第二十四話 俺と妹が同時連想して女の子(家族と神含む)を幸せにする話

 三十一日目、午前八時三十分頃。

 シンシア達が姫の部屋から来客用の部屋に戻ったところで、俺は予め書いておいた作戦を共有した。いよいよ、当初の大目的の一つが達成される瞬間が来るため、慎重に作戦を練ったのだ。この際、『勇運』の力も借りておきたい。

 今回は、訳あって『シュークン作戦ノート』は使わず、紙に書いた。コリンゼが早く迎えに来た時に、いつでも隠せるように、というのが理由だ。

『全部書くと長くなりすぎるので、一部を除いて行動だけを書く。それぞれの理由は、よかったらシンシアが推察して補足してほしい。ユキちゃんは勘でいいから、俺達の行動が上手く行くか教えてほしい。

 まず、朱のクリスタルの部屋に着いたら、扉を閉めてクリスタルに近づき、俺達が触手を増やして、触れる。何も起きずに石のままだったら、それをクリスがインクの小袋に回収して部屋を出る。ないと思うが、消滅した場合は、そのことを王に報告する。

 輝きが戻ったら、俺達の動きが一定時間止まるかもしれない。その時は、そのまま俺達が動き出すまで、心配せずに待機してほしい。もしかすると、その際に俺達が新しいスキルを取得して、みんなと簡単にコミュニケーションができるようになるかもしれない。ただ、その場合でも、シンシアのみと一、二回だけしか会話しないつもりだ。

 シンシアは何か聞こえたら、その内容をできるだけ詳しく俺達に伝えてほしい。ただし、その一部は、声を出さずに意識だけで俺達に伝えてほしい。シンシア以外が聞こえた場合は、それぞれ普通に伝えてほしい。コリンゼには、朱のクリスタルの力で奇跡が起きた、力そのもののことも含めて、姫以外には言わないように、と伝えてほしい。

 それから午後七時三十分前後まで、俺達はみんなと一切コミュニケーションを取らない。声の有無にかかわらず、俺達にも話しかけないでほしい。意識して対象と話せるようなら、心の中で話すことだけ禁止する。

 だから、それまでの行動を予め書いておく。と言っても、自由時間が多い。部屋を出てから、午後二、三時ぐらいまでは、城内で昼食を済ませたあと、出発の挨拶回りをする。その合間は自由だ。暗くなるまでに馬車で隣町まで行きさえすればいい。

 宿を前払いで確保して、夕食を済ませ、さっき挙げた時間までに部屋に戻る。その合間も自由。時間になったら、俺達の動きが止まるかもしれないが、同様に心配しなくていい。以上だ』

 シンシアが少し考えたあと、口を開いた。

「前提として、朱のクリスタルに輝きが戻ることは、私達含めた大切な人達以外には知られたくない。コリンゼや姫にはチートスキルのことを知らせたくない。朱のクリスタルに限らず、他のチートスキルを得るために、敵に人質や催眠魔法で利用される可能性があるから。

 その上で、朱のクリスタル自体は広く認識されており、姫やコリンゼは大切な人達なので、その力や効果については、二人に話してもいい。クリスタルに触れた触手のみに異変が起こった場合を想定し、その保険として触手を増やす。シュウ様が一定時間止まるのは、その時間で触神様と対面し、向こうの世界にメッセージを送るかもしれないから。

 その時に送らなかった場合で、かつスキルを取得した場合、私達と会話しすぎると、向こうにメッセージを送る力を失ってしまうかもしれず、特に意識していなくとも会話してしまう可能性があるため、私達とのコミュニケーションを断絶する。

 私が何か聞こえた時の状況を詳細に語れば、その一、二回の会話だけでスキルの検証が進み、余計な失敗をせずに済む。

 馬車で隣町まで行くのは、夜中から未明にエフリー国に移動するためで、前払いも夜に宿を抜け出すから。夜に城下町から人気の全くない広いスペースまで歩くのは目立ちすぎで、門兵や警備兵に見つかる可能性も高く、それなら隣町から町外れに歩いた方が良いから。

 明るい内に城下町から長時間歩くことも考えられるが、その場合は、半分野宿となり、無駄な体力と時間を消費するため、候補から外した。

 指定の時間は、おそらくメッセージを送る最適な時間。シュウ様のご両親が揃うため、最も気付きやすく、その現象とシュウ様の安否を受け入れやすい、効果的な時間ということ。

 その時間でも送れなかったら、とりあえず延期して、私達とのコミュニケーションを優先する、という感じでしょうか。間違いや不足があればご指摘ください」

『ありがとう、完璧だよ』

「シュウちゃんが一番メッセージを送りたい時間が、今日の午後七時三十分前後なんだよね? それなら、上手く行くと思う。

 つまり、朱のクリスタルに輝きは戻るし、シュウちゃんの動きはその時は止まらないし、午後七時十五分に、メッセージを送るためにシュウちゃんの動きが止まる。そのあとは、スキルの検証をすることになるね」

 ユキちゃんがそう言ってくれると心強い。しかも、時間まで細かく指定してくれて、メッセージを送ったことでチートスキルが使えなくなることもないらしい。短期視点であれば、シキちゃん並みの予知だな。これも成長なのだろうか。完全にネタバレだ。まあ、ユキちゃんがいる時点で、誰でも想定できることだからいいか。

 しかし、コミュニケーションの断絶には触れられていないから、やるべきなのか。念のため、城にいないみんなにも、本日休業と伝えてある。向こうに一度メッセージを送ることで安定化するのだろうか。

 いずれにしても、ユキちゃんの言葉を信頼しているとは言え、油断は一切しないつもりだ。

『ユキちゃん、ありがとう。これから、たくさん話せることを楽しみにしてるよ。あたしも!』

 ゆうが珍しく割り込んで、俺のメッセージに付け加えてきた。

「ユウちゃん、私もだよ!」

 ゆうのメッセージを見て、ユキちゃんがその応えに、ゆうを抱き締めた。正確な時間が分かったので、ウキちゃんへの追加でメッセージを伝えた。

『ウキちゃんは、午後七時過ぎに時計に変身してほしい。今の状態でも正確な時間が分かるのであれば、変身せずに俺達に教えてくれてもかまわない』

「分かった! 『原子時計』に変身する!」

 世界一正確な時計という、とんでもない物に変身してくれるようだ。ハヤブサに時計の首輪を付けた時に興味を持ったか。

 おそらく最先端技術の原子時計だろうから、大型の物になるはずだ。ユキちゃんが原子時計について何も言わないということは、宿屋の床も重みに耐えられるのだろう。

「俺とゆうは時間になったら、個人フェイズに入り、お互いのプレゼントを持って顕現フェイズに移行する。まだお試し期間内だから可能だ」

 俺はゆうとその時の行動を調整した。

「うわぁ、やっぱりそれ利用するんだ。あの時は、そんなことまで考えてなかったのに」

「どうやってメッセージを送るか考えた時に、二人の意識を合わせて、触神様にお願いするのは顕現フェイズしかないからな。強制的に呼び出されない限りは、スキル取得の時しかないが、次のレベルアップまで待たないといけないから、好きなタイミングで入れる方法を探ってたんだ。触神様が俺達の指定した時間に送ってくれるかも分からないし。

 ゆうがお試し期間のことを言ってくれて助かったよ。まあ、ゆうが言わなくても俺が言ってたけど」

「なるほどね。だから『ゆうの提案は本当に素晴らしいと思ったんだ』って言ったんだ」

「流石、大好きなお兄ちゃんの言葉を一言一句覚えてるかわいい妹だなぁ」

「うざ!」

 俺がゆうの罵倒で気持ち良くなったところで、扉がノックされ、コリンゼが入ってきた。

「それでは、参りましょう」

 コリンゼの案内で朱のクリスタルが保管されている部屋に向かった。責任者はシンシアからコリンゼに引き継がれている。

 その部屋はパルミス公爵の部屋と同じ三階にあり、まだ輝きを失っていない時は、貴族限定で見学ツアーなどを行っていたらしい。輝きを失ってからは部屋に鍵がかけられ、台座上のクリスタルが置かれた箱にも鍵がかけられているとのことだ。

 ウキちゃんは、元の姿に戻れば、何でもすり抜け可能なので、その箱の中身も見ることができた。箱の中は暗闇だと思うが、それでも綺麗だと感じるのは不思議だな。

「どうぞ」

 コリンゼに促されて部屋に入り、蝋燭が灯されてから、扉が閉められるのを確認すると、クリスの外套に隠れていた俺達は触手を増やして台座に近づいた。奥の窓は締め切られているので、灯りが少ないと薄暗いままだったはずだ。

 コリンゼが台座の箱を解錠し、蓋を開けた。その手付きが滑らかだったので、引き継がれた時に、一度ここに確認に来たのだろう。

「確かに、形が整った石ですね。僕が思っていたより大きいです」

 一同がそれを覗き込んだ時にヨルンが口にした台詞は、俺も全く同じように思ったことだった。触神様に見せてもらった時は実感がなかったが、今までのクリスタルの中で一番大きい。一辺三センチの立方体に丁度収まるぐらいの正八面体に近い形だ。箱の中には綿が入ったクッションが置かれて、見やすく置かれている。これが朱く輝いていれば、確かに見学ツアーを組みたくなるのも分かる。

「それでは、シュウ様。どうぞ」

「行くぞ、ゆう」

「うん」

 コリンゼの言葉のあと、俺達はそれぞれの頭で、朱のクリスタルに同時に触れた。

 すると、次の瞬間、一同の驚嘆の声が溢れた。

『おお!』

 クリスタルの外側から徐々に輝きが戻り始め、ついには中心まで綺麗な朱に染まったのだ。まばゆい光が放たれたわけでもなく、地味な輝きの戻り方だったが、そのクリスタルは、間違いなく人々を魅了する美しさだった。

 本来なら、中心から輝きが戻りそうな気はするが、俺達の力が供給されたので、外側から戻っていったのだろう。

『あっ!』

 突然、誰かが、いや、全員が声を上げた。朱のクリスタルに異変が起こったのだ。

 クリスタルの外側から徐々に粒子化して、俺達触手の体に取り込まれ始めた。それに気付いて台座から離れても、その粒子は俺達に付いてくる。クリスタル側から一体化を求めているということだ。

 俺達は諦めて、それに従った。二十秒後、クリスタルは完全に俺達と一体化した。

「お兄ちゃん、どうする? 王に報告する?」

 ゆうが少しだけ慌てて俺に相談してきた。

「いや……。その前に、クリスタルを体外排出できるか試してみよう。元の形をイメージして台座に置く。力も半分与える感じで」

「えぇ……。流石に無理でしょ……」

「五分経ってダメだったら諦めよう」

 ゆうは弱音を吐いたが、すぐに切り替えて俺の動きに合わせた。

「シュウ様……?」

 俺達が再び台座に近づいたことを不思議に思って声に出すシンシア。

「行くぞ、ゆう」

「うん」

 俺達は念じ始めた。何も起こらないが、そのまま続ける。しかし、思ったよりも早く、それは訪れた。

 始めてから十秒後、台座近くの俺達全体から輝く粒子が放出され、箱の中にクリスタルを形取り始めた。二十秒後、完全に朱のクリスタルが輝いた状態で元に戻った。

『おおおお!』

 またも驚きの声を上げる一同。やっぱり思った通りだ。

「よし。もう一回取り込むぞ。念のため、『ごめん、やっぱり一つになろう。大好きだよ』という気持ちで」

「えぇ……。分かった……」

 またもゆうが諦めかけていたが、俺達は、今度は意識してクリスタルを取り込むようにした。

 すると、俺達の想いに応えてくれたのか、クリスタルが三度目の粒子化をして、俺達と一体化した。

「お兄ちゃん、これ確信してたの?」

「ほぼ、な。みんなも疑問に思ってるだろうから、そうだな……シンシアがあとで推察してくれると助かるんだが……」

「シュウ様! 今、声が……! 男の人の声……その印象もシュウイチ様と同じぐらいの年齢。その声で、『シンシアがあとで推察してくれると助かるんだが』と……」

 シンシアが驚きつつも、すぐにその内容を詳細に報告してくれた。ただし、俺が言った言葉の部分は彼女の口が動いておらず、『そのまま』聞こえた。

 他のみんなには俺達の声が聞こえなかったらしい。俺がゆうと話している時に、意識的にその部分をシンシアだけに向けたからだ。考えたことを勝手に垂れ流されたりしなくて良かった。

「シンシア様、これは朱のクリスタルの力でシュウ様と会話できるようになったということですか?」

「おそらくな。話が早くて助かる。これはシュウ様が予想なさっていたことの一つだ。検証が終わるまで、シュウ様には心の中で話しかけてはいけない。力を消費して、ご両親にメッセージを送れなくなってしまう恐れがあるからだ。

 姫には報告してかまわないが、他の者には輝きが戻ったこと、力そのもののことも含めて言わないように。もちろん、姫以外の王族方にもだ。検証は午後七時十五分以降に行われる。

