第14話 血的影響力
「遅れてすまない、セイラ、ローリエ、二人共。後は吾輩が引き受ける」
「……大逆罪だぞ、ジャイルズ卿。何人……殺した?」
ボロボロのウィリアムはそう言って、一歩足を前に踏み出した。
「さーな。まあとはいえ残存魔力はもうほぼない……ああ君を倒すには十分だがね」
「クソガキがッ!!
ウィリアムはそう魔法を放つべく杖を上げようとした。
だがジャイルズはそれよりも早く杖を前に出し、無詠唱で
その魔法はウィリアムが呪文を唱え切るより早く彼の脳天に直撃し、ウィリアムはたちまち膝を突いて失神してしまった。
そして、一部始終を見届けたジャイルズはローブを翻し、体を屈めながらローリエ達に顔を向けた。
彼の右目は潰れていた。
また他にも、左前腕の真ん中から下が切断されたかのように無くなっていた。
「二人共、まだ動けるな?」
ジャイルズがそう言うと、ローリエは小さく頷いた。
「セイラは!?」
ジャイルズは、セイラに目を移す。
「私も、ただの擦り傷だから大丈夫だけど、でも、だって……」
ジャイルズの服は切り刻まれたような跡があり、その傷の隙間から垂れ出た血がどんどん床に血溜まりを作っている。
「心配するな、吾輩はなんてことない。それよりセイラ、地上で私を襲った奴らが言ってたぞ。強制連行令ってどういうことだ?」
「……それは私が半年前、王都からメルスラーブに来た後、生きていればそこに戻る義務があった。でも魔女だからって私を人以下の扱いをする奴らの王都には戻りたくなかった。だけどそのせいでジャイルズがこんな目に……」
「そうか、それは辛かったろう。何もできずすまんかった。だが吾輩を襲った奴らのことは君が原因じゃない。吾輩のやらかしだからな」
「だが奴らにも君の強制連行が下されている。もう時期ここにその追手が来る。まだ魔法使いだけでも五~六人いるはずだ。吾輩がその足止めをする。だからそう、早くこの町から逃げるんだ。早く――――ゲホッゲホッ」
ジャイルズは姿勢を崩しながら肺に溜まった血を嘔吐のように口外へ吐き出した。
その鮮やかな吐血はセイラのズボンの上にビシャリと落ち、反動で跳ね上がった幾分かの血液は胸元にまで達している。
ローリエはすぐにジャイルズに駆け寄り、ジャイルズの体を支えた。
「逃げたくないよ。だってもう会えないと思ってたのに、あんまりだ」
一方のセイラは血がかかったことに動じずそう答える。
「はぁ、はぁ…………ここから北の……『チェスタームーン』。そこに私の知人『コーリー・ブライアン』と言う男がいる……その男の所までローリエを連れて逃げてくれないか? 早く……お願いだ」
ジャイルズは残った右手でセイラの肩を掴み、両目を残る左目で見つめていた。
そしてそう訴えている間もなお、彼の足元の血溜まりは徐々に広がっている。
「……だったら、私もここに――――っ」
「元はと言えば……吾輩のせいなんだ、セイラ。十数年前、吾輩が公しゃ、の…………いや、君の父から君を引き取ったあの日……誓ってしまったのだ。君を魔法使いの騎士にすると。その結果がこれだ。もっと自由にさせてあげれば良かった。いや、吾輩が君を……引き取るべきではなかったのかもしれない。何にせよ全ては軽率な吾輩への罰、セイラは関係ないんだ……だから、迷わず逃げてくれ」
ローリエは困惑していた。
さっきウィリアムがジャイルズがセイラの父であると言っていたのに、当のジャイルズはそうではないらしい。つまり戸籍……名目上、このことは隠していた?
セイラの召集令状となにか関係があるのか?
