第二十三話 俺達と女の子達が建築士と情報共有して茶番作戦の実行と敵勢力を明らかにする話

 三十日目午前十時三十分頃。

 ユキちゃんの父親、キールさんが外で待ち合わせをして、一人の女性を家に招き入れた。例の同僚だ。俺達は居間の隅に縮小化して様子を見ている。

 キールさんが前に言った通り、体格が良く、重そうな荷物も持っているが、それを全く感じさせない余裕があり、気前も良さそうだ。髪は赤毛で、適度なショートカット。顔だけ見れば、美男と美女の間、どちらかと言うと男寄りの中性的な印象だ。

 服装はタンクトップで、日焼け跡のコントラストと、ただでさえ巨乳なのに、小さめのサイズの薄着により、さらに胸が強調されてとんでもないエロさを感じる。同じ空間でアースリーちゃんと並ぶと圧巻だ。チートスキルは持っていなかった。

「まあ、とりあえず座ってくれ。紹介しよう。出張先で同僚だった『マリティ』だ。こちらは、娘のユキの友達、アースリーちゃん、アースリーちゃんの友達のイリスちゃん、そして、よく話に出していた俺の妻だ。ユキは旅に出ている。今は城にいるそうだ」

「よろしくな。あたしの態度は誰が相手でもこんな感じだから気にしないでくれ。それにしても、キールの嫁さん、ホントに美人だったんだな。これなら、『妻一筋』『家族一筋』って言うのも分かるぜ。あ、変な言い方しちまったかな。あたしがキールにアプローチしたとかじゃないからな」

 キールさんの紹介に、マリティは豪快さと大胆さと気遣いが混ざったような言葉を発した。声は思ったより高いな。シンシアぐらいだろうか。『ガハハ』とか笑わなさそうだし、似合わなさそうだ。

「あら、ありがとう。でも、それを言うならあなただって、魅力が詰まったような人よ。大工の妻達がみんな心配しちゃうんじゃないかと思うほど」

「いやぁ……それを言うならアースリーだろ。こんな子がこの村にいるなんてな……。きっと、王族のハートも射止めるぜ。あたしでさえ、抱き付きたくなっちまう。なぜか、かわいい子どももいるようだが、一体どういうことなんだ? アースリーが話したいことと関係があるのか?」

 ユキちゃんの母親の言葉に、打って変わってアースリーちゃんとイリスちゃんに興味を持ったマリティ。アースリーちゃんがマリティと話したいということは、キールさんから手紙で伝えていたらしい。

「私がイリスちゃんといると安心するので付いて来てもらいました。早速ですが、お話というのは他でもありません。マリティさんは建築設計ができると聞きました。そこで、最低三十人住める屋敷を設計してほしいんです!

 できれば、村一つ丸ごとを最初から作るつもりで、最高の村や町にするための設計をお願いします」

「はぁ⁉ なんでそんなこと……。いや、マジでなんでだよ……」

 マリティは、想像を超えるアースリーちゃんのお願いに困惑していた。しかし、ただ困っているわけでもないような反応だ。

 何と言うか、その言葉がどうして出てきたのか信じられないという反応のように見える。

「ユキちゃんが男爵位を与えられて、領地を持つことになったからです。何もないところからなので、理想の村を作れます。マリティさんは、優秀な大工と聞きました。

 これは、私の勝手な推察ですが、設計がただできるわけではなく、しっかりと学んでいるのではないかと思いました。それなら、あなたの理想の『家』があるはずです。優れたデザインで、かつ周囲と調和した『家』が。

 周囲があるということは、一つの家を考えるだけでは成り立ちません。その隣、正面、後ろ、全ての家、店、道路、水路、景色を考え、当然、領主の屋敷も考える必要があります。

 ユキちゃんは、『優しい村を作りたい。愛と感謝と笑顔で溢れた村を』と言っていました。誰だって、そんな村を作れるなら作りたいじゃないですか。住みたいじゃないですか。もちろん、それは簡単なことではありません。不可能かもしれません。

 でも、トップが理想を追い求めなくてどうするんですか。夢を語らなくてどうするんですか。ユキちゃんなら、みんなの夢を叶えてくれる。そういう子なんです。お金はたくさんあります。どうかお願いします!」

 マリティを除き、その場の全員が、アースリーちゃんの熱く魂が込められた説得に影響され、真剣な眼差しでマリティを見つめた。

 すると、マリティはそれらの視線を切るように俯き、間もなく両手でテーブルをバンと叩き、立ち上がった。

「あたしは、そんなことを聞きたいんじゃない! 『なんであたしの夢を叶えてくれるんだよ』ってことだ!」

「え?」

 マリティはそう言うと、キョトンとしたアースリーちゃんを横目に、自分の荷物を漁り始め、細く丸められた紙を数枚取り出して、テーブルに並べた。その一番上には、都市デザイン図のような、一つの村をイメージした絵が詳細に描かれており、残りは、精密な建築設計図のようだった。屋敷大のものから一軒家のものまである。

「こんなことあるのかよ……。それなら『もうできてる』んだよ……。マジで信じられねぇ……。これがあたしの理想の村で、あんたらの理想の村のデザインと図面だよ。屋敷はパーティーホールと宿泊客用の部屋を考慮して、三十人にプラス十人の部屋と広さを確保してある」

 マリティは、テーブルに両手を付きながら、最初は戸惑っていたが、その紙についての説明を始めた。

「こっちは宿屋と食堂、こっちは一般家屋、上級家屋、集合住宅、こっちは乗合馬車と馬の厩舎、こっちは公園と広場。居住域拡大の方角優先度の考え方はこれ」

 これも『勇運』の力なのか。彼女達が小さい頃に思い描いていた夢がお互いに影響して今に至るということか? 

「えー! すっごーい! マリティお姉ちゃん、これ一人で全部書いたってことだよね!」

「マリティ、お前、これいつから書いてたんだよ! 俺には話しすらしなかっただろ!」

 イリスちゃんの子どもらしい反応の直後に、キールさんが大きい声で問い詰めた。決して怒ってはいない。

「そりゃあ、恥ずかしいからに決まってるだろ! イメージだけなら小さい頃から。実際に書き始めたのは家を出る前からだ。それから少しずつ図面を引いてった。もちろん、こんな村を作れるなんて思って書いてたわけじゃない。それでも、この中の一つでも任されて、現実に建てられたら、と夢見るぐらいは許してくれよ。

 まあ、正直、ただの暇つぶしだった。でも、楽しいから書いてた。それが、いきなり全部現実になるなんて信じられるわけねぇだろ! どうしてだ。どうしてあたしがその夢を持っていることが分かった? コンセプトまで同じなんだぞ? どうしてその話をあたしにしたんだ! 教えてくれ!」

 マリティはアースリーちゃんに食って掛かるように質問した。すると、すかさずイリスちゃんが口を開いた。

「ねぇ、マリティお姉ちゃん。そういうのを『運命』って言うんじゃないの? 『奇跡』って言うんじゃないの? 誰にも説明できないことが起こった時、それが今だよね? 偶然すぎて怖いって気持ちは分かるよ。裏で何か調べられてるかもしれないもんね。それで、騙されるかもしれないし。

 じゃあ、こういうのはどう? アースリーお姉ちゃんがお金を最初に『全部』、マリティお姉ちゃんに渡す。足りなければさらに渡す。そしたら、本気って信じられるでしょ? 何かあっても、損することはないよね」

 イリスちゃんがマリティに『理想』と『現実』の両方を示して、マリティを説得した。

「い、いや、それはダメだ。前金と費用はもらうが、それぞれ建て終わってから報酬をもらう……って、ああ、言っちまった……。…………。ま、いっか……。よし! 面白そうだ、全部やってやろうじゃないか! よろしく頼むぜ!」

 マリティは、イリスちゃんの特異な説得をそのまま受け入れ、ユキちゃんの代理であるアースリーちゃんの依頼を受けた。マリティも切り替えが早そうだ。

「ありがとうございます!」

「それじゃあ、キールの旦那。あんたが大工兼現場監督だ。その方が、効率が良い。この屋敷の図面に書いてある資材の確保を頼む。とりあえず、まだ確保できるかの確認だけだ。発注はあたしが現地調査をしたあとだ。

 それと、大工屋と土木屋も確保するために、まずは大手に片っ端から連絡だ。必要なら、あたしとあんたの知り合いにも連絡する。

 それから、アースリー。現地調査のための護衛をどこかのギルドに依頼してくれ。護衛が来るまでは、あんた達の希望を聞いて、細かい所を詰めていく。

 結界を張る魔法使いは、知り合いに優秀な魔法使いがいる領主が用意する場合もあるらしいが、普通は土木屋が用意するから、こっちで依頼する必要はない。

 人をかき集めれば、土木の基礎工事開始は、早くて二、三週間後、建築の基礎工事開始は、早くて二ヶ月後ぐらい。竣工は早くても半年後ぐらいだろう」

 たとえ半年後でも、十分に早い気がする。一応、効率的な工法も調べておくか。質の良いセメントやコンクリートの作り方も教え、村専用の土木建築業者を抱え込むつもりで進める予定だ。

「あの、実はまだあって……。上下水道施設も作りたいんです。濾過装置、水道管、ポンプ、貯水槽が必要なので、優秀な金属加工職人を知っていたら教えてください。金属で補強して耐震構造にもしたいです」

 俺がイリスちゃんに教えた上下水道の仕組みを、アースリーちゃんが簡単にまとめて、要求に追加した。

「え……。職人は知ってるけど、そんな専用施設は城下町にもないんじゃないか? もしかして、未来都市でも作るつもりなのか?」

「はい。私達なら可能です」

 アースリーちゃんは自信満々に答えた。

「……。あははは! いいねぇ。建築家としては、もっと面白くなりそうだ。職人が住める村にもしないといけないな。一々移動や運搬をしてたら切りがないから。業者に連絡する時は、『建築、土木、金属加工の最新技術を使った村を作りたくないか?』って書くのもアリかもな。

