隠し包丁

釣ール

裏面はいつも自信がない

「ちょっぴり、無料の範囲内で。」


 羽純はずみは暇つぶしに覚えたAI声真似で小遣い稼ぎをしている。

 まったく人に言えないやり方で。


「まあたあたしの趣味を使ってバーチャル青春?」


 姉は羽純が何をやっているのかを知っているので全年齢に聞かれてもいいように話しかけてきた。


「今でも演技の練習や場数をしっかり踏めば聞いてくれる連中っているものだね。

 徹底的に倫理感守ってるAIが危ないワード言うわけないっつーの。」


 羽純は別に欲しいものがあるわけでもなく、かといって願望がないわけではない。


 姉のように三年前まで女子高校生だった人間が一気に強そうな人と結婚しているのを羨ましく思えただけだ。

 貧乏家庭出身なのに上手いこと強そうな男性・・・ってその男性は羽純にノーギャラで演技指導してきた先輩なわけだけど。

 提案したのは羽純で姉とそんな関係になっていたのも後で知ったからこの二人は声真似も外面も切り替えられるまさに師匠そのものな人達だった。


 たまに恩着せがましく帰ってきては小言をつぶやくのがムカつくので


「少子化問題」「資本主義経済の失敗」「生きづらさ」を調べてネガティブにさせようとしても妹の小言なんて聞くわけがない。

 二〇二四年失われた三十年をラップのように刻んでも


「今自分たちができることしかやりようがない。

 あんたは進路のこと考えればいい。」


 と正論を言われてさらにみじめになるだけで筋肉質は違うなあと人に言えないAI声真似でディスタンスを保ちながら金稼ぎに戻るのだった。


「あのクソ(※自主規制)が!露骨に二人で恩を売りやがって!

(※削除が続く)」


 ***


 それなりに社会的地位の要求が高い親の圧力を利用して治安のいい高校に入ったため羽純はあまり刺激のない学園生活を送っていた。


『昔の少年漫画の悪役にいなかったっけ?

 三番手にあまんじることでなるべく目立たないように生きてはいるけれどほどほどに目立ちたいから殺人鬼になったみたいな話。

 私ってそれに近い生き方でなんとか未来をしのぐつもりなのかな。』


 友人とも普通の関係。

 成績は進学を選択肢に入れてもいいようにしてる。

 こんな時代で別に夢も何もない。

 羽純は夢だのなんだの言われたら


「詐欺ですか?」


 で乗り切ってる。

 どうせモテるやつは今も昔も顔やら成績やら環境が整ってるやつだけ。

 多様性なんて鼻で笑って嘘で言える連中がすぐに崩れる幸せをSNSを使って金儲けしてるだけの現実的できごとに過ぎない。


 でもなあ。

 色々と活動をしていると見えてくるのよ。

 


 休憩時間に秘密の場で隣の男子高校を見ている。

 別に変な意味じゃない。

 ここに光る原石がいる。


「ちっ!てめえら二人相手にいきがってんじゃねえ!」


「俺たちが物理的に大して強くないからわざと盛ってるのは分かるが六対二は卑怯すぎんだろがよ!」


 そうなんだけどあんたらは六人のうち四人は倒している。

 けれど二人がかりじゃ傷もさけられない。


「だから六人なんだよ。

 お前ら真っ先に弱い方から順に倒していったな。

 ロールプレイングゲームみたいによ。」


 一人はドラム缶を持ってきて「RPGって略せ年寄り!」と大声で叫んでとばした。


 もう一人は隙をつかれて倒れたりしているものの、やたら喧嘩慣れしていて敵二人を相手しても楽しんでいる。

 だがダメージが多いのは身体が弱いのかもしれない。

 常に二人でいるのも互いを気遣きづかっているからなのか。


 ってなんでこんな考察を!

 別にオタクでもないのに。


 しばらくすると教師がやってきて止められてしまった。

 この喧嘩はいつもSNSに拡散されていないのだがこの二人か敵の六人のうちだれか火消しでもやってるのだろうか?

 今どきこんな大イベントが陰でひっそり終わるはずがない。

 そこに羽純は恐怖を覚えては帰る。


「おい!」


 まさか?

