第5話 (最終話)ただただ単純に釣り合わなかった。

34歳になった頃、黒田は熱心に宮田陽の連絡先を求めた。

年賀状の返信には、[黒田くんから、皆さんには参加できなくてごめんなさいと、告げてくれますか?ようやく下の子が小学生になるし、今年は七五三もあります。奥さんに任せきりにはできないので、連絡先を交換して誘ってもらっても、断るだけになるので連絡先の交換はお断りさせてもらいます]とあった。


黒田は周りから、「宮田に断られてやんの」、「ダサ」なんて笑われている。それでも黒田は宮田陽をこの場に引き摺り出したい理由があった。


黒田は元々カースト上位にいなかった。

幹事役をやったり、フットワークの軽さで、今でこそ重宝がられているが、カースト上位ではない。


上位達はこの年になっても関係なく、プチ同窓会の中でも無茶振りをしたがる。

だがここに宮田陽はいない。

そうなると言われるのは別のものになる。



白羽の矢が立ったのは黒田だった。

大人になり、無茶振りはより過激になり、損失額も大きくなる。

黒田はかなりの目に遭うが、それでもプチ同窓会はやめない。

今回も幹事をしていた。


聞いていても悲惨に感じてしまうのは、上位者達は黒田の選んだ店が嫌だったからと裏で言っていて、黒田に予約まで取らせたのに、上位者達は黒田以外の全員に根回しをして当日ドタキャンをする。

名前も電話番号も伝えた黒田だけが、店から叱責されてキャンセル代を払わされた件と、いきなりあんこう鍋が食べたいと言われ、大洗まで車を出させられて運転手にさせられたり、駐車場から歩きたくないからと言われて、繁華街に路駐させられてレッカー移動されていた件だろう。


そんな目に遭った黒田は、自分にこの場は釣り合わないと思い、考え直して縁を切るくらいすればいい。

30も半ばまでくればそれぞれの世界がある。この集まりに固執する必要はない。


ここも釣り合い。

案外世の中は釣り合いでできている。


そんな釣り合いに気付かない黒田は、斜め上の考えに出た。


「俺が楽しむ為に、何がなんでも宮田陽を呼ぶしかない」


一年に一回しか会わない。

疎遠にしている私の耳にまで届いてしまう話。


それから2年、36歳の時に遂に宮田陽はプチ同窓会に顔を出した。

宮田陽が来ると思っていなかった黒田やカースト上位者達は、約束の時間に遅れていて、初めは落ち着いた会だった。


目の前に座った宮田陽は、昔の宮田陽とは違っていた。


「奥さんが、毎年断るのも悪いから行って来いって、子供達も1日くらい寂しくても親離れを覚えるべきって言ってくれてさ」


そう言っていて、黒田とのつながりを聞くと、年賀状に書かれていたメールアドレスに返信したと言っていた。


大人数で話すのではなく、数人ずつの塊で話す中、宮田陽とは仕事の話ができていて、以前同様に業界が似ているので話は盛り上がる。


今は、働き方改革なのか、国が出したルールに則って、持病が判明したら働けなくなった初老のおじさんの話をしていた。

業界にいられなくなったおじさんが、困った果てに宮田陽が務める会社に入ってきた話の最後に、宮田陽が「片手落ちで無責任だよね。聞いた感じ、働けなくなった後のことがないみたいなんだよね。きちんと国が辞めるように勧めたなら、優先して転職先を見つけてくれないと困るよね」と言っていて、本当だなと思った。