 でも、自然はある程度残すよ。いや、この場合は移植するって言った方が良いか。それが、バランスと調和に繋がる。めちゃくちゃ忙しくなりそうだ」

「マリティお姉ちゃんは、どんなお仕事でセフ村に来たの? そっちの仕事は大丈夫?」

 イリスちゃんがマリティに質問した。

「村長の娘との打ち合わせだ。あたし宛に手紙が来て、村の人が家を建てたいと言ってるけど、村の発展方針も含めて、どうしたらいいか分からないから相談したいって。まだ正式な話じゃないから、こっちが先だ」

「⁉」

 マリティの回答に、イリスちゃんとアースリーちゃんが驚いた。

「その手紙、見せてもらえますか⁉」

「あ、ああ。まあ、見られてマズイものでもないからな。誰かに話してもいいって書かれてたし」

 マリティは荷物から手紙を取り出して、アースリーちゃんに渡した。それを読んで、アースリーちゃんはイリスちゃんの方を見て頷いた。『アースリーちゃんが書いた手紙』で間違いないということか。

「実は、私が村長の娘です。黙っていてすみません。名前を聞いた時には、びっくりしました。マリティさんが、まさかユキちゃんのお父さんの同僚だとは思わなくて」

「そうか……。話の続きをする前に、先に宿屋を確保しておきたい。アースリー、イリス、案内してくれ」

 シキちゃんがアースリーちゃんにかけた催眠魔法で、マリティにも手紙を送るようにしていたのか。連絡の時間を短縮してくれて助かった。

 ただ、この様子だとマリティに違和感を与えてしまったな。これを機に聞いてくるだろう。


「……で、その手紙について、何か隠してることがあるんだろ? イリス、お前が答えてくれるのか?」

 三人がユキちゃんの家を出たあと、宿屋に向かおうと歩みを少し進めると、やはりマリティが聞いてきた。イリスちゃんが異質な存在だということもバレているようだ。手紙はともかく、イリスちゃんにはよく気付いたな。

「ごめんね。宿屋の部屋で話すよ」

 イリスちゃんが外では話せないとマリティに伝えた。一同は宿屋に着き、一人用の部屋を長期宿泊割引で確保すると、二階の部屋に向かい、ベッドに腰掛けた。

「マリティお姉ちゃんは、この先ずっとお世話になる、私達にとって色々な意味で大切な人だから、全てを話したいんだけど、今はまだ話せない。でも、少なくとも私のことは話せる。

 私は、いわゆる天才と呼ばれている存在。実は、ただそれだけ。私は、自分と私の愛する人達のために行動している。それだけなんだよ。お姉ちゃんが心配する必要はない。その話せないことも、そのことで不利益を被るものじゃないから。

 ねぇ、お姉ちゃん。天才と呼ばれる私が書いた上下水道施設のイメージ絵、見てみたくない? それを、村と調和させた建築デザインに洗練させた上で、設計図に起こしてほしい。各装置は私が設計して職人さんに回すけど、きっと私はあなたに『面白さ』を与え続けられると思うよ」

「すごいな……。子どもとは思えないオーラを感じるぜ。本当に目の前に天才がいるんだと実感できる……。なあ、これが偶然だったかだけ教えてくれ。全部イリスが予測したのか?」

「ううん、本当にただの『運』だよ。でも、それを確実に引き寄せることができる最強の『二人』がいる。だから『運命』。そして、その『二人』が慕っている存在がさらに『二人』いる。その存在を中心に全てが回っていると言っても過言じゃない。私もアースリーお姉ちゃんも、それぞれ慕っている内の一人だよ。言えるのはここまで。ほとんど言っちゃったね。それもマリティお姉ちゃんを信頼している証だと思ってね」

「分かった。ありがとよ。いつか聞けるってことで、それじゃあ、ちょっくら天才の絵を見せてもらいますか。ここにないってことはアースリーの家にあるのか? それで、あたしが描いたことにすればいいってことかな?」

「流石、マリティさん。その通りです!」

 アースリーちゃんが笑顔でマリティに答えた。その後、一同はアースリーちゃんの家に行き、マリティがイリスちゃんの精密な絵を見て、息を呑んでいたのは言うまでもない。

 これで、経験値牧場の話は一気に進んだが、何しろ物理的なものなので、完成までに時間がかかるのは仕方がない。半年という話だったが、上下水道設備を含めると、さらに時間はかかるだろう。プロがどんなに頑張っても、数日や一ヶ月そこらでできるものでもないのだ。急いで建てて、安全性に問題があっても困るしな。

 それにしても、だんだん楽しみになってきたな。俺達は、いつの間にか屋敷の完成が待ち遠しくなっていた。




「シンシア……さん……右……手……挙げて……シンシアさん、右手挙げて」

 ウキちゃんの『声』を聞いて、シンシアは右手を挙げた。つい先程、魔力音声変換魔法ができあがり、ウキちゃんに試してもらっている。

「とりあえず、ウキちゃんの声じゃなくて、不自然な声と発音だけど、こんな感じになった。思ったより難しいね。まだ、完成と言うには程遠いよ。周波数の再現とそのピークを表した『フォルマント』っていうのを一つ一つ決めなきゃいけないのが大変で、クリスさんとヨルンくんにも手伝ってもらって、シュウちゃんが言う『プログラミング』に近いことをやったんだよね。だから、詠唱がめちゃくちゃ長くなっちゃった。

 ウキちゃんなら、そのメモに一度変身すれば理解できるし、無詠唱で一瞬で発動できるから、どんなに長くても平気だと思うけど、私達が使うのは現実的じゃないと思う。

 それと、私達の言葉だと子音と母音の数が多くて、その組み合わせだとさらに多くなるから、いっそのこと日本語の発音にした。『L』と『R』の区別がなくて、『ライト』を区別できないけど、それでも十分に通じるから。そこまでやっても、詠唱が長いんだよね」

 ユキちゃんでさえ、魔力停止魔法とは別の意味で一苦労の魔法だった。しかし、一度創造してしまえば、俺の『万象事典』にも載るので、長い詠唱を一言一句覚えておく必要はない。

 それに、その『万象事典』に、ついにウキちゃんが変身できるようになったのだ。『ついに』と言っても、実は簡単に実現できた。なぜなら、個人フェイズのみとは言え、すでに『存在』しているものだったからだ。

 ただ、本と違って、変身しただけでは、『万象事典』の内容を全て理解できるわけではなく、一ページ一ページ表示した項目しか、理解することはできないらしい。記憶装置のデータ内容を読み込むことができないからだ。

 しかし、記憶装置の状態は保持できるので、別の物に変身してまた戻っても、閲覧履歴などは前回と同じままだ。

「本当にお疲れ様。気になったことがあるのだが、これで口が塞がれていても魔法の詠唱と発動ができることになるのか?」

 シンシアがユキちゃんに質問した。

「できると言えばできるけど、ウキちゃんはともかく、人間には簡単にはできない。魔法使いを無力化するために手を不自由にするのと同じ原理で、魔力の流れが通常と異なるから、訓練しないと魔法を構築できないんだよね。

 魔力音声変換魔法は、魔力粒子が魔法発動時に起こる振動を利用してるから、最初に発動してしまえば、そのあとの言葉は詠唱なしで変換できるけどね。そうじゃなかったら、一つの言葉を話すのに、何度も同じ詠唱を繰り返すことになる。いや、そもそも話せないか。

 いずれにしても、最難関魔法だね。これなら、宙に水の文字を浮かせる魔法の方が簡単だったよ。元々、コミュニケーションが目的だからね。でも、その内、必要になることだと思ったから挑戦した。魔力を『データ化』する時に必要になるから。それができたら、シュウちゃんがいた世界よりも便利な物が発明できると思う」

 ユキちゃんの言う通り、確かに数え切れない応用ができそうだ。入力装置が必要なくなるだけでも画期的だろう。

「ねぇ、シュウちゃん。セフ村に行ってみてもいい? 私が鳥に変身すれば、目立たずに行けるよね。昼食の時はみんなの魔力を食べてもいいとは言われてるけど、基本的に暇だし」

 行動が早いな。良いことだと思う。ただ、一時間以内に着くのであれば、俺達も縮小化して背中に乗って行けるが、それでは時間が足りないのではないだろうか。セフ村から城までの経路は、約三百キロあり、直線距離にしても最低二百キロはある。航続速度が時速二百キロの鳥は存在しない。風向き次第では、さらに時間がかかってしまうだろう。

 まあ、それは一気に行く場合の話で、十分間休めば、また縮小化できるようになるので、休憩場所を探して下りれば問題ない。

 俺はどのようにセフ村に行くかを紙に書いた。

『俺達も行こう。イリスちゃんは俺達と会える部屋を持ってないから、まずはアースリーちゃんに会いに行く。セフ村の一番奥の家の屋根に下りることになる。予め、地図で確認しておこう。

 ウキちゃんは後ろに時計が付いた首輪をしたハヤブサに変身してほしい。俺達が縮小化できるのは一時間で、十分間ほど休憩しないと再度縮小化できない。俺達からの肯定否定の合図、方向を指示する合図、地上に下りる合図、外敵から逃げる合図、殺す合図、助ける合図を決めておこう。砂でもメッセージを表せるけど、空中から砂を落としたくないから合図にした。茶番の時間までには余裕を持って帰ってくる』

「うん、ありがとう!」

「この部屋から飛び立つと下に警備兵がいて目立つので、三階のバルコニーに一度行きましょうか。外の窓際からであれば、変身を見られることもありません」

 シンシアの提案に俺達も賛成した。早速、みんなでバルコニーに向かい、一度外に出て景色を堪能しているフリをしてから、触手を増やした俺達と元の姿に戻ったウキちゃんを残し、昼食のために食堂に向かった。

 そして、ウキちゃんは窓際でハヤブサに変身し、俺達はさらに十センチの大きさまで縮小化して、彼女の背中まで移動して張り付いた。

「じゃあ、行くよ」

 ウキちゃんが出発の魔力音声を静かに発した。彼女は手すりまでぴょんぴょんと跳ねるように移動し、その隙間から飛び降りると同時に翼を広げて、大空へ飛び立った。

「おおー! 飛んでるぅー!」

 ゆうは初めての飛空に歓喜していた。もちろん、俺も空を直接飛ぶなんて初めてなので、テンションが高くなった。ものすごいスピードで空を飛ぶハヤブサのウキちゃん。

 ハヤブサは時速六十キロから百キロほどのスピードで水平飛行できるらしい。獲物を狙う時の降下スピードは時速四百キロにも達する。空気抵抗を限りなく少なくした終端速度と言ってもいいので、それだけ上空を飛んでいるということだろう。

