第2話 変わってしまった世界

ぎしりと、無事だった椅子に腰掛ける。軋んだ音は反響し、がらんとした空間に響き渡った。


ここはホーム、クラン〈神威〉の拠点。だった場所だ。

今ここには、何もない。荒れて物の散乱したこの場所に、私は1人座っていた。





▼▼▼


クラックオブアルカナの世界において、剣と魔法のバランスは均等ではない。プレイヤーの殆どは魔法を使い、武器を握るのは壁となるタンクか属性を武器に付与して戦う魔法戦士くらいなものだ。


ではなぜ、魔法不使用集団などというクランが生まれたのか?

答えは単純。所属する全員が、とにかく突っ込んで敵を蹴散らしたいという面子だからだ。


魔法を唱える間は無防備で、パーティーを組んで戦う前提となる。


付与役バッファー回復役ヒーラーなんてもっての外。そんな事をするくらいなら、個人の実力で全て倒し切った方が良い…そんな頭の悪い理由で作られたクランだった。


当然、ゲームとの相性は良くない。遠距離攻撃の殆どを魔法が占めるこのゲームで、耐久や回避運でのゴリ押しで強引に勝ち進んでいく様子は、他人から見たら異端に映るのかもしれなかった。


クラン同士で闘うPvPイベントの時には、こっちを攻める敵はいなかった。ごり押しされるのが分かっていたからだ。その分色んなところに突撃をして、たまに複数のクランに連携されて叩かれ…負けはしても、楽しかった。


だから、またクランを立ち上げて仲間とやりたい。そう思うのは、当然の事だった。

その為に歩いていた私は、返ってきたチャットにふと目を通して。その脚を、ぴたりと止めた。



「メンバーの殆どが、離脱…⁉︎」



返ってきた内容は、機械じみたおよそフレンドとやり取りしているとは思えない冷たさだった。


私がここに来る前、つまり初日にクランメンバーの何人かは拠点へと集まった。そこに、数人のプレイヤーが攻撃を仕掛けてきたという。

このゲームは、いわゆるプレイヤーキルに関して肯定的だ。戦いたいなら外に出ればどこでも戦えるし、道を挟んで魔法の飛ばし合いなんて光景も見られた程だ。


だから襲われるのは、珍しいものではない。私達のクランの様な面倒くさい相手に喧嘩を売る事はそう無いだろうが、初日のプレイヤーだと思って軽くいなそうとしたらしい。



そして、結果として惨敗という事だった。


圧倒的な格上では無かった。ただ、VRになってからの変更点で、武器魔法それぞれにテコ入れがされたらしい。


魔法の威力は比較にならない程強く、射程は長くなっていた。耐久してのゴリ押しが通用し難い程に。

その話は、一気に界隈に広まった。数年の間があったとはいえ、かつて厄介者だったクランが大幅に弱体化してしまったのだ。結果として、メンバーの大半はやる気を失ってしまったそうだ。


これを送って、私も別のゲームに行く。キクも、出来るならあまり今のクラックオブアルカナCOAに長居しない方がいい───


そう言って、チャットは終わっていた。


マジか…。

大きくため息をついて、天を仰いだ。多少のバランス変更はあるだろうが、そこまで極端に変わるとは。相手の強さは分からないが腐っても既プレイヤー、並の耐久ではない。それを惨敗に追い込むとは、どうなってしまったというのか。