 傷だらけの六人のうち一人がこちらにやってきていた。


「初めての見学にしてはここを選ぶやつは限られている。

 お前が情報操作している人間か?」


 多様性なんて緊急性の前じゃ適用されない。

 女子高校生を武器にしようにも相手も同世代の男子高校生。

 羽純は中性的らしいがあまり顔がいい方ではないので色仕掛いろじかけも通じない。

 それに多様性が許されるならここでヒーローかヒロインがやってくるだろお?

 そんな現実ねえよ!

 姉の話じゃ現実の倫理感の厳しさに反して「結婚は?」とか今でも言われるらしい。

「田舎だけかと思った。」と姉はその場でバカにできたらしいが羽純には無理だ!


 だが簡単にやられるわけにはいかねえ!


「マッグロォォォォォォォ!!!」


 もしものためにいくつか武器を持っていて、しかもこの場所が他の人間にも使われていることは知っていたので落ちている物全てを武器に目の前の敵を撃退することにした。


「くっ!砂を…な、なに!がはっ!」


 油断しやがる。

 急所狙ってやったぜ!


 あらゆる武器をコントロールが悪いなりに工夫して敵にぶつけて追い払ってやった。


「やれば出来るじゃん私。」


 やつの演技指導ではなくアドリブで敵を倒すことに成功した。

 こんな成功体験めったにない!


 いや、喜んでる場合じゃない。

 急いで授業に戻らないと。

 奇跡的に対処が早かったので助かった。



 ***


 非日常ははたから見た方が楽しいと強く実感できた。

 非日常といってもあの二人が某格闘漫画のように多人数相手へ喧嘩を売るのもほぼ毎日で、飛び火したのが今回だけだから日常なのか非日常なのかあいまいで感覚がおかしくなりかける。


 さっさと駅へ向かおう。

 じっくり浸ってやることやんないと。


「やっと見つけた。」


 え?あ、あんたは?


「わりぃ。

 俺たちの喧嘩を見てるやつが他校にいるって聞いてあんたに撃退されたやつの話を聞いちまって。」


 ええええ?

 密かな楽しみ…いや、非日常の主人公がやってきたんだけど。


「さ、さあ。

 見間違いじゃ。」


「俺らの喧嘩毎回見てるだれかがいて、拡散も投げ銭もしないで去っていくやつなんて限られてる。

 でもあの高校からは誰も近づかない。

 そうこっちの連中は誰もが思ってたからあんたはバレたんだよ。」


 マジか。

 ってやば!

 羽純は自分の高校にバレてないか気にしていた。


「大丈夫だ。

 女子高校生一人に撃退されてプライドが傷ついたあのガチフェミニストはもう俺たちにも手を出しゃしねえ。

 つまり俺しか知らないし、もう一人のダチも知らねえよ。」


 いやいや安心できないから。

 小声で話してくれるだけありがたいがいつでも拡散されそうだし。


「でも『マッグロォォォォォォォ!』は面白いよ。

 もっと言えばあの大声に俺は興味を持ったんだ。」


 怖っ。

 恥っ!

 不味っ!!


 非日常はお前らの高校だけにしとけよ!と思った羽純だがただ見したこちらが悪いのでそれくらいの黒歴史はプレゼントしよう。


「ここじゃやばいよな。

 金ないけどどっかいく?」


「飽きさせない話がある。

 あと金も。」


 羽純はファミレスかカラオケで長居できる金額を見せた。


「え?性接待?」


「ケモノかよあんた!

 おごれるって言ってんの!

 私は変な思想も欲もないから。」


「けど俺たちの喧嘩は見てるんだよな?

 じゃあおあいこか。」


 せっかくの機会だ。

 非日常の住人と楽しもう。

 行ってきます!


