魔法嫌いの反逆者

ユウマ@

見慣れた新天地へ

第1話 始まりは黒の中から

VRMMOというゲームジャンルがある。ゲームに慣れ親しんだ人ならすぐに分かるだろう、仮想現実でのゲーム体験というやつだ。実際に身体を動かす様にアクションを楽しみたいと思ったのは、私も一度二度では済まない。


そんな空想世界への切符が今、私の手にある。時刻は昼前、時間ぴったりに配達された専用デバイスだ。

バイザー付きヘルメットの様な外観で、外から伸びるコードが2つ。一本は電源の確保、もう一本は私の様な人間向けの機能としてpcに繋がっている。


中に入っているソフトの名前は、「クラックオブアルカナV」。VR作品として最後にVを付けるという安直すぎる理由だ。


小さな電子音が、ヘルメットとpcから響いた。繋がっていたコードを外し、頭に被って横になる。

今していた事は、引き継ぎだ。pc、サーバーに保存されているデータを読み取らせ、仕上がったデータで遊ぶ事が出来る。

だが、このゲームの発売日はつい昨日。引き継ぎなどと言う機能とは本来無縁だ。


何故それが出来るのかは…このゲームに起因する。目を閉じて、世界に飛び込む準備を。

ふわりと浮かぶ様な感覚に包まれていく。



実際にこの世界に降り立つまで、あと少し。

その過程を楽しみながら、このゲームが届くまでのあらすじを思い返そう。







▼▼▼


事の発端は、もう数年前になる。かつてネットゲームとして「クラックオブアルカナ」は存在していた。ありふれた剣と魔法の世界で冒険を繰り広げるMMOを、私は熱中してプレイしていた。


しかし、終わりは当然訪れる。私達の世界は、あっけなくその幕を閉じてしまった。

そして数年後。突如として立ち上がったVRMMO化は、ユーザーを置いてけぼりにする勢いでぽんぽん進んでいった。



暗い画面に、名前入力のウィンドウが映る。引き継ぎ済みの私には既に入力されている為、パス。


見た目のクリエイト画面。これもネット時代の見た目を参照した、「らしい」姿が既に組まれていた。弄る気も起きないのでパス。



かつてのゲーム友達から連絡を受けた私は、当然直ぐに予約をしたものだ。VRというジャンルに挑む初のゲームが慣れたものというのも、感慨深いものだろう。



もう確認する事も無いのか、新たなウィンドウは出てこなかった。代わりに、視界の端には懐かしのHPバーと、注意事項らしきメッセージ。



“ユーザーネーム、キク様。データの引き継ぎが完了しました。前作プレイ済みの方はスポーン地点が通常と異なります、ご注意ください──”



通常と異なる?初プレイは城下町にスポーンしたはずだが、昔の座標まで引き継いだのだろうか。

まぁ、すぐに分かるか。目前に迫った開幕に、心躍らせながら目を閉じた。









▼▼▼


目を開くとそこに飛び込んで来たのは、一面の黒だった。どこかに寝かされている。それもだいぶ窮屈なところの様だ。


フルダイブって本当にリアルさながらの感覚だな…と初心者丸出しな感想を抱きながら、とにかく此処から出ようと腕を動かした。がたん、と何かのズレる音。目の前に光が差し込む、眠るためのカプセルなんてものではない。


そのまま、腕を思いっきり動かして目の前のモノを跳ね除けた。柔らかい光を浴びて、目を細める。

私がいるのは、丁度すっぽり身体が収まるサイズの箱の中だった。ひんやりと無機質で、眠る為と言うより為の箱。


よく知る単語で選ぶなら、棺だ。

身体を起こすと、同じような箱がずらりと並んでいるのが見えた。もう開いているものも、蓋されたままの棺も様々。月明かりに照らされて、薄寒い雰囲気を漂わせていた。


周囲の地域に見覚えは、ある。ゲームエリアの東の果て、霊廟ダンジョンの入り口近くにこんな墓地があったはずだ。


「既プレイヤーのスポーンが墓の中ぁ…?嫌がらせか?」


ぶつくさ悪態を付きながら、己の身体を見下ろす。女性にしては高めの身長に、細い体躯。武器の類は腰に下げられた一本の刀で、他は初期装備じみた質素な服とズボン。肩より少し伸びたシルバーグレイの髪…なるほど、姿自体は昔と大差ない。


