猫の水泳大会

長尾たぐい

猫の水泳大会

起:

保護ネコカフェ「てんてん」では、満月の夜に猫たちの「水泳大会」が行われている。それはシャンプー用の浴槽に水を満たし、そこで足踏みを続けるという猫たちの我慢大会である。

代々、カフェには「審判」と「番長」を襲名する猫がそれぞれおり、前者はシャンプールームへの立ち入り方法を、後者は猫用ドライフード(カリカリ)が入れられている倉庫の開け方を知っている。

猫は基本的に水浴びが嫌いな生き物だ。しかし、「てんてん」では審判と番長の二匹を中心に、暮らす猫たちの半分はこの大会に参加し、残り半分はどの猫が優勝を勝ち取るかで賭けをしている。優勝者にはカリカリが与えられ、賭けをしていた猫たちは、その結果によってカフェ内でのよい居場所を勝ち取ったり、奪い取られたりしている。

ここ三ヶ月の優勝はロシアンブルーの「メルト」と三毛猫の「みつ葉」によって争われていた。


承:

メルトの譲渡日がすでに決まっていたことから、メルトとみつ葉のラスト対決だと賑わう猫たちの中、ひとり爪を研いでいた猫がいた。黒猫の「クロロン」である。彼は生まれてからこのかた水を浴びるのが全く苦手ではなく、むしろ水浴びをリフレッシュタイムと考えるようなタイプの猫だった。保護初日から「水泳大会」の存在を知ったクロロンは、メルト、みつ葉ら先輩たちにそのことがバレないよう、シャンプーの時間に暴れてみせるなど、仕込みをしていた。


転:

そして大会の当日。クロロンは予選をさもギリギリで勝ち抜いたかのようにハッタリをかましながら、メルト、みつ葉との直接対決に臨んだ。三匹とも足のつかない浴槽で泳ぎながら、ギリギリの攻防を繰り広げる。その中でクロロンは、メルトが苛立った飼い主からよく水をかけられていたこと、みつ葉が野良時代に側溝で溺れ死にかけたことを知る。過去のトラウマがあってもなおカリカリに執着する二匹へ敬意を評しつつ、彼らの足踏みの勢いの衰えにクロロンは勝利を確信する。しかし、そこでカフェのスタッフ、タキオがやってきたことで猫たちの無礼講は暴かれてしまう。以後、浴槽があるシャンプールームへ猫たちが出入りできないように厳重なチェックが行われるようになった。


結:

周到な準備をしたにもかかわらずカリカリを逃したクロロンはしばらくの間、意気消沈と日々を過ごした。それは競争相手がいなくなり、張り合いのなくなったみつ葉も同じだった。しかし、二匹に転機が訪れる。「シャンプーに動じない猫と動じまいと猫をかぶる猫」として、タキオがクロロンとみつ葉ショート動画サイトに投稿をしたのだ。するとそれが大バズりをして、クロロンとみつ葉は目当てにカフェを訪れる客がどっと増えた。その中から、二匹をまとめて引き取りたいという人間が現れた。二匹はその人間の家で、カリカリがもらえなくとも、むしろ飼い主に怒られつつも、ときたま二匹で「水泳大会」をしている。

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