 ちなみに、別の方法として、ドラゴンが実在すると仮定して変身しても、その速度が出せるか分からないし、ジェット気流も方角と合っておらず、利用できないので候補から外した。

「風を切るっていうのはこういうことを言うんだな。地上の風向きはよく分からなかったが、上空は追い風だから少し早く着きそうだ。

 予定としては、今から四十五分後に休憩して、そこから五十五分後に休憩して、十三時半までには着くか。夜の移動なら、ホバー可能な戦闘機やヘリコプターに変身してもらって、もっと早く移動できるんだがなぁ」

「そこまでやって、飛行機音やプロペラ音は気にしないんだ。て言うか、実現できるの? 電子機器のオンパレードなのに」

「タッチパネル式の簡易操作にすれば、他の計器は無視していい。簡易操作は『万象事典』で実現済みだし、情報なら直接ウキちゃんが教えてくれる。今そうしてないのは、飛行のために、できるだけ重量を軽くしているからだ。

 問題なのは、ジェット燃料がどの程度の魔力を消費するか分からないということだな。でも、多分行けると思う。なぜなら、魔力を借りて頑張れば城にも変身できることと、飛行分のジェット燃料を使って城を爆破できる規模を考えた時に、エネルギーの観点から、たとえ半壊しても城の方が大きいからだ。万全を期すなら、超低空のホバー状態を維持して、どれだけ魔力が消費するかを確かめてから、本格的に移動すればいいかな。

 まあ、音は噂にはなるだろうな。ただ、それほど頻繁に高速移動する予定はないから、未確認のままいずれ忘れ去られるだろう。バレても誰も信じないだろうし」

「あ、ちょっと雑になってきた。本格的にチートできるようになって浮かれてるんじゃないの?」

「……。そうだな、浮かれるのは良くない。しっかり考えることにしよう。ありがとう、ゆう」

「今のは軽く言ったことだから気にしなくていいのに。あたしの方こそありがとう、お兄ちゃん。あたし達のために一生懸命考えてくれて」

 本当に反省しなければいけないな。少し考えれば、空間防音魔法で音を消せることぐらいすぐに分かるのに……。また妹を危険に晒すところだった。やはり、万能感は人を狂わせてしまうな。あとで、このことをみんなにも共有しておこう。それが俺の反省文だ。

『反省文

 私、相楽修一は、本日、六月十七日十一時三十分頃、ウキ=リッジさんの類まれなる変身能力により、人生初の非航空機飛行を経験し、その高揚感から、配慮に欠ける対応策を妹である相楽ゆうさんに提案してしまいました。

 本来であれば、熟慮に熟慮を重ね、大切な方々の命を守るための思考と行動をすべきところを、自分の能力でないにもかかわらず、不必要な万能感を抱き、あろうことか、他者の忘却を策に組み込み、思考を放棄した言動をしてしまいました。危うく、大切な方々の命を私が奪うところでした。大変申し訳ありません。

 本件を猛省し、皆様の安全を第一に考えることを強く誓い、また、自分が成長するための糧とし、二度とこのようなことがないよう、より一層精進していく次第です。

 ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、親愛なる皆様あっての私でございます。今後も、皆様の温かい叱咤激励を不肖私にいただけると幸いです。重ね重ね、大変申し訳ありませんでした。以上』

 これを二通作成し、ウキちゃんを知るみんなとイリスちゃん達に見せよう。ゆうに全裸で土下座した時に書いた反省文の経験を活かし、スラスラと思い付くことができた。当然、口だけでなく、行動で示すことが重要だ。気を引き締めていきたい。


 それから何事もなくセフ村に着き、アースリーちゃんの家の屋根に俺達は下りた。ウキちゃんに疲労はないらしいので、常に全速力で飛んだ結果、予定よりも二十分早く着くことができた。

 彼女は元の姿に戻ると、屋根をすり抜けてアースリーちゃんの部屋に行き、俺達は触手を消した。イリスちゃんには、トイレに外に出た時に、アースリーちゃんの家に寄るように伝えてあり、アースリーちゃんと部屋で合流済みだ。

 そして、二人が驚かないように、部屋の俺達が合図を送ったあと、ウキちゃんに姿を現してもらった。その姿は猫少女で、午前中もそうだったので、どうやら基本はそれで行くらしい。夜以外では、『ニャ』とは言ってなかった。

「アースリーちゃん! イリスちゃん!」

 ウキちゃんが部屋の外に聞こえない程度の声量で、しかし元気良く二人の名前を呼ぶと、すぐに彼女に抱き付いた。

「初めまして、ウキちゃん。本当にかわいいね。昔のユキちゃんみたい」

 やっぱりそうなのか。

「えへへ、アースリーちゃん好き!」

 ウキちゃんはもうアースリーちゃんのことが大好きになったようだ。魔法生物さえ虜にするアースリーちゃん、恐るべし。

 マリティは、キールさん達に村の案内がてら、食事処に連れて行ってもらったようだ。午後二時から打ち合わせを再開するらしいので、少しの間ならイリスちゃんに『万象事典』を読んでもらうことができる。

「よろしくね、ウキお姉ちゃん!」

「私がお姉ちゃん……。イリスちゃん好き!」

 ウキちゃんがイリスちゃんに抱き付いた。ちょろすぎない? 

「ごめんね、ウキお姉ちゃん。あまり時間がなくて……。早速、見せてもらえるかな?」

「うん、分かった」

 ウキちゃんがベッドに座り、『万象事典』に変身すると、それをイリスちゃんがすぐに手に取り、操作を始めた。何も説明しなくても使い方が分かるのは流石だ。

 俺の万象事典は、こんなこともあろうかと、日本語と英語を切り替えられるようにしてある。イリスちゃんならもう少し時間があれば、そこに書いてある『日本語』の項目からすぐにマスターしてしまうだろうが、今は英語で読んでいるようだ。

 やはり、読むスピードがとんでもなく速い。と言うより、映像記憶をしてからあとで『読む』のか。当然、動画は見ていない。イリスちゃんには全く迷いがなく、操作も正確なので、どの項目を読もうとしているのか目で追うことさえやっとだが、俺達がいた世界での先進国の一般的な生活レベルと移動手段に加え、村を作るために必要な都市設計に関する技術的な項目を主に記憶しているようだ。

 また、ジャスティ国内の燃料や鉱物資源マップ、地下水脈マップ、村周辺の水質、土壌成分、海抜の高さまで確認し、さらには過去の天災周期までも確認していた。それらを十五分ほどで済ませて、残りは数学、物理学、化学、生物学、医学、電気工学、電子工学、量子力学、情報工学、機械工学、農業工学の基礎を見ていた。

 あ、これもうイリスちゃんは学問で俺達を完全に超えたな。

「ふぅ……。ありがとう、ウキお姉ちゃん。今日はもう大丈夫」

 打ち合わせの十分前にイリスちゃんは必要な記憶を終えて、ウキちゃんにお礼を言った。

「イリスちゃん、すごーい! 私より読むの速いよ!」

 ウキちゃんが人の姿に戻って、感心していた。

「ううん、私は記憶してただけだよ。あとでゆっくり読ませてもらうね」

 分速百ページのウキちゃんを超えるということは、イリスちゃんは四千ページ以上を一瞬で映像記憶していったのか。それを覚えたまま打ち合わせをして、あとで思い出して読み、理解、考察、再度記憶して、その最中でも残りの映像記憶は忘れない。控えめに言っても『神』だろ。

 サヴァン症候群などで、代償と引き換えに、映像記憶ができる人はいるが、それでも記憶するためには時間を要する。イリスちゃんほどの速度は、同じ天才でも到達できない領域だろう。しかも、それを自慢せず、当たり前のように振る舞っている。

「よく天才キャラで、全教科テストの点数が満点なことを自慢してるバカいるでしょ? そんなの、お兄ちゃんだって、あたしだって、琴ちゃんだってできるのに、イリスちゃんにとっては、それは一呼吸するぐらい日常的なことなんだよね」

 ゆうの意見には同意だ。

「今、俺も改めてそれを考えていた。作者や読者、あるいはイリスちゃんに対する俺達みたいな周囲の物差しが、学校のテストか知能テスト、記憶力、処理能力しかないのが理由の一つだろうが、そんなのは、真の天才にとってはどうでもいいことで、自慢にもならないんだよな。

 もしかすると、それだけじゃなく、全てのことについて、一生自慢することはないんじゃないかとも思う。俺はイリスちゃんの才能を目の当たりにする度、いや、常にだけど、彼女が自慢できるようなことをしてあげられないだろうか、今より幸せを感じられるようにできないだろうかと考えている。難しいかもしれないけど」

「その気持ちが大事なんじゃないかな。だから、あたし達のことを好きになってくれてるんだと思うよ。それと、お兄ちゃん。イリスちゃんが天才だからって、一線引いちゃダメだからね。ちゃんと感情がある女の子なんだから」

「ありがとう、ゆう。そうだな、イリスちゃんに対しては、俺自身、憧れも含めて色々な感情があるのは間違いない。彼女もそれに気付いているだろう。

 でも、大好きだという気持ちに変わりはない。絶対に後悔させたくないんだ。まあ、それも気負いすぎだと言われるかな。とりあえず、今夜はいっぱいペロペロしてあげるか」

「ペロリスト、きも。」

 それはともかく、帰宅時間ということで、俺は机の黒板にメッセージを書いた。

『それじゃあ、ウキちゃん、帰ろうか。森の入口まで来たら村監視用の俺達がいるから拾っていって』

「うん。アースリーちゃん、イリスちゃん、またね!」

 ウキちゃんは二人にキスをすると、元の姿に戻り、森の俺達の所まで来て、再びハヤブサになった。

 本当はリーディアちゃんにも会わせてあげたいが、魔法生物のことを知る人間が一気に増えてしまうので、今回はパスすることにした。彼女がセフ村に来る時までお預けになるだろうな。ごめん、リーディアちゃん。