 シュウ様が私におっしゃったのは、先程の現象と行動をシンシアに推察してほしいということだった。おそらく、朱のクリスタルが、思いの外、大きかったので簡単に持ち運べないだろうかとお考えになり、クリスタルを吸収してみたところ成功した。

 しかし、事前の作戦では、朱のクリスタルが消滅した際は、王に報告するように、とのことだったので、その必要はない、心配いらないということで、一度元に戻したのだろう」

「はっ! 承知しました」

 シンシアの命令と推察に、コリンゼは納得し、一同は部屋を出ることにした。シンシアの推察は、半分当たりで半分外れていた。しかし、これはわざとだ。

 一同はコリンゼにお礼を言って一旦別れ、来客部屋に戻ってきた。

「先程の私の推察だが、コリンゼの前だからあのような説明をしたが、実際はそうではないと思う。正確にはシュウ様は、『シンシアがあとで推察してくれると助かるんだが』、『あとで』とおっしゃった。コリンゼの前では説明できないということだ。

 シュウ様にとっては、あの吸収は予想外だった。クリスタルから一度離れようとしたことが、その証拠だ。しかし、検証の可能性もあるから、コリンゼはそちらの方で理解してくれたようだ。

 大事なのはここからだ。シュウ様は、なぜ元に戻せるとお考えになったのか。ユキの『勇運』が根拠だろう。私からの言葉ではあったが、ユキは陛下に朱のクリスタルを調査させてほしいと申し出たことになっている。

 それが、二度と元の形に戻せないとなると、ユキが困ることになるから、それでは『勇運』の効果と矛盾することになり、戻せるとシュウ様は確信した。戻せない場合は、そのことでユキが得をすること以外ないからな。

 改めて話すと、『勇運』については、チートスキルの中でも特に重要なスキルだから、イリスとアースリーを除いて、所持者以外には絶対に話せない。これがチートスキルを他の者に話せない主な理由になっている。天才であれば、そこから推察されてしまう恐れがあるからな。

 今では、『昇華』も『反攻』も、他の者に渡ったら危険なチートスキルだと私は認識している。前者は世界を消滅させる力、後者はユキが前に言った通り、無敵かつ不老不死の効果の可能性があるからだ」

 相変わらず完璧な推察だ。いつもなら、紙に書いて褒めてあげたいところだが、今は残念ながらコミュニケーションできない。メッセージを伝えたい思いで、スキルが暴発してしまう可能性がある。

 それに、悪いがシンシア達にも話せないことがあるのは、イリスちゃんとの秘密だ。コリンゼがすんなり納得したのも『勇運』の効果のはずだ。

「さて、質問がなければ、挨拶回りの順番を決めておきたい。できれば、姫を最後にして、その余韻のまま城を出たい。調理場も昼食直後は忙しいから最後の方になるかな。城発の馬車は午前中に私が手配しておく。

 昼食後、現在城内にいる方々で、出発の挨拶を終えてなくて、お世話になったのは、パルミス公爵、陛下、コリンゼ、リオと料理長、姫だ。この順番に行こう。大体の訪問予定時間は伝えていたが、不在であれば、他の者に伝言を頼んで諦める。

 ウキのおかげで、長旅にはならないから、しんみりとする必要はない。もしかしたら、シュウ様の能力で私達も離れた姫と会話できるかもしれないしな」

 シンシアが言った通り、離れていても会話できる可能性はあるし、当然、俺が考えた検証項目に入っている。王妃と王子達は、パルミス邸に行っているらしく、今日はいない。ウィルズ達も、昨日すでにシンシアが見送って城を発っている。

 それからシンシア達は、昼食までの間、ウキちゃんを講師として、ヘリコプターの乗り降りや注意事項、非常時の対応、使われている技術についての勉強をしていた。

 また、リクエストがあれば、簡単な講義も行うことにし、シンシアは剣術や格闘術、クリスとユキちゃんは魔力粒子応用のための化学と量子力学、ヨルンは教育システム設計のための現代教育の特徴と問題点、現代の差別問題の説明を希望していた。

 もちろん、全てを説明する時間はないので、ヨルンの希望が比較的早く終わることから、まずそれを説明し、次にシンシアの希望を叶えていた。クリス達の希望は次の機会だ。まあ、これまで何度か基本的なことは教えていたので、焦ることはない。

 それにしても、みんな勉強熱心で良いことだ。自分のやりたいことに確実に繋がると分かっているから、覚えも早いだろう。

 俺達は、みんなの言葉に反応しないように、無の境地に至っていた。




 昼食を終え、挨拶回りが始まると、迎えてくれた人達は皆、寂しそうだったが、シンシア達への期待も高く、最後はお互い笑顔で別れていた。コリンゼは、みんなにたくさん世話になったからか、少し涙ぐんでいたな。

 一同は、リオちゃんへの挨拶と店を紹介してくれたお礼を済ませ、最後に姫の部屋に向かった。

「姫、私達はこのあと、午後三時に出発いたします。ウキのおかげで、長い旅にはならないと考えております。どうか、ご心配なさらず、私の帰還と報告をお待ちください」

 姫の部屋に入ると、シンシアが早速、姫に出発の挨拶をした。

「午前中のことは、コリンゼから聞きました。もしかしたら、離れ離れでも皆さんとお話しできるかもしれないですね。期待しすぎると、ダメだった時にショックが大きくなるので、あまり考えないようにはします。

 ですが……、やはり会えないと寂しいことには変わりありません」

 そう言うと、姫はシンシアの胸に飛び込んだ。姫の体は震えていた。その震えを止めるように、シンシアも彼女を強く抱き締めた。

「だって……、昔よりも、一ヶ月前よりも、ずっとずっとシンシアのことを好きになったのですから! 皆さんのこともそうです。大好きな人達と短い間でも別れることが、こんなに辛いなんて……。

 以前、ここまでの経緯で、リーディアさんのことを話してくれましたよね。彼女の気持ちが今、本当に理解できました。必ずまた会えると分かっているのに……、次に会えることを楽しみにしているのに……、涙が出てしまう……。本当に不思議な気持ちです。辛いけど、涙が出るけど、笑顔になれる。ありがとう、シンシア、皆さん。ユキちゃんの村には必ず行きますから!」

 それまで腕輪だったウキちゃんも含めて、みんなが姫を囲い、黙って彼女を抱き締めた。

「姫、どこにいても私達は一心同体です。あなたが寂しい時、私達も寂しい。ならば、いつでも笑顔でいてください。笑顔でいられない時、私達が笑顔になりましょう。そんな都合の良い一心同体です。

 これは『ごっこ遊び』ではありません。だから、終わることはないのです。反省会もありません。周囲から見たら、茶番かもしれませんが、私達には関係ありません。

 それに、シュウ様は常に当事者であり、あなたをご覧にもなります。あなたの最高にかわいい笑顔を、シュウ様を通じて私達に届けてください。文字通り、私達は触手で繋がっているのですから」

「……ふふふっ、そうですね。最後を触手で締めるのが面白いです。あなたが戻ってくるまでに、また台本を考えておきますね。今の候補は『信じていた姫が触手に寝取られた話』です」

「それは、脳が破壊される側の演技難度が高すぎます! せめて、『寝取らせ好きの騎士』役にしてください!」

 それでいいのか……。

 一同は笑顔で姫と別れた。それから、出発の時間になり、シンシアが手配し、城の前で待機していた馬車に乗り込むと、一同は隣町に向かった。




 午後六時四十五分頃。町で宿を確保し、夕食を終えた一同は、宿屋の部屋にいた。すでに、原子時計に変身しているウキちゃんは、その説明をみんなにしていた。

 少し広めのツインベッドの部屋だったので、ウキちゃんを除く全員がそれぞれのベッドに乗ればスペース上は問題ない。小型の原子時計も存在するが、どうしても市販の物よりも精度の高い原子時計に変身したかったらしい。それは、三千億年に一秒しかずれない『ストロンチウム光格子時計』だ。市販製品でも利用されているセシウム原子時計の千倍の精度を誇り、三百億年に一秒の精度だったものを、多重化することでさらに精度を上げたという。勉強になるなぁ。

 標準時間は日本標準時に合わせたらしい。これは、前にイリスちゃんが言っていた、『両世界が似ていて、特に日本と強い結び付きがあるかもしれない』という説の一つを裏付けるものだ。当然、俺もそれについて『万象事典』で調べていて、だからこそ、この時間帯を選んだ。

 これまでのことや、この世界内での時差も考慮すると、ジャスティ国のみが日本と結び付いているのかもしれない。同じ時間の北の国はどうなんだろうな。国の大体の位置関係も同じなのだろうか。それとも、一つの国が引き伸ばされたり、合わさっていたりするのだろうか。

「午後七時十分!」

 ウキちゃんが時間を教えてくれた。五分前行動に則った通知で助かる。

 俺達は、動きが止まっても、みんなの邪魔にならないように、部屋の隅に移動した。みんななら、自分達の腕の中にいてもいいと言うかもしれないが、何が起こるか分からないしな。

 ウキちゃんが一分前、三十秒前、十秒前、と囲碁将棋の秒読み刻みのようにカウントダウンを始めた。

「三、二、一、午後七時十五分!」

 そして、俺達は個人フェイズに意識を切り替えた。


 予定通り、俺はゆうへのプレゼントに触れ、すぐに顕現フェイズに移行した。ゆうも俺へのプレゼントを持ってくることになっている。本当は、どちらかだけでいいのだが、検証も兼ねて両者が持ってくるようにした。

 お、どうやら、ゆうも来たようだ。…………。一目見ただけで意図が分かった。うわぁ、とんでもないプレゼントだな……。

「えーっと、とりあえず、ゆうからそのプレゼントを説明してもらおうか」

「『これ』、『あたし』」

 その通りだった。ゆうは自分の分身を具現化して、俺へのプレゼントにしたのだ。まさに、『プレゼントは、あ・た・し』を実現したのだった。

「最高のプレゼントをありがとう、大切にするよ。ちなみに、このゆうには好き放題していいってことか? 空気嫁か?」

「ちょっと! 勘違いしないで! これは、それぞれの個人フェイズにあたし達二人で入れるかっていう検証なんだから。この分身は、分身じゃなくて、あたしそのもの。あたし達が触手を増やせるのと同じだよ。体に影響なく、意識の切り替えもできる。

 そして、これなら個人フェイズにいても、現実世界の状況が分かる。それは検証済み。あたしの個人フェイズにも、もう一体いるから」

 『二人のゆう』が同じ仕草で同じ言葉を喋っていた。

「それは俺も試した。現実世界から個人フェイズに入ると、意識の切り替えが簡単にできず、現実世界のことは分からないのに、個人フェイズに一人残して現実世界に戻ると、視点一覧に載って、切り替えもできるようになるんだよな。だから、俺達はもう個人フェイズに『入る』ことはない。切り替えるだけだ。時間経過の体感速度もどちらかに合わせられる。

 おそらく、個人フェイズに入る時は、俺達触手のそれぞれの意識が全て集められて人体が具現化され、出る時は、それが分散してそれぞれの触手に戻る。個人フェイズで作った分身は、その分散が適用されないということだろう。仮に分散してしまうと、具現化した他の物も分散、あるいは消失させなければいけないことになる。

 この対策としては、分身の作成を禁止にするしかないが、それだと、定番の『プレゼントは、あ・た・し』ができなくなってしまう。しかも、様々な姿をした『あ・た・し』をプレゼントするためには、複数体の作成を許可する他ない。結果、触神様はそれを優先した、と俺は考えて確認したら、そうだということだった」

「へぇー。やっぱりお兄ちゃんも試してたんだ。あたしは実現できさえすれば良かったから、その理由までは考えなかったけど。なんでお兄ちゃんは、『プレゼントは、き・も・い・お・れ』をしなかったの?」

「俺は並行して複数の意識を操れないから、個人フェイズの俺に意識を集中してない時に、ゆうに変なことをされても気付かないか、そっちの方に意識を集中して、現実世界が疎かになる恐れがあって、『プレゼントは、お・に・い・ちゃ・ん』をしなかった。お前も、いつの間にか、調教された鼻フック雌豚のような格好を俺にさせられるかもしれないぞ」

「あたしは複数の意識でも問題ないから。それより、お兄ちゃんのプレゼントは何なの? 大きいモニター? スピーカーも付いてるか」

 ゆうは、俺がプレゼントとして持ってきた五十五インチのモニターを指した。

「ああ。言っておくが、テレビ番組を見るための物じゃない。これを説明するには、俺達が保留にしていた『あること』を語らなければならない。

 『聖女コトリスの悲劇』を最初に聞いた時のことは覚えているな? その時に分かったことがあるんだ。それは、俺達の交通事故の時まで遡る。ゆうは意識を失っていて知らないだろうが、地面に打ち付けられたあとに俺達を助けようとしてくれた女性が二人いる。