それにウィリアムの話を聞く限り、セイラの事情があるんだろうけど今回の召集令状はすぐに王都に戻らなかったセイラに対しての令状。
ジャイルズが狙われる理由はない……一体何のために……
強制連行令を出したのはとある公爵。これもウィリアムが言っていた。
じゃあつまり、その公爵の近辺にセイラに悪意を持つ人間が―――――?
ローリエはそう考えている間、セイラは口を開いた。
「こうなったのは、ジャイルズのせいなんかじゃない。魔法使いの騎士になりたいって思ったのは私の意志だ。それと、私の父親はジャイルズだけだよ?」
「いい、もう追手が来る。早く逃げてくれ」
「血は繋がってないけど、私は一度たりともジャイルズ以外が父親であってほしかったなんて思ったことないよ?」
「お願いだ、早く逃げろ!!」
ジャイルズは右手に力を入れて、セイラの肩を強く握った。
「ジャ、ジャイルズ……」
二人は驚きで体が強張ったが、真っ先にセイラがそう言った。
「……すまん……許してくれ。こんな吾輩を……そしてもう、逃げるんだ」
セイラの肩を掴んだウィリアムの右手は力が抜けるようにズルズルと下に落ちていき、そしてその後をどす黒い血痕が這い回るように辿っていく。
ローリエはどう声をかけるのが正解なのか分からなかった。
でも今はいつ来るかすらも分からない追手がもうすぐそこまで来ているはずだ。
とにかく、早く逃げなければいけない。
「セイラ、言いづらいけど、追手が……」
遠くだろうか、地上からは何人もの足音がここに近づいてきているような気がした。
もう、時間がない。
セイラは考えた。
ローリエと、セイラ。二人が生き残るために取る方法は一つしかない。
数人の魔法使い相手に今の三人だと多勢に無勢。
だから誰かが囮となり、残りが逃げるしかない。
それはセイラも分かっていた。
「………………分かった、ここから逃げる………ローリエ、持ち上げるよ」
セイラはそう言って立ち上がると、ローリエをお姫様抱っこの形で抱え始めた。
「ジャイ…いや師匠。短い間だったけど――――その、色々ありがとう」
セイラが抱えようとしているさなか、ローリエは顔に垂れてきた髪の毛を掻き分けながらジャイルズにそう言った。
「なーに大した事ないことだ。君はセイラを幸せにしてくれ。それだけで十分だ」
そして、セイラは座っているジャイルズを通り過ぎ、玄関の方へと歩いていった。
「あ、ああ、もちろん!」
ローリエがそう言うと、ジャイルズは後ろを向いたまま手を上げて軽く見送った。
ウィリアムらの場所を超えて玄関扉の前まで来た時、セイラは立ち止まった。
この扉を出たらもう、ここで過ごした時間は戻らない気がする。
「ジャイルズ」
セイラはそう言って振り返った。
「私は、ジャイルズの娘で幸せだった――――愛してる」
そしてセイラはまた扉へと向き合った。
ああ、騎士になる試験を受けたあの日も、こんな風だったっけ。
そしてローリエを手で抱えているセイラは足で玄関扉を蹴破り、そのまま暗闇に包まれた暗黒街の坑道を走っていった。
「待――――…っ!」
セイラが家を出て暫くたった時、突然ジャイルズは立ち上がりながら玄関に手を伸ばした。しかしもうセイラには届かない。
すまなかった、セイラ。
本当の父親のことを、君に最期まで伝えられなかった。
私は君に復讐者になってほしくないのだ。
ずっと北で、ローリエと永遠に過ごしてほしい。
ローリエはセイラに並ぶ騎士になれる。
だからいざってときは、守ってやってくれ……
……しかしあの公爵子息。
本当にどうしようもなく救いようがない奴だ。
吾輩が死んだら、頼むからもうセイラ達には不干渉であってくれ。
ジャイルズがそう思っていた時、地上すぐそこから人の気配がした。
ガシャガシャとなる金属と、ザッザッと響く軍靴の音。
追手が来たようだ。