 それから、ウキちゃんと俺達は、行きとは対照的に、ゆっくりと空の旅を楽しみながら、帰路についた。




 午後六時四十分。アドとの『ザ・茶番』の開演が迫っていた。姫達は予定の場所にスタンバイしている。メインストリートから二回路地に入り、人通りが少ない道を進み、さらに建物も少なくなる小道だ。

 服装は、いかにもチンピラの格好なのだが、全員中身は女なので違和感は相当ある。しかも、これで城から出てきたから、なおさら面白い。城内の人達も門兵も驚いていたが、姫を通して『国士に協力したい』という理由で、王には許可をもらっているので問題ない。

 パルミス公爵からも、『本日午後六時から十五分の間、および同午後九時三十分から三十分の間、怪しい姿の女五人組が城内を徘徊するかもしれないが、見なかったことにするように』と前代未聞の通達があった。

 それでも驚いてしまうのだから、非日常の光景だったのだろう。コリンゼはもちろんそれを知っていたので、わざわざ姫達の姿を見に、正面扉の前で孤児院出身の二人と待っていて、見た瞬間にみんなで笑っていた。彼女達は、姫達の向こうの壁を見て笑っていたということにして、通達違反を免れていた。王の誤魔化しがコリンゼに受け継がれてしまったのか……。

 門から出たあとは、町民に通報されないように、人通りが皆無の道を進んで今の場所まで来て、仕上げの変装魔法を個別のヨルンと合わせて全員にかけたというわけだ。俺達は、アド達の様子を適宜確認するため、夕日が沈んだ頃に合わせて触手を増やし、いくつかの建物の屋根にそれらを配置している。ウキちゃんは、例のごとくヨルンの腕輪に変身している。自分も参加したいとは言っていたが、アド達に説明できないし、店の予約人数も変更できないため、今回は観客だ。俺達も同じ観客として楽しませてもらおう。

「シュウ様の合図です。前方二百メートルまで来ました」

 俺達は、クリスの腕を軽く二回締め付けて合図を送ると、縮小化を温存するために、その場から離れた。そもそも、今の誰も外套を羽織っていないので、隠れる場所がないということもある。

 チンピラ一味は、そのままたむろしていると、連れのアンリさんから怪しまれ、道を変えようと言われかねないため、それぞれ距離を取り、直前まで無関係を装った。ぶつかり役の姫だけは道の真ん中に残っている。

 アド達が三十メートルほどまで近づいて来た時を見計らって、他の四人が姫の所に集まる。そして、姫達がアド達に向かって歩きだした。アドは向かって左側、アンリさんは右側にいたので、姫は一味の左側に陣取った。おさらいしておくと、三下がヨルン、アネキが姫、知能派子分がクリス、異常者系子分がユキちゃん、ボスがシンシアだ。

 二つのグループがすれ違う瞬間、ついにそれは開幕した。

「いってぇぇ! い、いてぇぇよぉぉ! お、折れた……これ折れたわ! いや……砕けてるわ! 完全に砕けてるわこれぇぇぇぇ! ちょ……お前、アタイの体を支えてくれ」

「へい! アネキ! ……おい、てめぇ! アネキになんてことしやがる! アネキ、大丈夫ですかい⁉」

 左肩の骨が粉々に砕けたアネキの肩を強く掴んで心配する三下。

「おやおや、これは困ったことになりましたねぇ。私の見積もりでは治療費と慰謝料合わせて、金貨五百枚はもらわないと、メンツが丸潰れですよ」

「ア、アタイ……オンナ……オカシタイ……オカシタイィィィ‼」

 知能派の子分が法外な値段を吹っ掛け、異常者の子分が何か言った。

「す、すみません……」

 こんなバカみたいな奴らにも律儀に謝るアンリさん。その表情は何が起こっているか分からない様子だった。

「おい、バカも休み休み言えよ。そんな金、払うわけねぇだろうが!」

 アドが異常者を無視して、一味の要求を喧嘩腰に拒否した。

「はぁぁぁ⁉ アネキをこんな身体にしておいて金を払えねぇとは、義理も人情もねぇ、とんだ甲斐性なしじゃねぇか! つまらねぇ男だなぁ、おい! こんなつまらねぇ男の連れなら、さぞかしつまらねぇ女なんだろうなぁ! ボス、いかがですか?」

「つまらん……」

 ボスが低い声でボソッと一言だけ答えた。

「ほら見やがれ! ボスも『つまらねぇ、こんなつまらねぇカップルは初めて見た。世界中どこを探してもこんなつまらねぇカップルは見たことがねぇ。あー、つまらねぇ。特に女の方がつまらねぇ』とおっしゃってるじゃねぇか!」

「流石ボス。私の天才的な頭脳による分析でも、『女の方はつまらない』という結果が得られました」

「ア、アタイ……ツマラナイ……オンナ……オカシタイ……オカシタイィィィ‼」

 アンリさんを寄ってたかって『つまらない女』と罵る三下と他三人。

「どうしてくれるんだよ、アタイの身体……うっ! はぁ……はぁ……アタイはなぁ……『面白い男』『面白い女』って言葉を、加害カップルのそれぞれから本音で聞かないと、折れた骨が治らない体質なんだ……こんなつまらねぇカップルを前にしちゃ、一生治らねぇじゃねぇかよぉ……!」

 ぶつかっていない右肩を抑えつつ、息を切らしながら特異体質を告白するアネキ。

「アネキぃ……。おい、お前ら! よく聞け! アネキはなぁ、『面白い男』『面白い女』って言葉を、加害カップルのそれぞれから本音で聞かないと、折れた骨が治らない体質だから、医者に『面白い男』『面白い女』って言葉を、加害カップルのそれぞれから本音で聞かないと、折れた骨が治らないよって言われてるんだ! 分かるか? 『面白い男』『面白い女』って言葉を、加害カップルのそれぞれから本音で聞かないと、折れた骨が治らないアネキの気持ちが!」

 しつこいぐらいに、『面白い男』『面白い女』って言葉を、加害カップルのそれぞれから本音で聞かないと、折れた骨が治らないことを強調する三下。

 すると、アドが一歩前に出た。

「勝手なことを言ってくれるじゃねぇか。昔はどうだったか分からねぇ。だが、今のアンリはなぁ、俺を楽しませようとしてくれる。時々難解な問いかけやギャグで、俺を試そうとしてくるが、俺にとっては十分楽しめる丁度良いレベルだ。

 それに、明るくて気遣いもできて、頭の良さが滲み出てる。仕事に対する姿勢だって、今は前のめりだ。本質を捉えて、どんどん改善しようとする。こいつと日常で話したら、次はどんな言葉が出てくるのか興味が湧いてくるんだ。

 もしかしたら、俺を引き上げてくれてるのかもしれねぇ。だから、お前らがどう思おうと関係ねぇ。

 俺が面白いと思えば面白いんだよ! アンリは間違いなく『面白い女』だ!」

 アドがアンリさんの面白いところを挙げて、ほとんど告白のような熱い台詞を口にした。それを聞いたアンリさんは驚きの表情でアドを見ていた。

「はぁ……はぁ……なるほどね……。この女が『面白い女』だってことは分かったよ。でも、あんたが面白いとは限らないよねぇ! そんな恥ずかしくなるような台詞を言っちゃってさぁ! 『真面目くん』じゃねぇか! とても『面白い男』とは思えないねぇ! つまらな臭がプンプン漂ってくるよ! お前らもそう思うだろ?」

 肩が砕かれたはずなのに、両手をバッと勢い良く広げてポーズを取るアネキ。

「流石アネキ。私の分析によると、この男が『つまらない男』の確率、百パーセントです」

「あ、私、男は興味ないんで」

 つまらない分析結果をはじき出した知能派と、いきなり素に戻った異常者改め百合好き一般人。

「アネキのおっしゃる通りです! ボス、いかがですか?」

「つまらん……」

 ボソが低い声でボスッと一言だけ答えた。あ、間違えた。まあ、いいか。

「ほら見やがれ! ボスも『やっぱり男の方がつまらねぇ』とおっしゃってるじゃねぇか!」

 手のひらを鮮やかに返したボスの意見を代弁する三下。

「これで分かっただろ? あんたみたいな『つまらない男』が存在したことが、アタイの不幸だったってわけだ……。とっとと、アタイ達『ファルサー』と、この女に『つまらない男』認定されたことを認めて、惨めに金貨六百枚、置いて帰りな」

 金貨の枚数を二割も水増しして請求するアネキ。

「くっ……! これまでかよ……。せめて五百九十枚に……」

 悔しそうな表情で『面白い男』認定を諦めかけるアド。

「待ってください!」

 その時、アンリさんがアネキに向かって声を上げた。

「アン……リ……?」

 アドは、アンリさんの方を見て戸惑いの表情をした。

「本当に……私が『それ』を言ったら、アネキさんの肩が治るんですか?」

 アンリさんはぷるぷると震えながら、アネキに確認のための質問をした。

「ああ、約束しよう」

 アネキがニヤつきながら答えた。

「アンリ! やめろ! そいつの言うことを聞くな!」

「ごめんね、アド。私、言うよ……。だって、銅貨四百九十枚なんて一生働いても払えないでしょ?」

 アンリさんは涙ぐんでアドを見つめ、いつの間にか一気に値下がりして、普通に払えるようになった金額の代わりに自分が犠牲になろうとしていた。

 と言うより、いつの間にか一味が脅迫して変なことをさせようとしていることになっていた。当然、台本にはない展開だ。

「楽しみですねぇ。どんな声を聞かせてくれるのか。私の分析では分かりかねますねぇ」

「ジュルリ……オンナ……オカシタイ……オカシタイィィィ‼」

「くっくっく、流石アネキ。この女、もう堕ちる寸前じゃないっすか。ボス、いかかですか?」

「つまらん……」

「ほら見やがれ! ボスも『これは楽しみだ。良い声で鳴いてくれよ』とおっしゃってるじゃねぇか!」

 予約の時間、間に合うかな……。まあ、前後すると言ってあるから問題ないけど。

「やめてくれ……アンリ。一生働いてでも、分割してでも払うから……」

「ダメだよ、アド。そんなことしたら、利子だけ払い続けることになって、元本がずっと減らない泥沼に陥っちゃう……。それにね、もう決めたことだから……」

「アンリ……。いやだ……アンリーーーーーー‼」

 周りの建物には聞こえない程度の声量に抑えたアドの叫びが微妙に響いた。

「よく聞きなさい! 私にとって、アドの言葉は新鮮で衝撃的だった。アドに言われて気付いたの。私は本当に『つまらない女』だったって。それから私は変わった。自分が面白くする意識を持つようになってからは、環境も話し相手も自分も面白いと感じるようになった。まあ、話し相手と言っても限られてるけど……。普通はすぐに話が終わっちゃう。

 でも、アドは違う。話してると楽しく感じて、内容がどんなにくだらなくても、今みたいにもっと続けたくなっちゃう。

 それでも、私は怖かった。自分が『つまらない女』のままなんじゃないかって。ただ話に付き合ってくれてるだけなんじゃないかって。今日の誕生日に合わせてアドから食事に誘ってくれたのは嬉しかったけど、怖さもあった。『つまらない女』の烙印を押されて、愛想を尽かされたらどうしようって。こんな気持ち、初めてだった。そんなことをウジウジと考えてたのに、アドは私を『面白い女』って言ってくれた。

 私の方こそ言いたいよ。アドは、いつも本質を突いていて、口調は乱暴だけどかっこいいこと言って、頭が良くて、家族思いで優しくて、私を楽しませてくれる。

 私の方なんだよ。あなたに引き上げられてるのは。

 そして、今日初めて知ったこと。こんなに素敵な人達と楽しい時間を過ごさせてくれる。私もアドの真似していいかな?