 『せんじゅさわ』さんと『いちのせめぐる』さんだ。めぐるさんはお前もよく知っているだろう。二ノ宮さんの親戚のめぐるさんだ。偶然はそれだけじゃない。さわさんは、俺の同人誌を買ってくれた人だ。その二人が通りかかって、救助に当たってくれた。二人がその時に話していたことが、実は俺達を転生させるための言葉だということに気付いた。

 二人は、『めぐる、力を貸してくれる?』『このままじゃ、コトがあんまりだ……。いいよ、やろう。あの方法、一緒に』と言っていた。俺が極限状態で覚醒状態だったからか、なぜか一言一句覚えていた。

 二人は、俺達のことを顔も名前もすでに知っていた。それは、最初に俺達の顔を視認しためぐるさんの反応を思い出して分かったことだ。二人がお互いに情報を共有していても、めぐるさんが俺の顔を知っているわけはない。どこかで見ていたんだ。俺達のことを。俺の視界からめぐるさんを見たら、すぐにその美しさとかっこよさから印象に残るはずだから、その辺で顔を見かけたとは考えづらい。

 二人は少なくともあの日、本屋『うおち屋』にいた。おそらく、定期的に通っていたはずだ。俺達や他の者を『ウォッチ』するために。店主の『うおち』さんも二人の知り合いだろう。店主が女性なら名前は推察できる。多分、『ちや』だ。

 それとは別にもう一つ。ゆうの言葉とめぐるさんの言葉が重なる部分があった。酷い状況を知って『あんまりだ』と言ったことだ。これは、聖女コトリスの生まれ変わりが、二ノ宮琴子であると知った状況で出た言葉で、前世で酷い目に遭ったのに、現世でも俺達を失って悲しみに暮れてしまう状況を嘆いたものだ。めぐるさんが二ノ宮さんを『コト』と呼んでいたのは、実はその両者、同一存在を指して言っていた呼び名だったというわけだ。

 つまり、もう察しの通り、今の話で挙げた三人、『せんじゅさわ』『いちのせめぐる』『うおちちや』は『神』だ。

 その名前からさらに推察できることがある。この三人の役割は分かれている。『せんじゅ』は千の手と書いて『千手』、『さわ』は『触る』から、『いちのせ』は一の世界で『一ノ世』、あるいは、人が集まる意味での市で『市ノ世』、『めぐる』はそのまま漢字で『巡る』、『うおちちや』はそのまま『ウォッチャー』。

 つまり、さわさんは千の世界を管理し、手を加える役割、めぐるさんは世界をループさせる役割、あるいは人を転生させる役割、つまり、聖女コトリスを転生させたのはめぐるさん、ちやさんは世界を監視する役割だ。

 五百年前の魔法使いの一斉出現の出来事から、おそらく、魔力を与える役割の神もいるはずだが、三人だけだとしたら、ちやさんの兼務だろう。

 その証拠の一つ、『ウォッチ』するための道具が、『うおち屋』の奥にあったこのモニターだ。電源はないが動く。起動方法は例えば、『聖女コトリスの生まれ変わりである二ノ宮琴子の様子を、昨日の午後八時から等速で映し出せ!』」

 俺の言葉に反応して、モニターが起動し、そこには二ノ宮さんの様子が映し出された。カメラは適度な距離と角度を保って、複数の画角を映した状態なので、様子が分かりやすい。

「琴ちゃん!」

 俺の話を聞いている最中は複雑な表情をしていたゆうだったが、二ノ宮さんが映し出された途端、食い入るようにモニターを見ていた。

 二ノ宮さんは、机に向かって勉強をしていたが、時折、ペンを置いて、立てかけてあった写真を見ては涙ぐみ、その涙を拭いては勉強を再開する動作を繰り返していた。

 この時間を映すことは、俺が予め確認しておいたものだが、あれから一ヶ月経っても、彼女は俺達のことをまだ想ってくれている。早く希望を与えてあげたい。

「琴ちゃん……」

 二ノ宮さんの涙を見て、ゆうも泣いていた。

「ゆう、切り替えるぞ。あとで笑顔の二ノ宮さんを存分に見られると思う。二人の思い出もな。プライバシーの程度には気を付けること。それと、条件が合わないと表示されないからな。

 俺の言葉でこれが表示されたということは、つまり、聖女コトリスの生まれ変わりが二ノ宮さんであると証明していることになり、そのモニターが神の持ち物で、『ウォッチャー』に実在することを証明している。

 あの店に監視カメラがなかったのは、置く必要がなかったからだ。これを使えば、万引き犯を簡単に探し出して、天罰を下すことができるからな」

「うん……。お兄ちゃん、最高のプレゼントをありがとう!」

「喜んでくれたようで何よりだよ。だが、そのモニターにはまだ役割が残っている。『二ヶ月以内に交通事故で死亡した相楽修一の家の食卓をリアルタイムで映し出せ!』」

 俺の言葉に反応して、画面が俺達の家の食卓に切り替わった。すると、今まさに両親が食卓に揃おうとしているところだった。

 しかし、顕現フェイズと現実世界では、時間の進みが百倍異なるので、リアルタイムで映すと向こうの動きはスローモーションになる。まだ俺達が慌てる時間ではない。

「流石、天才のお兄ちゃん! 一つのことに複数の意味を持たせていくぅ! これで最適なタイミングを計れるわけだ」

「ふふっ、俺を褒めても今日のプレゼントはもうないぜ。それじゃあ、準備に入るか……。

 触神様、いえ、俺はこう呼びたいです。『さわ』さん、この食卓にメッセージを送る方法を教えてください。俺達はもう会話できるはずです。たとえ朱のクリスタルの力を使った会話だとしても、この顕現フェイズではその力の総量は保たれ、俺達に再度吸収される。

 クリスタルが自動的に俺達と一体化しようとしたことから推察できることです。それだけ俺達の力が強くなっている証かもしれない。それはともかく、どうかお願いします!」

「お、お願いします!」

 俺のお辞儀に、ゆうも戸惑いながら合わせた。ゆうは、触神様が『千手さわ』さんだということは、話の途中で気付いていただろうが、会話することは想定していなかったらしい。

「…………。はぁ……本当にすごいね。『ちや』の存在と名前まで推察するなんて……。個人フェイズで私に聞いたわけでもなく、『ウォッチャー』で直接確認してたわけでもないのに。

 でも、三人で話してたんだよね。私達の存在を論理的に推察できたら、正体を現そうって。そのために分かりやすい名前にしてるんだからって」

 聞き覚えのある声で触神様が喋り出すと、白く美しい触手から、やはり見覚えのある美しい女性にその姿を変えた。あのモニターはそのまま『ウォッチャー』と呼ぶらしい。

「うわぁ……、お兄ちゃんが言ってた通り、超美人……。あ、あの、私達を助けようとしてくれて、それに、転生させてくれて、改めてありがとうございました!」

「ううん、二人を助けられなかった私達の責任だから。あなた達が言うように、確かに私達は神のような存在だけど、万能じゃない。それは役割が分かれていることからも分かる通り。

 ねぇ、シュークン。今の私の発言から、さらに推察できたことがあるでしょう? 聞かせて。シュークンの話を聞くのが私は好きだから。でも、私から答えは言えない。会話できるようになったとは言え、全てを話せるようになったわけじゃないってことね」

 さわさんは、彼女の話を聞いて反応した俺の様子を伺っていたようだ。俺の考えを読めるわけではないらしいが、俺の話が好きと神が言ってくれたのは素直に嬉しい。

「『私達の責任』という発言と、以前から俺達のことを見ていたことを合わせると、いつからか俺達に何らかの役割が与えられていた可能性が考えられます。

 もちろん、触手の姿に転生させることは想定外で、交通事故により死亡してしまっては目的を達成できなくなる恐れがある。だから、『私達の責任』。

 そして、行き先は前から決まっていた。生きた人間の姿でそこに行くということは、元の世界にも戻れるようにしなければ理不尽となる。したがって、その場合は、こちらとあちらで最低一度の往来が可能であった。

 もう一つ可能性がある。クリスタルを集め切って今の世界を救ったあとに、結び付きが強い日本、あるいは前の世界に影響があるかもしれないこと。だから、往来が可能ということも考えられる。

 いずれにしても、俺達の役割は両世界、あるいは片方の世界に『手を加えて』、軌道を修正すること。その最適な存在が俺達で、それを『ウォッチャー』で見つけて監視していた。

 もしかしたら、もっと早く俺達に声をかける予定だったかもしれない。ただ、それがずれ込んでしまった。そこでも『私達の責任』が意味を持つ。

 だとすれば、次に俺達に声をかけるタイミングは、『うおち屋』で確認した丁度その時、俺達が近くを通っていた交通事故の瞬間しかなく、運が良いのか悪いのか、俺が思っていた以上に偶然が重なっていたんだなぁ、ということを推察しました」

「ありがとう。何が正しいかは言えないけど、これだけは伝えておきましょうか。あなたやあなた達が考える通りに進めば、自然と全てが分かるはず。それは、色々な情報で私達やクリスタルの存在を推察してきたことから、あなた達なら必ずできると信じられるということ。

 私達は未来を完全に見通すことはできない。でも、あなた達が誰かを救う未来は何となく見える。まだまだたくさんの人を救っていく未来がね。

 私から言えるのはここまで。話しすぎたかな。それもあなた達のことが大好きだからかもしれない。贔屓をするつもりはないんだけどね。個人フェイズのことだって、必要だと思ったから作っただけだし。二人がそれを破壊しただけで。まあ、主にウキちゃんの能力を利用したシュークンだけど」

 さわさんは、思っていた印象よりも親しみやすく、かわいい仕草と表情で、俺達に愛を囁き、右頬に右手人差し指を当てながら、ちょっとした文句も付け加えた。

 非常に魅力的な女性であり、俺の同人誌も買ってくれたし、最高の女性だ。

「俺も、さわさんのことが大好きです! あとで、『個室』で愛を語り合い、イチャイチャしましょう!」

「ちょっと、お兄ちゃん! 個人フェイズを『個室』って言うのやめてくれる⁉ 同人誌買ってもらったぐらいで、ちょろすぎでしょ! それに、あたしもそこにいるんだけど! 神がそんなことするわけもないし!」

「ふふふっ、ゆうちゃん、それはどうかな? ……とまあ、雑談はこれぐらいにして、メッセージを送る方法を教えましょうか。

 私が朱のクリスタルの力を使って、食卓に『パス』を通す。きっと、テーブル奥の二人の写真の前が希望だよね。そのあと、二人が息を合わせて、向こうに送るぞという意識をしながら、送りたいメッセージを言うだけ。紙の状態で届いて、今なら十文字のメッセージを書ける。漢字もオーケー。

 これを送ったあとは、ある条件を満たすまで、向こうに別のメッセージを再び送ることはできない。ことちゃんにも伝えたいよね。心配しなくていいよ。めぐるがことちゃんを連れて、シュークンの家に行って、ご両親から内容を聞き出すから。めぐるは、ことちゃんが大好きだから、ずっと悲しい気持ちにさせたくない、っていうのは、あなた達と同じ。もし、そのメッセージが色々なことを連想させるものなら、めぐるが推察して、ことちゃんに話してくれると思う」

 さわさんは、俺がメッセージを届けたい場所をピッタリと当て、必要な情報を次々と与えてくれた。特に、めぐるさんが協力してくれること、俺もそうしてくれるに違いないと思っていたことだが、それが確定したことが嬉しい。

「ありがとうございます。二ノ宮さんのことが気になっていたので助かります!」

「…………。あのさぁ……お兄ちゃん。まだ時間あるから、ちょっと聞いてもいいかなぁ?」

 俺が気分良く、さわさんにお礼を言うと、ゆうが何やら声を低くして、話しかけてきた。俺とさわさんの仲に怒ってるのか、あるいは……。

「『ウォッチャー』見てて気付いたんだけど、なんで琴ちゃんの机にお兄ちゃんの写真が置いてあるわけ?

 お兄ちゃんは琴ちゃんに会ったことないはずだよね?

 会ってないとデータのやり取りできないはずだよね?

