第13話 彼らの号令
ローリエは全速力で、その衝撃音がした部屋の前まで走っていった。
ローリエが部屋の前まで着いた直後、セイラが低軌道を描きながら、ローリエの真横を通って床に体を擦らせながら、部屋の外に 転がりながら投げ出された。
「セイラ!!」
ローリエはすぐに、セイラの後を追って駆け寄っっていた。
そのセイラは、奥まで行くと壁に当たる直前で剣を床に突き刺し、体の動きを静止させてぶつかるのを防いだ。
しかしセイラはすぐ、力が抜けるようにその剣から手を離し、床に座り込んだ。
右腕は古傷が疼きもう十分に動かせず、もう片方の手も傷だらけで思うように力が入らない。
セイラは腕足顔すべてが傷だらけで、血塗れ泥塗れで服もボロボロになっていた。
「そんな、こんなに……セイラはもう動かなくていい。あとは俺がなんとかする」
ローリエはセイラの前に屈み込み、心配そうにそう言った。
「はぁ……私が、戦う。ローリエこそ、顔に血が付いてるよ」
セイラはそう言いながら、左手でローリエの目の上に付いた血を拭う。
セイラの手は腕からつたった鮮血で真っ赤に染まっていた。
二人がそうしている間、セイラをここまでした張本人であるウィリアムは、倒れるジョナサンとローリエ達の間に割って入るように現れていた。
「……なぁフラヴィア、もう限界だろ。今なら俺は、少し口を動かすだけでそのガキを殺せる。嘘じゃないさ、魔力残量はあるからな。弟のようにはいかない」
ウィリアム自身も顔に擦り傷があり、左腕が切られているものの、セイラほどの重症では無いわけではなかった。
「なぜお前らはここまでして抗う? 二人共死ぬぞ?」
「私はローリエを守るために、騎士として今戦っている」
「それが騎士道ってやつか? マヌケ。お前が素直に連行されれば俺達がガキを殺す必要はないじゃないか。それが目的で来てるんじゃーないんだ。まあどうせ連行されたら死ぬかもで、必死なだけだろ? 一丁前に騎士ぶって抗うな、面倒くさい」
ウィリアムはやれやれとした呆れた表情でそう言った。
「そんなんじゃない! 私が連行されても、残されたこの子とジャイルズが悲しむ……そもそも先に攻撃してきたのは君達でしょ」
「っ埒が明かないな。あ、そうだ。ジャイルズ卿ってあいつ今、役所に行ってるんだったっけ?」
「だから……何? 君はジャイルズには何もしないって……」
「さーてもう殺した頃合いかな? 偶然ちょうーど、俺達の本隊もそこに行ってるんだよ―――――なぁフラヴィア、父親が死んだらどんな気持ちになるんだい??」
そうウィリアムが言った時、セイラとローリエは信じられず耳を疑った。
「え……なん…」
ローリエの小さな声が溢れた。
セイラとジャイルズが師弟関係ではなく、父娘の関係であることも初耳だが、自分よりずっと強靭で勇敢で経験豊富なジャイルズが死んだなんて嘘に決まってるのだ。
俺が戦う理由は、みんなと一緒にいたいから。それに歪みが入る。
そうだ、俺の目標はこの世界から逃げて元の世界に帰ることだったろ。
ローリエがなんだ、助けるだの、俺なんかに………
そうローリエはうつむいていたが、ウィリアムは口角を上げて言葉を続けた。
「勘違いしてないか、フラヴィア? 俺はお前にこう伝えただけだが、妄想しちゃったか? 『命令外の無駄な殺生はしない』、俺はそう言ったぞ?」
「………嘘だ」
セイラは座り込んだまま、静かに、しかし確かに、突然のジャイルズの訃報に困惑していた。
「違……適当なこと言………騙れ……っ…!!」
しかし立ち上がる力は、どこかに消えてしまったかのようにただそこから声を上げることしかできなかった。
「……………」
ローリエは脱力した表情でセイラを見ていた。
焦点があっているのかすらさえ虚ろで、ウィリアムを睨む赤くなったセイラの目からは、血だらけの額に溢れんとばかりの涙が込み上げていた。
ただ、困惑、悲しみ、怒り。そして何もできないという無力感。いろいろな感情が映し出されているだけだった。
「はっはっはっ、体は素直だ。さあほら、ガキも失いたくなかったら早く――――」
そう言いながらウィリアムがこっちに向かって歩もうとした。
その時、ローリエは立ち上がった。行く手を阻むべく立ち上がったのだ。
「ウィリアム、何が妄想だ、何が体は素直だ、ふざけるな」
「ああ? ちゃんと見ろよ素直だろ」
「ちげーよ
俺にとってジャイルズはこの世界の大切な人だ。
血の繋がった父を失ったセイラの気持ちも理解できる。
でも俺とジャイルズは師弟関係でしかなかった。セイラほどジャイルズとの付き合いは長いわけでもない。
でも今はただ、そんな二人を何であろう侮辱し傷つけたこいつが許せない。
「
不動の姿勢で構えたローリエは、杖を強く握りしめてそう唱えた。黒杖は溶岩の如く発光し、ローリエの自身の心のように真っ赤に燃えていた。
殺す。
罪悪感。
そんなものナイフでも何でも無い、このただの杖ならば――――……っ