 誰がどう思おうと関係ない。私にとって間違いなくアドは『面白い男』だよ!」

 アンリさんはそう言うと、アドに抱き付いた。アドは少しの驚きのあと、彼女を強く抱き締めた。

「アンリ、好きだ。愛してる」

「私も。アド、愛してるよ」

 二人が抱き合っているのをしばらく黙って見ていた一味が、頃合いと見て、茶番を再開した。

「おお! 肩が……肩が治った! 信じらんねぇ! ……どうやら本気みてぇだな。いいだろう、認めてやるよ。今日はアタイ達のおごりだ! 盛大にやろうぜ! ボス、いいですよね?」

「……」

 アネキの確認に、ボスは無言でオーケーのサインを出した。ここいる?

「私の分析では、このまま行くと予約時間は確実に過ぎますね」

「リョウリ……クイタイ……クイタイィィィ‼」

「かくして、アネキの快気祝いと、『面白いカップル』の誕生を祝うため、一同は十九時から七名で予約済みの『ラ・ブフロ』に向かうのであった」

 最後は三下が締めて、『劇団茶番』の『ザ・茶番』は幕を閉じた。俺達は隠れながらみんなのあとを追い、店の前で一番後ろを歩いているクリスの外套に入ることになっている。

「それでは、変装魔法を一度解除します。店内には他にも客がいるので、髪色だけ直前に変えます」

 クリスとヨルンが詠唱したあと、解除魔法を発動した。

「あんたが台本を書いたんだろ? ありがとよ。良い台本だったぜ。演技もすごかったなぁ。圧倒されたぜ」

 アドが一味の中で初めて見る一人に声をかけた。

「ふふふっ、ありがとうございます。こちらこそ楽しませていただきました。そして、お二人とも、おめでとうございます。私も台本を書いた甲斐があり、安心しました」

「随分丁寧な口調だな。それに、この気品……、どこかで見たことがあるような……。いや、まさかな……。なあ、まさかそんなことはないよな?」

「そのまさかだ。この方はリリア王女殿下だ」

 まさかアネキが姫だったとは思いもよらなかったアドに、シンシアは真実を話した。

「なっ……! 大変失礼いたしました! 王女殿下とは露知らず……」

 アドとアンリさんは驚きと同時に、すぐさまその場で跪いた。王家に対しては、流石のアドもいつもの態度とは行かないようだ。

「いえ、お気になさらず、普通にしていただいて結構ですよ。隠していたのは私ですし。これからの食事も、私のことはアネキを演じた一般人だと思って、接してください。二人のお祝いに水を差すことになるのは嫌ですから」

「はっ! 仰せのままに! ……って、アネキからあんな台本が飛び出してくるなんて、マジで夢にも思わなかったぜ。俺に対するサプライズにもなってるじゃねぇか!」

「あの……ということは、騎士団長のシンシアさんですか?」

 アンリさんがシンシアに尋ねた。

「ああ。しかし、まだ城下町には情報が行き渡っていないと思うが、私はもう騎士団長ではない。その上の最高戦略騎士に志願して任命された。騎士団長はコリンゼだ」

「は⁉ 貴族でもないのに、大抜擢じゃねぇか! なるほど、だから今日参加できなかったのか。やったなぁ、コリン。俺が『おめでとう』って言ってたって伝えといてくれねぇか?」

「分かった。おそらく、ギルド長には情報が行っているはずだから、明日にはアンリにもそのことが伝えられるだろう」

「承知しました。このような所でアネキさんとシンシアさんにお会いできて嬉しい限りです」

 アンリさんが畏まって返事をすると、ユキちゃんが一歩前に出た。

「アドさん、例の猫さんだけど、助けたあとにどこかに行っちゃって……。でも、ついさっきそこで見かけて、『良い子だからここで待っててね』とは言ったんだけど、まだいるかな?」

「僕が行ってきます」

 ユキちゃんの言葉のあとに、ヨルンが草葉の陰に行き、しゃがみ込むと、ウキちゃんが腕輪から黒猫に変身した。

「みゃー」

 ウキちゃんが鳴き声と共に、アドの前に姿を現した。

「おー、良かったなぁ、お前。心配したんだぜ。って言うか、この茶番を前によく待ってたな。相当賢いんだな」

「わー、かわいい。怪我でもしてたの?」

 アンリさんが、予想通りウキちゃんについて聞いてきたが、魔法生物については、アドはすでに知っているので、その内、アンリさんにも伝わるだろうと思い、存在を隠すのをやめた。まあ、アドに任せるということだ。

「ああ、孤児院の近くにいたから、回復魔法で治してもらったんだ」

 アドはそれ以上、アンリさんに説明しなかった。説明する必要もないと考えたのだろう。

 ウキちゃんは、しゃがんだ二人に撫でられて気持ち良さそうだったが、しばらくすると、ゆっくりと街の方に歩いていった。みんなから見えなくなったところで、元の姿に戻り、後ろに回したヨルンの左腕にまた戻っていった。

「では、行こうか」

 そして、シンシアを先頭に、面白いカップル誕生パーティー会場へ向かった。


 それから一同は変装魔法をかけた上で『ラ・ブフロ』に入り、国賓用の最高の食事を味わいながら、茶番の反省会を含めて楽しい時間を過ごした。店に入った早々、チンピラ一味の様子を見た他の客が驚いていたことは言うまでもない。

 パーティー終了後、一同は店の外に出ると、シンシア達が明日城下町を出発するため、そのままアド達と別れの挨拶を済ませることにした。

「マジで世話になったな。改めて礼を言うぜ。ありがとう。ショクシュウ村にも必ず行くからな!」

 アドが一歩前に出て礼を言うと、アンリさんも前に出た。

「私からもお礼を言わせてください。本当にありがとうございました。アドとは絶対に幸せになりますから!」

「ああ、必ずまた会おう。それに、アネキが仲を取り持ったんだ。幸せになってもらわないと困る」

「その通りですよ。これはアネキからの命令です。必ず二人一緒に幸せになるんだよ!」

 シンシアとアネキが、アドとアンリさんに念を押すと、二人は少し背中を丸めながら、ゴマすりのポーズをし、息を合わせた。

「へい! アネキ!」

 アドとアンリさんがチームメンバーに加入し、三下のような返事をすると、一同は笑い、そのまま手を振って笑顔で別れた。




 午後九時三十分頃。一味は帰宅途中。いつもより少し遅めだが、寝る前のトイレのために、イリスちゃんが外に出てきたところで、彼女から合図を送られたので、俺達は近づいた。

「シュウちゃん、ごめんね、呼び出して。また一方的に話すね。シュウちゃんも考えていたことだと思うけど、チートスキルの名称について、ウキちゃんの『変化』が今回加わったことで、可能性が少し高くなったことがある。

『勇運』『武神』『昇華』『反攻』『変化』、これらが『タイムリミット』に立ち向かうためのキーワードかもしれない。どの言葉もそんな感じがするし、合わせて考えるとそれっぽいよね。おそらく、シキお姉ちゃんのチートスキルは『先見』とか『予見』みたいな言葉になると思う。

 朱のクリスタルについては分からないけど、シュウちゃんの話を聞くと、大きく二通り考えられる。『伝搬』系か『成育』系。どちらかと言うと、前者の可能性が高いかな。後者は影響の方だと思う。

 前者については、ある条件の下で、向こうの世界にメッセージを送ることができるっていう話から、もしかすると、今後どこかのタイミングで、と言うか、明日の可能性が高いけど、日常的に私達と今までよりも簡単にコミュニケーションができるようになるかもしれない。

 後者については、シュウちゃんの周囲にいる人間の成長が著しいことから、たとえ愛する人からの教えであっても、才能があっても、人はそこまで簡単に成長しないと思ったのが影響として挙げた理由。

 なぜ朱のクリスタルだけが、良い影響も悪い影響も与えるのか、その理由が、輝きの維持が他のクリスタルよりも困難なためか、あるいは、城内で裏切りを促進させたことから、それが『あることを促進させる』という共通の影響なのかは分からない。

 話したかったのは、そのことではなくて『タイムリミット』に立ち向かう方。さっき挙げたキーワードと相対する存在がいるかもしれないと考えられる。つまり、『負のクリスタル』のようなものをそれぞれ持った人間ということになる。仮に私達側のクリスタルを『正のクリスタル』と呼ぶとすると、『クリスタルを集め切る』イコール『チートスキル所持者が集合する』という意味で、『負のクリスタル』を集め切られるか、『正のクリスタル』を一つでも破壊されたら、世界の終わり。

 『正のクリスタル』を集め切って、初めてスタートライン。『負のクリスタル』のチートスキル所持者を一人でも殺したり、チートスキルを所持する前に『負のクリスタル』を一つでも破壊できたら、『タイムリミット』延期、または世界が救われる、かもしれないということをお互いに頭に入れておく必要があるから、このことを話した。