 琴ちゃんが家に来た時は部屋から出るなって、あたし言ったよね?」

「えー……っと。ちょっとそのための情報がなくて推察できないな」

「確定情報だからでしょ! 全てを告白しなさい! 神の前で! ……いや、全裸になるな!」

 俺が服を脱ごうとすると、即座に止めるゆう。神前での告白の前に誠意を見せたかったのだが……。

「えー、私、相楽修一は、二ノ宮琴子さんが初めてウチに遊びに来た時に、妹に『部屋から絶対に出てこないで! フリじゃないから!』と言われたにもかかわらず、フリだと思い込み、その日の内に、妹が一階に下りている隙を見計らって、彼女に挨拶をしました。

 彼女は、『ゆうちゃんから話に聞いていたお兄さんに会えて嬉しいです。私のイメージ通り、いえ、それ以上の方です。よろしければ、連絡先を交換しませんか?』と言ってくれました。

 思いの外、積極的だったので驚きましたが、『ゆうにバレたら怒られるから』と私が言うと、『それでは、バレないように登録名を変えて、その都度、消すようにしますから』と言われたので、それならと私の連絡先を教えました。もちろん、私の方でも同様の策を講じていました」

「絶対まだあるでしょ!」

「でも、二ノ宮さんのプライバシーもあるから……」

「もう二度と琴ちゃんには聞けないんだし、そのぐらい許してもらえるから!」

「……。えー、その日はそれで終わりでした。次に遊びに来た時に、夜中、トイレに行くという名目で、妹のベッドから抜け出した二ノ宮さんが私の部屋に来て、えー、いきなり彼女の方からキスをねだってきました」

「はぁ⁉」

「私が『ゆうにバレたら怒られるから。俺が二ノ宮さんに触ったら、その香りとかでもあいつは気付くから』と声を潜めて言うと、『では、唇の部分だけで触れ合えば大丈夫ですよね』と論破されて、キスをすることになりました」

「ちょっ……! どこまでヤったの⁉ いや、でも琴ちゃんは、あたしが死ぬ一週間前までは確実に処女だったから、そこまでは絶対に行ってないし……」

「やっぱりお前、マッサージの時や風呂に一緒に入る時に、二ノ宮さんの処女膜検査とかしてたのか……」

「あたしも全部見せてるから! おあいこだから! それより、どこまで⁉ ヤったこと全部言って! そのキスの続きから!」

「キスは舌を激しく絡めて、その日はそれで終わり。俺のことは一目惚れだと言っていた。外では一切会っていない。その会えない時間が俺への愛を募らせていったらしい。

 三回目に会った時は、俺のことを気持ち良くしてあげたいと言われて、えー、手を使わずに口だけで抜いてもらいました。もちろん、匂いが付かないように、一滴残らず飲んでもらいました。『仮にこのことが他の人にバレても、未成年淫行で送検されないように完全に黙秘してくださいね。私も命に懸けてそうしますから』と二ノ宮さんが最後に言って、その日はそれで終わり。

 言っておくが、俺からしてほしいとは一言も言ってないからな! むしろ襲われてるから! 未成年淫行には当たらないから!」

「用語を使わない辺りが姑息だけど、次!」

「お前、エロい話を聞いて、ただ興奮したいだけだろ……。四回目は、二ノ宮さんが俺の部屋のハンガーにパジャマをかけて全裸になった上で、今度は私を気持ち良くしてほしいと言われた。キスと下半身なら俺の香りにも気付くことはないということで、その通りにして、満足してもらった。

 あとは会う度にそのローテーションだ。ただ、二ノ宮さんが、トイレで会えば芳香剤でお互いの匂いを消してくれるから、密着しても問題ないということに最近気付いて、それは出会い頭でバレるから、リスクが高すぎると俺は断ったんだが、どうしても『修一さん成分』を思う存分に摂取したいということで、一回だけトイレの中で待ち合わせをして、しばらく抱き合いながらキスしてたことがあった。お前も知っての通り、二ノ宮さんはキスが大好きだったからな」

「あのさぁ……。そこまでして、琴ちゃんと付き合ってないってことだよね⁉ 『二ノ宮さん』って呼んでるし。逆になんで付き合ってないの! 完全に身体だけの関係じゃん!」

「『二ノ宮さん』と呼べと言ったのはお前だろ! 俺は最初からことちゃんって呼んでるし。それに、付き合ってなかったのは、ことちゃんも俺も、今はまだその気がなかったからだよ。

 その四回目の時に、彼女の方から処女膜を見せてきて、『これは、ゆうちゃんの十八歳の誕生日以降に、ゆうちゃんと一緒に修一さんに捧げるものです。三人で幸せになりましょうね』って言ってきたから確信した。

 つまり、ことちゃんはフライングしただけで、お前と同じ考えだったというわけだ。お前はそれが失敗に終わることを避けるために、俺とことちゃんを会わせたくなかったんだろ? 自分が蚊帳の外になるのが嫌だったから。安心しろ。そうはならなかったよ。

 ことちゃんは頭が良い子で、性格も本当に良い子だ。お前のことを完全に理解してたし、お前のことが本当に大好きだったんだよ」

「そっか……琴ちゃんが……。あぁ……、でも、私の琴ちゃんへのイメージがぁ……。お兄ちゃんだけならいいけど、他の男にも積極的なイメージが付いてしまう……」

「お前が俺のエピソードをことちゃんに話す時、おそらく良い点、悪い点をバランス良く話して、徐々に俺のことを好きになるように調整していたが、それが思った以上にことちゃんの興味を引いてしまった。

 俺への期待が大きく膨らんで、実際に会ったら、その期待を超える存在が目の前に現れ、一目惚れしてしまったから、気持ちを抑えられず、お前の調教もあって、性にも積極的になった。間違いなく俺だけだよ。仮にそうじゃなかったとしても、俺達のメッセージやめぐるさんで彼女を止められるはずだ。

 それに、良いことを一つ教えてやろう。あくまで可能性の話だが、さっき俺が言った通り、両世界を自由に往来できるようになるかもしれない。そうすれば、ことちゃんに会えるし、俺達が彼女を直接幸せにできる。それに、さわさん達、神達も幸せにしたいと俺は思っている。いや、できるんだよ。それが俺達の可能性だ」

「うん、ありがと、お兄ちゃん。それはそうと、琴ちゃん、一目惚れだけじゃないと思うんだよね。最初の挨拶で何か刺さること言ったでしょ」

「あの時は、ことちゃんを見た瞬間、指を差して足を震わせながら、『あ、悪魔がいる……。全ての男を魅了するド変態サキュバスがいる……!』って言って、十字架を何度も切ったかな」

「いや、間違いなく『それ』でしょ! 琴ちゃん見て、そんな台詞吐くバカは、どこにもいないから。普通は、『天使』『女神』『聖女』『お姫様』『お嬢様』とかだから。もしかしたら、それに辟易してたのかもね。一応、あたしからは、『お兄ちゃんは、ひねくれてるところがある』とは言ってたけど。完全に『面白い男』判定を下したわけだ。

 しかも、その言葉を面白がって、本当にサキュバスみたいな行動をしたと。何となくだけど、姫とアンリさん、積極的なところは覚醒後のリーディアちゃんを合わせたような印象かな」

「なるほどね。アンリさんの名前の由来がどうなのかは分からないが、聖女コトリスなのに、聖女アリシアの系譜の印象ということか。そう言えば、民衆が思い描く聖女アリシアのイメージが、ことちゃんのイメージに全てではないが大体当てはまってるんだよな。何か関係があるかもしれないから、覚えておくか」

 俺達の会話が一息つくと、それまで黙って笑顔で俺達を見ていたさわさんが口を開いた。

「ふふっ、やっぱり面白いね、あなた達。ねぇ、送るメッセージは確定してると思うけど、よかったら、それに決めた理由を教えてくれない? 合理的な理由じゃなくて感情の方ね。送れる文字数も分からないのに、かなり早い段階で決めてたでしょ?

 あ、でも、その時に言ってた言葉じゃなくて、本音で聞きたいから、それぞれ紙に書いてもらおうかな。本音と一致するなら仕方ないけどね。見るのは私だけ。他の誰にも見せないと神に誓って約束する。二人が嘘を書いたら……どうしようかなぁ?」

 さわさんは、神様ジョークと半分脅迫めいたパワハラみたいなことを言うと、紙とペンと台座を俺達の前に具現化した。紙に書く方法はパルミス公爵みたいだ。

「わ、分かりました。絶対、お兄ちゃんには見せないでくださいね!」

「ゆう、今更じゃないか? 俺には、お前の考えてることが手に取るように分かるのに。俺を、頭がキレるのになぜか感情の機微を察せない物語の進行に都合が良いその辺のでくの坊と一緒にするなよ」

「いや、絶対分かってないこともあるし! あたしのポリシーでもあるし!」

 ゆうは、俺から絶対に見えないように、紙に理由を書いていた。どうやら、ツンデレがポリシーのようだ。ファッションツンデレということか。

 とりあえず、俺もその理由を書き終わると、さわさんがそれらを回収して、読み始めた。俺が何を書いたかは神のみぞ知るということで、秘密にしておこう。ただ、この感じだと、ゆうも似たような答えだな。

「二人とも、ありがとう。すごく興味深かった。それじゃあ、これは処分するね」

 さわさんがそう言うと、二枚の紙をその両手から消滅させ、他に具現化したペンと台座も同様に消した。

 『ウォッチャー』を見ると、間もなく最適なタイミングが訪れようとしていた。

「さわさん、そろそろいいですか? 両親が食卓の俺達の写真を見てから、母が『いただきます』の『た』を言う瞬間に送ります。『ウォッチャー、音声を出力し、登場人物の字幕も表示しろ』」

 俺の声に、『ウォッチャー』はその通り、音声と字幕を出した。これは、音声だけだと雑踏での声を拾えないから、字幕の機能もあるのではと最初の検証で試したところ上手く行ったものだ。

「おっけー。パスは開いたから、いつでもどうぞ」

 ゆうのような言い方をして、了承したさわさん。

 いよいよ、その時が来た。俺達は息を合わせて同じ言葉を叫んだ。

「『兄妹触手転生幸せだよ』! 『きょうだい』は兄と妹! 『しょくしゅ』はテンタクル! 『しあわせ』までは漢字変換!」

 さわさんは、文字をどのように指定するかは言わなかったので、語呂は悪いが、念のため、文字の条件も付け加えている。おそらく、俺達がメッセージを決めた時に挙げた指定方法が正しかったから何も言わなかったのだろう。何も言わなかったらどうなっていたのかは分からない。『きょうだいしょくしゅ』で止まっていたのだろうか。

 『ウォッチャー』を確認すると、俺達のメッセージが食卓の写真の前に徐々に具現化し始めていた。実時間だと一秒ほどで具現化するのだろう。顕現フェイズで五十秒、向こうではコンマ五秒ほどすると、メッセージが読めるほどになっており、ちゃんと指定した通りに送られていることを確認できた。

「良かった……。二人とも驚いてる」

 メッセージが完全に具現化すると、それを一部始終見ていた両親が驚いた瞬間を見て、ゆうが安堵した。俺もだ。ホッとした。

 やっと、俺達が転生して幸せに生きていることを父さん、母さんに伝えられた。あとは、めぐるさんに任せるだけだ。

 このメッセージは、にわかには信じられないかもしれない、いや、間違いなく信じられないだろう。ただ、これがあるのとないのとでは大違いだ。推察と同じ、『もしかして』が重要になる。気持ち的には、少しでも先が見えるようになるし、論理的には、あとで繋がるかもしれない。

 メッセージの意味としては、転生したこと、二人とも生きていること、幸せであること、本人達が送ったことを盛り込みたかった。『触手』と最後に『だよ』を入れ込めば、『兄妹』をより絞り込めて、触手好きの俺と、語尾でゆうが送ったことが分かる。仮に、『修一とゆうは転生した』『兄妹転生して幸せだよ』『俺達元気心配しないで』みたいなメッセージだと、転生後はどうなったのか、誰が送ったのか、イタズラかを疑うだけでなく、これが偽装で、事故が意図されたものではないか、とさえ思ってしまう。

 もっと良いメッセージがあったかもしれないが、すぐに決まったことと、俺達らしいという考えもあって、そのまま行くことにした。俺が書いた遺書の言葉を使えば、一発で俺のメッセージと分かるだろうが、十文字制限では、抜粋して使える特徴的な部分がなかった。

 こんなことなら、暗号を決めておけば良かったと思うが、死ぬまで思い付かなかった。『俺達が死んだあとも、俺達がどこかに存在する証として短い暗号を決めておく』なんて書くのは、死の研究者でもない限り、天才でも無理だろう。

「おめでとう。これで、スキルツリーの作成、経験値牧場、シキちゃんとの合流が当面の目標になったのかな」

 さわさんが俺達を祝ってくれて、その大目的までまとめてくれた。

 俺は、さらにもう一つ、このタイミングだからこそ言えることを、さわさんに話すことにした。

「ありがとうございます。さわさんを始め、これまで支えてきてくれたみんなのおかげです。

 それで、さわさん、今後のことで相談があります。現在、レベルアップ時にしか顕現フェイズに移行することができませんが、個人フェイズができて、そこでもさわさんと話せるようになり、さらにさわさんに質問したい項目も少なくなってきて、プレゼントで顕現フェイズに移行できる今、その制約の意味がほとんどなくなっていると思います。

 この際、それは取り払い、他にも制約があるのなら、それらを一から見直すというのは、いかがですか? それが贔屓になるとは決して思いません。形骸化したルールは、非効率でしかないということです。そんな中で、それを打開しようとせず、何も考えずにルールに従っているのは、バカと『ゾンビ』だけです。『ゾンビ』が分かりづらいなら『傀儡』『社畜』辺りに置き換えましょうか。

 実際、さわさん自身が今の状況を想定し、触手の姿で俺達とやり取りする意味がないと判断したから、めぐるさん達に予め相談してたんですよね。それと同じで、状況が変わったということです。

 現在、俺達が分かっている制約で明らかに改善できるのは、さわさんが俺達に言ってはいけないことがあるというものです。回数が徐々に少なくなってきているとは言え、俺達の質問に対して、それは言えない、言えないけど条件があると一回一回やり取りするのは、お互いに時間の無駄です。

 そこで、言えないことをリスト化し、その中で条件があるものには三角マークを付け、俺達に渡しておけば効率的です。それが膨大になるのであれば、共通する項目にすれば問題ありません。それこそ、『世界の謎』のように。

 ただ、その場合は、何が世界の謎なのかそうでないのか、俺達には分からないので、やはり、ある程度は細分化してほしいです。そこは俺達も協力する必要がありますね。神としてやってはいけない行動もリスト化してもらえると、お互いのリスクを減らせます。

 仮に、俺達にメリットがありすぎると言うのであれば、例えば、リスト化したものを改めて質問してしまうと罰を与えるみたいなことも考えられますが、そのような間抜けなことを俺達がするわけはないので、それを考えること自体が無駄になります。

 これまで、触神様として、俺達の希望に真摯に向き合ってくれたさわさんであれば、『神の決めたことに対して失礼だぞ』などと絶対に言わないことは分かっています。以上、ご検討ください」

「んー……じゃあ、そうしましょうか。それと、シュークン。私に念押しは必要ないからね。それこそ、その辺のくだらない神や、その他の連中と一緒にしないように」

「はい! ありがとうざいます! そう言ってくれると思ってました。さわさんのこと、大好きです!」

 今のやり取りで、もう一つ分かったことがある。触神様の『くねくね』は、やっぱり考えている仕草だったのだ。さわさんの『んー』が、めちゃくちゃかわいかったから分かったことだ。

「お兄ちゃんさぁ……。さわさんに対しては、ひねくれ者にならないんだね。でも、あんまりお調子者だと嫌われるよ?

