え?これって結婚詐欺?【13】最終回

「お疲れ様」

その私の言葉に、杏奈が驚いたように顔を上げた。

「あ、美帆」

「もう帰り?」

「うん」

短い会話をして、やって来たエレベーターに乗り込む。


無言のまま、エレベーターが一階に下がっていく。

エレベーターから降りたところで、杏奈がぽつりと呟いた。

「何だったんだろう」

そう、何だったんだろう。あんなに、真剣に思いを募らせていたのはいったい何だったんだろう。ハルに会いたいと思って、ハルと会えるのが嬉しくて、ただただ過ごした日々は何だったんだろう。

「結局、独り相撲っているの?自分だけが盛り上がってたんだよね」

杏奈が、感情がなくなってしまったかのような表情で話を続ける。

「國枝さんは私と付き合ってもいなければ、結婚しようなんて思ってもいなかった」

「杏奈」

「なんか、舞い上がっていたのかな。馬鹿だよね、私」

何も言えなかった。

黙り込んでしまった私の顔を、ふっと杏奈が見上げた。

「――美帆」

驚いたような引きつった杏奈の声。

「美帆、どうしたの?」

ああ、そうか。杏奈は自分のことで手いっぱいで、私の様子をしっかりと見ていなかったのかもしれない。そう、私の顔もだいぶやつれているに違いない。

「美帆?」

気づかわしげに、杏奈の腕が私の背に回る。

「杏奈……」

「美帆、何?何があったの?」

涙が溢れてきた。


杏奈はハルが逮捕されたことも。結婚詐欺の事件のことも、何も知らなった。

國枝さんはハルの部下だったんだと思う。

あの、4人で飲んだ日の様子はそれを物語っていた。

そう、あの日から、杏奈は國枝さんと連絡が取れなくなったのだ。

ハルに私と杏奈の二人を両方ターゲットにするにはリスクがあるとでも言われたのだろう。

ハルからの指示はあのバーにいる時すでに、LINEででも送られてきていたに違いない。



「もうね、100万円は諦めているの」

二人して隠れるように入った会社近くの喫茶店。杏奈が小声で呟いた。

「杏奈」

「でもね。どうしても、國枝さんのことが頭から離れないの」

「うん」

「好きだったんだなって思う。多分、今でも好きなの。騙されていたのが分かっても、頭では理解しても。感情が気持ちがついて行かないの」

――そう、うん。まさしく私と同じ。

何で、あの人たち。國枝さんもハルもあんなにも魅力的なのだろう。

全ては私たちの好みをリサーチ済みだったとしても。ああ、なんか、手のひらに乗せられて遊ばれてしまったというのが、現実。

諦めるのには、もうしばらくかかるかもしれない。



少しして、結婚相談所の小林さんから電話が掛かってきた。

「高橋さん、その後いかがですか?何か進展はありましたか?」

そんな、明るい声が響いてきた。

「あ、いえ……」

「高橋さん、魅力的だから、あれからも何件も申し込みが来てますよ」

「はあ」

とてもじゃないが、見る気にもなれない。

「……大変そうですね」

小林さんの声のトーンが少し低くなった。

「しっかりとした仕事についている方。温厚な性格の方。そして、高橋さんに惹かれている方。いらっしゃいますよ」

「小林さん……」

「自信持ってください。高橋さんは素敵です」

「ありがとうございます」

「未来はあなた次第ですよ。出会いを怖がらないで。大丈夫です。何かあっても、私たちが貴方を守ります」

そう言ってくれる小林さんの存在は心強い。

“結婚相談所?それともハル?”

その答えはとっくに出ている。

身元のしっかりした人のいる結婚相談所と結婚詐欺師の元締めのハル。

結婚相談所でそう簡単に理想の人に会えるとも思えないけど。

かなりリスクが少ないのは確か。


でも、少し、休憩したい。

「ごめんなさい、小林さん。少しの間、休会ってできますか?」

小林さんが電話の向こうで息を飲んでいる。でも、次の瞬間にはハキハキとした声が聞こえてきた。

「はい。もちろんですよ」

「じゃあ、とりあえず休会の手続きをお願いしてもいいですか」

「はい。何カ月くらいになりそうですか?」

婚活は年齢が勝負。若い方がいいに決まっている。それは分かっているけれど。少し、休む時間が欲しい。

「ええと、まだ、分からないのですが」

「では、また、復帰するときにご連絡くだされば大丈夫です。ええと、それでは、休会の手続きについてご説明しますね」

小林さんが、ぺらぺらと書類をめくる音が聞こえてきた。



次の週末、弟夫婦がやってきた。

なんと、おめでたらしい。

そうか。弟も結婚して、すでに一年近く経とうとしている。

この一年、何をやってたんだろう。婚活に関しては、失敗ばかり。

でも、有意義なことを学んだ。そう思いたい。


幸せそうな弟夫婦と、妊娠を喜ぶ両親。

自宅の居間で、絵にかいたような場面が繰り広げられている。


そう、私、弟の結婚を期に、婚活を真剣に考えだしたんだ。

そんなことを思い出す。


「おめでとう」

微笑んで言えただろうか。

「ありがとう」

「ありがとうございます」

二人の声が頭上を漂う綿菓子のようだ。


うん。そう、少し休んで。また、考えよう。

だって、私、幸せな結婚がしたいんだもの。


~ The End ~

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私の婚活物語 Tomoko @oda-tomoko

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