 この場合、私達の方が不利なのは、それだけ『正のクリスタル』所持者のチートスキルが強大だからだと思う。また、クリスタルの結び付きは、『正のクリスタル』の方が強いと思う。そこでバランスが保たれているような気がするんだよね。

 おそらく、どちらかのクリスタルを集め切った時点で、何らかの全体チートスキルのようなものを所持することになると思う。『負のクリスタル』側は、それを発動して世界終了ってことね。『正のクリスタル』側は『負のクリスタル』密度が高い位置が分かるとかかも。

 シキお姉ちゃんは、これについては完全に予知できないか、対処のしようがないんじゃないかな。そうじゃなかったら、お姉ちゃんが何とかして、すでに世界は救われていることになるから、『正のクリスタル』が集まる意味がなくなる。

 いずれにしても、『負のクリスタル』のチートスキル所持者らしき人を見つけた時点で、女性や子どもでも容赦なく殺してほしい。ただ、『正のクリスタル』側が女性ばかりということを考えると、『負のクリスタル』側は男性ばかりの可能性はある。その場合でも、中心人物は男女どちらの可能性もある。

 あと、これはまだ可能性は低いけど、その人達の名前の最初の発音が『ショクシュウ』に当てはまらない場合も『向こう』側かもしれない。『正のクリスタル』側は全員『ショクシュウ村』に集まるからね。少なくとも、転生者でないことは確実だから、こちらが知識や技術で劣ることはないと思うけど、用心するに越したことはない。

 正負を判別できないこともあると思う。実際、スキル名称だけだと、こちら側でさえ『勇運』『先見』以外は判別できない。それに、ヨルンくんのような両性具有や、ウキお姉ちゃんのような魔法生物は男女どちらでもないから、余計に分からない。もちろん、二人ともみんなの所を巡って辿り着いてるから、明らかにこちら側と分かるけどね。

 それと、正負が同数じゃなかったり、正が負に置き換えられたり、正負両者が鉢合わせた時点で、集め切ったことになって世界終了というのも避けなければいけない。結構、考えないといけないことが多いんだよね。

 まるで、『神々の遊び』みたいな感じだけど、私は少なくとも『遊び』ではないと思う。今の私は二周目ループ説が正しいと思ってるけど、やっぱり最初の世界が理不尽に終わったからこその救済なんじゃないかなって。そして、世界がどちらの道に進むのかを委ねている。つまり、三周目はない。

 正直、シュウちゃんがいなかったら、確実に世界が終わってたし、全力を尽くしてまだスタートラインに立っていないのは、圧倒的に分が悪いよね。でも、その状況を覆せるところまで来たのは、やっぱり運命だと思う。もちろん、全部仮定や可能性の話ね。

 だから、シキお姉ちゃんに会って、すぐに確認したいのは、『タイムリミット』を予知できているかだけじゃなくて、『負のクリスタル』のチートスキル所持者の存在とその行動を予知できているかも含めたい。お姉ちゃんの行動範囲だけを予知するスキルかもしれないけどね。

 その前に、ウキお姉ちゃんに心当たりがないか聞いてみた方が良いかな。『綺麗だなぁ』じゃなくて、『汚いなぁ』『見たくないなあ』と思う宝石があったかどうか。そうでなくても怪しい人物はいる。ウキお姉ちゃんを酷い目に合わせたエフリー王家の人。明らかに異常な行動をしてるからね。

 いずれにしても、シキお姉ちゃんに会った時点で『正のクリスタル』が集まったのなら、問題は限定的になる。ただ、お姉ちゃんがシュウちゃんの前に一切姿を現さないのは気になるかな。できるだけ自然なタイミングを計ってるなら良いけどね。不自然に動くと、監視者に不審がられるだろうし。彼女のことだから、いずれ分かることや誤解にならないのであれば、無駄な行動をしたくないってことなのかも。

 だとすると、そこは私と少し違うかな。でも、気持ちは分かるよ。

 話したいことはこれで終わり。おやすみ、シュウちゃん」

 俺達は、イリスちゃんの両頬を舐めて別れた。

「いやぁ……『ザ・茶番』と『面白カップル誕生パーティー』のあとにこんな真面目な話を聞くと、流石のあたしでも感情が追い付かないんだけど。ホントにお兄ちゃんも考えてたの?」

 ゆうの意見は最もだが、各拠点に触手を配置している以上、仕方がないことだ。メリットの方が圧倒的にあるからな。

「ある程度はな。世界の謎を考える時は、時間もかかるし、可能性がまだ低いことだから、最近は個人フェイズで考えてるんだ。

 イリスちゃんが『可能性が少し高くなった』と言ったのは、多分ウキちゃんの成長を見て、そこから逆算して全体の可能性が高くなったということだろうな。俺も深夜になればそう思っていたかもしれない。何にせよ、早く知ることができるのは良いことだし、イリスちゃんが言ってくれれば警戒心も増す。明日、早速みんなに共有しよう」

「ねぇ、イリスちゃんが言ってた通り、場合によっては、負のクリスタル側の人をホントに誰か殺さなきゃいけないのかな」

 ゆうは、その優しさから、できれば人を殺さずに解決できないかを考えているようだ。スパイのように悪に染まっていたり、罪を犯したりしている人だけとも限らないからだろう。

「それは俺も考えてはいたが、難しいだろうな。だからこそ、イリスちゃんが断言したんだ。負のクリスタルが有利であることを、便宜上、『負の優越』と名付けることにしよう。

 『負の優越』により、少なくとも、負のクリスタルは一度スキルを所持すれば、たとえクリスタルを手放したとしても失うことはないと見ている。シンシアと最初に会った時やユキちゃんのように、一時的にもだ。もちろん、正のクリスタルでも、クリスの『昇華』のように、一回の効果が永続的に続く場合もある。

 実は、そのことは恐ろしいことを引き起こしてしまう。スキル取得までの期間が短ければ、いくらでもピースの予備を複製可能ということだ。例えば、『1』『2』『3』のカードをスキル所持者、『手札』を世界、それらのカードを手札からそれぞれ一枚ずつ『場に揃えること』を『所持者を集め切ること』とすると、『1』が簡単に複製可能であれば、仮に六枚に増やしたとして、手札は『11111123』となり、揃えられる確率が当然高くなる。

 しかも、この場合は無作為抽出ではなく、手札を見て場に出せる。揃えるのを妨害するために、『1』を何枚か盗んでも予備の『1』があるし、それを全て盗んでも、取り返しに来る。『1』を六枚全て処分するか、『23』のどちらかを処分しない限り、いつか確実に揃うんだ。もちろん、何もしないでいると『23』も複製されてしまう。

 そして、まだもう一つ『負の優越』が適用されている可能性がある。『昇華』のように、チートスキル表示がされない可能性だ。最初の頃に話していた、まさに準チート級の奴らだな。その場合は、『正のクリスタル』側に対抗するため、剣術や魔法のような直接戦闘系のスキルではないはずだ。洗脳系、使役系、間接破壊系、それらを融合させた制約ゲーム系の特殊能力とかだろう」

「制約ゲーム系って、異空間とか特殊なフィールドを具現化して、限られたルールの中で勝負したり、ルールを破ったら死んだりするとかいうヤツでしょ? ゲームの幻を見せて、負けたら自殺させるための洗脳系、使役系ってことだよね。間接破壊系ってどんなの?」

「同じような目的で使われるかな。人体は破壊できないけど、他の物は破壊できて、そのフィールドを破壊することで敗者に岩を降らせるとか。まあ、例えばの話だよ。前二つに比べて、本当にいるとは思っていない。普通の魔法で十分だし、使いどころがないからな。

 いずれにしても、この推察の面白い点は、シンシア達チートスキル所持者を一括りに考えて、『タイムリミット』と紐付けただけで、正負両サイドの対立構造が一気に想定できることだ。イリスちゃんは、前に話していた通り、正負が実は逆転している可能性も完全には捨ててないと思う。つまり、俺達が世界を終了させる側という可能性だな。

 あるいは、両サイドの可能性もある。その場合は、正負をそれぞれ一人殺害してクリスタルを破壊すれば、何も起きない。でも、流石にそれはないだろう。誰よりも世界の継続を願っている俺達が世界を終了させるのは、あまりにも理不尽だし、皮肉であり悲劇だ。触神様がそれを許すはずがない。何より、イリスちゃんが言った通り、クリスタルの意味がない。

 また、負が実は正の可能性、つまり、最初の考えの通り、全員一丸となって世界を救わなければいけない可能性もある。しかし、ウキちゃんを殺そうとした奴や『ショクシュウ』によるチートスキル所持者フィルタの存在を仮定すると、その可能性は比較的低くなるということだろう」

「はぇー。でも、危機感は捨ててないとしても、この推察が面白いって言うのはお兄ちゃんだけじゃない?」

「俺は『面白い男』だからな」

「え? 何か言った?」

「お・も・し・ろ・い、男だからな」

「お・も・て・な・し、みたいに言わないでくれる? お・に・い・ちゃ・ん」

「お・ま・え・も・な」

「う・ざ・す・ぎ・る」

「お・ち・ん・ち・ん」

「き・も・す・ぎ・る・へ・ん・た・い・め・し・に・さ・ら・せ」

「お・れ・の・か・ち」

「つ・ま・ら・な・い」

 ゆうが『あー、面白かった。やっぱりお兄ちゃんかっこいいなぁ、お兄ちゃん大好き』と言ったことを確認できて、俺は満足した。そのあと、ゆうが『お兄ちゃんは異常者の方でしょ。まあ、三下でもあるけど』と発言したのは無視した。




 一味が城に戻り、正面扉を開けると、多くの人が彼女達の姿を一目見ようと、待機していた。出発の時から噂が大きく広まったのだろう。その中には、見なかったことにするようにと通達を出したパルミス公爵もいた。

 一味はせっかくだからと、チンピラ風に歩きながら、その間を通り、『何見てんだよ! どきな!』などと怒声を上げながら、なぜか開け放たれて、中には王族を含めて、多くの人が見物のために待機していた玉座の間を通って、姫の部屋に戻っていった。

 この城ってこんなに面白かったっけ? 

