第二十二話 俺達と女の子達が勲章受章して魔法生物を救済する話

 二十九日目の午前十時。

 シンシア達は、玉座の間で大臣達と一緒に列に並んでいた。俺達は天井、クリスの外套、ユキちゃんの外套にそれぞれ潜んでいる。

 式典には、いつもの幹部だけでなく、城内のある一定以上の役職の人達や、招待された城外の貴族達も別の列に並んでおり、俺達が初めて見るほど多くの人達が玉座の間に集まっていた。シンシアとユキちゃんは、本式典の主役であるにもかかわらず、全く着飾らずに普段通りの格好をしている。コリンゼも騎士団長に任命されるので、その内の一人だ。

 初めて彼女達を見た城外の貴族達は、玉座の間に入るなり、訝しげな顔をしていたが、並んでいる場所が最も玉座に近いことから、すぐに主役と察して、取り繕った表情になっていた。もちろん、同じく参列しているアリサちゃん、サリサちゃん、レドリー辺境伯、エトラスフ伯爵、フィンスさん、ウィルズは笑顔でシンシア達に挨拶をしていた。

 アリサちゃん達の近くには、彼女達の姉である長女と次女もいた。アリサちゃんが話していた通り、その美貌は、ひと目見ただけで虜になってしまうほどだった。正直、第一王子と第二王子が羨ましい。何もしなくても、絶世の金髪美女とあんなことやこんなことができてしまうなんて、その幸運を是非噛み締めて生きてほしいものだ。

 いや、もしかしたら、王子達が不甲斐ない場合は、聖女アリシアのように家を出ていっていた可能性もあったのか。

「あ、始まるよ」

 ゆうは、王族とパルミス公爵が玉座の間に入ってくるのを視界に捉えたようだ。それに気付いた参列者達もすぐさま跪いた。

 王と王妃が玉座の前に立ち、その両脇に左からパルミス公爵、姫、二人を挟んで、第一王子、第二王子の順に並んでいる。処刑時と同じく、王族が勢揃いしているが、これで全員らしい。

 こう見ると、ジャスティ王家はレドリー辺境伯と同じ家族構成だ。王家や貴族は、家を反映させるために多くの子孫を残すべく、子どもが多くいるものだと思っていたのだが、少なくともこの二つの家については、そうではないようだ。やはり、子どもが多ければ多いほど、争いの火種になるからだろうか。

「式典を始める前に、まずは陛下のご挨拶から! 陛下、お願いします」

 今回はパルミス公爵が式を進めるようだ。

「皆の者、よくぞ集まってくれた。今日は、我が国の英雄を称えるための式典であると同時に、それに相応しい役割を周知することで、皆に同じ未来を見てもらうための場でもある。この式が何のために開かれ、皆が何のために呼ばれ、この場にいるかをよく考えてほしい。移動時間を除いたこの時間を無駄にしてほしくないのだ。

 これを境に我が国は生まれ変わる。もちろん、伝統や文化を大事にすることに変わりはない。ただ、その中でも変えていかなければいけないものは多くある。先入観に囚われ、言われるがままにしてきたこともあるだろう。

 しかし、英雄達は違った。広い視野で物事を客観的に捉えながらも思慮深く、目の前の問題だけでなく、未来の課題までも解決するために、これまで学んできたことを活かし、全身全霊で我が国に貢献してくれた。

 私は誇りに思う。我が国から英雄が生まれ、これからも生まれてくるだろうことに。この場に、あるいは皆の領地に、未来の英雄がきっといることだろう。自分がそうだと思うか思わざるかによらず、決してその者の足を引っ張ってはいけない。背中を押し、肩を組んで、前から手を引っ張って、共に前に進んでほしい。私は必ずそれを評価しよう。

 そして皆には、国益とは何かを改めて考えてほしい。自分の考えや行動が、国益になっているかを常に考え、もし分からなければ周囲に相談する。当然、私達に責任があるのは承知しているが、一人の人間には限界がある。だからこそ、国民一人一人が力を合わせる必要があるのだ。そのことを肝に銘じた上で、この時間を過ごしてくれ。以上だ」

「陛下、ありがとうございます。それでは、ただ今より、任命式および叙爵式を行う! シンシア=フォワードソン、コリンゼ=オルフニット、ユキ=リッジ、陛下の御前に進みたまえ! 他の者達は、顔を上げ、立ち上がることを許可する!」

 パルミス公爵の声に、三人は、並んでいた列から前に出て、玉座の前まで進み、跪いた。俺はてっきり叙爵式が先だと思っていたのだが、任命式が先に行われるようだ。

「ただ今を以て、シンシア=フォワードソンの騎士団長の任を解き、新たに『最高戦略騎士』を創設、シンシア=フォワードソンを『最高戦略騎士』に任命する!

 『最高戦略騎士』とは、陛下、殿下方の次に軍の指揮権力を有し、単独で遠征可能な、その存在と行動自体が戦略となる騎士の役職である。

 そして、シンシアの後任として、コリンゼ=オルフニットを騎士団長に任命する! その実力は、城内の者ならすでに聞き及んでいることだろう。騎士団副長については、明日以降に城内に通達する!

 次に、ユキ=リッジ、壇上に上がりたまえ! 叙爵と共に、勲章の授与がある」

 シンシアとコリンゼの任命が滞りなく終わり、ユキちゃんが玉座のある壇上に上がった。叙爵だけでなく叙勲も行われるようだ。

 ユキちゃんが跪くと、王が立ち上がった。

「ユキ=リッジ、そなたに男爵位を授ける。爵位名は『ショクシュウ』。『ショクシュウ男爵』と名乗るがよい」

「ぶっ! ちょっと! お兄ちゃんの影響が強すぎなんだけど!」

 ゆうが爵位名を聞いた途端、吹き出したが、ユキちゃんはそんなことも知らずに、『ありがたき幸せ』と言って、次に『王家名誉勲章』を授与されていた。名前からすると、もしかして最高位の勲章ではないだろうか。だとすれば、ユキちゃんの男爵位と釣り合いが取れないはずだ。やはり、みんなをまとめる発想だろう。

「『ショクシュウ』は、此度の英雄であるシンシア、ヨルン、クリス、ユキのそれぞれの名前から取ったものだ。したがって、勲章もその四人分の勲章と思ってほしい。そして、これからも力を合わせ、我が国への貢献に励んでほしい。

 領地については、レドリー領内にショクシュウ村を一から興すということだが、城内の相談役にリリアが申し出てくれた。レドリー辺境伯とリリアと、連携を取りながら開拓を進めてくれ」

 王が命名の由来と、名誉勲章の理由を語ってくれた。姫はすでに村の相談役を王に伝えていたようだ。

「ねぇ、お兄ちゃん。『ショクシュウ』の『ウ』って、もしかして、あたし達を含めた上で、さらに『ウキ』のこともそこに入れたってこと?」

 ゆうも俺と同じ発想をしていたようだ。

「ああ。俺が昨日の夜に考えていたそのまんまのことが、合わさって出てきた感じだな。『勇運』を知らなければ、俺と王とユキちゃんの『予言コラボレーション』と言っても過言ではないだろう。

 王が『ウ』を入れたのは、『ショ』にアクセントがあるから、自然に発音でそうなるということだろうが、ここで『疾風の英雄』を名付けた王のネーミングセンスが効いてくるのは面白いな。普通のセンスなら出てこない名前と名付け方だ。

 だが、何となく王の名付けに関する考え方が分かった気がする。今回、話していた内容からすると、仮に王が裏で四人に二つ名を付けるとしたら、『四英雄』だろう。一人一人に二つ名は付けない。『疾風の英雄』を加えて『五英雄』にもならない。その場合は、例えば『四英雄のユキ』みたいに呼ばれる。『セフ村のユキ』もユキちゃんの意志で残るから、彼女に限っては、爵位名の組み合わせも考えると呼び名がいっぱいあることになるな」

 俺達が話していると、パルミス公爵が勲章を置いていた台を下げ、式の締めに入り始めた。思った以上に早く終わったな。

「以上で、任命式および叙爵式は終了とする! シンシア、コリンゼ、ショクシュウ男爵、クリス、ヨルン、レドリー辺境伯、エトラスフ伯爵は、陛下との打ち合わせのため、私に続きたまえ」

 パルミス公爵がシンシアだけでなく、ユキちゃんとクリス達も呼んでくれたので、俺達はシンシアの左手に隠れに行く手間が省けた。


「それでは、エトラスフ伯爵からどうぞ」

 いつも見ている姿とは異なり、パルミス公爵がエトラスフ伯爵に丁寧に話を促した。打ち合わせは王の部屋で行うことになり、殿下達はそれぞれの部屋に戻っている。

 シンシア達は、応接スペースの王の椅子の前に向かい合うソファーに座り、シンシア、コリンゼ、ユキちゃん、ヨルンが王に向かって左側、エトラスフ伯爵、レドリー辺境伯、クリスが右側のソファーだ。

 俺達は触手を増やして、透明化してから天井の梁に移動した。

「私は、クレブに手紙の感想を聞きたいだけだよ。ただ、その前に私から改めてシンシア達に謝らせてほしい。先日のような事態になったのは師である私とクレブの責任だ。本当に申し訳なかった。君達がいなければ、より恐ろしいことになっていたのは間違いない。

 そして、お礼も言いたい。本当にありがとう。我が国を救ってくれて。私の名など霞むほどの功績だ。まさしく、英雄中の英雄と呼ぶに相応しい。その誕生の場に居合わせることができたのだ。これほど嬉しいことはない」

「とんでもございません。皆様のおかげで、私達は飛躍的な成長を遂げることができました。今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

 代表して、シンシアがエトラスフ伯爵と王の二人に言葉を返した。

「シンシア、お主には言うまでもないと思うが、人は成長すると叱責されることが極端に少なくなる。ましてや、私達王家や他の身分が高い者達は、皆無だろう。だからこそ、私はこの二人との関係を大事にしているのだ。

 そのことを二人も分かっているから、親友はいつまでも親友、師匠はいつまでも師匠でいてくれている。だからこそ、私は、ジャスティ国は成長し続けることができるのだ。お主達四人がお互い大切に思っているのであれば、その関係をずっと大切にしてほしいし、他に尊敬できる者がいる場合も同様だ。

 そして、コリンゼ。私と二人の関係を初めて知るだろう。なぜお主に教えたか。警備体制の変更を進言したのはお主だろう? 先日の騎士選抜試験での総責任者としての活躍に加えて、その準備を整える上で使用された書類の筆跡が、お主が警備隊長に送った手紙と一致したことから、そう判断した。

 緊急事態を裏から支え、私達に我が国の転換点を見せてくれた。『隠れた英雄』と言ってもいいだろう。その行動に敬意を表した結果だ」

 王は手紙の差出人がコリンゼであることに気付いていたのか。その言動から、隠し事を詮索しないとばかり思っていたが、筆跡鑑定までするとは思わなかった。それとも、パルミス公爵が念のため調べたとかだろうか。

「はっ! ありがたき幸せ!」

 コリンゼは緊張で震えながらも感謝の言葉を言った。いきなりこんなお偉いさんが集まる場所に連れて来られたら緊張するのは当然だ。

「それで、私の手紙についてはどうなんだ? 誤魔化すなよ」

 エトラスフ伯爵が王に対して、手紙の感想を促した。ちょっと怖い。王が誤魔化したくなる気持ちも分かる。

「…………。えー、あの手紙についての感想ですが……正直、震え上がりました。しかし、すぐに嬉しさの方が大きくなり、こんなにも我が国や私、シンシアのことを思ってくれる師がいて、身が引き締まる思いでした。改めてこの場でお約束します。私の責任において、我が国を二度と緊急事態にさせないと。あなたも死なせません」

 初めて聞く王の口調と宣言の両方に俺達は少し感動した。それにしても、王はちゃんと自分の責任の範囲に言及している。これは、例えば敵国からいきなり攻められて緊急事態になっても、自分が直接の原因ではないために、約束は適用されないということを言っているのだ。

「よし! それでいい。私も今回は傍観しすぎたと思って、実は反省していたのだ。申し訳ない。

 その代わりと言ってはなんだが、シンシアを通じて、私とリディルが信頼できる者をパルミス公爵に二人推薦させてもらった。重要な人事は、もちろんクレブに決定権があるが、推薦ぐらいはさせてくれ。その内の一人は私の息子ですまないが、何かあればその二人に話すといい。それこそ、師弟関係のように色々と教えてやってほしい。