 シンシア達にもそんな感じなら、幻滅されるかもね。『私は、こんなド変態触手マニア未成年淫行お調子者バカをシュウ様、シュウイチ様と崇めていたのか……』ってね」

「未成年淫行については、お前が言うな。それに、今の俺には法律など適用されない。適用されるのは神の制約のみ。名実ともに神の使徒なのだから」

「いや、お兄ちゃんは使徒襲来の方でしょ。イリスちゃんに接触して触手インパクトを引き起こし、女の子触手計画を実行しようとしてるんだから」

「敵味方混ざってるぞ。それに、俺は人類を救おうとしている。言わば、新しい使徒、『シン・使徒』だ」

「いや、そっちは知らないからツッコめないけど」

「俺も知らんけど」

「補完されて死ね!」

 俺はシンだ。やはり、無知は罪だな。何の気なしに家出少女を保護したら未成年者誘拐罪で逮捕されるのと同じだ。まあ、その場合は、純粋な善意と故意を区別できない法律と、家庭の問題を解決できない少女の家族にも責任はあるが。

「ふふふっ、『シュウちゃん』の生漫才をこの姿で見ることができて嬉しい。さてと……、それじゃあ、私はシュークンの個人フェイズにお呼ばれしてるから、そのまま行こうかな」

 さわさんの発言にゆうが慌てた。

「ちょ……! さわさん、ちょっと待ってください! お兄ちゃんとイチャイチャするのは、せめてもっと遅い時間にしてください! そもそも、お兄ちゃんはこのあとのスキルの検証で、まともに動けないんですから」

「えー⁉ 私も『シュークン成分』を早く摂取してみたーい。ゆうちゃんだって、久しぶりに摂取したいでしょ? 前回は枯渇して大胆になりすぎてたもんね。今回もそうなっちゃう?」

「やっぱり見てたんですか! プライバシーの侵害です!」

「人間の常識は私達に当てはまりませーん。大丈夫、ゆうちゃんのことも、いっぱいかわいがってあげるから。『ゆうちゃん成分』も摂取してみたいんだよねー」

 さわさんは、ゆうに近づくと、胸に引き寄せ抱き締めた。

「さわさん、ズルいです。そんなふうに抱き締められたら……」

「それじゃあ、まず私達がシュークンの部屋のベッドで仲良くなるところを、シュークンに全裸正座待機で見てもらおうか」

「あ、お兄ちゃん、やっぱり自分の部屋を再現してたんだ。私もだけど」

 思っていた通り、ゆうも元の自分の部屋を再現してたか。俺の場合は、同人誌という宝物があるから当然の帰結だ。ゆうの場合は、部屋に誰も入ることがなくなったから、秘蔵の本をそのまま並べてそうだ。

「さわさん、俺はその百合の花が咲き乱れる光景を意識して見ることができないので、俺にとっては、地獄なんですが……」

「お兄ちゃんは、琴ちゃんへの未成年淫行を隠してたんだから当然でしょ」

「いや、未成年淫行じゃないから! ちゃんと成立要件も調べて、満たしてなかったから! 警察と検察とマスコミが俺を陥れようとしてない限り、問題にさえならないから!」

「あーあ、まさかお兄ちゃんともあろう人が、評価のためならどんなことでもする最も信じられない存在を信じるなんてね。

 有罪にもなってないのに、逮捕段階であれだけ報じられるなんて、どう考えてもおかしいのに。間違っても謝らない、謝ってもちょっとだけ。しかも、前科にならないとは言え、不起訴で前歴付いちゃう歪んだシステム」

「誰も信じちゃいないさ。一パーセントの可能性に賭けてただけ。もし、前科前歴が付いたら、ことちゃんかゆうに養ってもらおうとしてた。サキュバスとそれを生み出した親の責任として」

「はい、死刑」

 そして俺達は、受け取ったプレゼントをそれぞれの個人フェイズに持ち帰ってから、現実世界に意識を切り替えた。




「シュウ様!」

 部屋の隅から動き出してベッドに上がった俺達を見て、シンシアが声を上げた。

「午後七時十五分二十一秒!」

 ウキちゃんが現在時刻を教えてくれたあと、猫少女に戻った。こちらでは、約二十秒しか経っていなかったようだ。

 俺は早速、チートスキルを使って、みんなに『日本語』で話しかけた。

「みんな、お待たせ。聞こえたら右手を挙げて」

 全員が右手を挙げた。どうやら、複数人に対して話しかけても上手く行っているようだ。シンシアはすでに俺の声を聞いていたが、他のみんなは聞いたことがなかったので、驚きと嬉しさの表情をしていた。

 このスキルは、言語によらず脳内会話ができる。それは、朱のクリスタルの部屋で最初にシンシアに話しかけた時に分かっていた。言語が翻訳されているのではない。本当に『そのまま』会話できるのだ。

 言語のやり取りではなく、『想い』のやり取りとでも言った方が良いだろう。だから、『言っていること』も瞬時に理解できる。その『想い』を文字として具現化したのが、食卓へのメッセージだ。また、その流れで、さわさんにはどのようにそれを行うかも教えてもらった。

 『パスを通す』という言葉から、会話したい相手に予めパスを通すことで、自由に話せることが分かった。みんなに話しかける前に、俺達からそれぞれにパスを通したのだ。この場合、彼女達同士での脳内会話ができないことになるので、それをまず検証したい。

「色々と説明する前に、先に検証しておきたいことがある。ちょっと待ってて……」

 うーん……。パスを通すのは俺の意識の問題だが、やろうとしてはみたものの、どうも彼女達同士でパスを通すのはできないようだ。何となく、パスを通せた時の実感がなかった。俺達を経由する形にするのはどうだろうか……。

 お、これなら行けそうだ……。しかし、全員分を通せないな。正確に言えば、通せるが維持できない。単純に、俺がその全てを意識できないのだ。だとすれば……。

「お兄ちゃん、あたしがやってみようか? ここのみんなで会話できるようにするんでしょ?」

 ゆうが俺の考えを読んで立候補してくれた。そう、ゆうならできるはずだ。

「ありがとう。頼む」

「……。おっけー。みんな、こうやって話すのは初めてだね。ゆうだよ。シンシアから左手順にみんなに頭の中で話しかけてみてくれる? シンシアからみんなに、クリスからみんなに、って感じで。お兄ちゃんみたいに何か指示するのが分かりやすいと思う。

 一巡したら、シンシアからクリスだけに、シンシアからあたし達とクリスだけにって感じで、左の人と個別に話す練習と一部の複数対象に話す検証と練習。検証が全部終わったあと、個別に話す時は、基本的にあたし達に内容を通さなくていい。全部耳に入れても面倒だからね。

 お兄ちゃんが別のことで忙しくて対応できない時は、あたしが対応する。今まで通り、まとめて、シュウちゃん、シュウ様って呼んでくれていいよ」

「ユウ様、お話しできて嬉しいです。承知しました」

 シンシアの返事のあとに、みんなで検証を始め、俺達の思い通りにコミュニケーションできることが分かった。やはり、ゆうは紛れもない天才だった。どう頑張っても俺には今のパスを構築することができなかった。

「みんな、ありがとう。次の検証に進む。そのまま聞いていてくれ。ゆう、イリスちゃんに個別のパスを通せるか? 遠隔の検証だ。会話が成功したら、アースリーちゃん、リーディアちゃんに順にパスを通して、その三人と俺達だけで会話できるようにする。つまり、イリスちゃんとシンシアはまだ会話できないことになる」

「おっけー……。通したよ。遠いと通すのにちょっとだけ時間がかかるね。でも一度通せば問題なし。遅延もないんじゃないかな」

「ありがとう。イリスちゃん、聞こえる? 今、検証中」

「シュウちゃん! 遠隔通話が成功したんだね。嬉しいな、シュウイチくんの声が聞けて。ユウちゃんの声も聞かせてほしいな」

 イリスちゃんの声が聞こえた。

「イリスちゃーん、あたしも嬉しいよー」

「そう。イリスちゃんの言った通りだったよ」

「すごいね、これ。途中から私が独自に開発した暗号で話してたんだけど、普通に通じた。言語の壁が一切ないんだね」

 すごいのはイリスちゃんだよ……と返すのはやめておいた。

 その後、アースリーちゃんとリーディアちゃんにそれぞれ繋ぎ、同様の会話をしてから、その三人で会話の練習をしてもらおうとしたが、イリスちゃんとリーディアちゃんのパスが繋がらなかった。

 とりあえず、アースリーちゃんとリーディアちゃんを繋げると、二人は久しぶりに会話できて、すごく嬉しそうだった。その間、シンシアとイリスちゃんの会話がまだできないことも確認した。

 現状、イリスちゃんと繋げられる人間は、アースリーちゃん、ユキちゃん、シンシアのセフ村初期メンバーだった。つまり、存在をお互いに知っていてもリーディアちゃんやヨルンと繋げられず、直接会っていてもウキちゃんと繋げられなかった。

「ゆう、次に姫とコリンゼに繋いで、それぞれシンシアと繋げてくれ。シンシアはその二人に現状を簡単に説明してほしい。詳細は俺から話す。

 次に、ゆうはシキちゃんにパスを通したあと、それを閉じてみてくれ。パスだけでいい。会話はあとでする。

 最後に、俺達とレドリー辺境伯を繋げようとしてみてくれ」

「おっけー。…………。シキちゃんのパスは通せたし、閉じることもできた。それと、お兄ちゃんの思ってる通り、辺境伯には繋げないね」

「分かった、ありがとう。俺達と繋がっている全員に聞いてほしい。俺達は、朱のクリスタルの力でみんなと会話できるようになり、みんなもそれぞれと会話できるようになったけど、会話するための条件が存在することが分かった。

 それは、俺達と『愛』で結ばれていること、そして、それぞれと会話する場合も、『愛』で結ばれていること。『好き』程度では会話できないと思う。繋がっている状態で、喧嘩したり、『愛』が希薄になった場合、どうなるのかは分からない。試したくもないし、そうならないようにもしたい。自分への『愛』が分かってしまう状況というのは怖いと思う。

 でも、みんなで幸せになろうとする気持ちは一緒だ。たとえ、『愛』が一時的に薄れても、また育めばいい。綺麗事だけ言うつもりもない。人数が増えると、相性が悪い人はどうしても出てきてしまう。それが人間だ。

 ただ、本音で話してもいないのに、そのような判断をするのは愚の骨頂だろう。幸い、みんなは賢い判断ができる人達だ。今後、さらに人数が増えたとしても、その思いやりと賢明さで、『愛』を少しずつでもいいので育んでもらいたい。俺達は、みんなのことが大好きだから、みんなもみんなを大好きになってくれたら嬉しい。