そう思いながら唱えた呪文によって、杖先からは爆炎が噴射されていた。
その爆炎はあの時よりも一回り小さく十分な威力が発揮されていない。
しかし、爆炎は以前と変わらず苛烈な渦を巻き、ウィリアムを覆い隠すほどの業火として、再びこの暗黒街に開花し突き進んでいるのだ。
かたやウィリアムは怒りを通り越して諦念の感情を浮かべながら、ローリエの爆炎に向かって鉄杖を構えていた。
「っ……ああ本当に鬱陶しい。お前がそうするならもう知らん。
ウィリアムがそう唱えると、杖先から大きく燃え盛る火球が噴射された。
火球の大きさはバランスボールをも超え、火光を放ちながら爆炎へ向かっていく。
部屋の温度が上昇し、汗が頬を伝う。
そして衝突した。
二人の烈火は激しい轟音を上げて炸裂しながら周囲の空気を揺らし、放たれた眩い閃光はローリエの視界を覆い尽くした。
閃光が去り目を少し開けると今度は衝撃波が辺りを粉々にし、続けて鋭い破片と爆煙が衝撃波とともに一瞬にしてローリエの体へと向かっていった。
ローリエは咄嗟に、二人が守れるよう最小限の対非魔法障壁を前方に展開した。
そしてセイラの前にローリエは立ったまま、両手を使って自分の体を守るような姿勢を取り目を瞑った。
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部屋の温度が下がり煙が晴れて来たころ、ローリエは目を開けた。
目を開けるとジョナサンとウィリアムは地面に横たわっていた。
辺りも少し小火が上がっているところもあるが、大火事とまではいっていない。
怒りに任せて放ったから威力が大きすぎて延焼するかもって思ってた。
でもそこまで威力は大きくならなかったみたいだ。
……彼等は死んだのか?
マーシュとは違ってくっきりと見える、真っ黒になった二人の姿。
威力も知ってたのに。杖もナイフも同じ殺人なのも知ってたのに。
今更後悔したって遅いじゃないか。 なのに、なのになんで……
ああ、違う。
ともかくだ。セイラの心配をしないと。
「せ、セイラ、体は? 新しく痛いところはない?」
そしてすぐにローリエは後ろへ振り返り、セイラの体を隅々まで見渡した。
「ロ……エ、私は……丈…」
セイラは怪我こそはしているが、目立った新しい外傷はない。
障壁は途中で崩れたけど、俺達は今のをほとんど致命傷無しで済んだのだ。
「良かった……俺も大丈夫」
俺も顔や手足に擦り傷がたくさん付いただけで、他は耳鳴りが酷いだけ。
奇跡と言ってもいいくらいだ。
まあでも、あいつらはこれで済んでいないはずだ。
ローリエはそう思いながら、自分の手足を見渡していた。
すると突然、セイラがなにかに怯える顔でローリエの後ろに指を差したのだ。
ローリエはそれにつられて、ウィリアム達の方を見た。
もちろん。
さっきみたいに彼らが爆炎で地面に横たわっている情景を想像して――――
ウィリアム・エイムズ。
彼一人はそこで立ち上がっていたのだ。
最も、彼の顔の半分は赤く、いや炭化し真っ黒になるほどの熱傷を負い、衣服も同様に黒くなり杖を持つ手も真っ赤に
「ガキ…に押し…負け、とは……弟…よ、あいだ………割り込んで………だから、俺は今立てて…る……立たなけ…けば…らないのだ! は…令を、全う…する……」
ウィリアムはツギハギに、そうボソボソと小さく声を零すようにそう言った。
ローリエは耳鳴りでウィリアムの声がほとんど聞こえていない。
しかし、ウィリアムがあれを食らってそこに立っていると言う事実は、確かにこの目に映っていることなのだ。
そしてあろうことか、彼はこちらにゆっくりと杖を向けているのだ!
「ば、ばけものが……そんな、マーシュだって……」
ローリエは足から力が抜けて、座り込む。
もう俺の魔力は、今の炎の魔法で底が尽きた。
ウィリアムにまだ、少なくとも魔力があるはずだ。
あいつが重症だとしても、俺は次に放たれる魔法を恐らく避けることはできない。
セイラにはもう戦わせたくない。俺のこの小さな体で……勝てるのか?
いや、そもそもウィリアムを倒せたとしても、彼らの本隊がセイラを捕らえるべく地上で待ち構えているはずだ。
駄目だ。どうすれば……この体で、この少女の体で……なにか良い策は……
その時だった。
絶体絶命の刹那、ローリエの真上の天井がミシミシと軋み始めたのだ。
三人の目線がそこに集まる。
そして天井は、その何者かによって突き破られたのだ。
開いた天井からは、もう既に日が沈み暗くなろうとしている夜空が見えている。
そしてその何者かは床に落下して着地するとゆっくりと体を起き上げ、座り込んだローリエを背にその前で立ち上がった。
「遅れてすまない、セイラ、ローリエ、二人共。後は吾輩が引き受ける」
その男は高くローブを翻し、青い杖先をキラリと光らせた。
そして、老いて似つかぬ笑んだ顔で、ジャイルズはそう言ったのだ。
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