 『王は孤独』とよく言われるが、その気持ちを推し量ることができる者達も当然いる。これは前にも言ったことだが、その格言を鵜呑みにして自分から孤独になる必要はない。騎士団が王や国の手足なら、私達は頭脳だ。並行して物事を考えられるし、シンシア達やその友人達のような一線を画した頭脳も次々と現れている。それほど、ジャスティ国が素晴らしい国であるという証だろう。

 クレブ、ありがとう。君のおかげだ。皆で我が国をさらに良くしていこう!」

「はい! こちらこそありがとうございます!」

 王の表情は若い頃に戻ったかのように明るく、そして少し潤んだ瞳をしつつも、嬉しそうだった。エトラスフ伯爵は、その口ぶりから、セフ村に天才がいることについて、いつの間にかレドリー辺境伯から聞いていたようだ。また、自分達が大臣候補の二人を推薦したことも包み隠さず話すのは、流石の関係と言える。シンシアが推薦したことにするというのは、この場以外の人達向けにすぎなかったのだ。

「では、次にレドリー卿から」

「私はショクシュウ領地案を持ってきた。その壁に貼ってある地図を見てほしい」

 パルミス公爵がレドリー辺境伯を指名すると、辺境伯はソファーから立ち上がって、大きい大陸地図が貼ってあった横の壁まで歩いていった。

「セフ村の近くが良いということだったので、その北と北西方面に最大約二キロをショクシュウ領とする。森と川を避けるので、扇形のような形になる。セフ村の森は変わらずセフ村管理。森の西は土砂崩れもあり得るので、その近辺には家を建てないように。その境界で問題があった場合は、全てショクシュウ領の責任だ。

 また、セフ村よりも川の上流になるので、問題が起こった場合は下流への影響を最小限にするために、速やかに対処すること。現状の治水方法ではなく、特別な治水方法をとる場合、リリア王女を通じて総務大臣に相談すること。ウィルズくんに話しておけば問題ない。

 それと、村の開拓について、もしよかったらだが、村から道を北に伸ばして、途中の道で合流させてほしい。そうすれば、私もダリ村を経由しないでショクシュウ村に行きやすくなる。したがって、村を発展させる場合は北方向が良い。

 もちろん、これは私の勝手な希望なので、自由にしてもらってかまわないが、その通りにしてくれるのであれば、私が許可した上で、領地を北方向に拡大してかまわない。先程二キロと言ったのは、あくまで現在の領地であって、人口が増えて領地不足になるようであれば、その限りではないということだ。そのための資金が不足するようであれば、相談してほしい。

 もう一つ、ショクシュウ領には大きな役割がある。それは、セフ村の沿岸方向からエフリー国が攻めてきた場合、それを殲滅することだ。君達四人の内、一人でもいればそれは容易に可能だろう。現状でも国境付近の監視体制は緩めていないが、予兆があった場合は、ダリ村とセフ村に連絡することになっている。ショクシュウ村とセフ村で連携を取り、君達にも連絡が行くような体制を作ってほしい。

 そういう意味でも、セフ村近くに村を作りたいと言ってくれたのは、国防の観点からも実に都合が良いことだった。それも考えの内だったのだろうな。流石だよ。これはシンシアにも話したことだが、率直に言って、これまでセフ村の優先度は高くなかった。

 ただ、今回のスパイ事件が明るみになったことで、エフリー国に動きがあるかもしれず、その場合、最も手薄であるセフ村沿岸に、より注意を払う必要が出てきたというわけだ。何より、私の大切な『家族』もいるからね」

 レドリー辺境伯の領地案は破格と言っても言い過ぎではない。領地を拡大してもいいなんて普通はあり得ない。やはり、みんなとの信頼関係が為せることだろう。また、それだけレドリー領も広いということでもある。

 俺達が前に『レドリー領』と言っていたのは、レドリー邸がある街の近辺を指したものだったが、この地図にも『万象事典』にもある通り、実際はレドリー領の中にセフ村も隣のダリ村も入っているほど広い領地だった。さらに、南西の元魔法使い村の地域も入っているので、中々面白い形をしている。

「あの……質問いいですか? 四人全員が村にいない時はどうすればいいですか? 今もそうですし、私達がセフ村に戻ったり、ショクシュウ領に行くのは、もう少し先になりますが」

 ユキちゃんが辺境伯に良い質問をした。

「それはそれでかまわない。元々、監視体制を強化する予定だったのだ。戻ってきたら連絡してくれ。そうすれば、その分の人員を減らすことができる。また四人で外に出る場合は、事前に連絡してほしい。

 ただ、君達が今からエフリー国に行くのであれば、それも必要ないかもしれない。君達自体が牽制にもメイン戦力にもなるからだ」

 驚いたことに、辺境伯はユキちゃん達がエフリー国に行くことを読んでいた。シンシアがビトーを探しに行くと聞いただけでは、その結論には達しないはずだ。

 シキちゃんのことは流石に知らないはずだから、シンシアの役職名から読んだか。ほぼ独断で敵国への介入が許される『最高戦略騎士』。そうでなければ、わざわざ『戦略』という言葉を使わないと。

 そんなことを考えていると、シンシアが手を挙げ、パルミス公爵が彼女を指名した。

「陛下、レドリー卿がおっしゃった通りです。私達はエフリー国に行きます。そこでは、戦闘も起きることでしょう。よろしいでしょうか」

 シンシアが王に承諾を求めた。

「よかろう。私はこう見えてもエフリー国に心底怒りを覚えている。スパイを潜り込ませたこともそうだが、その者達を簡単に切り捨てたからだ。仮に、その者達からエフリー国のスパイと聞き出せたとしても、向こうから知らないと言われればそれまで。やったもの勝ちだからな。そのような卑怯な国には鉄槌を下す必要がある。

 暴れてこい、滅ぼしてこいとは言わないが、お主が必要と思う範囲で損害を与えてかまわない。ただし、シンシアの名前は出さないことにしよう。こちらも対抗して、通りすがりの一般人がやったことにする。変装はしてもしなくてもかまわない。何か言われても私達は知らないふりをして誤魔化す」

 王の言葉に、エトラスフ伯爵は少し笑った。

「ふふふ、クレブの得意技だからな。しらばっくれたり誤魔化したりするのは。だから、手紙にも書いて念を押した。

 こいつは俺の講義中にしょっちゅう居眠りをしていたのだが、その言い訳が全て別々で、感心するほどだった。おそらく百個ぐらい聞いたな。

 『船を漕ぐイメージトレーニングをしていた』なんてのは序の口。

 『首を縦に振ることで自分なりに記憶しやすくしていた』、

 『講義内容が素晴らしすぎて体を震わせてしまった』、

 『いびきではなく感動の声』、

 『涎ではなく感動の涙が口から出てしまった』、

 『目を瞑ることで集中力を高めていた』と次々に言い訳が飛び出してくる。

 『じゃあ、俺が何を話していたのか言ってみろ』と言ったら、『私は素晴らしいと思ったことは二度聞きたいのです。一度目は記憶するため、もう一度は素晴らしい師との思い出を作るため。どちらが欠けていてもダメなのです。それが素晴らしい国づくりに繋がると信じています』と言う。

 『どう繋がるのかは分からないが、お前、詐欺師の素質あるよ』と俺が言うと、『私は詐欺師が最も嫌いな存在です。取り消してください!』と怒り出すからな。怒りたいのは俺の方なんだが……という感じで誤魔化される」

 誤魔化しになっているかは疑問だが、少なくとも昔の王が問題児だったことは伺える。

「懐かしいですね。あの時のクレブは、天才かと思うほどによく舌が回っていましたね。久しぶりにそれを聞いてみたくもなりました」

 辺境伯も昔を思い出すようなしみじみとした表情をしていた。シンシア達は笑っていいのかよく分からずにいるようだったが、そこで彼女が話を切り出した。

「大変興味深いお話をお聞かせいただき、嬉しい限りですが、実はまだ大事なことを陛下にお聞きしていないので、その話に移ってもよろしいでしょうか。

 これは、法律化されていないことですが、我が国の国益のために、我が国でスパイ活動をする者が処罰の対象となるのかという疑問が生まれたため、陛下にお考えをお聞きしたく存じます。これはビトーのことでは決してありません。例えばの話です。

 今回のスパイ事件では、財務大臣が死亡し、他の大臣も処刑され、英雄も生まれました。それは結果的に我が国の転換点を迎え、さらなる成長を遂げる確信を得られることになりました。これが、あるスパイの導きによって、成し遂げられたとしたら、ということです」

「ふむ、なるほどな。そういう場合もあるのか……。考えもしなかった。そのようなことができるとしたら、まさに天才の為せることだろうな。

 そうだな……、多大な貢献をした前提で、そのスパイが善良な国民に取り返しが付かない被害を及ぼさなかったのであれば、処罰の対象にはしないだろうな。命令されて仕方なく行った場合は、その責任者を早期に突き出すことで刑を軽くする。

 シンシアがそのスパイを保護したとして、私の前に連れてくるかどうかは、お主の判断に任せる。責任者を事前に聞き出すことが望ましいだろう。その責任者まで連れてくる必要はない。そこは、『最高戦略騎士』の権限で、その場で処罰してかまわない」

「はっ! 承知しました!」

 王の考えを聞いて、シキちゃんのことは一先ず安心できた。とは言え、彼女に会った時は、それらを聞いてから連れてこなければならない。

「他に議題はあるかな? ……それでは、ショクシュウ男爵」

 パルミス公爵がシンシアの話が終わったことを察し、他の議題を求めると、ユキちゃんが手を挙げたので、パルミス公爵がユキちゃんを指した。

「あの、皆さん。私達が怖くないですか? 仮にショクシュウ村が領地を広げていった場合、さらなる野望で、レドリー領を辺境伯の許可なく侵略していったり、独立国家を興したりするかもしれないと」

 王がエトラスフ伯爵、レドリー辺境伯、パルミス公爵をそれぞれ順番に見ると、彼らは無言で頷いた。返答内容は王に全て任せるということだろう。

「全く怖くないと言えば嘘になるし、統治者としての資質も疑われるだろうが、その場合の理由としては、私達が至らないから、そのままではお主達の問題が解決できないから、だろう?

 優しく賢明なお主達だ。何の話し合いも、お互いの妥協もなく、力で解決するとも思えない。実際、今もそうだ。リディルの提案にそれ以上何の欲も示さず、交渉さえしなかった。お主達の力を以てすれば世界を支配することができるにもかかわらず。

 仮に私が、『我が国の武力を以て世界を支配せよ』と突然命令してもお主達であれば拒否して、私を説得するだろう。どうしてもやれと言われたら、私を殺してでも止めるかもしれない。もしかすると、強大な力を持っているからこそ、それに溺れないお主達だからこそ、信頼できるのかもしれないな。

 私は先程、シンシアに対して、エフリー国に『鉄槌を下す』と言った。エフリー国の責任で因果応報ではあるものの、力を直接持っていない私でさえ驕ってしまう。何とか自分を律し、『損害を与えてもかまわない』という言い方にしてシンシアに任せたが、危ないところだった。

 お主達が自分の信念と道理に従っているのは、執行人を申し出てくれた時や、執行時の様子を見ても分かった。単に平和主義者や戦争反対論者ではない。何より、我が国を大切に想っていることが、少なくとも表に出ている全ての思考と行動から伝わってくるのだ。私達もそれに応えたくなるほどにな。お主達は、国民の感情に寄り添った政策提案をすることはあっても、感情的な政策批判はしないだろう。

 だからこそ、リディルはあの領地案と拡大条件を持ってきた。あれほど用心深いリディルが、だ。判断基準がシンプルとは言え、此奴は誰彼構わず『家族』と言い回っているわけではないのだ。

 それは、我が師もパルミス公爵も、もちろん私もそうだ。このような短期間で人を信頼する者達ではない。スパイを長らく見過ごしていた私達が言うのは何だが、皆、その者の本質で判断する者達だ。そして、その領地案に対して、何ら反対意見や追加条件を出さなかった。恐怖よりも、むしろ期待だろうな。見てみたいのだ。才能溢れるお主達が今後どのような領地にしていくかを。

 もし条件があるとしたら、皆こう言うだろう。『何でも遠慮なく相談してほしい。そして、君達が最高だと思う領地を私達に見せて、是非楽しませてくれ。それが条件だ』と」

 王は、俺が前にゆうに言ったことと同じようなことを交え、考えをみんなに披露した。

「ありがとうございます。そのお気持ちが本当に嬉しいです。必ず素晴らしい村にしてみせます!」

 ユキちゃんが王に感謝の言葉と強い意志を示した。

「それでは、クレブ。ユキと私で契約書を取り交わすから、この場で承認と署名をしてくれ。領地案を別紙として三通持ってきた。それぞれ、爵位証明書と合わせて保管することになる。少し待たせて悪いが、部屋から持ってくる。それまでは、今回の勲章が与えられるための条件でも話してあげてくれ」

 そう言うと、辺境伯は王の部屋を出ていった。式には手ぶらで参加して、そのままここに直接来たから、一度戻るのは仕方がない。

「なるほどな。それでは、『王家名誉勲章』が与えられる条件について話そうか。

 まず第一に、その者がいなければ、現在の我が国が存続し得ないと考えられること、これが大前提だ。

 第二に、その者に前科がないこと。

 そして最後は、ジャスティ国民であること。

 この全てを満たしている者が『王家名誉勲章』を与えられる。つまり、お主達はその条件を満たしているということだ。

 もし、お主達が自分の生い立ちや環境、これまでの行動に疑問を持ったとしても、現時点ではそれらが私の名において、一切の問題がないことを証明されていると、大手を振って歩いてもらってかまわない。

 現時点という意味は、過去の所業がこれから明るみになって問題になる可能性があるということではない。また、未来の行動が問題になるということでもない。その勲章は今後一切、剥奪されることも返上することもできない。それだけの責任が、授与者にも受章者にも与えられる。例を出した方が分かりやすいだろう。

 前科の話で言えば、過去に劣悪な家庭環境で育ち、その恨みから両親を殺害し、証拠隠滅のために家に火を放った疑いがかけられていても不問となり、換金するための宝石が盗品ではないかと疑われていても、調査は打ち切られ、同様に不問となる。

 念のために言っておくが、疑いはあくまで周囲や関係者の疑いであり、私達がそう考えているわけではない。それに、前者は正当防衛であれば無罪だし、後者は持ち主が見つからないのであればどうしようもない。言いたかったのは、前科が不問になるわけではなく、容疑が不問となり、それが今後一切、立件されないということだ。

 そして、極端に言えば、この場でお主達が私を殺したとしても、その勲章は剥奪されない。国民の話で言えば、その者が敵国の出身であっても、現在はジャスティ国民であると認められ、それから別の国に移り住んでもジャスティ国民であることに変わりがないということだな。あくまで例だからな。皆まで言わなくていい」

 クリスのことはすでに知っていると思っていたが、王が挙げた例から分かる通り、ヨルンやユキちゃんの身辺調査まで済ませていたのは驚きだ。

 本人に探る気がなくても周囲から入ってくるんだろうな。前々から情報が入っていて、今回初めて照合させたのだろう。そうでなければ、調査の時間が足りないはずだ。やはり、国家特殊情報戦略隊は優秀だ。

 王が例に挙げたのは、三人を不安にさせたいわけではなく、逆に心配することはないというメッセージだろう。

「それと、これは条件ではないが、願わくは、パルミス公爵含めて『私達四人』が本音で話せる者であってほしいと夢見ていたのだ。『お主達四人』には、私達の夢を一つ叶えてもらった。本当に感謝しているよ。ありがとう」

 王の優しい感謝の言葉からは、『その四人』で夢を語り合っていた若かりし頃を想像させてくれた。エトラスフ伯爵もパルミス公爵も感慨深いと言わんばかりの表情をしている。

「コリンゼは偉大な背中を追うことになるかもしれないが、功を焦ることはない。そもそも、内部と外部にいる者では、できることも異なる。能力を言っているのではなく、その機会があるかないかだ。

 騎士団長に就任したことで、すでに歴史に名は刻まれている。たとえ刻まれていなくとも、騎士団長でなくとも、自らの役割を果たすことで、我が国に貢献していることに変わりはない。この数日で色々なことを学んだと思う。もちろん、私もだ。

 これからは遠慮することはない。会議でもどんどん発言してほしい。お主に限っては、役割に制限を設ける必要もない。逆に、騎士団が関わらない国の仕事はないとさえ思うからな」

「はっ! 一生懸命、誠心誠意、我が国に貢献していく所存です!」

 コリンゼが王に返事をしたところで、辺境伯が戻ってくると、書面が三通同一であることとその内容をユキちゃん達にそれぞれ確認してもらっていた。

 ユキちゃんは俺達にも見えるように、その内の一通の書類をテーブルに置き、他の三人もそれを少し遠くから覗き込むように確認していた。王も別の一通をエトラスフ伯爵と読んでいて、パルミス公爵も残りの一通をしっかりと読んでいた。

「へぇ、ちゃんと全員が確認するんだね。特に王は署名するだけかと思ってた。読んだ感じだと、この契約書であたし達が危険になることはなさそう」

 ゆうの意見には俺も同意だ。文面も詳細に書かれていて、現代の契約書のように、責任の範囲、監査の受け入れ、災害や天変地異時の対応についても書かれていて、文句のつけようもなかった。監査については、全てを見るのではなく、お互い合意の上でその範囲を制限できることにも言及されている。主従関係ではなく、対等に近い関係ということだ。

「『動く機密情報』の俺達が監査条項で守られているのは、『勇運』のおかげかもな。でも、辺境伯がここまでやってくれるんだから、発明品や開発商品ができたら真っ先に持っていってあげよう。それが信頼に対する感謝だ。彼が狙っているとしたら、軍事力とそれだろうしな」

「過去のエトラスフ領への割譲と魔法使い村の領地獲得の話から、家族のためとは言え、タダで動く人じゃないってことね。使ってない領地を与えただけで、何の損もしないからね。策士すぎるでしょ」

「それが私利私欲のためだけだったら憎むべき存在だが、そうじゃないからな。それが家族のためだけでなく、国家のためになると確信しているからこその思案だろう。さらに、それが回り回って自分の所に返ってきて、家族みんなで幸せになれると」

「あたし達にとっても、とりあえずこれで経験値牧場の下地はできたわけだから一安心かな。でも結局、あたし達はあまり女の子を村に誘えてないけど、これからどうするの?

 セフ村を出てから、村に来ることが確定しているのは、クリス、ヨルン。一時的には、シンシア、リーディアちゃん、姫、リオちゃんぐらいだよね。その中でリオちゃんはまだ接触できるかどうか分からない。

 元々いるユキちゃん、アースリーちゃん、イリスちゃんを入れると合計九人。牧場支部のレドリー邸まで含めると、リーディアちゃんのメイドで最近二人増えたから小計七人、合計十六人。コリンゼが牧場支部を作ってくれるかは分からないけど、それを入れても今は合計十七人。いつになるか分からないけど、シキちゃん確定でも十八人。最低目標の百人までは、まだまだ遠い」

「一ヶ月で十七人なら、十分早いと思うけどな。特にリーディアちゃんの貢献度がハンパないから、彼女のような存在が他にもいると、より早く達成できるだろう。シキちゃんの予知を使えば、より効率的になる。エフリー国に行っても候補者は出てくるかもしれない。いや、ユキちゃんがいるから、きっとそうなる。

 のんびりするつもりはないが、焦る必要もない。慢心と油断さえしなければ、必ず上手く行くようになっているはずだ。だから、ゆうは安心しろ。こっちには、イリスちゃんとシキちゃんの天才が二人いて、超戦力で優秀な四人がいて、作戦立案家の俺もいるんだ」

「うん。ありがとう、お兄ちゃん。でも、最後だけ『自称』なのは不安の種なんだけど」

「いや、俺も結構評価されてると思うんだけど」

「少なくとも『作戦立案家』とは言われてないよね。言われてないことをさも言われてるかのように誤魔化そうとしたよね。誤魔化しが得意な人が、ここにもいたってことだよね」

「…………。もしかしたら、俺は人の心が読めるようになったかもしれないんだ。『シューくんは作戦立案家』という言葉がみんなから聞こえてくるんだ」

「じゃあ、あたしの心の声を読んでみて。『願望妄想家シュークン』」

「『お兄ちゃん、しゅきしゅき大好きぃぃ!』だろ? ほら当たった!」

「残念。あたしは『人』じゃなくて『触手』でしたー。お兄ちゃんには読めませーん」

「うざ!」

 俺は、ゆうの『きも!』を狙ったんだが、外れてしまった。こういう時もあるか。

 ああ、お互いに論点を外しまくっているのは、もちろんわざとだ。今回は『誤魔化し』がテーマだったからな。ゆうの『これからどうするの?』の質問に対して、具体策を示さなかった俺から始まったコミュニケーションだった。実際、それを考えても仕方がなく、ゆうの不安を取り除くことを目的とした答えだったからだ。

 これからやれることは、俺達の前に現れた女の子が、触手である俺達を認めてくれるかどうかを判断し、接触するしかない。村を作ってから人を集める方法は、イリスちゃんが前に『いくつか方法がある』と言っていた通り、いや、いくらでもある。

 現代知識がある俺達の方が、村の魅力的な宣伝方法を彼女より思い付いているだろう。情報の差というのは、それだけ強力なのだ。同じ天才でも未来を知っているシキちゃんの方が、選択肢が多くあり、自由に動けるのと同じだ。もちろん、シキちゃんが実は悪の心に染まっていて、俺達や人類を絶望の淵に追い込もうとしている可能性もなくはない。

 ただ、俺が思う真の天才は、そんなくだらないことはしない。天才は、自分がそこにいる意味をまず考える。だから、『俺は人を絶望させるために今ここにいるんだ!』などと考える『天才(笑)』は、ダサすぎて滑稽という他ない。

 そして、真の天才は、より難しいことに挑戦する。実は、人を絶望させるのは容易だ。スケールが小さくて恐縮だが、株取引が良い例だろう。株は、資金が大量にあれば、『売り方』の方が儲かる。圧倒的な売り注文数の前では、多くの個人は将来の株の価値が下がると思い、『狼狽売り』や『失望売り』でその銘柄を簡単に手放してしまう。そして、さらにその価値を加速度的に下げていく。『売り方』はその下がりきった所で買い戻す。

 もちろん、その逆の『買い方』の例もあるのだが、ふとした瞬間にそのバブルが弾け、悪材料もないのにストップ安になることが多い。単に『上がりすぎたから』という理由だけで。

 株は釣られて誰も売らなければ通常は上がる一方なのだが、個人の心理としてそれができない。がっちりホールドする、いわゆる『株ゴリラ』になるには、損得勘定だけではなく強靭な精神力が必要なのだ。したがって、プロの機関投資家は『売り方』が多い。

 閑話休題。そう考えると、人々を『絶望や不幸のどん底に叩き落とす』のと『感動や幸福の渦に巻き込む』のとでは、後者の方が難しい。もし前者を自分の快楽のために行う『天才(笑)』を目の前にしたら、俺はこう言いたい。『え、そんなかっこ悪くて簡単なことで悦に浸っているんですか? 流石、自称天才ですね。あなたは誰がどう見ても平凡な人間……にも満たない下劣な存在ですよ』と。

 だからこそ、イリスちゃんも俺も、回りくどい作戦の敵に天才がいると仮定した時に、凡人の俺達が対面さえしなければ、イリスちゃんの戦略で何とかなると思っていたし、その敵の正体であるシキちゃんが、実は俺達のために動いてくれているという可能性も、頭に残すことができた。

 決して思い込みはしないし、みんなに危険が及ぶ想定外もしたくない。昼食後は、魔法生物を救いに行くが、それも十分に作戦を練ってから行う。シキちゃんの意志に反して、魔法生物がいきなり暴れることで、みんなや孤児院に被害を及ぼさないためだ。

 それまで、俺は自分の作戦に穴がないかをできるだけ反芻していた。

「では、改めてこれからよろしく」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 辺境伯とユキちゃんが契約書を交わし、王も署名をして、お互いが両手を重ね合わせたところで、締結となった。

 その後、その場の全員と姫を含めた王族が加わり、王族専用食堂で昼食を済ませた。辺境伯達は、午後にウィルズ達と打ち合わせをしてから明朝に帰宅するらしいので、そのまま別れも済ませた。