 とりあえず、今日はこんなところにしておこうかな。細かい使い方も伝えておこう。ゆうは、今繋がっているみんなをできるだけ相互に繋げてほしい」

「おっけー。」

 それから、俺はこのスキルの補足をして、一息ついた。だが、まだやるべきことはある。

「ユキちゃん、今からシキちゃんにもう一度パスを通して会話する。心の準備はいい?」

「……うん。いつでもいいよ」

「……。おっけー。通したよ」

 ユキちゃんは、深呼吸したあと、真剣な表情で答えた。そして、ゆうがシキちゃんにパスを通した。

「シキちゃん、お待たせ。俺達に向けたあのメッセージはこういうことだったんだよね」

「……ありがとう、シュウちゃん……。流石、ユキと私が大好きな存在だね……。ユキ、やっと話せたね……。本当に、やっと……」

「お姉ちゃん!」

 シキちゃんが俺達に残したメッセージ『待ってるよ、シュウちゃん』は、直接会うために待ってるというわけではなかった。それなら、俺達に限定することなく、『待ってるよ、ユキ』か、あるいは『待ってるよ、みんな』になっているはずだ。前者は『双子のシーユー』で済ませているようなものだから後者。

 しかし、そのメッセージでは、もっと早くコンタクトできる機会があるのに、おかしいことになってしまうとシキちゃんは考え、俺達にヒントを与えたというわけだ。『待ってる』のは、俺達のスキルによる会話だった。口を動かさないので、他の監視者に悟られることもない。

 ノーリスクで情報を交換でき、大切な人とゆっくり話せる場。本当に長い間、待っていたことだろう。シキちゃんにとっては、いくつもの未来を見ては捨ててきたのだ。その数と長さだけ、人生を過ごしたようなものだ。

 まずは、双子の姉妹の水入らずの時間を過ごしてもらおう。それとも、もう過ごしたことになっているのだろうか。このまま話さなかったらどうなるのかも気になるところだ。

「話し終わったら、俺達に声をかけてくれるかな。遅くなってもいいから」

『ありがとう、シュウちゃん』

 シキちゃんとユキちゃんの声が思わず重なって、二人は笑っていた。

「ゆう、シキちゃんからのパスって他に誰に通る? ウキちゃんだけか? イリスちゃんと意見交換できたら最高だが、それは無理でも、アースリーちゃんかコリンゼはもしかしたらと思ったんだが」

「ちょっと待って。…………。あー、ウキちゃんだけだね。やっぱり、『愛』が大事なんだよ。過去の催眠魔法対象者とか、第一印象が良いとか、大切な人の姉とかじゃダメだってことだね。

 これさぁ、お兄ちゃんが顕現フェイズでさわさんとの会話を確信してたってことは、二人が愛し合ってることを確信してたってことだよね。どこでそう思ったわけ?」

「俺の同人誌を購入してくれた時点で好意があるのは明白だからな。ふざけて言ってるのではなく、真面目な話な。そのことから、たとえ神であっても、明らかに感情が存在すると分かる。『ウォッチャー』で見ることも可能なのに、わざわざ買いに来るのは、その内容に期待しているか、俺と話したいか、他に誰も買わずに憐れんでいるかのどれかが理由だ。そのいずれも、多少の好意が共通している。

 そして、交通事故に遭った時の俺が薄れ行く意識の中で、必死に声をかけてくれたさわさんを思い出して、俺のことを好きでいてくれてるんじゃないかと思った。どちらが先か分からないが、俺達に使命を与えていることから、感情移入もよりしやすくなるしな。

 だから、確信したのは、さわさんが触神様と分かった時点、つまり、『聖女コトリスの悲劇』を聞いてゆうがめぐるさんと同じ反応をした時点で、可能性だけなら、触手に転生する瞬間かな。

 『さわさんのために触手研究本の新作を作りたい』というおかしな願いを叶えてくれる神様なんて、普通に考えて存在するわけがない。そこでさわさんと結び付いたが、可能性が低いので保留にしていた」

「転生する瞬間って……。そんな前から考えてたんだ……。もう懐かしいなぁ、転生直後のあの頃が。検証の日々って感じだったけどね。まあ、今でも検証してるんだけど」

「ひ弱な触手の俺達がここまでやってこられたのは、その積み重ねと知恵があったからだな。そして、みんなと出会えて、より安心して、より幸せに生きていけるようになった。さらに、シキちゃんと話せるようになって、それがより強固なものとなる。俺達の所持スキルが少なくても問題がないぐらいに」

「シュウちゃん、もういいよ。ユキはアースリーちゃん達と話してもらってる」

 俺達が話していると、シキちゃんが声をかけてきた。

「あ、もういいんだ。シキちゃんはユキちゃんの話を『すでに聞いてた』から、シキちゃんからユキちゃんに話しただけということかな?」

「そう。あとで聞けば整合性は取れるからね。シュウちゃんには、今ここで全てを話す。

 まず、シュウちゃんのこのスキル、これは『連想』と言う。自らと互いに愛し合う者達で想いを通じ合わせることができる。また、周囲からの愛と感謝を自らの力とすることで、想いを形にして、任意の場所に送ることができる、というもの。シュウちゃんがご両親に送ったメッセージは、後者の力ね。

 その名の通り、想いを繋げる力。これは、ユキと私とイリスちゃんが未来で結論付けた。思慮深く、可能性を広く考えるシュウイチくんと、優しくそれを支え、みんなの想いを同時に繋げられるユウちゃん、その二人だから、使えるようになったスキルで、そして実現できたことだよ。

 朱のクリスタルには、もう一つ重要な力がある。シュウちゃんもイリスちゃんも気付いている通り、シュウちゃんと互いに愛し合う者を著しく成長させる力。それは、シュウちゃん自身も例外ではない。

 なぜなら、『シュウちゃん』は、兄妹で『二人』いるから。また、二人は常に一緒にいて、互いに愛し合っているから、その成長はとてつもないものとなる。ただ、それにはキッカケが必要なこともある。

 その内の二つが、今日と明日。今日は言わずもがな、チートスキル『連想』の取得。もう一つは、明日の夜、マリティさんに接触すること。

 シュウちゃんなら気付いてると思うけど、『連想』の説明の後者の力、これは具現化能力と言っていい。そして、実は自分だけでなく、他者の想いも、シュウちゃんを経由して具現化できる。

 ただし、その想いは時間をかけた強いものでなければいけない。でも、向こうの世界に送るほどの強さは必要ない。小さい頃から思い描いていた理想の町を、諦めずに日々設計に起こしていたマリティさんの想いはどれほどのものだろうね。その効果を最大化するには、やっぱり、マリティさんとイリスちゃんが繋がっていた方が良い。どういうことかと言うと、こういうこと」

 シキちゃんのその言葉のあと、俺達の頭の中に、彼女が見た過去のモノクロ映像と説明が次々と流れ込んできた。その映像と説明は一瞬で理解でき、まるで圧縮されたファイルのようだった。俺は、迫りくる情報の波に、頭がパンクするかと思いきや、何とか大丈夫だった。

 シキちゃんとユキちゃんの話がすぐ終わったのは、シキちゃんからそれらをユキちゃんに送ったから、という理由もあったようだ。

「『連想』で送ることができる想いは言葉に変換できるものだけじゃない。私が見た景色だからモノクロ映像だけど、みんなはカラーで送れる。

 つまり、イリスちゃんの知識やイメージをマリティさんに直接送ることで、マリティさんのイメージが膨らみ、具現化したい想いに直結する。そうすることで、ショクシュウ村の工期を大幅に短縮できる。ただ、当然、工期のペースには気を付けなければいけない。やりすぎると、魔法抑止条約に違反していると思われるから。

 今の話はスキル的な成長の話で、シュウちゃんの内面的な成長については、ついさっき私が大量の精密な映像を送って、脳が活性化されたことによって、一部完了した。

 今のシュウイチくんは、ユウちゃんレベルとまでは行かないけど、ある程度、並行して物事を考えられるようになったはず。ユウちゃんは記憶力と走査力が増大したはず。

 元々、二人には素質があった。シュウイチくんは、交通事故の瞬間、極限の状態の中で、無意識の内に、物事を素早く並行して考えてたんだよね。あと一秒でぶつかる時に、あるいはぶつかってから地面に叩きつけられるまで、常識的に考えて、そこまで思考できないでしょ? ユウちゃんは、ずっと前からシュウイチくんの言葉と行動を全て瞬時に思い出せてたよね?

二人は、これでもまだまだ成長の余地はあるからね。本当は一気に成長させられたら良いんだけど、今の私ができるのはここまで」

 確かにシキちゃんの言う通り、いくつかの俺の意識で、同時並行で物事を考えられるようになった。これが天才の脳なのか。俺が感動していると、シキちゃんはさらに話を続けた。

「こうして私がイメージを送らずに言葉にしているのは、向こうの世界で例えるなら、モダン機器とレトロ機器がある時に、昔を懐かしんでレトロ機器を使いたくなる気分に似てるのかもね。デジタルプレイヤーとレコードプレーヤー、機器じゃないけど電子メールと手紙、みたいな、あえて手間をかける方法。今日はユキとシュウちゃんと会話できたから、そういう気分。

 それじゃあ、まだ話してない私のチートスキルについて話そうか。『玄のクリスタル』によって所持できるチートスキルは、『先見』。最長一年後の自分の未来を夢の中で体験することができる。現実や夢の中の行動によって、それぞれの未来は変化するが、変化した未来も同様に体験できる。

 体験シーンはカットできるから、いくつもの未来を見るために現実と全く同じ時間を消費する必要はないけど、重要な体験では必要になる。その夢を見るために、何度も自分に催眠魔法をかけて、睡眠と覚醒を繰り返したよ。とりあえず、シュウちゃんが気になってることを話しておこうか。

 エフリー国での今後の予定は、シュウちゃんが計画してる通りに行けば、問題なくハッピーエンドになると思う。そして、私とセフ村で接触した時点で、『正のクリスタル』は揃うことになるはず。『はず』と言ったのは、世界の終了や『負のクリスタル』側の人達の存在や行動については予知できず、クリスタルが揃った結果、どのようなスキルを得られるのかも分からないから。知ろうとすると、その瞬間に夢から覚める。

 また、それらと全く関係ない、日時不明の雑談シーンは見ることができるけど、少しでもルールに反すると、夢から覚める。私の記憶の蓄積やショクシュウ村の発展度からの推測も無理。

 それに、その時の未来の私の記憶は、その重要な部分だけ抜け落ちている。だから、『タイムリミット』がいつなのかも分からない。つまり、世界のルールを越えられない。

 一年後の未来を見て、上手く行ってるならそれでいいじゃないか、と思うかもしれないけど、催眠魔法をかけられ、死ぬまで幻覚を見せられて、現実では陵辱されていた未来もあったから、全く油断できない。例えるなら、あみだくじの始点と終点以外が分からず、繋がっているかどうかも分からないという状況かな。

 ただ、分かったこともある。夢から覚めたり、記憶が抜け落ちたりするのであれば、その逆を繋ぎ合わせれば、ある程度は『タイムリミット』に関係する者達を特定できるんじゃないかと考えた。

 全世界の人達を虱潰しに調べていくのは、いくら時間があっても足りないけど、世界の終わりに関係する国までは絞ることができた。それが『リー三国』。その中でも、いつの間にか私が捕まっていた確率が高かったのが、イプスリー国。あの国には、間違いなく私と同等かそれ以上の天才がいる。外の大陸から来た可能性もあるかな。

 私はイリスちゃんほどの天才じゃないから、その敵に対しては、勝ったり負けたりしてたんだと思う。天才に違いがあるのかと思うかもしれないけど、イリスちゃんは本当に別格。『先見』があって、初めてイリスちゃんを越えられるレベル。

 そんなチートスキルがあって、イリスちゃん以外に負ける状況なんて考えられないと思うでしょ? その場合は、スキルを封じられて、未来の記憶を消されたんだと思う。もちろん、スキルを封じられる未来も見えなかったはず。

 そんな特殊能力を持ってる天才が敵に最低一人いる。それを相手にするなら別の敵を相手にした方が良い、一人でも何とかすれば私達の勝ちなんだから、って考えても上手く行かないこともあるんだよね。私が未来で生きている時点から逆算しても、そこに辿り着かないってことは、世界が終わってるか、その間近ってことだから。

 でも、『正のクリスタル』が揃えば、先がハッキリと見えるはず。イリスちゃんとも、全ての情報を共有して対策を練りたい。ということで、シュウちゃん、よろしくね。

 細かい点や私の今の状況は、イメージで今から共有する。私の辛い未来を見せるわけじゃないから安心して」

 シキちゃんはそう言うと、俺達に想いのイメージを送った。本当に便利だ。仕組みとしては、やはり触神スペースを利用しているのだろう。『愛で繋がる』とは、『触神スペースとの接続』を意味しているということだ。

 シキちゃんの話の中で、『リー三国』が出てきたが、ここに所持者が分散しているとすると、同一スキル複数人の場合を除いて、最も集まっている状態で『四一一』、集まっていない状態で『二二二』で分かれているということか。

「ありがとう、シキちゃん。イリスちゃんにも、現時点での情報として伝えておくよ。ユキちゃんには少しずつ伝えていく。そういうことでいいよね」

「流石、シュウちゃん。それじゃあ、またね。私はウキちゃんと話してから眠ることにする。今、待ってもらってるから」

 そして、シキちゃんとの会話は終了した。

 ユキちゃんに少しずつ話していくのは、一つ一つ理解してもらって、何が正しいか、彼女がどのように行動するかを判断してもらうためだ。全部まとめてだと、終わり良ければ全て良しになってしまう恐れがある。