「ふぅ……。まさか、お父様方まで私達をご覧にいらっしゃるなんて。すごいことになっていましたね」

 姫達は部屋に戻ると、やっと一息ついた。そこで、俺は良いことを思い付き、姫の机まで移動して、彼女達が着替え始める前に、メッセージを書いた。

『ウキちゃん、この光景を目に焼き付けて、あとで何度でも思い出したくない? 腕輪に変身してたから、みんなの面白い姿をあまり見られなかったと思うし』

「え、うん。それはそうだけど、何かするの? あ、もしかして、イリスちゃんが生活レベルを確認する時の項目にあった『写真』とか『動画』のことかな?」

 猫少女の姿に戻ったウキちゃんが、とんでもない推察力を発揮して答えた。本当によく分かったな。

 ついこの前までは絶対にできなかった推察だ。これも『著しい成長』の内なのか。

『すごいよ、その通り。とりあえず、写真を試してみたい。最新の『三脚付きデジタルカメラ』と通常サイズの『デジタルフォトフレーム』に変身して、共通の『記録媒体』の状態をウキちゃんがそのまま記憶すれば、魔力の変換をしなくても、データのやり取りができるんじゃないかな。『万象事典』のデバイスでも撮影できるけど、できるだけ色々な物に変身した方が面白いと思って。もちろん、嫌なら断っていいよ。二つの協力に入ってないから』

「……。ねぇ、シュウちゃん。もうその二つの協力に拘らなくていいよ。遠慮も確認も必要ない。私、シュウちゃんやみんなのこと大好きになったから、どんどん役に立ちたい。私をいっぱい使ってほしい。

 みんなが私のことを大切にしてくれてることも、もう分かってる。万が一、嫌になったら、ちゃんと言うから。大丈夫、どんな変身でも楽しいから!」

 ウキちゃんは真面目な表情から一転して、俺達に変身の楽しさを元気良くアピールしてくれた。良い子だなぁ……。俺は、ウキちゃんを絶対に幸せにしようと、改めて心に誓った。

『ありがとう、ウキちゃん。俺達もウキちゃんのこと大好きだよ。分かった、遠慮しない。それじゃあ、早速変身をお願いしようかな。撮りたいシーンはウキちゃんが指示していいよ。俺達から希望があれば、その時に伝えるから。

 一枚目を撮り終わったら、まずはみんなに確認してもらおう。ついでに、ウキちゃんからみんなに仕組みを軽く説明してもらおうかな。そのあと、フォトフレームに変身して表示できるかを確認して、それからはカメラに戻って連続で撮影する』

「うん、分かった! もうどっちも読んだからすぐに変身できるよ!」

 ウキちゃんはそう言うと、部屋の入口の方を向いて三脚付きデジタルカメラに変身した。姫達は、俺とウキちゃんがやり取りしていた専門用語について、当然理解できていないので、これから何が起こるか分からないという表情をしていた。

「みんな、扉の前に並んでそのままにしてて! カウントダウンするから、ゼロになる時に、目は開いたまま、この小さい四角い箱の中心を笑顔で見て! シンシアさん、もう半歩右手側に! ユキちゃんは半歩左手側に!」

 ウキちゃんは魔力音声で、まるで写真屋のように慣れた指示を五人に送った。俺はその間に、カメラを操作して、カメラ内蔵ではなく、外部記録媒体に画像データを保存するように設定した。フラッシュは切って撮影する。その方が、あとで画像処理ソフトで編集しやすいからだ。

「シュウちゃん、設定終わったよね? じゃあ、みんな行くよ! 三、二、一、ゼロ! はい、オッケー! みんな、この箱の裏側を見に来て!」

 ウキちゃんの集合指示とほぼ同時に、俺はカメラを操作し、つい今しがた撮影した画像のプレビュー画面を表示させた。

「え⁉ 私達の精巧な絵が箱の中に!」

 姫を筆頭に、他のみんなも驚いていた。

「これはすごい……。なるほど、これをいつでも見ることができるということか。しかも、おそらく何枚でも……」

「そう! もちろん限界はあるけど、ほとんど気にすることはないよ。この『カメラ』は、正面の丸い部分、『レンズ』から取り込んだ光を一つ一つ細かい情報にして保存する。それを『撮影』と呼ぶよ。

 今は抜き差しできる超小型のカードに保存する設定にしてるんだけど、例えばそれを別の『カメラ』や機械に差し込むと、そこに保存された情報を表示できたり、編集できたりするよ。次は、もう少し大きく表示できるようにするね」

 シンシアの驚嘆に、ウキちゃんは説明書通りではなく、非常に分かりやすい言葉で、みんなにデジタル撮影の仕組みを説明した。もちろん、完全に理解していないとできないことだ。

 そして、ウキちゃんは、机の上でデジタルフォトフレームに変身した。どうやら、ちゃんと表示できているみたいだ。

『おおー!』

「今は一枚しか撮影してないから、それだけを表示してるけど、複数枚撮影して表示させれば、それが順番に、あるいはランダムに表示される。それを『スライドショー』と呼ぶよ。

 もちろん、もっと大きく表示できる機械もあるけど、このデジタルフォトフレームは家庭用で、移動や持ち運びも簡単という理由で使われてるらしいよ」

 ウキちゃんがフォトフレームの説明を終えると、扉がノックされ、コリンゼが合流した。当然、コリンゼもそのフォトフレームを目の当たりにして驚き、再度、彼女向けにウキちゃんがそれぞれの仕組みを説明した。

 それからは、コリンゼも混ざって撮影を再開し、彼女に因縁をつける一味や、反撃を食らう一味、仲良く肩を組んだ一同など、ストーリー性のあるシーンを撮影していた。

 俺達からは、カメラにもっと近づいて、世紀末自撮り風にしてもいいのではと提案した。あとで見たら、絶対に笑顔になれる写真になっているだろう。

 自撮りなら、カメラを持った人間にウキちゃんが変身すれば、自分も入れるが、万が一にもその画像を他の誰かに見られた時に、『この子、誰?』と聞かれると説明できないので、残念ながら、ウキちゃんは一緒に撮影できない。城の来訪応対者記録には書かれていない存在だからだ。カメラ自体は、ショクシュウ村を興すに当たっての最新技術、と答えればいいだけだ。

『ウキちゃん、今のデータをリリアちゃんとコリンゼの観賞用として、二枚ずつ光沢紙に印刷できる? サイズはフォトフレームと同じぐらいで。印刷した写真はウキちゃんの一部で、魔力でできているだろうから、それを現物に変換する必要がある。

 多分、ユキちゃんの魔力具現化魔法が使えると思う。ウキちゃんは元々が魔力粒子だから、すぐに使えるようになるはず』

 俺がさらにそのデータを印刷するよう、ウキちゃんにお願いすると、彼女は元気良く返事をして、大きめのカラーレーザープリンタに変身した。すぐに変身できたことを考えると、写真の関連項目に印刷方法も載っていたのだろう。

 ユキちゃんからウキちゃんに魔力具現化魔法を教えてもらったあと、俺はプリンタの設定で外部記録媒体からの印刷を選択すると、カラーで印刷を開始した。電源について伝え忘れてしまったが、電源が繋がっていないのに、なぜか動いていた。ウキちゃんが気を利かせて、比較的高い電圧の内部蓄電池を搭載したのだ。

 向上心と応用力が高すぎる。これもイリスちゃんが見ていた項目を組み合わせて実現したことなのだろう。

「ありがとうございます。これで、皆さんと離れ離れになっても寂しさを紛らわせることができます。あの……シュウ様は城に残っていただけるのでしょうか。もちろん、シュウ様と離れたくありませんし、皆さんと連絡がとれますし、ショクシュウ村に私が行くまで、村の開拓状況を知るには、その方が効率が良いかと。コリンゼは、これからも私の部屋に来るということにすれば、一本で済むかと思うのですが、いかがでしょうか」

 姫が俺達の残留を希望した。もちろん、俺達もそのつもりだが、リーディアちゃんの時と同じお願いをしたい。

『二人がよければ残りたいと思う。ただ、もし他にも経験値候補者を見つけたら、誘ってほしい。旅の最中に増やせる触手は多いほど良いから。もちろん、その人の状況や気持ち、本質を理解してからじゃないと問題になるから難しいけど。無理はしなくていい』

「ありがとうございます。承知しました。コリンゼと相談しながら、人を見極めて参ります」

 それから一同は、そのまま寝る準備をして、今日は普通に休んだ。ウキちゃんとは、移動手段について検証したいことがあったので、俺達は触手を増やした上で部屋の窓を開けて抜け出し、彼女には壁を抜けてから地面でハヤブサに変身してもらった上で、縮小化した俺達を背に乗せて、何もない広い原っぱに向けて移動した。これも、部屋の外の近くに警備兵がいないために実現できたことだ。

 目的の場所に到着すると、俺達は間違って踏み潰されないように元の大きさに戻った。検証したいことは、みんなが寝る前に条件分岐も含めて、俺が個人フェイズで『シュークン作戦ノート』と称した物を作って、ウキちゃんに変身して読んでもらった。

「じゃあ、始めるね」

 ウキちゃんがハヤブサのまま魔力音声で俺達にそう言うと、レッドドラゴンに変身した。

 まず前提として、この世界には飛行魔法が存在しない。ユキちゃんでさえ断念した魔法だ。理論上、俺も実現不可能だと思っている。レドリー辺境伯達の親書を処分した時のように、物体をある程度の高さまでなら浮かせることは可能だ。正確には、魔力粒子を使って宙に固定するという方法なのだが、飛行するとなると話は別だ。

 例えば、ヘリコプターや小型ドローンの飛行原理をユキちゃんに教えても、ローターの役割を担う魔力の制御が難しい。それに、風の抵抗もあるので、それを防ぎつつ、姿勢を制御して、推進力を維持するのは至難の業だ。

 別の方法として、魔力粒子を最大限に使って遥か上空まで浮いたあと、自分に対して横から力を加えつつ、滑空で目的地を目指すようなことも考えられるが、危険なので試せない。もちろん、転移魔法も存在しない。ウキちゃんの時のように、実在モンスターや魔法生物の召喚魔法は触神スペースを利用するから一部可能なのだが、人間は召喚できないらしい。