私は先生から顧客や地盤を貰って、今は個人事業主になっている話を聞いて貰っていて、話は弾むし、近い業界なのでお互い参考になる。すごく楽しい時間。

それこそ釣り合いが取れていると思えた時、息を切らせながら悪い顔をした黒田が飛び込んできてしまった。

その後は次々にカースト上位達が現れてしまい、話を途切らされてしまう。


私はもう少し話したかったので、仕事用の名刺を渡して「もっと話したいからメールちょうだい」と伝えた。


結論はそれが宮田陽に会った最後だった。


カースト上位は普段通り酒を煽る。

最初の会話はこの数ヶ月のよもやま話。

仕事の小さなトラブルから、恋人と何があったのかを話していく。

それが終わると始まる無茶振りに際して、黒田が鼻息荒く、そしてテンション高く宮田陽をことさら悪く言い、無茶振りが宮田陽に向くようにしていた。


「もう、あの頃とは違うよ」

「俺は言われるような過去しかないけど、もう20年も前だから今の話をしない?皆が今どうしてるかを、もっと知りたいよ」

「俺のことも嫌だけど、それ以上に妻と子供達の事を決めつけて言うのはやめて欲しいよ」


宮田陽はきちんとNOを言い、それでいて、場を悪くしないようにも配慮してやんわりと終わらせる。

黒田はそれが嫌だったのだろう。


まあカースト上位者達は無茶振りできれば誰でもいい。


「確かに、子供を食わすのは大変だから、無茶はダメだよな」なんて言葉が出てくれば、「じゃあ独身なんだから黒田がやれよ」と言われ、黒田は思い通りの流れにならない。


黒田はしつこく宮田陽の個人情報を聞き、宮田陽は話せる範囲でしか話さない。


そこで知ったのは、下の子供さんは女の子だった。


その時、黒田が「なら宮田は嫌われるの確定だな。学生時代の話を全部聞かせてみようぜ」、「なんなら奥さんも嫌になって出ていくかもな」、「子供に勉強しろとか言うの?中学の時にテストを白紙回答していたこととかバラそうぜ」と黒田流の無茶振りをし始めた。


よく、人を殴った経験がない人が、加減を間違えて殺してしまう話を聞くが、この発言はまさにそれだったのだろう。


宮田陽は崩さなかった笑顔を崩すと「本気?」と聞いた。

宮田陽の表情は一般の人だとキチンと理解していれば、怒らせてしまった、不愉快にさせてしまった。

謝らなければならない。

そういう表情だった。


だが黒田はその顔に気付かずに、顔をゆがめて揚々と言い続けた。


「ああ!本気さ!お前は独りぼっちになるんだ!嫁さんと子供に嫌われて、孤立して、最後には独りぼっちになるんだ!」


そんな事を言い、カースト上位者達に「ね?上田くん!髙成くん!一木くん!」なんて同意まで求め出す。

辛うじて、カースト上位者達は「そういうこともあるかもな」と言っていたが、嫌々巻き込まれたのは容易に見て取れた。


黒田は必死だった。

必死になって宮田陽を貶める為に、次は高い飲み屋で開催するから絶対に来いと言い出し、返事をする前に「貧乏なお前じゃ無理か?」と貶める。


それから子供の頃にやっていた、漫画のバラエティ番組の中であった、土管で暮らす貧乏一家の設定の話を持ち出して、「お前もどうせアレと一緒だろ?」と言い出した。


「たいして稼げないから、家族に負担をかけてるんだろ?土管で暮らしてるんだろ!旅行も行けない、外食も行けない。服だって何年も着まわして、嫁さんと子供に恥ずかしい思いをさせてるんだ!」


黒田は必死な表情で、顔を真っ赤にして言い出した。


「どうしたんだ黒田くん、突然大きな声を出して」なんて周りが言って、笑い話に変えようとした時、笑顔の消えた宮田陽は席を立った。


「皆ごめん、ただただ不快だから先に帰ります」


そう言って席に五千円札を置いて「頼んだものからしたらコレで足りるはず」と言って黒田の制止を無視して帰って行ってしまった。


その後の会はしらけてしまう。

そうもなる。


黒田は必死になって宮田陽を悪く言うが、カースト上位達は「あれはお前が悪いよ」なんて返されて、そのまま黒田批判の会になって終わった。


それから10日後。

私の元にメールが来た。


それは宮田陽だった。


宮田陽は最後のけじめとして、そして最後の機会としてあのプチ同窓会に参加をしていた。


宮田陽を困らせていたあの母親は、宮田陽が30歳の時に怪我をして、それにより介護が必要になる。

妻になった女性すら悪く言い、祝い事ひとつ祝わずに、孫達からの手紙も貰った時は笑顔なのに、数分後には捨ててしまうような事までしたのに、介護を唯一の家族の宮田陽に求めてきた。