 だから、シキちゃんは俺達との会話にユキちゃんを入れなかった。俺が当初思っていた『勇運さえあれば、どうにでもなるだろう』というのは、あまり良くないことだったのだろう。それをシキちゃんに優しく諭してもらった形だ。ありがとう、シキちゃん。

 でも、推察のレベルが高すぎるよ。意識の並行化ができていなければ、会話中には分からなかったかもしれない。

「今日は色々あったなぁ。みんな、このままだと興奮して眠れないんじゃない? 馬車でも寝てなかったから、少しは休まないと明日に響いちゃうよ」

 ゆうが一息ついて、みんなの心配をした。

「そうだな。今日は流石に、催眠魔法で短時間睡眠をしてもらった方が良いだろう。『連想』で作戦の共有時間も一瞬だし、予定より遅めに宿を出るとするか」

 シキちゃんの過去の映像から分かったことがある。『先見』に目覚めたシキちゃんは、何度も予知をするために短時間睡眠をしていたという話だったが、ありとあらゆる場面で、それがたとえ数秒程度であっても睡眠を繰り返していた。少しの待ち時間でさえ利用して、目を瞑るとすぐに眠れるような催眠魔法を予め自分にかけているのだ。

 俺には寿命を削るような行為にしか思えなかったが、実はそれが彼女の視力を維持している秘訣でもあった。彼女が小さい頃に『盲目の魔法使い』と呼ばれていた背景には、当然クリスタルの影響があったわけだが、一度に見る予知が長ければ長いほど視力を失い、ついには完全に盲目となることが分かっていたそうだ。

 普通の人間ならば、その因果関係に気付かないか、もし気付いても、それを恐れて予知はもう見たくないと思うはずだ。しかし、それが罠で、視力を失うことを恐れれば恐れるほど、強制的に予知を長時間見せられてしまい、一気に視力を失うキッカケとなる。

 シキちゃんは早い段階でそれに気付き、様々な検証を行うことで、視力は少し悪くなったものの、色を失った世界に留めることに成功したとのことだ。『盲目の魔法使い』と呼ばれていた時期は、予知した未来を全て記憶し、その通りに行動すれば、目が見えなくても問題ないのではないかという検証期間だったようだ。

 もちろん、その時は盲目ではないし、恐怖もなかった。短時間の予知であれば、何回見ても色を失うだけということも分かり、すでにモノクロの世界であれば、問題とはならない。

 したがって、催眠魔法を駆使すれば、長時間の予知を回避しつつ、視力を維持しながら、いくらでも予知できるという結論になったそうだ。しかも、その『盲目の魔法使い』はエフリー国向けの偽装工作で、そういうことにしておけば、色々な場面で役に立つことを予知していた。

 図書室に行く時は、『本はまともに読めないけど、図書室の匂いが好きだから、そこで落ち着きたい』ということにしていたそうだ。まともに読めないだけで、モノクロでは読めるから嘘は言っていない。ウキちゃんと会うためには、日常的に通っていることにする必要もあるからだ。監視者として外に出る時は、目立たないように目を開けているが、感覚に頼っているということにしているらしい。

 自分だけで解決できなかったかについては、エフリー城には、現在のジャスティ城のように、確認魔法トラップが仕掛けられているとのことなので、催眠魔法で誰かを操って、自由の身になることは困難。当然、人質もいて、エフリー国北西の村と城内に一組ずつ、いずれも、疎開時にはぐれた家族達だが、その両方をほぼ同時に救わなければならないので、やはり一人では難しい。王族に近づくこともできないので、任意の命令をさせることもできないとのことだった。しかし、みんながいれば、それもたちまち容易になると確信していた。

 そのための作戦は、みんなが仮眠から起きたあとに、俺が伝えることにして、個人フェイズに意識を移すと、いつの間にか全裸の俺をベッドに運び、両腕を枕にして眠っている、同じく全裸のゆうとさわさんがいた。並行化したあとは、ずっとこの景色だったから分からない。一体、俺はナニをされていたんだ……。

 現実では一時間以上経っているから、個人フェイズでは、俺は四日以上全裸でいることになる。二人は眠る必要がないから、余韻と雰囲気を味わった狸寝入りということは分かる。また、妙にスッキリした気分になっていたので、きっとどこかのサキュバスの仕業だろうことも分かった。

 とりあえず、俺はそれを見なかったことにして、眠るわけでもなく目を瞑った。




「それじゃあ、みんなに作戦を伝えよう」

 一同は、午前一時四十五分に宿屋の部屋から出て、郊外の誰もいない原っぱまで、暗闇の中を歩いていた。ウキちゃんの懐中電灯では明るすぎるので、クリスの小さい火炎魔法で夜道を照らしている。ウキちゃんは、町を少し離れてからは、猫少女に変身していた。

「まず、エフリー国北西の村、『ノスト村』に行く。ここには、シキちゃんの人質達がいる。山側に近い村から離れた場所に着陸して、朝まで待ってから村に入る。待っている間は、ユキちゃんを先頭に、エフリー国通貨に換金できるものを探す。

 質屋はノスト村にあるから問題ない。なぜなら、ノスト村の近くにある山は鉱山で、稀に原石が見つかることがあり、それを商材とする商人や、そのまま欲しがる貴族の使いが出入りする場合があるから。

 手に入れた金は、その村での滞在費に使用する。滞在中に人質達に会い、説得して逃げる準備を整える。説得役はユキちゃん。人質に異変があった場合、監視者が魔法で合図を送ることになっていて、その合図は、町から町へ伝えられ、最終的に城まで伝わる。そこで、城内の同じくシキちゃんの人質が殺されることになっている。だから、逃げる前に、その村の監視者全員に催眠魔法をかけ、合図を送らないようにする。

 それらの手筈が整う目処がついたら、ウキちゃんは、ユキちゃんを残して、シンシア達をエフリー城下町付近まで送り、さらに城に侵入する。城内にいる人質の場所を確認して、城に戻っているシキちゃんに伝える。

 人質の顔は予め伝えるし、その人は魔力抑制魔法を使っているので、セフ村でそのことが分かったウキちゃんなら大体の場所も特定できる。できれば、他の情報も収集したいが、シキちゃんと相談してからにしよう。

 さらに、この一週間は、ビトーもウキちゃんを傷付けた王族である第二王子も城内にいることが分かっているので、この二人を捕らえて殺すために、変装魔法をかけたシンシア達が正面から城に乗り込む。

 シンシアとヨルンは、クリスを守りつつ、クリスは城内で空間催眠魔法を使用し、全員の動きを丸一日止めると同時に、その二人を呼び出す。できれば、クリスの村の襲撃を指示した奴を聞き出して、そいつも呼び出したい。

 クリスを守る際は、敵を殺さないようにはしたいが、エフリー国の魔法使いは優秀らしいから、てこずる可能性は高い。どうしても厄介な場合は、殺してもかまわない。俺達全員の安全が最優先だ。

 シキちゃんは、クリスに動きを止められないように、事前に魔力遮断魔法を使っておく。そして、人質を迎えに行き、動けるように解除魔法をかけた上で、シンシア達と合流する。

 ウキちゃんは、シキちゃんと人質が会った時点で、城を出て、シンシア達を降ろした場所に向かう。呼び出した二人または三人については、必要な情報を引き出してから、その場で苦しませた上で殺し、ウキちゃんの所までクリスの魔法で壁を壊しながら、ショートカットする。城壁は、嫌がらせで全て壊す。消滅じゃなく、壊すことでそれを撤去する手間を発生させることができるからだ。

 聞き出す情報は、あとで教える。そこで、ウキちゃんに聞いておきたい。『綺麗だなぁ』の反対の『汚いなぁ』『見たくないなぁ』と感じる宝石を第二王子が持っていたかどうか」

 人質の詳細については、伝えないことにした。魔法使いの村のことを話さなければいけなくなるからだ。

「うーん、少なくとも視界にはなかったけど、分からないなぁ」

 ウキちゃんが答えた。俺は、第二王子は持っていない可能性が高いと考えていた。なぜなら、シキちゃんもこの未来は見ているはずだから、ルール違反で夢から覚めないことからも、負のクリスタルの持ち主ではないことが分かる。

 イリスちゃんの推察の一つが外れたことになるが、もしかすると、同スキル所持者が複数人いる場合は、ルール違反が適用されない可能性もある。『タイムリミット』に直接関与しないから、予知できるとか。

 シキちゃんが気付かない程度のスキルであれば、脅威とはならないが、それでも、負のクリスタルを揃えるための重要な構成員だ。念のため、その対策として、正が負に置き換えられて、人数が揃わないように、ユキちゃんを村に残したり、ウキちゃんを先に離脱させたりと、作戦には組み込んでみた。

「ありがとう。それも踏まえて、エフリー城に向けて移動する時に、改めて破壊作戦を伝えることにする」

 ユキちゃんを残すのは、別の理由もある。今回、最も重要な目的は人質の確保だ。ノスト村に誰も残らなかったり、別の子が残ったりした場合で、かつ追加のエフリー兵が来た場合に、完全には対応できない可能性がある。ユキちゃんがいれば、完全対応が可能だし、エフリー城では、シキちゃんがいるから問題ない。

 また、大胆すぎる作戦ではないかと思うかもしれないが、これもシキちゃんとユキちゃんに保証されているので問題ない。決して雑な作戦ではないということだ。


 一同は、目的の場所に着くと、クリスの魔法を消し、ウキちゃんから離れて、彼女の変身を見守った。四人はそこで、初めて実物のヘリコプターを見た。

「おお! 動画で見た通りだ!」

 シンシアが声を上げ、他のみんなも物珍しそうに見ていた。

「乗っていいよ!」

 ウキちゃんが促すと、ユキちゃんとクリスが前の操縦席二席、シンシアとヨルンは後ろに乗った。非常時は、すぐに状況が分かる操縦席の二人が魔法を使えるように、そして、ヨルンがシンシアを抱き、『反攻』で彼女を守ることで、被害を最小限にできるため、その配置にした。

 もちろん、ウキちゃんの変身があれば、その必要もないが、念のため二重の策を講じた。実際は、ユキちゃんがヘリコプターを発進させるので、『勇運』により絶対墜落することはなく、三重策にもなっている。

「みんな、準備はいい? ドアロック確認、シートベルト着用オッケー、周囲に人の気配なし。飛行開始!」

 ユキちゃんは、操作パネルの『本番飛行』ボタンに触れた。画面が切り替わり、すでに登録済みの目的地候補が表示されると、ユキちゃんは、『エフリー国ノスト村近辺』ボタンに触れた。検証時と同様の手順でローターが回りだし、一同は目的地に飛び立った。

 ノスト村までのフライト時間は約二時間。敵国に乗り込む心の準備の時間でもある。

「緊張してきたぁ……」

 ゆうが呟いた。個人フェイズのゆうを見ると、とてもそうは思えない。

「どこが緊張してるんだよ。また、さわさんとイチャイチャしてるじゃないか。別人格か? このあと、俺も巻き込むんだろ?」

「そうだよ。それはそれ、これはこれ」

「あまりやると、本当に精神が分裂するぞ。程々にしておけ」

「お兄ちゃんだって、あたしと話す時とみんなと話す時で、態度が違うじゃん。それと同じだよ」

「それを同一人物に対して、同時に行うとはどういうことなんだよ。シュレーディンガーでも批判できないぞ。残念ながら、俺は同時に観測できてるし、ゆうは確率で存在してないから」

「そもそも、九日前に個人フェイズができてから、時間軸の異なる空間に、あたしは同時に存在してるわけ。これがどういうことかと言うと、個人フェイズのあたしは、もう十八歳超えてるの。そして、その九百日もの間、お兄ちゃんには指一本触れられなかった。

 でも、プレゼントとして『あたし』も渡せたから、もう半分開き直ってるけど、琴ちゃんが待ってくれたから、あたしも待つようにして、一線は越えてない。お兄ちゃんなら、その事実に気付いてるでしょ? あたしと結婚してくれるんだよね? どこが同時に観測できてるのかな? 目を瞑ってるようにしか見えないんだけど。はい、論破」

「ぐ、ぐぬぬ……。いや、まだだ。現実時間では、まだ俺の戦いは始まったばかりだ!」

「はい、打ち切り」

「いや、まだやること山積みだから! スキルツリー作成、経験値牧場、シキちゃん人質救出作戦、マリティ接触、世界終了の食い止め、両世界の往来確立! それに、気になってることもある。エフリー国が催眠魔法に対するセキュリティ意識をいつ得たのか。これは……」

「あ、話を逸らそうとしてる。今は精神の話をしてるから。

 『ゆうが十八歳になるまで、お前がいくら一線を越えたくても、誘いには乗らない』って言ったよね?

 それって、肉体的な話じゃなくて、大人の判断ができる年齢になるまでってことだよね?