「それじゃあ、始めようか」

 午後二時。ユキちゃん達は孤児院の旧開かずの間である倉庫にいた。院長には危険だからと言って鍵だけ預かり、院長室で待ってもらっている。

 魔法生物『ウキ』がいる魔法陣に向かって中心にヨルン、その両脇左にユキちゃん、右にクリス、ヨルンの右斜め後ろにシンシアが位置取り、何かあった場合はヨルンの後ろに隠れ、『反攻』で守ってもらうことにした。

 俺達は適度に縮小化した上で、シンシアの首にタオルをかけるかのようにぶら下がっている。また、いつでも俺から指示ができるように、壁際には鉛筆と紙を置いてもらった。

 ユキちゃんの始まりの声のあと、三人が両膝をついて同時に詠唱を始めた。まずは、クリスがシキちゃんの魔力停止魔法を全て解除し、その直後、ヨルンが再び空間魔力停止魔法を発動した。そして、ユキちゃんがヨルンの魔力停止魔法が正常に動作しているかを確認した。

「おっけー。次、行こう」

 ユキちゃんとクリスが同時に詠唱し、クリスがウキの左足のみ魔力停止魔法を部分解除したあとに、ユキちゃんが名付けた『他対象魔力結合魔法』を発動した。

 すると、ウキの左足と胴体の間に数えきれないほどの線が現れ、両者を結んだ。そして、胴体側は魔力が停止しているので、左足だけが胴体に徐々に近づいていった。その間も、ユキちゃんは魔力を供給し続けている。したがって、大量に魔力を消費するが、この精密作業を行えるのは、今のところユキちゃんしかいない。

 もし、魔力が足りなくなったら、クリスから貰えばいい。そのための魔法も『他対象魔力結合魔法』を応用して創造したのは流石だ。

「ふぅ……」

 魔法発動から五分後、ウキの左足が結合されたことを確認すると、ユキちゃんが一息ついた。

「どうですか? 消費魔力量は」

「うん、大丈夫だと思う。想定よりも消費してない。その半分にちょっと満たないぐらいかな。どちらかと言うと精神力が必要な作業かもね」

 クリスの質問にユキちゃんが答えた。ということは、辛いことを乗り越えてきたクリスもヨルンも、これからできるようになるということだ。

 対象が魔法生物の場合は、かなりの魔力を消費するのではないかとユキちゃんとクリスは予想していたのだが、それが五割と言うと、それほどでもないのかと思うかもしれない。しかし、左足を結合するだけで、ユキちゃんの全魔力量の一割五分を消費したと言い換えると、相当な量と思える。

 これは、セフ村の結界を瞬時に張り直せる消費量であり、城全体への空間催眠魔法を五回使用できる消費量でもあり、平均的な魔法使いの全魔力量以上に相当する。

「じゃあ、ヨルンくん、お願い」

 三人がまた同時に詠唱を始めた。そして、ヨルンは左足を再び魔力停止させ、クリスとユキちゃんは右足の結合に入った。なぜ一度解いた左足をまた停止させるのかは、完治した際にウキが容易に暴れないようにするためだ。この手順を四肢全てに対して行う。四肢が終われば胴体だ。

 表面上の傷は見当たらなかったが、内部が破壊されている恐れがあるので、念のため、下腹部から順に確認していった。ユキちゃんの魔法は結合させるだけでなく、魔法生物の体内に浸潤して、破壊組織を再構成することも可能だ。改めて、すごい応用力だ。

「うん、体内は傷付いてないかな。でも、驚いたのは、ちゃんと生物の内臓を持ってた。魔法生物って一体何だろうね」

 確かに。内臓も魔力で作り出す必要があるのだろうか。そもそも、『万象事典』には魔法生物はそのようなことができるとは書いていなかった。だとしたら、世界のルールから逸脱している存在の可能性もあるか。

 当然、チートスキルのことが俺の頭をよぎった。瀕死になった理由も関係しているかもしれない。

「それじゃあ、最後行くよ」

 いよいよ頭部だ。胴体は魔力を停止させていない。これまで、みんな冷静に作業をこなせているから治療も順調だ。

 ウキの内臓が無事で、目と口から血を流しているとなると、間違いなく頭部が傷付いている。脳も再現されているとなると、時間との勝負になるだろう。ユキちゃんには、脊椎動物の脳の構造と各部位の機能を予め教えている。猫と人間とで脳の形が異なるので、そのどちらも教え、治療する際の優先順位も決めた。

 大脳は主に記憶や思考を司り、小脳は知覚と運動の統合、脳幹は感覚神経路や運動神経路の中枢であることから、大脳、小脳、脳幹、髄膜、頭蓋骨の順に治療し、クモ膜下出血をしているようなら、その血を体内に徐々に吸収させる。人間ではそう簡単に行かない治療だが、魔法生物であれば脳出血の体内吸収も可能だと見ている。

 俺はユキちゃんの様子を伺うと、彼女が四肢や胴体の時よりも真剣な表情をして魔力を供給していることが分かった。多く供給すれば早く治療できるというわけでもないが、魔力粒子の運動や魔導効率の安定性は増すらしい。

 ユキちゃんは、これで魔力を全て消費してもいいという気持ちで向かい合っていることだろう。俺達は心のなかで応援することしかできないのが歯痒い。頑張れ、ユキちゃん。

「頭部に入ってから十分ぐらい経ったね。順調だよね、きっと」

 これまで黙って見ていたゆうが、沈黙を破って声を発した。

「ああ、きっとそうだ。ユキちゃんの表情を見ていれば分かる。上手く行ってなかったら、彼女は悲しい顔をしているだろうからな。そのままウキを見ていれば、目と口の血も消えていくだろう。それに、魔力が結合できていること自体が……っ⁉」

 俺がまだゆうに説明している途中で、突然チートスキルの警告表示がウキの頭上に現れた。

「え、ここで⁉ ってことは治ったってことだよね⁉」

 ゆうは、その内容よりもウキが一命を取り留めたことに嬉しさを隠しきれずにいた。俺もそうだ。とりあえずは良かった。

「『チートスキル:変化』か。『へんげ』と読むのか『へんか』と読むのかは分からないが、全魔力量の範囲内で、あらゆる存在に変身することができる、か。すると、元の姿から猫に変身して、瀕死の状態になったか、あるいは瀕死の状態から猫に変身したか。この二つの違いは、それを知ることで、チートスキルをどの時点で使えるようになったかが分かり、それが分かると、その条件も推察できるようになる。まあ、それは直接聞くことにするか。人間に変身してもらえば、会話できるし」

「ねぇ、クリスタルは? 持ってるようには見えないけど。首輪も付いてないし」

「おそらく俺達と同じだろう。存在自体がクリスタルの力を持っている。ただし、転生者でないことは触神様が証明してくれている。

 そして、このことから驚くべきことも推察できる。俺達は例外として、クリスタルが魔法生物である、または、魔法生物であった可能性だ。それについてもウキから聞けるかもしれないな。シキちゃんがウキの存在を通じて伝えたかったことの一つは、間違いなくこれだ。とりあえず、チートスキルのことは、ユキちゃん達にも伝えておこう」

 俺は触手を増やし、壁際の鉛筆と紙を使ってそのことを書いて、シンシアに渡した。シンシアが読み終わると、クリス、ヨルンの順に回してもらって、ヨルンからはユキちゃんの邪魔にならないように、彼女の床についた右膝近くに紙を置いてもらった。

『ウキは一命を取り留めた。その証拠に、全魔力量の範囲内で、あらゆる存在に変身できるというチートスキルを持っていることが、その瞬間に分かった。人間に変身してもらえば確実に会話できるはずだから、それを踏まえて進めてほしい』

 ユキちゃんはそれを横目で見て頷いた。それは、少しホッとした表情のようにも見えた。

 そこから三分後。ユキちゃんが魔力の供給を止めた直後に、ウキがピクリと動き、目を覚ました。それとほぼ同時に、ヨルンが空間魔力停止魔法の詠唱を始めた。

「私はあなたの敵じゃない。私の言ってること分かる? もし分かって、あなたにも敵意がないなら、瞬きを三回して。口は動かさないで。動かしたらあなたの時間をもう一度止める」

 触神様に初期の頃に確認した通り、この世界には無詠唱魔法を使える存在がいる。それが魔法生物だ。口を動かさないように言っても、無詠唱魔法の発動は止められないが、形だけでも交渉するようにしなければ、安全に話を進められない。

 そして、ウキは瞬きを三回した。

 実は、ユキちゃんには頭部を治療する際、確認してもらったことがある。それは、脳の発達度だ。猫の脳は人間の脳に比べて容積が小さい。したがって、そのままでは会話が成り立つか不安だったのだが、魔法を使えるということはそれを記憶していなければならないし、本能だけで使えるとも思えない。

 それなら、容積が小さくても脳細胞数がそれを補っているのではないかと考えた。もしそうでなかったら、会話はすぐに諦めてもらうようにユキちゃんには伝えていたが、どうやら大丈夫そうだ。

「私達があなたを治療したんだよ。あなたには死んでほしくなかったから。あの状態になった経緯とあなたのことを聞かせて。そのまま会話できないようなら、人間に変身して話してほしい。できるよね? 今、手足を動かせるようにするから」

 クリスが手足の魔力停止魔法を解除すると、ウキはその両手足を少し動かして、ユキちゃんの方に横向きになった。次の瞬間、その存在が霧散するように消え、三秒ほど経ってから目の前に突然少女が現れた。

 魔力粒子になると存在が見えなくなるから、一瞬で消えて、一瞬で現れたように見えるのか。見た目だけなら、十二、三歳ぐらいの年齢だろうか。ユキちゃんに似ているような気がするが、おそらくシキちゃんに似せたのだろう。猫の姿の時と同様に、黒髪の少女は裸で横向きになっていて、体を起こす気配はなかった。

「殺して……」

 その少女は小さく呟いた。やはり死を願うのか。

「その言葉が出てくるってことは、あなたは今、世の中と自分に絶望している。良いこと教えてあげよっか。

 この場にいる人、過去にみんなそう思ってたんだよ。死にたいって。でも、何とかなった。何とかしてくれた存在がいた。ほら、あれ見て、あの触手。シュウちゃんって言うんだけど、シュウちゃんがみんなを救ってくれたんだよ。もちろん、あなたを救うために知恵を出してくれた。

 同じ所にいるシンシアさんは、あなたに巡り合わせてくれた。クリスさんとヨルンくんと私であなたを治療した。これがキッカケ。あなたを『本当に救う』ためのキッカケだよ。まさか、絶望したいなんて思ってるわけないよね? だったら生まれた瞬間に自殺してるよね。その力を持った存在なんだから。それに、私達との交渉にも応じなかったよね」

 ユキちゃんは、いつもより早い口調でウキを説得した。

「…………。クリス……ヨルン……まさか……。ううん、私を助けて何の得があるの? あなた達なら、魔法生物の力なんて必要ないでしょ……」

「笑い合える、抱きしめ合える、家族になれる、そして、一緒に幸せになりたいから。あなたを助けたら、こんなに得があるんだよ! あなたはどうなの⁉ ウキちゃん‼」

 ユキちゃんは両手を広げて、ウキの考えを問い質した。

「ウキ……ちゃん……。嘘……本当に……現れるなんて……」

 ウキは上半身をついに起こして、ユキちゃんを見つめた。

 シキちゃんが予言を伝えていたか。『ウキちゃん』と呼ぶ人が目の前に現れると伝えるだけでは、シキちゃんがその人と事前に会っていれば予言として成り立たないから、『あなたが望む名前を呼ぶ人が目の前に現れる』と伝えたのだろう。

 『勇運』の効果は置いておくとして、『ウキ』を望んだのは、一瞬でも助けてくれたシキちゃんの名前から連想したか。

 いや、待てよ。『運』の『ウ』から取って合わせた可能性もあるか。シキちゃんが『ラック』の意味でそういう異国語があると教えていれば、発想もできる。

「もしかして、お姉ちゃんから何か言われてた? 私はユキ。シキお姉ちゃんとは双子だよ」

「ユキ……ちゃん……。ユキちゃん……。ユキちゃん!」

 ウキはユキちゃんに勢い良く抱き付いた。

「ユキちゃん、好き! 大好き! クリスさんもヨルンくんも大好き! ありがとう! シュウちゃんとシンシアさんもありがとう!」

 ウキは泣きながら笑い、ユキちゃんと抱き締め合っていた。猫っぽい動きで頬擦りもしている。早速、両者に『得』があったようだ。

 魔力停止魔法の発動を準備していたヨルンは、その様子を見て構えていた両手を下ろした。

 ウキのそれぞれに対する名前の呼び方は、ユキちゃん準拠のようだ。それなら俺も『ウキちゃん』と呼ぶか。

 それにしても、随分あっさりとみんなを好きになったな。ユキちゃんが動くと、こんなに早く解決するのか。正確には、俺達とシンシアに対しては好きとは言っていないが……。『まさか』と言っていたことから、これにも何か理由があるのか。シキちゃんから名前を聞いていただけではなさそうだ。

 俺がそんなことを考えていると、シンシアが倉庫の出口に歩みを進め、四人に声をかけた。

「一先ず安心ということで、ここは座れる所もないし、特別教室の方でウキの話を聞こうか。ウキは衣服を含めて変身できるか?」

「うん、できるよ! …………。はい、できた!」

 ウキちゃんは再度霧散し、再度現れた。ユキちゃんと同じ白い外套を羽織った格好にしたようだ。ウキちゃんの長い黒髪とのコントラストが、ユキちゃんの印象とは異なり、新鮮に感じる。

 一同は特別教室に移動し、教室内の一番後ろの席にユキちゃん、その膝の上にウキちゃんを座らせ、残りはそこを囲むように席に座った。俺達はシンシアの首から下りて、机に鉛筆と紙を置いてもらった上で縮小化を解いた。

「うわ、シュウちゃんってそんなに長かったんだ。伸び縮みできるの? すごーい!」

「いや、正確には縮むことだけだ。他にも色々なことが可能だが、シュウ様のすごさはそれに留まらない。いずれ分かるだろう。

 まずは、ウキの話を聞こうか。できれば、どのようにして生まれたのかから聞きたい。そのあとにシュウ様や私達のことも話す」

 ウキちゃんに対して補足するシンシア。進行をしてくれるようだ。

「シンシアさんはシュウ様って呼んでるんだ。人間がモンスターを尊敬してるってことだけですごいよ。あ、モンスターでもないのかな。魔法生物でもないみたいだし……。

 まあ、それは置いておくとして、じゃあ、私のこと話すね。

 私は空で生まれた。その時は何の形もとってなかったと思う。あとで知ったことだけど、魔法生物は使用後の魔法の残滓が自然に集まって稀に生まれるらしくて、私はその瞬間に大量の残滓が集まって生まれたんだって分かった。

 私が生まれた時の記憶、それは地上を見下ろした時に、周囲に何もない、ポツンと一人だけその中心にいた少女の記憶。私が生まれてからも周囲に残滓が漂っていたから、きっとその子が魔法を使ったんだと思って、私は陰ながら付いて行った。

 魔法生物は魔法の残滓や魔力を食べて生きる。その子が魔法を使ったのなら、次に使った時に、それを食べさせてくれるかもしれないって。

 でも、それからは全然魔法を使ってくれなくて、覇気がない、悲しい顔もしていたから、見ていられなくなって、その子から離れることにした。丁度その時、彼女が宿に泊まろうとしていた時に、彼女の名前が聞こえた。その子の名前は『クリス』だった。

 私が生まれた国は魔法大国で、残滓を食べるだけなら全く困らないけど、その国に住む人達の表情はあまり好きじゃなかったから、別の国に行こうと思った。

 ふわふわ空を漂っていた時、良質な結界が、ある村に張られていたから、その村の近くにしばらくいてみようと思った。魔法を全く使わない村人だったけど、結界の魔力を食べることもできたし、村人にもなぜか魔法がかかっていたから、それを少しずつ食べてた。村人も笑顔が絶えなくて、すごく居心地が良かった。

 でも、数年経ったある日、村のとある女の子に異変が起こった。突然足が動かなくなって、周囲の人達が心配するようになった。私も何かできないかって考えたけど、何もできなかった。自分の無力さと、村人やその子の悲しい顔を見ることから逃げたくなって、その村を離れた。その女の子の名前は『ユキ』だった。

 それから一年ぐらい、色々な所を漂っては離れてを繰り返してると、ある時、攻撃魔法を練習してる子を見つけた。魔力を通して見ると、すごく不思議な体をしてる子だった。

 それはともかく、攻撃魔法は残滓を生み出す効率が良いから、その子の側にいてみようかな、何かあればまた離れようと思ったけど、すぐにその時は訪れた。両親の襲撃を返り討ちにした結果、家が焼け落ちたのを目の当たりにしてしまった。やっぱり悲しい顔は見たくなかったから、その村も離れた。その子の名前は『ヨルン』だった。

 これなら、どこにいても同じなんじゃないかって思って、この際、感情を殺して、効率良く残滓を集められる魔導士団がある城に行った。確かに効率良く集められたけど、それなら最初にいた魔法大国の城に行った方が良いと思ってそこも離れて、結局、元の国に戻ってきた。

 漂っているからより良い場所を求めようとするんじゃないかと思って、もう漂うのは、やめにした。その時、城内でかわいがられていた猫がちょっと羨ましかったから、猫になりたいなと思ってたら、いつの間にか猫になってた。それが初めて変身した瞬間。せっかくだから、最初に見たクリスの黒髪に倣って、黒猫にした。

 そのあとも色々試して、どんなものにでもなれることが分かった。いつからそれができるようになっていたのかは分からなかった。だから、人間に変身してその城の図書室で調べられないかなと思って、実際にそこにある本は大体読んだけど、そのことについては分からなかった。

 でも、自分が何者かはそこで分かった。魔法生物について書かれた本が一冊だけあったから。その本を読み進めていく中で、一つだけ分からないことがあった。正確には、その補足として挟まっていたメモに書いてあったこと。

 『今まで魔法生物を召喚した記録はない』についての補足として、『条件さえ揃えば魔法生物を召喚できる』という内容のメモだった。なぜそんなことが分かるのか、図書室によく出入りしていた魔導士団員に聞いてみた。

 その団員は、すごく綺麗なのにずっと覇気がない目をしてた。でも、ある日を境に、希望に満ちた目をするようになった女の人。その人が言った言葉は強烈に印象に残った。『それを書いた人は、未来が見えているんじゃない? もし、あなたが魔法生物だったら、その条件を揃えてまで召喚した人の願いを、聞くだけ聞いてみたくはない? それともう一つ。その条件を揃えた召喚者が、魔法生物やその他の原状に復帰できずに、その時に願いを言えない場合もある。私が召喚者なら、その原状復帰を達成した人に願いを託したいと思う』って。

 答えになってない答えだったけど、面白かったから話を続けた。私が『その願いを託された人の願いが、全く違うことだったら嫌じゃない?』って聞いたら、『ううん、絶対同じになる。信じられないのなら、自分を信じること。自分がその名前を呼ばれたら信じられると信じること。そうだ、良いこと教えてあげる。ラックやデスティニーをウンやウンメイと発音する国がある。そこに共通して使われている文字はキャリーと同じ意味でもある。私は現代の召喚を三つの段階があると認識している。対象の名前を呼び、体を構築し、最後に従える、あるいは交渉する。ただ、魔法生物には種族名も個体名もない。そして、実在する魔法生物は構築ではなく、転送、つまり召喚者の元に運ばれる。条件に合致した名もなき魔法生物の場合、その段階の順序が逆になる。キャリーがキッカケで全てが始まるということ。そこで希望の名前を呼ばれたら、グッドラックだと思わない? さらに、相手の願いが自分の願いでもあって、元の召喚者にも適用できる願いだとしたら、デスティニーでしょ?』って言われた。その言葉に私が、『その願いがお互いをキャリーすることだったら、ハッピーかもね』って返したら、『それはファニーだね』ってさらに上手い返しをされたのを覚えてる。

 正直言って、私の質問に対する回答は難解だったけど、明らかにその補足メモを書いた人で、私が魔法生物だと認識していた人の回答だった。その人の名前は『シキ』。私が尊敬する人間だよ。

 ユキちゃんが私の望む名前を呼んでくれて、自分の名前を教えてくれた時、全部繋がった。ありがとう、『私』を呼んでくれて」

 驚いたな。ユキちゃん、クリス、ヨルンについて、シキちゃんから言われたわけではなく、それよりもずっと前に認識していたとは。だから、すぐに『好き』と言えたのか。

 クリスに至っては、ウキちゃんの生みの親と言っても過言ではない。大規模な消滅魔法は、魔法生物の創生魔法でもあったということだ。さらに、魔法を使えないシンシアに対して関心はなかったものの、ジャスティ城まで接近し、一方で、エフリー城にいたシキちゃんにも会っている。

 これは、クリスタルが互いに引かれ合う性質によるものだろう。宙を漂っていたからこそ、時間をかけても全員に接近できたのだ。他者の不幸を見ていられないことから、その純粋さゆえとも言える。

「私達の方こそ、ありがとう。出会ってくれて」

 ユキちゃんがウキちゃんをギュッと抱き締めながらお礼を言った。

「うん、すごく嬉しいよ! それじゃあ、続きを話すね。

 それから、シキちゃんは城外にいることの方が多くなったらしくて、全く会えなくなった。その寂しさから、城内の色々な人達と話してみたけど、彼女ほど興味を持てる人はいなかった。

 結局、また猫に戻って城の屋根でしばらく寝てたら、王族の一人が私を見つけて、こっちに来いと言ってくれた。自分の飼い猫を大事にしてた人だから、私のことも大事にしてくれるかもっていう期待でその人に近づいた。でも、それが間違いだった。

 彼は完全に狂っていた。体を洗うという名目で、私は小さな部屋に連れて行かれて、手足を固定された。『黒猫は醜い』とか、『他の猫は滅んでしまえばいい』とか言いながら、頭をハンマーで殴られたり、手足を切断されたりして……。その時はまだお腹を割かれてなかったのが不幸中の幸いだったかな。そこに意識を移したから。

 でも、その意識も薄くなっていった。魔法生物はこんなにあっさり死ぬんだって思った。掴みどころがないから無敵なんじゃないかって思ってたけど、そうじゃなかった。変身すれば抜け出せるかもしれないけど、そのまま霧散して体を構築できなくて死んじゃいそうな気もした。

 もういいや、生きててもつまらないし、悲しい顔も見なくて済む、私が見てきた地上の人達はみんなこんな思いだったのかな、それなら地上で生きた猫として最期を迎えたら、その思いも理解できるかなって思って、頭に意識を戻すと、もう目も開けられなくなって、何も感じなくなってた。

 すぐに死ねると思った瞬間、一瞬だけ意識が途切れて、また戻って、何だろうと思った直後に、シキちゃんの『ごめんね』っていう声が聞こえた気がした。そこからは全く意識がなくて、気付いたら身体に力が戻ってて、温かい感じがして、目を開けたらみんながいた」

 ウキちゃんを抱き締めていたユキちゃんの腕に、さらに力が入ったような気がした。

「もう大丈夫だからね、ウキちゃん」

「うん、本当にありがとう。ユキちゃん、みんな……」

 ユキちゃんの目には涙が浮かんでいた。ウキちゃんの目には浮かんでいない。その感情はこれから育っていくのかもしれない。

「ありがとう、ウキ。意識が途切れた瞬間がシキによる召喚で、彼女には未来が見えていたから、ウキが瀕死になることを知りつつも放置していたことに対する謝罪の言葉を残したということか。

 いくつか質問していいだろうか。申し訳ないが、また辛いことを思い出させてしまうかもしれない。

 エフリー国の図書室の蔵書数がどれほどかは知らないが、ウキの読書スピードが異常に速いと思った。識字能力をどのように得たのか、どのように読んだのかを教えてほしい。図書室で会ったシキに監視が付いていなかったかどうかも。

 また、エフリー国が魔法生物について知っていたとすると、過去に見つけたことがあり、さらに探そうとしていても不思議ではない。内部事情を知っていたら教えてほしい。

 魔法生物については、シュウ様からある程度ご教示いただいたが、分からないこともある。人間は宙を漂う魔法生物を認識できず、魔法使いでも感知できない。魔法生物が魔法生物を認識することは可能か? もしかすると、今も私達の周りに漂っているのではないかと思ったからだ。

 そして、重要なこと。ウキにはクリスタル所持者特有のチートスキルが備わっている。変身できるのもそのスキルのおかげで、ウキ自身がクリスタルであると言える。私達も別個のチートスキルを持っている。このクリスタルは魔法生物なのか?

 もしかすると、ジャスティ城で朱のクリスタルを見たことがあるかもしれないし、私達のクリスタルも前に見たことがあるかもしれない。輝きを失い、石のようになることもある」

 シンシアがウキに怒涛の質問をした。自分の剣を見せて、それが魔法生物かどうかも聞いていた。それは、全て俺から聞きたいことでもあった。

「えっと、まず読書の方法だけど、読みたい本に変身したらその内容が全部理解できた。

 読む速さは、分速百ページぐらいかな。

 エフリー国は過去に魔法生物を実験体にしてたことがあるみたい。

 魔法生物を探す目的も兼ねて、領地を拡大しようとしたこともあるってシキちゃんが言ってた。各国を調査してるのも、その一環みたいだよ。

 城内のシキちゃんは普通に一人だったかな。

 私が他の魔法生物を認識できるかどうかだけど、多分できると思う。残滓の集まりが見えるし、みんなの魔力も見える。でも、他の魔法生物は今まで見たことない。もちろん、みんなの周りにもいない。

 みんなのクリスタルは前に見たことあるよ。でも、綺麗な宝石だなぁって思うぐらいだったかな。少なくとも今は魔法生物じゃない。残滓や魔力が見えないから。

 私が死んだらクリスタルの状態になるのかも分からない。一番不思議なのは、やっぱりシュウちゃんかな。今まで見たことない存在だよ。生物なのかも分からないなんて」

 エフリー国の領地拡大の話は、魔法使い村のことだろうか。優秀な魔法使いが集まれば、それだけ魔法残滓が多くなり、魔法生物がそれを求めて集まってきたり、そこで生まれたりする可能性もある。

「ありがとう。質問したいことは増えたが、まずはシュウ様と私達について話そう。いや、もしかすると、私達に変身すれば理解できるのか? しかし……すまない。普通に話しをさせてくれ」

「うん、いいよ。私も無闇に実在の人間に変身しないようにしてるから。この姿は誰でもない存在だし」

 ウキちゃんが実在の人物に変身しないのは、他人の負の面を見たくないからだろう。シンシアもそれを見せたくなかったのだ。


 二十分経って、シンシアはみんなの説明をようやく終えた。人数が増えると、説明時間が長くなるのは仕方がない。それを飛ばして情報共有を疎かにすると、あとで思い掛けないことが起こってしまう。

「そんなことがあったんだ……。みんなすごいよ。私も力になりたい! 経験値牧場と魔力牧場を作りたい!」

 いつの間にか魔力牧場まで追加されているが、まあいいだろう。ショクシュウ村が発展して魔法が使われなくなると、魔法生物の食事の効率が悪くなってしまう。現状では、クリス一人さえいれば賄える量だが、他の魔法生物が多く集まってきた時のために考えておいた方が良い。

「追加の質問だが、ウキは見たことがないものにも変身できるのだろうか。検証したことを教えてほしい。また、シュウ様がどのように見えているか、それだけでなく、それぞれの対象の見え方に違いがあれば教えてほしい」

「変身は完全に消失するもの以外は試したかな。例えば、炎とか自然現象は試してない。巨大な物、例えば城には変身できなかった。でも、一軒家ぐらいの大きさなら変身できた。シンシアさんが説明してくれた通り、魔力量が多ければ、城にもなれたってことだよね。

 あとは、その辺の人の会話で全く知らない単語が出てきた時に、それに変身できるか試してみたことがあるけど、それはできなかった。でも、ある程度説明されれば見たことがなくても変身できた。それが本当に正しいかどうかは分からないけどね。とりあえず、何に変身しても周囲全部見えるよ。

 細かいところで言えば、分離した物、例えばイヤリングのペアには変身できなくて、片方だけなら変身できた。

 生物に変身した時は、感覚をオンオフできる。変身できない時は何も起こらない。変身を途中で止めることもできる。

 最後に、今思えば、生物に変身した場合は、その生命が尽きた時に私も死ぬ。

 物に変身した場合は、それが粉々に砕かれた時に死ぬんじゃないかな。機能を失った時ではないような気がするけど、それは分からない。

 例えば、蝋燭に変身したとして、灯りが燃え尽きても蝋は残るよね。ぐちゃぐちゃにはなるけど一体化してるから私は死なない、みたいな。

 なんでそう思ったかって言うと、歯車に変身して、回らなくなったり、外れたりしたら死ぬっていうのは流石に理不尽じゃないかなって。そういう意味では、変身しないで元の状態のままだったら死ぬことはないのかも。リスクがあるチートスキルだよね」

 チートスキル『変化』とウキちゃんが陥った状況、タイミングから考えると、デメリットは『不変』『停滞』辺りだろうか。エフリー国に出戻る時や、『変化』の検証を終えてからは、ある所に留まったり、状況をそのまま受け入れたりしてしまう傾向があった。

 だとすると、『変化』にリスクがあるのは、他のクリスタルのデメリットに比べて、影響が小さいからだろう。しかし、チートスキルであることに変わりはない。その能力を応用すれば、とんでもないことも可能だ。

 俺が説明すれば、現代の物にも変身できるのではないだろうか。それこそ、『万象事典』に変身できれば、とも考えてしまう。流石にチートすぎるか。いや、逆に変身できなければ、スキル説明文に『偽りあり』となってしまうから、十分に期待できる。

 全く知らないものに変身できないのは、単語を聞いただけでは、その存在を確認も想像もできないから。『そういうのがあるんだ』と思いさえすればいい。信じてさえいれば、幽霊にも変身できて、魔力量の問題で、たとえ信じていても、神にはなれない、とか。

「シュウちゃんは不思議なんだよね。触手なのに綺麗だなぁって思う。これって、クリスタルを見た時と同じ感想だよね。でも、シュウちゃんは輝いてるわけじゃない。上手く表せないけど、綺麗なのに、あやふやな感じにも見える。

 そう言えば、ただの宝石を見ても綺麗って思ったことなかった。シンシアさんの知りたいことって、『そこ』だよね。クリスタルを見分けられるかどうか。だとしたら、見分けられると思う。輝きを失った場合は、見てみないと分からないかな。

 明後日と言わず、私がちょっと行って朱のクリスタルを見てみようか? 元の状態に戻れば、壁もすり抜けられるし」

「ありがとう、よく分かった。そうだな、城に戻ってから夕食後に見てもらおうか。本物であることを今の内に確認したい。シュウ様からは他に何かありますか?」

 やはり、みんなからは挙がることがなかった質問を俺は紙に書いて、シンシアからウキちゃんに見せてもらった。

 あの時、記憶に刻んだユキちゃんは、俺の質問を待っていたのかもしれない。

『朱のクリスタルが千年前から存在していることを知っているか教えてほしい』

 結界内にいる期間が、人間に比べて極端に短かったウキちゃんなら、記憶が操作されていない可能性が高い。

「え? ううん、知らない。そうなんだ」

 思った通り、ウキちゃんは知らなかった。まあ、それが分かったところで、特に何もないのだが、推察を確度の高いものにしていくことは重要だ。

 しかし、もしウキちゃんが俺達と結界内で長く過ごして、『知ってる。誰に聞いたかは分からない』に答えが変わったら、それが間違いないものになる。

『なぜそれを聞いたかは、イリスちゃんと会った時に説明してもらおう。それと、ウキちゃんに試してほしい変身がある。懐中電灯の英語説明書だ。今から少しずつ話していく』

「『説明書』⁉ また、お兄ちゃんがズルしようとしてる……」

 ゆうがすぐに俺のやろうとしていることを察し、驚きと呆れの両方を示したが、俺は意に介さなかった。

 この世界の魔法には、光魔法が存在しない。炎なしで光のみを発生させる仕組みについて、誰も分からないからだ。もちろん、銅線を熱すれば、ある程度の光を放つことは知っていて、熱魔法も存在するが、非効率なものとされている。

 だから、お手軽に光を放つ懐中電灯への変身をウキちゃんに頼もうとした……というわけではない。あくまで説明書だ。俺が目指すのは、先程言った通り、その先にある。

『懐中電灯や英語が何かは知らなくていい。俺達がいた世界に確実に存在した懐中電灯の英語説明書に変身してほしい。できれば、基本から最新の懐中電灯の仕組みまで書かれたものがいい。ユキちゃんの手に収まるぐらいの大きさでかまわない。繰り返しになるが、懐中電灯や説明書の存在は疑わなくていい。絶対にあるから』

「え……う、うん。じゃあ、やってみるね」

 ウキちゃんがそう言うと、すぐにその体が霧散した。この時点で成功だ。三秒後、懐中電灯の英語説明書に変身したウキちゃんが、ユキちゃんの手に収められた。

 それは、十センチ四方ほど、二十ページほどの説明書で、単純な操作の懐中電灯にもかかわらず、取り扱い注意事項や仕組みが全て書かれているからこそのボリュームだった。

「わ……よ、読んでみていい? 仕組みだけ」

 ユキちゃんが説明書を開くと、俺達や他の三人もそれを読むために、席を立ってユキちゃんの背後に回った。

 それから数分。みんな読み終えたようだ。

「流石に書いてあることが難しいですね。私達にとっては、前提知識が多いです。『乾電池』はシュウ様とシンシアさんに『蓄電池』として教えてもらったものと同じだと思いますが、『電気回路』『豆電球』『発光ダイオード』は分かりません。しかし、私達にそれを読ませることが目的ではないことは分かりました」

「僕はシュウ様を、より一層尊敬しました。すごいことを考えるお方です」

 クリスとヨルンも俺の作戦を理解したようだ。

『それじゃあ、ウキちゃん。今の状態から直接、懐中電灯に変身してみて』

 説明書からどのように見えているか分からないが、シンシアから俺のメッセージをウキちゃんに見せてもらった。すると、ユキちゃんの手の上で、説明書が懐中電灯に変わった。

「ユキ、スイッチを押してみてくれ」

 みんなはすでに仕組みを知っているので、スイッチを押せば懐中電灯が光ることを知っている。

 シンシアの言葉のあと、ユキちゃんはスイッチを押した。

『おおー!』

 遠くの壁まで伸びた光を見て、一同は声を上げて感動していた。たとえ、特別教室に蝋燭が灯っているとしても、薄暗いことには変わりない。

 そこに、懐中電灯とは言え、眩しいほどの光が灯されれば、感動するのも無理はない。俺もここまで上手く行くとは思わなかった。やはり、存在すると分かりさえすれば、余計な説明はいらないのだ。

 それは、人間に変身できたことからも分かった。人間の臓器がどのような働きをして、どのように動いているかを詳しく知っている者などいない。にもかかわらず、ウキちゃんは人間に変身でき、その臓器は正常に機能していた。ということは、その情報はどこかで補完されて具現化されているに違いないと俺は考えた。

 また、大きい物から小さい物に変身する時、複雑度や密度がそれほど変わらないのであれば、その体積の差の分はどこに行くのかという疑問も生じる。もちろん、その『どこか』とは触神スペースであり、最新技術の情報をこちらに持ってこられるとすれば、俺達がいた世界とも繋がっているということだ。それは、個人フェイズで『万象事典』を具現化できたことからも分かる。このことだけでもすごい情報だ。

 さらに、この手順は、ウキちゃんの読書能力も最大限に発揮できる。説明書になってしまえば、それがどういう物か、俺達から説明する必要がない。何しろ、機械の説明書程度であれば、一分以内に全てを理解できるのだ。ただ、このままではウキちゃんとのコミュニケーションが不便だ。もう少しだけ検証しよう。

『次は、音声スピーカーの説明書も同様にお願い。理解し終えたら、懐中電灯と小型の音声スピーカーを合体させて、何か喋って俺達に指示してみてほしい。

 俺達が何も反応しないなら、ウキちゃんの声が音になっていない。その場合は、すぐに人間に戻っていいよ。魔力から音声信号を作り出す魔法か機械が別途必要だと思う』

 俺のメッセージをウキちゃんが読んだあと、スピーカーの説明書に変身し、すぐにスピーカー付き懐中電灯に変身した。しかし、音声は聞こえてこなかった。まあ、そうなるか。

 この感じだと、文字を表示させる画面を合体させても同様だろう。技術的に理屈が通っていないと、思い通りの機能にはならないということだ。普通の人が保有していても万能なスキルではないから、触神様に容認されていると考えていいだろう。そう、『普通の人』であれば……。

 俺達やユキちゃん達が味方についているウキちゃんであれば、何の問題にもならない。

『ありがとう。とても参考になったよ』

 俺は人間に戻ったウキちゃんにお礼のメッセージを書いた。

「なんか面白いね! シュウちゃんがいた世界にある他の物にも変身してみたくなったよ!」

「シュウちゃん、音声信号についての仕組みが分かれば、魔法を作れると思う。城に戻ったら、最適な説明書をウキちゃんに教えてあげてね」

 ユキちゃんがそう言うなら絶対に作れるだろう。最終手段としては、服と同じ原理で、例えば懐中電灯を手にくっつけた人間に変身してもらえば、少なくともコミュニケーションは可能になる。

『二人ともありがとう。念のためにみんなに言っておくと、俺達はウキちゃんを便利道具として利用するつもりはない。ただ、ウキちゃんには、二つだけ協力してほしいことがある。

 一つは、今の説明書のように、俺が指定する事典に変身して、イリスちゃんに知識を伝えてほしい。彼女が実物を見る必要があるなら、それにも変身して。

 もう一つは、劇的に移動時間を短縮できる手段が欲しい。そうすれば、イリスちゃんにある程度の知識をすぐに伝えて戻ってこられるし、エフリー国にも国境の関所を経由せずに、すぐに密入国できる。

 実は、具体的な目的地はもう決まっている。ウキちゃんがいなければ、そこで目的を達成するまでに最低一ヶ月はかかりそうなところを、早ければ三日で終わらせることができるようになる。

 それに、道具とは関係なく、ウキちゃんの変身スキルや元の姿は他国での潜伏調査で大いに役立つ。例えば、装備ごと架空の兵になりすませば、機密情報を簡単に得ることができるし、足も付かない。元の姿であれば、城内の特定の人物も探しやすい。

 エフリー城での情報収集と損害を与えることまで考慮しても、全てを一週間で終わらせることができる』

「うん、いいよ! 私、みんなの役に立ちたい!」

『ありがとう、嬉しいよ。少しでも嫌だと思ったり、改善した方が良いことがあったりすれば、遠慮なく言ってほしい。俺達の言うことを素直に聞く必要はない。人の意見を聞くことも大事だけど、自分で考えることも大事だからね。俺達が間違うこともあるかもしれないから。

 それと、最後にもう一つ。シキちゃんが書いた魔法陣には他にもメッセージが隠されていた。二段階の暗号だったんだ。そもそも、図書室での話から、ウキちゃんの希望の名前と願いが召喚者のシキちゃんと代理のユキちゃんとで一致することを、シキちゃんが証明しなければならず、その手段は魔法陣に込めるしかない。

 しかし、代理のユキちゃんがそれを読んで、すぐに分かってしまっては証明にならないから、一段階目の暗号を解いたあとでも、さらに暗号を入れ込んだ。と言っても、双子のシーユーを使った暗号より簡単だ。

 今日午前、王が名付けた男爵位名の由来がヒントだった。この場合は単純で、書かれた魔法陣の文章の文節から最初の文字を拾っていけば、そのまま答えになる。文章は割愛するが、その答えは、ウキちゃんへのメッセージだった』

 俺はそのメッセージを改めて別の紙に書いた。

『グッドラック アンド ビー ハッピー ディア ウキ』

 日本語では、『あなたに幸運を そして 幸せにね 大好きなウキへ』。

 話に出た言葉を使いながらも、メッセージ内の『幸運』はユキちゃん達の到来と治療、そして『勇運』をかけているようだ。

 俺はみんなへの説明を続けた。

『ただ、そのメッセージだけを見ると、シキちゃんは幸せにならないのかと思ってしまうが、別のメッセージもあった。それは、俺達宛のシンプルな内容だった』

 俺はそのメッセージも別の紙に書いた。

『ウェイティング フォー シュウチャン』

 日本語では、『待ってるよ シュウちゃん』。

 最後に俺からみんなへメッセージを書いた。

『みんなで会いに行こう!』

 ウキちゃんを見ると、シキちゃんからの彼女宛のメッセージを見せてから目に溜まっていた涙が溢れ、頬を伝っていた。後ろのユキちゃんも涙ぐんでいるようだ。

「…………。これが涙なの……? こんな感情、初めてだよ……。シキちゃん……。シキちゃん! 絶対、会いに行くから!」

 そんなに待たせる気はないよ、シキちゃん。まだ会ってもいないのに、君のことをみんな好きになってるから。そして、君にみんな会いたがってるから。

 俺達がウキちゃんやユキちゃんの涙を舐め取って、落ち着いた頃、予め書いていたメッセージをみんなに見せた。だが、少し考えることが多くてまとめきれてはいなかった。

『それじゃあ、戻ろうか。ウキちゃんはヨルンに長時間触れられる? それなら、腕輪に変身しておけば、怪しまれず、安全に城に入れると思うけど、理論上は触れられないような気がする。

 と言うか、やめた方がいいか。一度触ったら魔力停止で離せずに、魔力を削られ続けるような気がする。別の人に……いや待てよ、魔力停止ができていた時点でウキちゃんにヨルンの魔力粒子が触れていた。自分から出した魔力粒子は相手に触れることができるのであれば、ウキちゃんをヨルンの魔力粒子で覆えば何とかなるのかな。『反攻』の条件も絡んできそう。ユキちゃんとクリスはどう思う?』

 クリスは頷いて、ユキちゃんに返答を任せた。

「うん、可能だと思う。正確には、少しだけ浮いた格好にはなるけどね。腕輪なら単純な形だし、動くわけでもないから、魔力粒子で覆うのは簡単。

 でも、その前に、魔法生物に対する『反攻』の条件が別途設定されてるかもしれないから、検証してもいいんじゃないかな」

『ありがとう。じゃあ、こうしよう。ウキちゃんの唾液をヨルンの手の甲に垂らす。手を九十度回転させてそれを地面に垂らす。手の甲の唾液が消えずに少しでも残るようなら、次に人差し指で触れてみる。この手順で検証しよう。それだけでは経験値にならないけど、ウキちゃんの残った唾液は俺達が摂取する』

「分かりました。ウキちゃん、いいよ」

「うん。…………」

 ヨルンが左手をウキちゃんの前に差し出すと、ウキちゃんは口の中で唾液を溜めてから、舌を伝って唾液を垂らした。ゆうがその唾液を摂取するために、ヨルンの左手の下方にスタンバった。

「ちょっとドキドキしますね」

 ヨルンの気持ちは分かる。こんな状況はそうないからな。え、それは違う意味のドキドキだろって? 

「あ、触れた感じがしました。手を傾けますね」

 ヨルンは、肌に触れた唾液を垂らすために左手を傾けた。垂れた唾液をゆうが口を開けて飲み込んだ。

「え、おいしい……。魔法生物の体液でも経験値になるのかも」

 ついでに検証したかったこともできて良かった。体液が単なる魔力ではないのか、俺達がそのように処理しているのかは分からないが、どうせなら経験値になってほしいからな。

 ヨルンの左手はどうなってるかな。

「魔力粒子として消える気配はないですね。放っておけば、普通に蒸発する感じがします」

 ゆうが次の検証のために、ヨルンの左手の甲の唾液を舐め取った。そして、ウキちゃんが人差し指でヨルンの左手を触った。彼女は、それで大丈夫と見て、手のひら全体でヨルンの左手を触った。

「触れる! 魔力も減らない!」

 ウキちゃんが喜んでいた。良かった。これで夜の触れ合いも安心だ。

「それにしても、『反攻』は奥が深いですね。ヨルンくんとの基本的なコミュニケーションは否定していないということでしょうか。あくまで身を守るための『反攻』だと」

「うん、面白いよね。クリスタルは魔法生物じゃないってことだけど、性格を考えてみたらもっと面白そう。『反攻』の『白のクリスタル』は、すごく優しいけど怒ったら怖い、『勇運』の『紫のクリスタル』は、踏み出したら楽観的、それまでは悲観的、とか」

 クリスの意見に、ユキちゃんが別視点で乗ってきた。

「ふふふっ、それは所持者本人の性格では? だからこそ、所持者というべきか。結局、私達が持つことも運命だったのかもしれないな。何より、それを今まで大事に持っていたことが運命か……。

 おっと、そろそろ戻ろうか。夕食で行列に並ぶことになってしまう」

「はーい! ヨルンくん、左腕そのままにしておいて」

 シンシアに対して、ウキちゃんが返事をして、ヨルンの左手首を軽く掴むと、シンプルな銀色、いや、灰色の腕輪に変身した。灰色だが輝きがあるように見える。

 そう言えば、ウキちゃんのクリスタルは何色なんだろう。黒猫だったから『黒』だと思っていたのだが。

「ユキ、ウキのクリスタルは何色なんだ? 『黒』か?」

 お、シンシアが聞いてくれた。流石だ。

「うーん……。今の腕輪の色の……灰色じゃないかな。『灰のクリスタル』。何も意識しなければ、その色の物になると思う。

 『黒』は……と言うか、違う色だけど、お姉ちゃんの腕輪は『玄のクリスタル』かな」

「そう言えば、ユキお姉ちゃんも腕輪だよね。しかも、クリスタルが外から見えない形状。やっぱり腕輪の方が良いのかな。僕自身は平気でも、ネックレスの耐久度が自然に下がって、落としそうで怖いんだよね」

「じゃあ、私が作ってあげようか? もし、白のクリスタルが不老不死になれるものなら、絶対に落とさないようにしないといけないし。これもイリスちゃんにその方が良いって言われて、自分で作ったものだよ」

「そうだよね。お願いしようかな」

 そんな雑談をしながら、ユキちゃん達は倉庫の魔法陣を消し、特別教室の後片付けをして、預かった鍵を院長に返してから、城への帰路についた。

 院長には、猫の魔法生物を無事助けることができて、お礼を示したあと、どこかに行ったとシンシアから話してもらった。ウキちゃんのことを詳しく話すと、チートスキルのことまで話さなければいけなくなるので、ある程度は隠しておくしかない。彼女に腕輪に変身してもらって、門兵や城内をやり過ごすのもそのためだ。

 アドには、猫の姿を見せると約束しているので、存在をあとで確認してもらうことにしよう。夜を共にする姫やコリンゼには、やむを得ないので、変身できる魔法生物として紹介することにした。

 イリスちゃんには帰宅時間を利用して、今日のことを簡単に報告し、その内、セフ村にウキちゃんが行くことも伝えた。




 夕食後、シンシアに朱のクリスタルの保管場所を教えてもらったウキちゃんが、それが本物かどうかを確認して部屋に戻ってきた。俺達が今いる場所は、来客部屋の五番。隣の四番にはウィルズがいて、六番は空いている。

 騎士団長室はコリンゼに明け渡した。『最高戦略騎士室』は準備中とのことだ。

「多分、本物だったよ。見た目はただの石なのに、綺麗って思ったから」

『ありがとう。おかげで安心できた。予定通りに進めよう』

 ウキちゃんの報告に、俺がメッセージを書いて見せると、扉がノックされた。コリンゼが合流したようだ。

「コリンゼちゃん! よろしくね!」

「え、あ、はい。シンシア様、この子はもしかして……」

 元気良く挨拶をしたウキちゃんのことを、コリンゼはすぐに察したようだ。いつの間にか、シンシアのことは『団長』から『シンシア様』と呼ぶようになっていた。

「ああ、あの猫だ。変身できる魔法生物だな。城には腕輪に変身して入ってもらった。名前はウキだ。クリスに確認してもらったが、この姿でも魔力感知魔法が効かないらしい。目の前で感知されない限り、特殊な存在だとバレることはない」

「やはり、そうですか。でも、完全に普通の人間に見えますね。何となくユキさんに似ているような……、いや、シキさん似かな……。綺麗でかわいいです」

「嬉しい! ありがとう!」

 ウキちゃんはコリンゼに抱き付いた。その明るさと口調から、小さいユキちゃんを見ているようだ。コリンゼは少し照れてから、ウキちゃんの頭を撫でていた。

「ウキの詳しいことやこれからのことは、姫の部屋に行ってから話そう」

 シンシアは、魔力音声変換魔法を研究中のユキちゃん達に声をかけて、コリンゼと一緒に姫の部屋に向かった。

 部屋に入り、一通り説明したシンシアの合図で、ヨルンの腕輪に変身していたウキちゃんが、女の子の姿にさらに変身したのを目の当たりして、姫は驚いていた。

「すごいですね……。本当に何にでも変身できるとしたら、色々と捗りますね。ウキさん、最初に聞いておきますが、魔法生物扱いされるのは嫌ですか? 例えば、私達人間と同じように扱ってほしいとか。もちろん、あなたを下に見るというわけではありません。