とりあえず、装備を確認しながら移動しよう。この墓が本当に既プレイヤーのスポーン地なら、他にも目覚める人がいるかもしれないからだ。


ゲームの中とはいえチャット以外で流暢にコミュニケーションを取るのは、ちょっと怖い。





▼▼▼


少し離れた更に端っこ。手頃な石に腰掛けて、私はメニュー画面をチェックしていた。


分かった事は概ね2つ。


ひとつは、引き継ぎはかなり多くの要素をこちらに持ってきたという事。

レベルや所持品、ステータスはかつての時代と変わらない。マップだけは目覚めたこの墓地だけで、自分で埋めなくてはならないようだ。


ふたつめは、変更された点だ。ステータスについて、pc時代は命中率や回避率なんて概念があった。

それがまるっと削除されている。自分で文字通り行動できるゲームなのだから、自分で動いて自分で避けろという事らしい。


他の大きな変更点は、クランの有無。かつて私は少人数のクランに所属していたが、流石にそこまでは引き継がなかったようだ。


装備を整え、墓地の出口へ向かう。よく使っていた軽装防具に、腰に下げた刀は2本。おまけとしてフード付きのボロマント。これは声かけ防止だ。


初プレイくらい、1人で楽しみたいからである。さてこれからどこに向かおうか、と考える私の前に、小さな足音がふたつ。


顔を上げると、犬がいた。犬の形をしているだけで、その身体は溶けかけた様に爛れている。

そういえば、この墓地も敵は出るんだった。特殊な能力は持たないが、回避率の高いゾンビ犬。


待ちに待った戦闘だ。相手は少々締まらないが、肩慣らしには丁度いい。


「それじゃあお相手、願おうか!」


刀を抜き、地を蹴った。

今のセリフが人に聞かれていませんように。






▼▼▼


「つっ……かれた…」


少し進んだ先の岩。初戦闘を終えた私は腰かけぐったりしていた。

誤解していたが、私はpc時代のプレイヤーである。キーの連打で敵を斬った事はあっても、実際刀を振る機会は久しくなかった。


おまけに相手の小ささ、俊敏さ。基本的にザコの動物は魔法を使わないが、それは明確な隙に繋がる行動をしないという事でもある。肩慣らしなんてとんでもない、私の苦労は半分まで減ったHPから分かる通りだ。

取り出した回復薬をぐいっと煽る。味なんてよく分からないが、体力は回復しているのでよしとしよう。


恵まれたステータスのおかげで身体は軽いし、攻撃力も充分にある。戦っている中身がVR初心者というのもあるが…敵が悪いと思う、最初はもっと遅いものと戦いたかった。


「さて、どこ行こうか…。城下町の道も分かるけど…」


プレイヤーの特権として、当時の知識はばっちり頭に残っている。ゲーム側が変わっていなければ、辿り着くのは難しくないだろう。

だが、それより目指すはその途中。私のいる東の果てから、少し南西に行った所だ。


そこは言ってしまえば、更地に等しい。経験値の美味しい敵もいないし、レアドロップやダンジョンも言わずもがな。

だが私にとっては、クランの拠点があった場所だ。


フレンドは…お、残ってる。誰もログインはしていないが、チャットでも飛ばして待ち合わせでもしよう。


拠点のあった場所にいる、と何人かにチャットを飛ばし、ふらっと歩き出す。

目指すは何もない、更地の中に立つ一軒の荒屋。


人呼んで「魔法不使用集団」、クラン〈神威カムイ〉の拠点である。





この時の私は、まだ知らない。新たに作られたこのゲーム、その初日に何が起こったのかを。

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