 場所は散々二人で悩んでカラオケにした。



 -カラオケ店で-



 喧嘩の彼は思っていたよりも羽純を大切にしてくれた。

 弱みを互いに握ってると思っていたけれど男女関係なくフレンドリーで間近で見ると顔も良い方に見えた。


 羽純が女子高校生だからと特別扱いもしないが、マッグロォォォォォォォが気に入ったのか楽曲も飲み物も頼まずずっとその話をして笑っていた。

 しかも嬉しそうに。


「男子校はバカやれるって思われてるけれどみんないい子ちゃんでさ。

 たまに成績が良いやつと一面だけ切り取られた可哀想なやつが何回も喧嘩ふっかけてくるんだよ。

 最初は俺たち弱くてさ。

 もう一人も紹介するけれど産まれつき病弱で運動神経がいいのに中学時代ひどい言われ方されたのを聞いて見てられなくて。」


「それでも彼はいつも二人とか三人相手にルール無視の格闘術で応戦してたよね。

 病弱なのはダメージの多さから予測はついてたけれど。」


「君怖いな。

 どれだけみてたの?」


「う~ん。

 入学して暇になった時。

 だからもう一人の子が強くなっていくのを見てかっこいいのと早くこの戦いが卒業までに終わらないか見守りたい…とは思ってた。

 なんかごめんね。」


「やっぱあのフェミニスト撃退しただけある。

 面白すぎ君。」


 あいつフェミニストなのか?

 そのわりにはこちらをガチで気絶させるつもりだった。

 まあ現実の差別主義親父も女子生徒には甘いらしいからハニートラップに引っかかるみたいだけど。

 そこはあの男子も改善してるわけね。

 恐ろしいよ。


 でもその前に大事なことが。


「君はやめて。

 もうただ見しないから。

 羽純はずみでいいよ。」


 奢ってるとはいえ悪いのは自分だからと付け足した。


「なら俺は芸屏はにいじゃでいい。

 神捨・芸屏すかる はにいじゃ

 ヤンキーに間違えられるけれどあながち間違いじゃないし。

 どこで道間違えたんだろう。」


 ツッコミが追いつかない。

 そこは人の事言えないか。


 警戒はそれでも二人とも解かなかった。

 だがディストピアでの禁断の関係ではあると錯覚したかもしれない。


 それから同性への敵意をどうするという話になって羽純は「同性とのバトルでの勝ち方は銀座ホステスを参考にしてる」とまた黒歴史を増やし、笑われる。


 一方で芸屏は喧嘩しか娯楽がないと好きな映画とかゲームもないらしかった。


 それは私にもないなと羽純は思った。

 頭では分かってるんだけどね。


 でもこの世を生きてこれから先楽しくなることなんてもう私たちが産まれた時からないのだから。

 かといって流され続けて生きるのも。


 二人はその後駅で別れた。

 連絡先も交換はしていない。


 出会いが出会いだから外を出たら張り詰めたまま帰るだけだ。



 ***



 それから羽純は休憩時間にあそこを訪れることはなかった。

 せっかく出来た高校では初の友。

 他校とはいえ非日常の主人公とカラオケで遊んだのだ。

 歌ってないし飲んでも食べてもいないけれど。


 けれど怖いだけじゃなく、彼がまた酷い目にあったら嫌だった。

 もう一人の彼にも悪い事をしたと思った。


 時間は流れ、非日常を求めることなく進路のために高校生活を送る。

 目標が決まった人もいるが羽純はどうせ転勤や転職すると大学や仕事については姉の経験を見たのもあって決めるのも楽だった。

 就活もそんなにストレートに行かないのは高校出て就職する友人からも聞いていたし。

 やっぱ体験は又聞きじゃなくてリアルなものが実感わきやすい。


 動画編集技術は秘密にしたままなんのスキルを活かそうか。

 でもなあ。

 いうて仕事って現場で慣れないと意味ないし金だけ使うのに資格取っても運転免許以外は活かせないし。

 ああ。

 八方塞がり。


 すると物陰からだれかが羽純をさらった。

 まさか。


「くっ。あ、あんた…え?あの時の!」


 羽純が自分自身の力で撃退した男子高校生だった。

 あれからもうあちらに関わってないのに!


「SNSに拡散しないネットリテラシーがここまでとは。

 優秀だよお前。」


「フェミニストなんじゃないのか?

 」


「どこかから聞いたのか。

 芸屏の野郎か。

 まあいい。

 平成の時代で死ぬだけしか能がない昭和のおっさんじゃあるまいし。

 分別は出来ている。」


 そうか。

 理屈は建前だ。

 こいつは変態だ!


