つぼみ
絢の帰宅は思ったよりも早く、いつも通り夕飯を終えた。
ただ、いつもと違う事があるとすれば、絢の頬がほんのりと赤く既にほろ酔い状態という事くらいだ。
それでも、あの日から何かが変わった。それを口にする事なく、二人は縁側に並んで庭を眺めていた。街灯の灯りと月明かりが庭を美しく照らしている。
絢はコップを持つ
「爪、また噛んでたでしょ」
「あ、うん」
「
そう言うと絢はそっと
「こうしていれば、爪を噛まなくてすむよね」
「……」
「姉ちゃん……俺」
「うん?」
「俺は姉ちゃんにずっと、幸せでいて欲しい」
絢は河野との事を言われているのかと思い、すっと
―― もう私がいなくても……大丈夫って事?
チクリっと小骨が刺さった様な感覚が毒の様に体中に広がっていく。
コトっゴトゴト。
冷蔵庫の製氷機の音が聞こえた。「寝よっか」と絢が言いかけた時、さっきまで繋いでいた手がぐっと引っ張られ、バランスを崩した絢は
石鹸と汗の香りが絢を包み込んだ。
ドドドド……
「ちょ、ちょっと」
「俺が……絢を幸せにする」
「えっ?」
いくらか鈍くなった頭では、何が起きたのか理解できなかった。ぎゅっと
力強く荒いキス。
そのまま床に押し倒されそうになり、ようやく絢の頭が冷静さを取り戻した。
「ちょ、やめ……」
「ご、ごめん」
絢は空き缶を片付けながら、何事もなかったように振る舞う。ふざけた子どものキスなら何度もある。
だけど。
「俺……本当に、絢に笑っていて欲しいんだ。俺じゃ……ダメ?」
「
今にも泣きそうで叫びだしそうな
「ありがとう」
絢は小さく頷き、おでこをコツンっと合わせ優しく諭すように呟く。
「嬉しいよ。でもね」
「でも?」
「もっといい男になってからね」
「えっ? いい男って」
「そうね、まずは……脱いだものは洗濯機に入れるとか?」
「わかった」
「ゴミだしとかお風呂掃除とか、ご飯食べた後食器を片付けるとか」
「う、うん」
「あとね」
「ま、まだあるの?」
絢は、ふふっといたずらっぽく子どものような笑顔を向けた。
「お義父さんとお母さんに話さなくちゃね」
「えっ」
どぎまぎしている
「ねぇ~それって……俺でいいってことだよね」
絢は何も答えない。
食卓には、絢が買ってきた白いバラのつぼみが2輪、寄り添うように飾られていた。
END
つぼみ 桔梗 浬 @hareruya0126
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
絶食男子を攻略せよ!/桔梗 浬
★90 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます