第14話 彼らの号令
ローリエは全速力で、その衝撃音がした部屋の前まで走っていった。
セイラはどこだ……?
ローリエが部屋の前まで着いた直後、セイラが低軌道を描きながら、ローリエの真横を通って床に体を擦らせながら、部屋の外に 転がりながら投げ出された。
「セイラ!!」
ローリエはすぐに、セイラの後を追って駆け寄っっていた。
そのセイラは、奥まで行くと壁に当たる直前で剣を床に突き刺し、体の動きを静止させてぶつかるのを防いだ。
しかしセイラはすぐ、力が抜けるようにその剣から手を離し、床に座り込んだ。
右腕は古傷が疼きもう十分に動かせず、もう片方の手も傷だらけで思うように力が入らない。
セイラは腕足顔すべてが傷だらけで、血塗れ泥塗れで服もボロボロになっていた。
「そんな、こんなに……セイラはもう動かなくていい。あとは俺がなんとかする」
ローリエはセイラの前に屈み込み、心配そうにそう言った。
「はぁ……私が、戦う。ローリエこそ、顔に血が付いてるよ」
セイラはそう言いながら、左手でローリエの目の上に付いた血を拭う。
セイラの手は腕からつたった鮮血で真っ赤に染まっていた。
二人がそうしている間、セイラをここまでした張本人であるウィリアムは、倒れるジョナサンとローリエ達の間に割って入るように現れていた。
「……なぁフラヴィア、もう限界だろ。今なら俺は、少し口を動かすだけでそのガキを殺せる。嘘じゃないさ、魔力残量はあるからな。弟のようにはいかない」
ウィリアム自身も顔に擦り傷があり、左腕が切られているものの、セイラほどの重症では無いわけではなかった。
「なぜお前らはここまでして抗う? 二人共死ぬぞ?」
「私はローリエを守るために、騎士として今戦っている」
「それが騎士道ってやつか? マヌケ。お前が素直に連行されれば俺達がガキを殺す必要はないじゃないか。それが目的で来てるんじゃーないんだ。まあどうせ連行されたら死ぬかもで、必死なだけだろ? 一丁前に騎士ぶって抗うな、面倒くさい」
ウィリアムはやれやれとした呆れた表情でそう言った。
「そんなんじゃない! 私が連行されても、残されたこの子とジャイルズが悲しむ……そもそも先に攻撃してきたのは君達でしょ」
「っ埒が明かないな。あ、そうだ。ジャイルズ卿ってあいつ今、役所に行ってるんだったっけ?」
「だから……何? 君はジャイルズには何もしないって……」
「さーてもう殺した頃合いかな? 偶然ちょうーど、俺達の本隊もそこに行ってるんだよ―――――なぁフラヴィア、父親が死んだらどんな気持ちになるんだい??」
そうウィリアムが言った時、セイラとローリエは信じられず耳を疑った。
「え……なん…」
ローリエの小さな声が溢れた。
セイラとジャイルズが師弟関係ではなく、父娘の関係であることも初耳だが、自分よりずっと強靭で勇敢で経験豊富なジャイルズが死んだなんて嘘に決まってるのだ。
俺が戦う理由は、みんなと一緒にいたいから。それに歪みが入る。
そうだ、俺の目標はこの世界から逃げて元の世界に帰ることだったろ。
ローリエがなんだ、助けるだの、俺なんかに………
そうローリエはうつむいていたが、ウィリアムは口角を上げて言葉を続けた。
「勘違いしてたんじゃないか、フラヴィア? 俺は 『命令外の無駄な殺生はしない』、そう言っただけだぞ? 俺達がジャイルズを殺害しないなんて……くだらない妄想でもしちゃったか?」
「………嘘だ」
セイラは座り込んだまま、静かに、しかし確かに、突然のジャイルズの訃報に困惑していた。
「違……適当なこと言………騙れ……っ…!!」
しかし立ち上がる力は、どこかに消えてしまったかのようにただそこから声を上げることしかできなかった。
「……………」
ローリエは脱力した表情でセイラを見た。
焦点があっているのかすらさえ虚ろで、ウィリアムを睨む赤くなったセイラの目からは、血だらけの額に溢れんとばかりの涙が込み上げていた。
ただ、困惑、悲しみ、怒り。そして何もできないという無力感。いろいろな感情が映し出されているだけだった。
それは、ローリエも同じだった。
ジャイルズの死の報告への困惑と悲しみ。
師が殺されたこと、そしてウィリアムの挑発への怒り。
そして、ただ呆然とするしかできない無力感………違う。
逃げているだけじゃないか。
また逃げるのか? いや、俺は―――――
「はっはっはっ、体は素直だ。さあほら、ガキも失いたくなかったら早く――――」
そう言いながらウィリアムがこっちに向かって歩もうとした。
その時、ローリエは立ち上がった。行く手を阻むべく立ち上がったのだ。
「ウィリアム、何が『妄想だ』だ? 何が『体は素直だ』だ? ふざけるな」
「ああ? ちゃんと見ろよ素直だろ」
「ちげーよ
ローリエはそう言い放つと、ウィリアムに向かって杖を向けた。
「もう俺は逃げはしない。逃げも隠れも、命乞いもしない!!……ぶっ殺してやる」
もし魔法使いになるなら、人を救えるような魔法使いになりたい。
そしていつか、二人のような善人が笑えるような世界を作りたい。
そんな儚い夢物語を、ウィリアムは土足で踏み越えやがった。
俺にとってジャイルズはこの世界の大切な人だ。
血の繋がった父を失ったセイラの気持ちも理解できる。
でも俺とジャイルズは師弟関係でしかなかった。セイラほどジャイルズとの付き合いは長いわけでもない。
でも今はただ、そんな二人を何であろう侮辱し傷つけたこいつが許せない。
「
不動の姿勢で構えたローリエは、怒りに身を任せ杖を握り込んだ。
黒杖は溶岩の如く、まさにローリエの心の如く燃え盛っていた。
殺す。
―――人間には、罪悪感ってものがあるらしい。
そんなものナイフでも何でも無い、このただの杖ならば――――……っ
そう思いながら唱えた呪文によって、杖先からは爆炎が噴射されていた。
その爆炎はあの時よりも一回り小さく、十分な威力が発揮されていない。
しかし、爆炎は以前と変わらず苛烈な渦を巻き、ウィリアムを覆い隠すほどの業火として、再びこの暗黒街で開花し突き進んでいった。
かたやウィリアムはもはや、怒りを通り越した諦念の感情を浮かべながら、ローリエの爆炎に向かって鉄杖を構えていた。
「っ……ああ本当に鬱陶しい。お前がそうするならもう知らん。
彼がそう唱えると、大きく燃え盛る、太陽のような火球を噴射した。
発現された互いの火炎は、今まさにぶつからんと接近する。
室温が上昇し、汗は互いの頬を伝う。
そして、衝突する。
二人の烈火は激しい轟音を上げて炸裂しながら空気を揺らし、同時に放たれた眩い閃光は、ローリエの視界を一瞬で覆い尽くした。
閃光の中、ローリエは少しだけ目を開ける。
直後、急激な圧力変動と衝突の衝撃で発生した鋭い破片と粉塵が、爆風とともに高速で体へと向かっていくのが瞳に写りこんだのだ。まさに火砕流。
それを目にしたローリエは考える暇もなく、二人が守れるようかつ最小限で、対非魔法障壁魔法を即座に発現し、二人の前方に展開した。
だが、咄嗟で障壁が軟弱だったのか、鋭い破片は障壁に亀裂を作り続けた。
「くっ………セイラ!」
障壁の限界を感じローリエはすぐに顔の前で両手をクロスさせ顔を守ると、そのまま目を瞑り頭を下げ、低姿勢で縮こまった。
ついには、家全体は粉塵によって覆われた。
かくして、二つの火種は爆風となり、この暗黒街で返り咲いたのだ。
---
室温が下がり煙が晴れて来た頃、ローリエは閉じていた目を慎重に見開いた。
まず眼前にいたのは地面に横たわる二人の姿、ウィリアムとジョナサンだった。
ローリエはウィリアムの魔法に、真正面から打ち勝ったのだ。
辺りも少し小火が上がっているところもあるが、大火事とまではいっていない。
怒りに任せて放ったから威力が大きすぎて延焼するかもって思ってた。
でもそこまで威力は大きくならなかったみたいだ。自爆しかけたけど。
……彼らは死んだのか?
マーシュとは違ってくっきりと見える、真っ黒になった彼らの姿。
………死んだのか。
……威力も知ってた。杖もナイフも、同じ人殺しの道具なのは知ってた。
今更後悔したって遅いじゃないか。 なのに、なのになんで……
ああ、違う。
ともかくだ。セイラの心配をしないと。
そしてすぐにローリエは後ろへ振り返り、セイラの体を隅々まで見渡した。
「せ、セイラ、大丈夫か! 体は!? 怪我はない!?」
「ロ……エ、私は……丈…」
セイラは怪我こそはしているが、目立った新しい外傷はなかった。
障壁魔法がギリギリまで持ち堪えてくれたようだ。
「良かった……」
俺も顔や手足に擦り傷がたくさん付いただけで、他は耳鳴りが酷いだけ。
奇跡と言ってもいいくらいだ。
まあでも、あいつらはこれで済んでいないはず。
ローリエはそう思いながら、自分の手足を見渡していた。
すると突然、セイラがなにかに怯える顔でローリエの後ろに指を差したのだ。
ローリエはそれにつられ、その指差す背面に視線を送った。
もちろん。
さっきみたいに彼らが熱傷で地面に横たわっている情景を想像して――――
ウィリアム・エイムズ。
彼一人はそこで立ち上がっていたのだ。
彼の顔の半分は赤く……いや、炭化し真っ黒になるほどの熱傷を負い、衣服も同様に黒くなり杖を持つ手も真っ赤に
にもかかわらず、彼はそこに立っていたのだ。
全身の至る箇所に突き刺さった木片と、頭から埃満杯のバケツを被った『すすおばけ』のような姿が、その異形さをより際立たせている。
「ごほぅふおっ!! ごふほぅっ!!!……ガキが…に押し…負け、とは……弟…よ、あいだ………割り込んだ……か…だから、俺は今立てて…る……立たなけ…けば…らないのだ。は…令を、全う…する……」
ウィリアムはツギハギに、そうボソボソと小さく声を零すようにそう言った。
口からは血が滴り落ちている。
もっともローリエは耳鳴りで、彼の声がその耳にほとんど聞こえていない。
しかしウィリアムがあれだけの攻撃を食らっても、まだ立ち上がる余力があったと言う事実はその唖然とした目には確かだった。
そしてあろうことか、彼はこちら向かって、ゆっくりと杖を向けているのだ!
「ば、ばけものが……そんな、マーシュだって……」
ローリエは足から力が抜けて、へたりと床に座り込む。
足が痺れて動かない。頭がフラフラする。
さっき頭を打ったからか、それか怪我が傷んでいるからか。
それとも、俺がこの直面にして諦念を感じているからなのか。
もう俺の魔力は、今の炎の魔法で底が尽きた。分かるのだ。
しかしウィリアムにはまだ、少なくとも、魔力が残っているはずだ。
あいつが重症だとしても、俺は次に放たれる魔法を避ける余力はない。
セイラにはもう戦わせたくない。ならば俺は、この
前の体なら、今のあいつなんてすぐだったのか?
早く成長したい。そう思い拳を握るが力が入らない。
いや、そもそもウィリアムを倒せたとしても、彼らの本隊がセイラを捕らえるべく地上で待ち構えているのではないか?
駄目だ。どうすれば……この体で、この少女の体で……なにか良い策は……
その時だった。
絶体絶命の刹那、ローリエの真上の天井がミシミシと軋み始めたのだ。
三人の目線がそこに集まる。
その直後、天井はその何者かによって勢いよく突き破られた。
開いた天井からは、もう既に日が沈み暗くなろうとしている夜空が見えている。
そしてその何者かは床に落下して着地するとゆっくりと体を起き上げ、座り込んだ二人を背にその眼前で立ち上がった。
「遅れてすまない、セイラ、ローリエ、二人共。後は吾輩が引き受ける」
その男は高くローブを翻し、青い杖先をキラリと光らせた。
そして、老いて似つかぬ笑んだ顔で、ジャイルズはそう言葉を放ったのだった。
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