「こんな無駄なリスクしょわなくても別に情報を売ったりなんかしねえよ。

 こんな街、さっさと出てって自分の幸せ見つけてやる。

 それにあんたに脈なんかもつやつ全員不幸になるだけだから!」


 ああ。

 余計なことを自分でも言ってしまったなあと俯瞰ふかんして反省する。


「あいつ今頃何してると思う?」


 プレッシャーのかけ方が上手い。

 そう言えばあれからどうなったんだ?


「誰かは知らないけれど連絡先は聞いてない。

 あんたは自分自身の力で私を特定したんでしょ?

 なら…」


 殴られそうになったのを交わして大きな石で反撃するも流石に次はなく捕まってしまった。


「あの喧嘩しかできないヤツらも校則で押さえつけられて何も出来てねえ。

 ヤツらにやられた仕返しを何度も何度もしてやったよ。

 このままなら精神病んで落ちぶれた人生を送るかもしれねえけどなあ!

 俺たちには関係のない話だが。

 はっはっはっは、がっ…」


 なぜだか知らないけれど石を握って変態こいつのあごを殴っていた。


「こっ…があっ…こ、こいつ…」


「変態…いや、クズが。」


 助けを読んでも意味はない。

 いや、タイミングがまだだ。


「この…この…このどっちつかずがぁぁぁ!」


「性別性別うるせえ!お前はシンプルにクズだ!

 お前だけが堕ちろ!お前だけ制裁くらえ!」


 とにかく砂や土をクズにぶつけ、逃げる。

 逃げる。

 逃げて、戦う!


 だが芸屏と喧嘩する相手の仲間だけあって変態度が違う。

 こいつ死体をしっかり確認するタイプだ!


 まさか自分が非日常を送る側になってしまうなんて。

 ただ見の罰だ。

 ごめんね。

 芸屏君。


 だがやられるわけにはいかない!

 一人で生きていくしかないのだ。

 どんなグループにいても。

 誰も助けてくれない。


 この現実と戦うために!!


「どっせぇぇぇい!」


「いい加減寝ちまえ!」


 落ちている犬のフンまで使うとは想定していなかったのか流石にそれらには近づかない。

 くっそお!フンだけに。

 汚れちまった。


「いっそフェミニストの本望としてこの汚れた手でお前を抱いてやるよ。

 てめえにそんな度胸があるか?

 弱い者をいじめるしか生き方のないお前の方がよっぽど倫理感がないけれど?

 このフンのように排泄されちまえ!!


 はっ、かいいいいいいいい!!」


 一人でも戦ってやる!

 芸屏君。

 どうか、どうか無事で!

 そうでないなら仇をとってやる!


「うわあああああああああああ。」


 後日、あの変態は補導された。

 私は証拠映像を持っていなかったので何度も事情聴取じじょうちょうしゅをされたが警察ってアテにならないし信用出来ないと強く思った。


 手はしっかり洗ったが芸屏君やもう一人の情報を調べることはせず、なんとかまた元の生活には戻ることが出来た。


 それでも他校は他校でこちらでは話題にならず、逆にそれが仮面を被る生活のままで安心した。


 あの二人はどうなったのだろう。

 連絡先を聞いておけばよかったが端末で探られたらお互いに生活に支障が出る。


 せめて筆談で共通の場所を…あっ、そうか。

 あそこなら。



 いつもの休憩時間。

 そしてだいぶ昔になって送っていたルーティン。

 秘密の場所で昔のように喧嘩風景を見る。


 今はもう静かな場所でフェンスが貼られた芸屏の高校。


「思う通りになんて…いかないか。」


 それでも次も来よう。

 ここしか、知らないから。


 ああ。

 柄でもなく涙が出てくるなあ。

 会おうと思えば会えるけれどもう会えないんじゃって可能性の方しか思いつかないや。


 ならもういっそ誰もいない、誰も来ないこの場所で叫ばう!


「無料の(※自主規制)を(※削除中)でぇ。」


 いつ以来の声真似だろう。

 羽純は将来声だけ回収されそうなセクシーさを出した。


「やっぱり羽純は面白いやつだ。ほら、この子だ!」


 そ、その声は!


 恥ずかしい想いをしてでも。

 せめて何かを求めてでも。

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