 それと、もう一つ。手足をシュウ様に縛られることは嫌ではありませんか? あの時の恐怖を思い出してしまうとか」

「ううん、全然嫌じゃないよ。私が魔法生物なのは事実だし。恐怖もないよ。あの時も全然なかったし」

「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります。遠慮なく設定に盛り込めます。もしかしたら、これから不快になるような言葉を使うかもしれませんが、本心ではありませんし、やめてほしい場合は言ってくださいね」

 やっぱりそうなるか。姫がこの状況を最大限に活かさないわけがない。

「それでは、『魔法生物研究ごっこ~猫少女バージョン~』を始めましょうか。

 ウキさん、全裸の人間に猫耳と尻尾を生やした状態へ再度変身していただけますか? 人間の耳は残してください。耳のどちらかは機能しなくても問題ありませんが、少なくとも猫耳は動かせた方が好ましいです。胸は今より少し大きめが良いです。そして、クリスさんに搾乳魔法をかけてもらって、さらに猫耳と尻尾の感度も上げてもらってください。

 変身後は、語尾に『ニャ』と付けて、所々にも『ニャ』を混ぜてください。他の皆さんは研究員です。彼女の性感帯と性的嗜好を細かく探り、どのように絶頂に達するかを研究します。私が研究主任となって、大まかに指示しましょう。

 シュウ様は研究助手として、ウキさんの両手足を別々に縛って、仰向けで尻尾が潰れないようにお尻を上げさせて、丸見えの状態にしていただけますか? そのあとは滴る体液を存分に味わってください。まずは、寝室に行きましょう」

 全員が寝室に向かうと、ウキちゃんが変身を始め、他のみんなは服を脱ぎだした。

「これでいいかニャ?」

「はい、最高にかわいいです!」

 早速、猫少女になりきったウキちゃんを見て、姫は歓喜した。実は猫好きなのかな。

「それでは、シュウ様。お願いします。準備ができたら、シンシアから始めてください」

 俺達はウキちゃんの手足を縛り、設定の通りにベッドに寝かせた。そして、姫を除いたみんながベッドに上がり、ウキちゃんの両脇を固めた。

「リリア主任! ようやく魔法生物を捕まえることができました。見てください、この美しい姿を」

「は、離すニャー!」

「ご苦労でした、シンシア研究員。どれ……、ほう……しかも生娘とは、研究し甲斐があるというもの」

「ニャ、ニャうぅ……」

 主任に秘部の奥まで見られて、恥ずかしがる魔法生物。触手に縛られ、足を閉じることもできない。

「安心しなさい。今日は傷付けないよ。魔法生物は大事な研究素材だし、感覚器官を調べるだけなのでね。

 それでは、ユキ研究員は唇と舌の研究、シンシア研究員とクリス研究員は乳房の研究、ヨルン研究員とコリンゼ研究員は下腹部の研究に当たりたまえ。私は耳と尻尾を担当する。特筆すべきことがあれば、都度報告するように」

 研究員達がそれぞれ研究を始めると、魔法生物はビクビクと全身を震わせた。

「ん……ふぅ……ん……んんっ!」

 唇はユキ研究員に塞がれているので、思うように言葉を出せない。早くも自分から舌を絡ませる魔法生物。ユキ研究員は、舌を少し絡ませてから、口をゆっくり離した。

「リリア主任。この魔法生物、キスが大好物のようです。無理矢理口を塞がれていたのに、もう目がとろんとして、自分から求めてきました。

 今もこの通り……、私が口を近づけるだけで舌を伸ばしてきます。もしかすると、すぐに発情する淫乱魔法生物かもしれません」

「ユキ研究員、報告ありがとう。では、シュウ研究助手と君とで交互にキスをしてどのような反応を示すか、比較研究も行ってくれたまえ」

 主任の指示に従い、ゆう研究助手が魔法生物に近づいてキスをした。ユキ研究員よりも激しめのキスだ。

 一方、他の部位を研究していた研究員達も報告を始めた。まずは、クリスが手を挙げた。

「主任。この魔法生物は、私が一舐めしただけで、左乳首を固くさせました。胸はまだまだ成長しそうですが、このままでは、今の感度をどれだけ維持できるか分からないと思い、焦らしながら円を描くように舐めたところ、さらに勃起させました。

 研究素材の耐久性維持のために調教を予定していたのに、性感帯を見つけてしまったという思い掛けない発見でした。

 以上のことから、この淫乱魔法生物は、焦らされるのが好きだと思われます」

 次は、シンシア研究員からの報告だ。

「主任、私からもよろしいでしょうか。私は、魔法生物の右乳首を吸ったところ、母乳が出てきました。子どもを産んでいないにもかかわらず、母乳が出る現象は、研究所長経由で最高医師に確認していただいたところ、女性ホルモンの過剰分泌による乳腺の異常発達が原因の病気か、あるいは淫乱が理由だということでした。

 これまでの報告から後者の可能性が高く、実際、クリス研究員と合わせて搾乳したところ、魔法生物は気持ち良さそうに喘いでいました。病気でも子どもに与えるためでもなく、自分で気持ち良くなるためだけに、母乳を出すように進化したのではないでしょうか」

「二人とも、報告ありがとう。左右で感じ方が違うかもしれない。交代して同様に確認してくれたまえ」

 次に、ヨルン研究員が手を挙げた。

「リリアお姉……しゅ、主任。僕も報告があります。この魔法生物の奥からは、研究開始十秒ほどで、すでに体液が溢れていました。外も中もトロトロになっていて、いつでも挿入可能なほどです。

 その状態で中をよく見てみると、咥えたものに絡みついてくるのではないかというほど蠢いていて、それでいて綺麗なピンク色の壁に覆われていました。入口も、体の反応と共に開閉を繰り返し、淫乱魔法生物の呼び名の通り、肉棒を求めて彷徨うモンスターと言っても過言ではありません」

 一般研究員の最後はコリンゼ研究員だ。

「私は突起物を調べていたのですが、面白いことが分かりました。触り方によって、魔法生物の鳴き声が変わるのです。

 キスの交代時に、例えばゆっくり撫でると『ニャ……』、

 素早く撫でると『ニャァァァ!』、

 少し強めに摘むと『おっ……ほぉ……』、

 焦らすと『ぁぁぁぁ』です。

 後ろ二つが、魔法生物の素の感情が出ているので、効果的と推察しました」

「コリンゼ研究員、報告ありがとう。ヨルン、ここでは『お姉ちゃん』じゃなく『主任』。間違えないでね。もしかして、魔法生物がかわいすぎて、意識から抜けちゃった?

 おちんちんもこんなに固くしちゃって、魔法生物と交配したくなったとか? ダメだからね。あなたの管理は全部私がやるんだから。あなたは私だけの研究素材なんだからね。

 でも、報告ありがとう。あとでいっぱいご褒美あげるからね」

 リリア主任とヨルン研究員は姉弟の関係だった。しかし、姉は重い愛情を弟に注いでいるらしく、二人はただならぬ関係のようだ。

「では、主任である私からの報告も簡単に共有しておこうか。猫耳は撫でる度にピクッと反応して、口の動きと連動しているようだった。撫で続けると、自然と口が開いてくるので、余程気持ち良いのだろう。耳の動きを軽く抑えながら撫でると、コリンゼ研究員の報告のような鳴き声をする。つまり、猫耳も重要な性感帯であることが分かった。

 尻尾についても同様だ。骨と神経が通っており、付け根が最も気持ち良くなれるらしい。尻尾を手で軽く掴んで付け根から先端に向かって抜けるように動かすと、痙攣するほどだ。

 さて、皆の報告が素晴らしかったので、それらを合わせて、魔法生物性感帯嗜好図鑑を作成し、広く世に知らしめようと思う。仮に魔法生物が道を歩いていたら、周囲の人に自分の気持ち良い所や状況を全て知られていることになり、最高の気分を味わえるようになる。

 もしかしたら、みんなから愛されて、街の往来で無限の絶頂に導いてくれるかもしれないな。まさに、至高の善意と言っていいだろう」

「い、いやニャ……。そんニャのダメニャ……。私……好きニャ人間が……」

「おや、魔法生物が人間を好きになるとは思わなかった。よし分かった。私は悪魔だが、悪人ではない。その人間の前で最高に醜い絶頂を迎えさせてあげよう。その人間はきっと気に入ってくれるだろうな。どれ、君の頭の中を覗いてみるか。ふむふむ、なるほど。シキちゃんか。綺麗な子じゃないか」

 どうやら、主任は悪魔で、思考を読めるみたいだ。

「ニャッ……! いやニャ! 絶対いやニャ! あの人にそんニャ姿見られたくニャいニャ」

「やってみないと分からないだろ? 研究もそうなのだから。それでは諸君、魔法生物を導いてあげようではないか。羞恥と醜悪と快楽と破滅の世界へ!」

 主任も含めた研究員達が一斉に、魔法生物の全身の性感帯を責めた。研究助手の俺達は溢れ出る体液を逃さないように、各場所で舐め取ったり吸ったりしている。

「ニャッ……ダメ……ニャ……ダメ……ダ……メぇ……ニャ……ニャ……ニャメェェェーーーー‼」

 魔法生物はあっという間に絶頂を迎え、導かれた世界に絶望したようにベッドに沈んだ。ウキちゃんはしばらくの間、呆然としていた。

 ちなみに、ウキちゃんはクリスタル所持者共通の生理ではなかった。魔法生物で、かつ健康体に変身しているからだろうな。

「ウキさん、いかがでしたか?」

 まだ虚空を見つめているウキちゃんに話しかける姫。

「うん…………。すっごい楽しかった! それでね、……最っ高に気持ち良かったぁ……。もう一回やりたい! 責める側もやってみたい!」

 上半身を起こして、まさにウキウキのウキちゃん。名は体を表すのか。

「ふふふっ、分かりました。一度設定を変えて、『性欲モンスター使いによる尋問ごっこ』でもやりましょうか」

 どんどん色々な遊びが出てくるなぁ。

「ウキちゃんと姫が色々やってくれたり考えてくれたりしたら、状況も大きく変わるし、あたし達が得られる経験値も想定より減衰しないかもね」

 姫が設定を語っている間に、ゆうが良いことを言った。

「そうかもな。どこまで行けば状況の変化とみなされるのかは分からないが、体液の違いだけではない気もするんだよな。同じ体液の組み合わせであっても、どのように摂取したか、どんな場所で摂取したか、もちろん今まで通りその場に何名いたかも影響するはずだ。

 例えば、姫が露出や我慢プレイにハマって、城内を徘徊したり、人前で快感を隠すような状況で、俺達がそれを上手く処理すれば、かなり減衰を抑えられると思う」

「なんでそんな例を挙げたの……」

「素質がありそうじゃないか? 何か普通にあり得そうなんだよな」

「まあ、気持ちは分かるけど、それを言うならお兄ちゃんでしょ。全裸で土下座するぐらいだし。全裸でブリッジしながら公道を両手足で走ってそう」

「いや、それこそモンスターだろ。流石にそこまではしない。部屋でやったことはあるけど」

「きも!」

 誰でも一度ぐらいやったことはあると思うんだけどな。ゆうもこっそりやったことがあるに違いない。

「あたしは、やったことないから!」

 じゃあ、二ノ宮さんは……。

「琴ちゃんもやったことないから!」

「当たり前のように心を読むんじゃない!」

 俺達が話していると、姫が設定を共有し終え、『性欲モンスター使いによる尋問ごっこ』が始まった。

 俺は姫の話を聞いていなかったので、ゆうに確認しながら、恐る恐る役を演じることにした。ゆうの場合、俺を騙して狼狽えさせる可能性もあるからな。現代で全裸ブリッジをしたことがない奴の言うことなど信用できない。

 結局、ゆうが教えてくれた通りの設定だったので、今回は許すことにした。『いや、許すとか許さないとかの話じゃないし』と、また心を読んできたので、『ゆう、愛してるよ』と心の中で言ったら黙ってくれた。え、マジで読まれてるの? おちんちんびろーん! …………。特に何も言われなかった。

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