 仮に肉体的な話だとしたら、現実では触手で、個人フェイズでは年を取らないから、一生無理だよね?

 それは理不尽だよね?

 法律的な話なら、あたし達は常識を捨てたから問題ないよね?

 はい、論破」

 ゆうの主張に、俺は手も足も出なかったが、俺達のやり取りを聞いていたさわさんは終始笑顔だった。

「ふふふっ、シュークンって妙なところで恥ずかしがるんだよね。いつもは平気で真面目な台詞を言うのに。ゆうちゃんのことを心の底から大好きなのもバレバレなのにね。

 シキちゃんが言った通り、『連想』で二人が愛し合ってることは証明されてるけど、もう一つ、特別に教えてあげようか。でも、シュークンはもう気付いてるかな。今回は、私はゆうちゃんの味方ね。もちろん、シュークンが理不尽だから。

 さて、二人が触手に転生した直後から会話できたのはなぜでしょう。実は、ちゃんとした理由があるんだよね。それは、『連想』の条件に当てはまってたから。でも、その力は、まだ極端に弱かった。ただの兄妹愛では会話できないほどに……。ここまで言えば、もう誰でも分かるよね」

「ありがとうございます、さわさん。ほら、お兄ちゃん! また『ゆう、愛してるよ』って言いなさい!」

「お前、やっぱり俺の心が読めるんじゃないか! くっそー、こうなったら俺もお前の心を読んでやる! 読めた! 『お兄ちゃんのおちんちん大好き!』だろ⁉」

「死ね!」

「あ、ゆうが『お兄ちゃん、世界で一番愛してるよ』って言った!」

「うざぁぁぁぁ!」


 シュークンとゆうちゃんの戦いは、まだ始まったばかりだった。

 そして、私は引き続き、この二人の物語を綴っていこう。これを読んで、泣いたり、笑ったり、二人の状況を知って安心したい人のために。

 でも、あなたが二人と会えるまでは、もう少し時間がかかりそうだ。

 二人が一歩一歩、着実に進んできたように、触手研究家(神称)のシュークンと百合好き(お兄ちゃんも大好き)のゆうちゃんが触手に同時転生して女の子(例外有)を幸せにする物語も、まだ始まったばかりなのだから……。




「ふぅ……今日はここまでにしようかな」


 タブレットに接続していたキーボードを外して、彼女はベッドに身を投げ出した。


「はぁ……やっと三割ってところかな……。壮大すぎだよ……」


 一人しかいない部屋に、彼女の独り言が反響する。女性の部屋にしては、シンプルな家具と内装が、必要な物さえあればいいという彼女の生活スタイルを物語っていた。


 しかし、この部屋に入った者が中を見渡した時に、明らかに場違いな本が置いてある棚が目を引くだろう。彼女が創作活動をする上で、バイブルと称している本だ。


「一応、区切りも良くしてるから、これで終わりにして、新作を書いてもいいけどなぁ……。その場合の登場人物は、やっぱりあの二人かな」


 ブルルル。まだ止まらない彼女の独り言を余所に、テーブルの脇においてあった携帯電話が震えた。時間は丁度、二十四時を回ったところだ。


「あ、めぐる? どうかした?」

「さわが書いた小説、読んだから、その感想」

「読んでくれて、ありがとう。どうだった?」

「ちゃんと読むと面白いんだけど、推察部分とモノローグが多いから、展開が遅いなって思った。イマドキの子がそれを我慢して読むかどうか……。彼のことが大好きすぎて、全部書きたいのは分かるけどさ。

 それと、前に『愛と感謝』が裏テーマって言ってたけど、最後まで読んだ時にそれが伝わるかは、感謝についての説明がないから微妙かな。ないというより、立場上できないんだろうけど。

 あと、エロ描写があるから、ライト層には受けなさそう。

 んー、あとは、指摘されてた通り、空行が少なかったから読みづらさはあったかな。操作性とトレードオフなのも分かるけどね。

 できるだけ一気に投稿したい、

 シュウちゃんの日程に合わせる必要がある、

 読者の集中力を保たせたい、

 操作性の悪さにも限度を持たせたい、

 それらを全て満たす方法がアレってことだろうけど、本当は書籍媒体が一番適してるんだよね。展開の遅さをカバーするなら段組みで一気に読ませる方法かな。触手モノで段組みは前代未聞だね。まあ、そんなの叶うのかは分からないけど。

 最後に、あたし達の出番が少ないなって思った。コトの過去から現在だって、ちゃんと書けばシナリオになるんじゃない?

 ゆうちゃんとの出会いから別れ、立ち直ってから覚醒までの感動シーンと激熱シーンもこの先あるだろうし」


 仲が良いさわが相手だからこそ、素直な感想を述べるめぐる。


「感想ありがとう。本当は、朱のクリスタルの所持資格を言えたら良いんだけど、言えないからね。まあ、エロは仕方ないね。それがなかったら触手がいる意味ないから。

 それと、『向こう』にウェブ小説を投稿してみて分かったことがあるかな。全部予想してたことだけど。めぐるが言ったことに加えて、多くの読者が集まるサイトでは、その読者を一つの作品に集める方法が歪んでるってこと。

 長いタイトルとあらすじはもちろんのこと、作者同士がSNSで繋がって、宣伝と空評価をし合って、ポイントやランキングを上げてる。意識しているかしてないかによらず、挨拶代わりにね。友達が多ければ挨拶の回数が増えるのは当たり前だよね。常識的には、挨拶されたら挨拶しないといけないから、同じように、評価されたら評価し返す。それで、一瞬でもランキング上位に入れば、あるいは入らなくても、ある程度の読者さえ集まれば、あとはみんなが見てるからという理由だけで、さらに読者が増える。作品を純粋に評価してる人がかなり限られてるんだよね。当然、書籍化が決まったり、これまでの作品で固定読者を持っている作家の新作が断然有利。すでに『何らかの方法』で評価されてるからね。もちろん、自作自演の評価もあり得る。だから、みんなが思っている以上に、純粋な新規作家のハードルはとてつもなく高い。

 また、男女の違いもある。男性に比べて、女性はアンケートに気軽に答えて、さらに組織票を入れる傾向にあるから、それと同様に、作品評価でも、同じジャンルで女性読者が多い作品は、内容がどうであれ有利に働く。男性はたとえ面白くても、わざわざ目に見える評価をする人は少ないから、男性読者が多い作品は相対的に不利になる。少年漫画のアンケートでも解決できていない問題だね。

 大きく分けて、これらが、たとえ書籍化されて、アニメ化やメディアミックスされた作品が多くあったとしても、ウェブ小説投稿サイトが粗製濫造とバカにされる所以。

 別に私の作品が優れてるって言いたいわけじゃない。本当に面白い作品が評価されてほしい、そして、それをユキちゃんじゃなくても探せるようにして、私やこっちの人達に読ませてほしいってだけ。私は、私が面白いと思ったものをそっちにも送るからってね。

 でも、それについては、私だけじゃなくて、みんなそう思ってるんじゃないかな。つまらない、心が動かない作品を読みたい人なんていないだろうから。それこそ、リオちゃんのシステムやジャスティ国騎士団の新評価システムみたいに、しっかり作品を評価できるシステムがほしいかな。

 ランキング至上主義から脱却したウェブ小説サイトもいくつかあるけど、規模は大きくないし、システムとしては、私から言わせれば、まだ不完全なんだよね。大量に作品がある中で、読者が出版社の編集者のように第一評価者となるのは当然として、面白い作品を見つける目的であれば、その評価項目やジャンルを今以上に細分化するべきだし、評価者に対する評価も客観的、統計的に行う必要がある。それを一から作れる人がいない。いたとしても、広告宣伝費を十分に使える余裕がないと、作家も読者も集まらない。作るだけ無駄になってしまう。

 これはウェブ小説投稿サイトに限らず、ウェブ漫画投稿サイトでもそうだし、世の中全ての商品において言えることだね。シュークンとゆうちゃんも似たようなこと言ってたけど、たとえニーズに合った良いものを作ったとしても売れるとは限らない。売れたとしても、良いものとは限らない。その売上は評価ではないから。

 特にこの界隈は雑に作られた一過性の流行りが横行してるんだよね。今の言葉を言い換えるなら、面白い作品を公開したとしても評価されるとは限らない。評価されたとしても面白い作品とは限らない。その評価が歪だから。

 冷静になってあとで考えてみると、シュークンも言ってた通り、『やっぱりクソ作品だったわ』となることが多い。でも、それを今更言えない。自分を否定することになるから……。

 あっと、話しすぎちゃったね。まあ、まだ触れていない問題や、言いたいことはあるけど、次の機会にして……。

 あとは、ことちゃんの話だっけ。完全一人称視点で行くって決めたから、ことちゃんの体験は描写できないんだよね。彼女の体験を彼は知らないから。それに、場面が行ったり来たりするの嫌だから、回想もその子の台詞でしかやらないことにしてるし。書くとしたら、同シリーズの番外編かな。でも、めぐるの気持ちは分かるよ。ことちゃん大好きだもんね」

「あ、反撃された。せっかく感想言ってあげたのに」

「ごめんごめん。今度いっぱいご褒美あげるから……」

「まあ、それならいいけど……。焦らすのは無しだよ」

「えーなんで? あの時のめぐる、すっごくかわいかったのに。涙浮かべて、おねだりしてきて、私も我を忘れちゃうほど、興奮したんだけどなー」

「たまにならいいけど、毎回あんなふうにされたら……朝になっても収まらなくなっちゃうから……。次の日、何もできなくなるでしょ?」

「じゃあ、次の日もしようか、一日中。やってみたかったんだよね。今度の連休どう?」

「まあ、いいけど……。はぁ……来月からどうなることやら……」

「『うおち屋』には道具も揃ってるし、ちやも、いつもとのギャップがあるかわいいめぐるが大好きだからね。三人で暮らし始めたら、めぐるの生活は潤い続けて、絶頂の幸せ、もとい、幸せの絶頂を感じちゃうね」

「あの子達に影響されすぎでしょ。特に、修一くんに。じゃあ、私もゆうちゃんの真似しようかな。きも。」

「だって、『私達』の大好きな『子ども達』だし。本当は、特別扱いしたいけど、私達のルール、信念があるからね」

「その範囲内では十分特別扱いしてるけどね。さわの意思と接触できてる時点で。しかも、今度は現代と行き来できるようになるかもしれないし」

「それは、めぐるからのご褒美、と言うか二つの世界を『巡って』救うための使命でしょ?」

「まあね。ちやから連絡受けた時は流石に驚いたね。私達が元々監視していた彼らなら、向こうの世界を救えると思ってたけど、こっちの世界の救世主候補にもなるなんてね。

 しかも、触手の姿で。ちやが魔力付与したら、二つの世界、いや三つか、その総人口を救うことになると判明するとか、前代未聞でしょ。クリスでさえ数百万人なのに」

「私も驚いたけど、それと同時に、感動したなぁ。愛と感謝がやっぱり世界を救うんだって。彼らは、文字通り、愛と感謝の化身だからね」

「彼らの場合は、それに加えて、特異な危機意識と知恵があるしね。理想を実現するには、やっぱり手段がないと。声高に叫んでるだけじゃ、永遠に実現できない。

 それを伝える目的もあって、その『デバイス』で向こうの世界に『触れて』、小説を投稿してるんでしょ?

 それにしても腹が立つのは、他の神達は、別にどっちも滅んでいいじゃんって言ってるらしいけど、私達があの子達のことを好きっていうのは置いておくとして、いや、それ世界の管理者としてどうなのよって話」


 めぐるは、声で怒りを露わにし、他の神達を批判した。


「『管理者』じゃなくて、ただの『傍観者』だからね。それって、いてもいなくてもどうでもいい存在ってことだからね。そのくせ、気まぐれで世界を好き放題したり、罰を与えたりするとか、むしろ害悪な存在だよね」

「ほんとそれ。半分傍観者みたいな役割だけど、報告や提案をちゃんとするちやを見習ってほしいわ。そう言えば、世界終了の放置が他の管理者の世界に影響を及ぼすこともあるって聞いたことがあるんだよね。完全にとばっちりじゃん」


 二人の愚痴は止まらなかったが、さわが歯止めを掛けた。


「まあ、愚痴はこのくらいにしておいて……、私は信じてるよ。シュークンとゆうちゃんが、『女の子』や『両性具有』、『魔法生物』だけじゃない、『接触していない人達』、『本人達』、『世界そのもの』、そして『私達』までも幸せにしてくれるってね」

「うん、私も楽しみにしてる。それじゃ」


 めぐるの言葉で締めて、二人の通話が終わり、さわは再びベッドに横になった。

 そして、いつものように、愛する二人の元に向かうのであった。


「まあ、私はもう幸せなんだけどね。転生直後に会話できた、あの二人と同じように……」

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触手研究家(自称)の俺と百合好き(秘密)の妹が触手に同時転生して女の子(例外有)を幸せにする~職種希望欄は触手希望欄だった⁉~ 立沢るうど @tachizawalude

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