 つまり、ほとんどの場合で、物理的に不可能なことは魔法でも実現できないのだ。だから、魔法での移動はできない。乗り物で移動する他ないことから、色々と試そうとしているわけだ。

 今、ウキちゃんはドラゴンに変身したが、これは全くの空想上の生物に変身できるかの検証だ。今までは、どこかに実在する物だったり、それを合体させたり、猫少女のように人間に多少の変化をつけたりしただけだったので、まだ試していなかったことだ。

 残念ながら、この世界にドラゴンがいないことは『万象事典』で確認済みだ。ウキちゃんにも部屋を出る前に変身対象について予習してもらっている。

 必ずしも俺達が想像するようなファンタジーの世界ではないということだが、とりあえず変身は成功だ。ただ、問題はここからだ。次に、できるだけドラゴンの形を維持しつつ、時速五百キロで飛べるブルードラゴンに変身してもらう。

「あ、変身できない。次、イエロードラゴンね。……。変身できないね」

 レッドドラゴンの足元からウキちゃんの魔力音声が聞こえてきた。イエロードラゴンの条件は、速さは不問にして飛行できさえすればいいというものだった。

 つまり、ドラゴンは物理的にも魔法理論的にも飛行できないのだ。鳥のように体重が軽くない上に、胸筋は発達しているかもしれないが、翼には十分な揚力を発生させる複雑な羽もない。魔法については、さっき言った通り。

 やはり、俺が同人誌を読んでいる時に、『ドラゴンってどうやって飛んでるんだ?』と疑問に思って調べた通りだ。この分だと、魔法なしでは口から炎も吐けないな。魔法が使えるのなら口から出す必要もないし。

 少なくともこの世界では、ドラゴンは俺達のロマンが打ち砕かれた完全に見かけだけの生物に成り下がってしまった。たとえ存在していたとしても、飛べず、遠隔攻撃もできず、そして、十分な食料も確保できずに絶滅しているだろう。結界外のモンスターも、普通の物理法則に則っているに違いない。

 だが、ちょっとだけ安心してほしい。一応、エルフのような人間やドワーフのような人間もいるらしい。ただし、あくまで見た目だけで、種族は人間なので寿命は変わらない、いや、むしろ短い。部族として、平均的に弓や魔法が得意だったり、鍛冶が得意だったりもしない。だから『ちょっとだけ』。

 エルフやドワーフがいない理由も俺が前に調べた通りなんだろうなぁ。人間に近い見た目なのに、人間よりも寿命が圧倒的に長いとか、地下で暮らして食料に満足しつつ病気にもならないとか、進化論的にも生物学的にも説明できないもんな。植物でも水生生物でもあるまいし。

 まあ、それはともかく、人が乗れるサイズの飛行生物が無理なら、科学と現代技術で行くしかない。

「じゃあ、高速ヘリコプターに変身するね」

 最新の高速ヘリコプターへの変身は無事成功し、俺達は触手を増やして早速その操縦席に乗り込んだ。地上に残した触手は少し離れた所に移動し、ローターの風で飛ばされないように地面に張り付いた。

 ウキちゃんがドアにロックがかかっていない状態で変身してくれたので俺達はスムーズに中に入れて、さらにそれを自動的に感知し、内部電源を使って操作画面を表示してくれた。全ての操作がタッチパネル兼表示パネルに集約されているので、飛行前の点検も容易だ。

 さらにすごいのが、俺達からウキちゃんへの定型指示や文字入力による任意指示も可能だ。もちろん、こういう操作項目があれば良いと俺から伝えたが、それが分かりやすく完全に再現されている。

 俺は早速操作を開始した。まず、日本語で書かれた『検証』ボタンを触手の頭で押した。すると、画面が切り替わり、いくつかの検証項目が表示された。

 次に俺は、『ホバリング』ボタンを押した。その一秒後、遠隔の敵からの攻撃魔法対策として、空間魔力遮断魔法と、騒音対策としての空間防音魔法が順番に展開されると、エンジンが始動し、メインローターとテールローターが回転を始めた。進捗状況はパネルに表示されている。

 そして、ヘリコプターが浮き上がり、高さ三メートルほどを維持してホバリングを開始した。ライトは遠くからでも目立つので点けていない。パネルには五分のタイマーと『検証中止』ボタン、『緊急指示』ボタンが表示されている。

 この低さを安全にずっと維持するのは、操縦桿を握った人間では高度なテクニックが必要だろうが、完全にコンピュータ制御された機体には関係ない。しかも、今は無風で、何かを吊り下げた時に起こる振り子現象で機体が揺さぶられるわけでもない。

 万が一、何か異常があれば、すぐに元の姿に戻るよう、ウキちゃんには伝えてある。この高さなら俺達も普通に着地できるからだ。仮にもっと高い位置から落ちても、『触手の尻尾切り』で全く問題ないし、何なら触手を消してもいい。地上に触手を残してあるから、俺達を回収しに城に戻る必要もなく、すぐに検証を再開できる。

 その異常についても、変身したもののことをすぐに理解できるウキちゃんだからこそ、一瞬で気付くことができる。もし、みんなを乗せて上空を飛んでいる時に異常があって元の姿に戻ったら、落ちるみんなを下から包むことができる大きな網と深いクッション、それと繋がった大きく開いたパラシュートと付属の自動制御装置にすぐに変身したら、空間魔力遮断魔法を使うように伝えてあり、今日もその練習をする予定だ。非常訓練は大事だからな。

「うん、思ったより全然魔力を消費しないね。最大航続時間四時間の中の五分間だからかもしれないけど、もしかしたら、みんなの魔力を食べて、全魔力量が増えたのかも。機体よりも燃料の方に魔力の比重を置けば、もっと航続距離が伸びるかな。まあ、今のままで十分だと思うけどね」

 検証タイマーが終了すると、ヘリコプターはゆっくりと着地し、ウキちゃんが魔力消費についての結果を魔力音声で話してくれた。当然、機体の方の検証結果はパネルに表示され、問題がなかった。

 なるほど、彼女の言う通り、魔力の比重を変えられるなら、航続距離を伸ばすことが可能だ。てっきり俺は、機体と燃料に使用する魔力の比率が体積比率と同様に一定だと思っていた。魔法生物だからそれが可能なんだな。人間が『変化』を所持して変身しても、そういうことはできなさそうだ。

 それから俺達とウキちゃんは、次々に検証と訓練を行い、試験飛行として、セフ村との往復も五十分で成功させた。ライトは同様に点けていなかったが、現在地の特定と、セフ村の方向、速度と経過時間、赤外線カメラから、それぞれ問題なく到着できた。本人追尾型の空間魔力遮断魔法と空間防音魔法も問題なかった。

 あとは、抜け漏れがないかをウキちゃんとしっかり確認してから、未明にハヤブサで城に戻った。

 検証に付き合ってくれたお礼をウキちゃんに伝えると、『もっと勉強したい! 楽しい!』とみんなを起こさないように静かに言って、姫の机の上で、バックグラウンドで各ページを高速スライドする機能が付いた『万象事典』に変身した。ユキちゃんが作った魔力粒子を応用した魔法も全て覚えるそうだ。ウキちゃんの気持ちを察するに、今回の検証が、その手順も含めて、とても面白かったらしい。

 どうやら、文字通り『知識欲モンスター』を生み出してしまったようだ。頼むから、いきなり『人間は悪。滅ぶべし』とか言わないでくれよ、ウキちゃん。

「お兄ちゃん、ちゃんと考えたんだね」

 ゆうが前回の反省を活かした俺の作戦を褒めてくれた。嬉しい。

「ありがとう。と言っても、空間魔力遮断魔法と空間防音魔法を追加しただけだがな」

「そのこともそうだけど、その前とか後のことだよ。ウキちゃんと話し合って、平常時、非常時の対策の穴を自分達で見つけようとしてた。

 例えば、誰かが乗り込む時や降りる時は必ずローターが回っていないことを確認する、万が一、ローターが回ってる時に、近づこうとしたり降りようとしたりする仲間がいたら、ウキちゃんがすぐに大きなクッションに変身して全員地面に落とす、変身が間に合わないなら元の姿に戻る。なぜならエンジンを停止してもすぐにローターが停止しないから、とか。

 身を屈めてれば問題ないけど、うっかり忘れちゃったり、地面の高低差があったりもするからね。急いで乗り降りするわけじゃないから、その手順が安全なんだよね。もちろん、あたしも穴を見つけようとしてたけど」

 ヘリコプターのメインローターに頭部を叩かれて死亡する事故は、過去に何度もあり、その対策で挙げた手順だ。

「そうだな。冷静さと時間さえあれば、俺もちゃんと考えることができるから、それが大事かなって思った。もちろん、無知も危険に繋がるから、他の情報や意見も聞く。

 でも、だからと言って、楽しい時に楽しまないのはもったいないからなぁ。ゆうみたいに切り替えをもっと早くできたらなぁと思ったな」

「別にいいんだよ。そのためにあたしもいるんだし。それに、あたしだって浮かれることもあったでしょ? 危険な時に、二人同時に浮かれることがダメなだけだよ。

 万全を期した上で、安全な時に浮かれるのは良いと思うけどね。ウキちゃんのハヤブサに乗ってる時だって、あたしが何も言わなくても、そのあと落ち着いて普通に移動手段のことを考えられたと思うよ」

「ありがとう、ゆう。本当に嬉しいよ。でも、反省文は書かせてくれ。同じ理屈で、生きている時に死んだ気になることが大事なんだ」

「いや、同じじゃないでしょ。あたし達の遺書じゃないんだから」

「全裸の時に服を着ている気になるのはダメだろ? それと同じだよ」

「それはダメだけど……もういいや。じゃあ、死ね!」

 俺は死んだ。このために、ゆうに『死ね』と言わせているのだ。だから、本当は二回しか死んだ気になったわけではない、数え切れないくらい死んだ気になっていた。それでも失敗する。

 正直、シンシア達が羨ましい。俺も朱のクリスタルの影響で著しく成長したい。でも、他の人に渡しても、それはそれで危険だし、俺達はクリスタルの影響を受けないんだよな。

 他力本願か、やめておこう。反省文の反省文を書かなければいけなくなる。明日、と言うかもう今日か。朱のクリスタルに接触した時とその後の作戦を改めて確認することにしよう。

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