「見ろ! 来い! 勝ってみろ! 吾輩はここにいるぞ!」
ジャイルズは地上に向けて血潮をちらしながらそう言った。
そしてすぐに彼は右手に杖を握りしめ、臨戦へと移った。
---
「はぁっはぁっ……はぁ……」
セイラはもう寝てしまったローリエを抱え、真夜中の何も無い街道を走っていた。
涼しい夜の中を汗だくで、石が散在する砂利の道を裸足で、一銭も持たずにセイラは息を荒くして走っている。
もう地下の坑道は抜けたのだろう、空の綺麗な星空は二人を見下ろしている。
セイラが足を前に出すたびにその後ろには血痕と汗水の跡が増え続けていた。
だがセイラは足を休ませなかった。ここで体を休ませれば、追いつかれてしまう。
ローリエは既に出血は止まっているようだが、セイラは激しく運動しているからだろうまだ血が止まっていない。
朧な意識の中荒れた夜道を走っているせいか、何度も転びそうになった。
また傷口を直に晒し続ける二人の疫病のリスクは時間とともに増大していた。
この時代、農村部の医療機関は教会、または簡易的な療養所しかなく、概ね適切な診断という診断を行っている所はほとんど存在していない。
また公立の機関は中央騎士団とつながっている可能性もあるため、今セイラはこんな状態の二人を匿ってくれる誰かの家を探す必要もあった。モタモタしてられない。
次の街キンストンまではここからおおよそ6マイル(10km)。
これほど短い距離でもこのペースで走っていたら夜明けになってもまだつかない。
だが、セイラの走る速度はどんどん遅くなっていった。
早く――――
痛い。
疲れた、足が震えて動かない。
もう限界だ。
「はぁ、はぁ」
セイラの足は次第に遅くなり、ついにはその場で立ち止まってしまった。
「……許さない……私を、ローリエを、そしてジャイルズ………」
セイラの頭には、ジャイルズの最期の後ろ姿が浮かび上がっている。
「……私は知ってる、教えてもらったよ。オールフォーク公爵、その子息が私の実父だってこと。そう、そのやつ名は――――――」
---
「ジョナサンと、ジャイルズが死んだみたいだ」
平穏な王都ノダルケアのある一室。
向かい合うソファの一片には貴族様式で包んだ一人の金髪の男が座っていた。
「君」
男は後ろに立っていた執事にそう言った。
「はい」
「召集令状は取り下げるよう父上に後で伝えておいてくれないかい?」
「……分かりました。しかし、いいのですか?」
「ああ、令状とセイラ。その二つの意義はたった今無くなったからね。後者に至っては死んでいようが生きいようがどうでもいい、部屋の隅っこで枯れた観葉植物みたいなもんさ。だが――――――」
男は右手で身だしなみを整えながら、左手で顎髭を触っている。
「あの奴隷魔女。近い内、この目で見てみたい。そして是非私の奴隷にしたい」
その時、この部屋の扉を誰かがノックをした。
「まあ今は独立戦争の事後処理か」
男はソファの上から立ち上がる。
「失礼する」
扉が開くとそこには、肩幅が広く大眉毛の、ジェントリ風の男が立っていた。
「はじめまして、立憲党の党首ヒルボルト・チャールズ・ウィッシュ閣下。ご多忙の中このような機会、光栄です」
「はっはーわざわざありがとね。いやー私も君に会えて最高だよ」
「いえいえ、恐縮ですよ」
そう言いながら二人は互いに近づき握手を交わした。
「私は
---
「やつの名はシェイラー伯、ハーシェルハルステッドッ!!」
「いつか絶対、絶対に復讐してやる……っ!」
そうして彼女は走り出した。
ただ暗い道を闇雲だったが、彼女はさっきよりもずっと早く走り出していた。
暗黒街の奴隷魔女~過酷な異世界でどう生き抜く~ いくら @ikaraikura
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