」

「ええ、わたくしも驚いたわ」


 かつて初代『星』が奇跡で恵みを齎したその土地は、数百年の歳月を経てその奇跡が失われ、荒れ果てた土地へと変わってしまった。


 奇跡の復活を願うセレスティスの民達だったが、歴代の『星』はセレスティスを救う力を持っていなかった。実際に、今代の『星』であるアリスも治癒能力しかなく、傷を治せても大地の再生する力はないのだ。


「ひとまず、教会へ向かいましょうか?」

「ええ……そうね」


 セレスティスの教会は初代『星』が顕現した土地なだけあって立派な建物だったが、経年劣化が進んでいて少しみすぼらしい印象があった。中に入ると、本来であれば綺麗なステンドガラスも砂ぼこりに塗れており、室内が暗く感じるほどだった。


「よくぞ、いらしてくれた。今代『星』クレール様」


 クレール達を迎えてくれたのは、この教会の神父の老人。


「いえ、わたくしは元『星』の候補です。今代の『星』は治癒の力を持ち、王都にいらっしゃいますわ」


 そう告げると、神父は目に見えて落ち込み「そうですか……」と呟いた。


「今代の『星』もセレスティスを救う力をお持ちではないのですね」

「お力になれず、申し訳ございません」

「いえいえ! クレール様にお会いでき、今代の『星』についてお話を伺うことが出来たたけでも喜ばしいことです。我が教会には観光になるものはございませんが……クレール様がよろしければ、初代『星』のアトリエをご覧になりますか?」

「初代『星』のアトリエ!」


 胸が躍る言葉にクレールが声を上げると、ぽんと肩を叩かれた。


「お嬢様、ステイ。ステイです! 口元が緩んでますよ」

「はっ!」


 危ない所だった。危うく神聖な教会をお化け屋敷よろしくのあばら家にするところだった。


 クレールは咳払いをして平静を取り繕う。


「ぜひ、拝見させていただきたいですわ。わたくし、初代『星』に憧れて、この土地に訪れたのですから」

「そうですか。本来は立ち入り禁止ですが、『星』の力を持ったクレール様なら特別にお見せしたいと思います。では、こちらに……」


 神父に案内されたのは、敷地内にある小さな家だった。中は一階から二階に掛けて吹き抜けになっていて、二階の壁にはびっしりと本や実験器具のようなもので埋め尽くされている。一階は小さなベッドやソファといった家具が並んでいた。おそらく、一階を居住スペース、二階を作業スペースに使っていたのだろう。


「本はどれでも見て構いません。それではゆっくりご覧になってください」


 神父がアトリエから出て行ったのを確認し、ガイアスは鞄から花の種を取り出して瓶の中に入れた。


「お嬢様、どうぞ」

「では、失礼して。ごほん………………やった~~~~~~~~~~~~~~~っ! 初代『星』のアトリエよ~~~~~~~~~~~~っ!」


 クレールが歓喜の声を上げると瓶に入っていた種が一気に急成長し、満開になる。

 そのままクレールは二階の本棚へ行って、本を手に取った。


「すごい、古代リュミル語だわ。それも手書き! はわぁ~~~! わたくし、初めて勉強してよかったと思ったわ!」


 おそらく、初代『星』が写本したものだろう。ぱっと見たかぎりでは、土地の耕し方や土地の改良についてのものだと分かった。


「うーん……初代『星』は農耕オタクだったのかしら? それも土壌改良の本ばかりだわ」

 さらっと本棚を一つ見てみると、そのほとんどが農耕についてばかりだ。

 初代『星』は不毛な土地に奇跡を起こしたと言われているが、もしかすると『星』の力を得る前からセレスティスを豊かにするための研究をしていたのかもしれない。よほどこの土地の貧しさを憂いていたのだろう。


「初代『星』は故郷であるセレスティスを救いたかったのですね……」

「ぶっちゃけ、お嬢様の『星』の力があれば、草くらい生やし放題では? 初代『星』の再来とか呼ばれるかもしれませんよ?」

「無理よ。なんでここが荒野になっていると思っているの? わたくしが思うに、滅多に雨が降らないからよ」


 初めてきたとはいえ、前世の記憶を持つクレールなら分かる。

 前世の世界にあった砂漠地帯も雨が降らない上に日中は気温が高い。草木は暑さに枯れ、土は乾燥し、栄養すら残らない土地となる。


「わたくしが笑って草を生やしたところで草が枯れるのがオチよ」

「なるほど……お嬢様の大活躍が期待できたのですが……」

「いいのよ。そんなの気にしなくて。あら……?」


 手に取った本には、今までの写本とは違い、日にちや絵などが書かれている。日記かと思いきや、降水量や降った頻度、畑の状況や収穫量などが書かれているのを見ると、おそらく研究ノートなのだろう。


「こ、これは⁉ 手記⁉」


 読めば読むほど初代『星』の苦悩が見て分かる。荒野の緑地化なども考えていたが、雨量の少なさで草木は枯れる一方だったようだ。


「何が書いてあるんですか?」

「やっぱりこの土地の土壌改良とかに精を出してたみたいね。そういえば、初代の『星』の奇跡ってなんだったのかしら?」


 不毛な土地を緑豊かな大地に変えて、幻のオアシスがあると言われているが、初代『星』の能力は記載されていない。クレールのような草木に関わる能力なのだろうが、しかし、それだけでは初代『星』が没した後まで奇跡は続かないだろう。


「…………これ」

「はい?」

「初代『星』は品種改良に関わる能力を持っていたみたい」

「品種改良って、同じ系統の植物とかを掛け合わせて、新しい品種を作るっていうあれのことです?」

「ええ、そうよ」


 ただし、初代『星』の能力はそんな地道なものではない。自分が思い描く種を作る能力だ。どうやら水を生成する植物なるものを作り、オアシスを形成させる。そしてそのオアシスの水がある一定量蒸発すると、雨雲を作るらしい。


「水を生み、雨雲を作る植物だなんて……まるで夢物語みたいね。おまけにこの種、受粉も必要とせずに種を作るみたい」


 枯れる間際に花を咲かせる。その花はやがて一つの実をつけて種となる。


「じゃあ、なぜその種は芽吹かなかったんですか?」

「分からないわ……初代『星』の能力ミスか……鳥の仕業かしらね?」

「鳥?」

「あら、ガイアスは知らないの? 植物の種ってね、動物に実を食べてもらって運んでもらって移動することもあるのよ」

「は、はぁ……それも前世の知識ですか?」

「まあ、そんなところ。でも、鳥の仕業でも、どこかでオアシスができていてもおかしくないような……」

「結局分からずじまいってやつですか」

「一度芽吹かせるくらいなら、わたくしの力でどうにかなりそうだけど……種がないのでは仕方ないわね。一度神父様に種の所在でも聞いてみる?」

「そうしましょうか」


 クレール達がアトリエを出て神父に訊ねると、彼はあっさりと言った。


「種ですか? それなら教会にありますよ」

「え、あるんですか⁉」


 クレールの勢いに負けて、神父は身をのけぞらせて頷いた。


「ええ。オアシスの種と呼んでいまして、初代『星』の奇跡で作ったオアシスの跡地で見つかりましたが、一向に芽吹かないのです。歴代の『星』達にも助力を頂いたのですが、どの『星』達もこの種を芽吹かせることはできませんでした。こちらが、その種です」


 出てきたのはクレールの拳ほどの大きさがある種だった。思っていたよりも大きく、クレールは面食らってしまう。


「思ったよりも大きいわね……」

「よかったじゃないですか、鳥や動物が食べられないサイズ感で……」

「それで、この種がどうかしましたか?」

「実はわたくしは『星』の力は笑うと草木を成長させる奇跡なのです」


 それを聞いた神父は、目が零れ落ちるのではないかと思うほど、目を見開いた。


「な、なんと! クレール様のお力でこの種を芽吹かせていただけないでしょうか!」

「ええ、わたくしで良ければ」


 クレールは種を受け取り、神父と共にオアシスの跡地へと向かった。

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