確かめたい。

変わったこの世界を、何よりクランの様子を。



ひとつ息を吸って、駆け出した。







▼▼▼


更地エリア。更地というより、砂漠に近い場所だ。乾いた風に煽られながら、岩越しに拠点の様子を眺めていた。


外観は変わっていない。行きに幾らか戦闘をしながらここまで来たが、出てくる敵も道も変わっていない。

変わったのは、空だった。

空にはかつて、エンドコンテンツの高難度ダンジョンが浮かんでいた。ど真ん中に鎮座し、マップの何処からでも見える設計のそれが、見当たらなかった。


今実装されてもクリア者などしれているから実装されていないだけかも、なんて考える私の目がすっと細まる。

拠点から、誰か出てきた。3人で、フード付きの暑そうなローブに身を包んでいる。考えるまでもない、標準的な魔法使いスタイルだろう。


魔法の威力を見てみたいが…けしかけられる敵も見当たらない。仕方ないと、重い腰をあげて3人の前に飛び出した。



「や、こんにちは。私このクランのモンだけど…見ない顔だよね。新入り?」


びくりと身をすくませるローブ達。後ろの2人が何か小声で話している…と、先頭の1人がローブを取りながら歩み寄ってきた。


「はい、そうなんです。強いクランと聞いていたので入れてもらおうとお邪魔したのですが…誰もいなくて」

「ああ、そうなんだ。誰もいないならよかったよ」


顔のいい男だ。爽やかな笑顔に、敵意を感じさせない声。私もにこりと笑って、とんと大きく歩み寄った。自分のステータスは確認済み、このゲームの仕様もあらかた分かった。刀を振ってもギリギリ届かないが、この距離なら魔法を使う暇は無いだろう。


男のローブに隠れてはっきりとは分からないが、後ろの2人が何やら準備をしている。直前で男が離脱するのか、或いは男ごと魔法で巻き込むか。


いずれにせよ、私はそういう騙し討ちじみたやり方は好きではない。



「少しくらい物壊しても、怒られなそうだしさ」



どっ、と鈍い感触と、似つかわしくない鈴の様な音。。刀を抜いて一歩詰め、反応される前にひと突き。何か質量のあるものを貫いた、程度の感覚が腕に伝わった。

男の顔が、呆然とこちらに向けられる。…不思議だ、全く警戒していなかったとでも言うのか?



「さて、次はー」

「「ー炎の神よ!」」



耳に届いた言葉と同時に、人間1人と同程度の火球が2発放たれた。

この世界ではキルされたものは少しの間だがその場に残る、恐らくプレイヤーも。それを利用して火球のひとつにどんと押し、もうひとつの火球は───突っ込み、受けてみる。


どしんと振動。流石に本物の火に巻かれた熱さでは無いだろうが、不快な熱が全身を包む。視界の端のHPが、がりっと3割ほど削り取られた。


私はステータスを、物理攻撃と魔法防御に特化して振り分けている。エフェクトがどんなに派手でも、ある程度の魔法ならかすり傷で済むはずだ。だというのにこの火力、一撃で全損するほど差があるにも関わらずだ。



どうやら、私達にとって息苦しい世界になってしまったと言うのは本当のようだ。


踏み込んで、炎の中から抜け出した。そのまま驚くフードの身体を袈裟懸けに斬る。こちらもやはり、一撃だ。


もう1人には…鞘でも投げつけておけ。このゲームは攻撃意思があれば何でも攻撃となるようで、その辺の石ころでも攻撃になる事は確認済みだ。

どすんと言う衝撃とともに、ローブの身体がくの字に折れる。間髪入れずに落ちる鞘を掴みとり、そのまま殴りつけた。


殴られたローブは強いノックバックを受け、ふらふらと拠点入り口のドアに背中を打ち付ける。そのまま、ドアごと倒れ込んでしまった。


中から追加のくる気配はない───転がっていた3人も、ゆらりと消えてしまった。どこかしらでリスポーンするだろう。



ゆっくり見回すと、中の荒れた様子が伺えた。決して綺麗とは言えなかったが、荒れているわけでは無かった。何より、こうしてクラン外の人間が出入り出来ているのいうのは、事実としてここが私にとって、ただの廃屋である事実を示していた。





▼▼▼


そうして、私は無事だった椅子に腰掛けてぼんやりしていた。思い返すのは、あのローブの男達。

強さは別にどうでもよかったが、魔法…放つ前のあの口上は何だ。


「あんな事言わないと魔法出ないの、ココ…」


神の炎よ、ときた。確かにpc時代も何かしら詠唱をしている様子はあったが、口に出さなければいけないとは。そんなセリフを恥ずかしげもなく言うのは、私にはとてもとても。

魔法を使わない理由、また増えたな…。


「…ん?」


かたん、と外で物音。さっきの奴らの仲間か?


刀を手に、多少の警戒をして歩を進める。外にいたのは、


「あっ…この家の、人ですか…?」


何故か丸腰でおどおどとこちらの様子を伺う、青い髪の少女だった。

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魔法嫌いの反逆者 ユウマ@ @Yuuma_

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