宮田陽は家族のために離婚を切り出したが、妻はそれを拒み、施設をきちんと探して、宮田陽の母を入所させる。


悪いことは続く。

宮田陽の母にガンが見つかる。

介護だけでなく治療まで必要になった。


二人三脚の日々。


黒田が読み上げた、[ようやく下の子が小学生になるし、今年は七五三もあります。奥さんに任せきりにはできないので、連絡先を交換して誘ってもらっても、断るだけになるので連絡先の交換はお断りさせてもらいます]という断り文句だが、介護まであればそうもなる。


そして、この度と書くのも間違いだが、宮田陽の母は亡くなった。

宮田母の貯金の全ては施設代や治療に使われて、何も残らなかった。

更にはマイナスまで出ていた。


確かに、妻子には負担をかけていたからこそ、宮田陽は黒田の言葉がゆるせなかったのだろう。


宮田陽は遺品整理や家の売却について悩んでいた。

住まい、立地、お金の面で考えれば、この土地は悪くない。

古くから宮田家…青島家の持ち家だったので、丸々手に入る。

どこに住んでいるかは分からないが、家賃相場も高いこの土地に固定資産税はあるが、タダで住めれば良いことばかりだと思う。

だが…宮田陽には黒歴史が満載で、住むにはリスクが高すぎる。

家を出て何分で後ろ指をさされるだろうか…。

それは妻子にも及ぶ可能性もある。


宮田陽が妻子に住む事を提案をしたが、それは無理をして自分を殺す行為で、妻からは熱心に誘われている飲み会に顔を出して、同級生達が36歳相応で、過去を思い出として、今の宮田陽をきちんと見られる存在になっているかを確かめてくる事を提案した。


こんな言い方は良くないが、宮田陽とこの街は釣り合わなかった。

どちらが優劣とかではない。

ただただ単純に釣り合わなかった。


生家を売りに出して、その金で家を持つ事にすると言い、最後はあの夏の夜の感謝と、名刺を貰えて、独白の機会をもらえた事への感謝で締められていた。

私にはまたあの夏の笑顔が思い出された。


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ただ1人でも、知っていてくれる人がいてくれたら嬉しいから。

あの夏の夜、話を聞いて貰った谷津さんに、また聞いて貰うのは心苦しい部分もあるけど、でも話せる人がいてよかった。

信じているとか重たい事を言う気はありません。

仮にこの話が皆に回っていても、もうあの街にはいかないから関係ありません。聞いてくれてありがとうございました。

宮田陽

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話の後で、礼奈ちゃんが「それで、どうなったんです?」と聞いてきた。


「どうもこうもないわよ。次の年、懲りずに黒田くんは宮田くんの実家宛に年賀状を出した。でも家は売れていて、年賀状は返送されてしまう。縁を切られた事を笑われたくない黒田くんは、必死になって『バカなやつだ、将来孤独になって寂しい思いをしろ』って言っていたわ」

「自己紹介乙ですね」


だがまあ、あれで宮田陽はマメな男だった。

代わりに私に年賀メールをくれるようになった。

家を買い、ローン返済が終わると70歳を過ぎると呆れていて、奥さんが2馬力で頑張ろうと言ってくれたと書かれていた。


「それで、綾乃さんは今もそのプチ同窓会に行くんですか?」

「ううん。コロナで自粛ムードで無くなったわ。最近はまた集まろうなんて言われてるけど、父が亡くなった話なんかもしたくないし、するのも厄介だしね」


私は自重気味に笑うと、礼奈ちゃんに「釣り合いの話し、なんとなくわかった?」と聞く。

礼奈ちゃんは「はい。釣り合いって大事なんですね」なんて言ってスマートフォンと睨めっこをして釣り合いを考えだして、今日も仕事は遅れている。


だがまあ、礼奈ちゃんはウチに釣り合いが取れている。

これがゴリゴリの会社ならやっていけない。

零細企業にピッタリなのだろう。


本人は不服で社会に羽ばたくというならそれもそれだ。


なんとなくだが、礼奈ちゃんの姿を見て、宮田陽の事を思い出したからだろう。今度のプチ同窓会は万一声がかかれば、キチンとしたものにして貰って、黒田に人集めをさせてもいいかもしれない。


そこにもし、高嶺麗華がきたら、2人きりになって、嫌だろうが宮田陽が謝りたがっていた事やその理由を伝えてもいいかもしれない。

大きなお世話だが、それくらいしてもバチは当たらない気がしていた。


(完)

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夏夜の笑顔。 さんまぐ @sanma_to_magro

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