第4話 同じ穴の狢だった。

宮田陽と話した日から、私は釣り合いについて考えるようになった。

大学の飲み会で告白してきた相手を見て、釣り合わない男に釣り合うと思われている事にショックを受けた事もあった。


成人式の飲み会に、宮田陽は来なかった。

何も知らない奴は、宮田陽が家族とお祝いをしていると思い込み、子供かよなんて言っている。


彼においてそれだけはない。


宮田陽が祝いの日もアルバイトをしていたのを知ったのは後になってからで、宮田陽はスーツもなければ、祝ってくれる人もいなかったのだろう。


本当によくやるが、また同窓会があった。

今度は22歳、大学の終わりに、進路活動の結果報告をするように集まった。

私はデザイン会社に決まっていて、大きなお世話なのに「クリエイティブな仕事って大変だよ」なんて言われたり、有名なデザイナーと比較して、無名に近い先生を馬鹿にした奴もいた。


そんな中、会の終わり際に宮田陽は顔だけ出した。

今回も高嶺麗華はいない。

なぜかその事が気になった。


宮田陽は二十歳で仕事を始めて、今は2年目。業界が近い事で興味深く話をしてしまうが、周りの無茶振りが邪魔をする。


邪魔をされた事もあるが、スクールカーストなんか残っていないのに、残滓をしゃぶり尽くして宮田陽に無茶振りをする奴や、空白になった上位に、我がもの顔で居座って宮田陽に無茶振りをする空気を出す奴を見て、滑稽だなと思ってしまった。


宮田陽は変な無茶振りには「会社にも迷惑がかかるし、今度結婚をするから変な真似はもうしないよ」と言ってやんわりと断る。


早い結婚。

それはきっと、自分だけの家族が欲しかった宮田陽の本心だろう。


だが、何も知らない連中は…。

いや、知っていても変わらない。

知っていてもやるだろう。


こぞって早い結婚を馬鹿にして、悪く言い、詐欺に遭っていると囃し立てた。

中にはイマジナリー彼女を疑う者もいた。


宮田陽の彼女なら、何をしてもいいと勘違いしているのか、認知が狂っているのか、こぞって名前やら出身地やらを知りたがる。

中には、心を病んだ人間なのではないのか?視力が衰えていて、宮田陽を認識できていないのではないか、境界知能の人なのではないかと、聞いていられないことまで言い出す奴もいて、そんな心無い、耳を疑う発言に場は凍り付く。


「彼女の事だから言わないよ」


そう言っていた宮田陽は、しつこい追求や、彼女を蔑む発言に気分を害したのだろう。

携帯電話に入っていた彼女とのツーショット写真、どこかの旅館で仲睦まじくご飯を食べる所を宿の人に撮って貰ったのだろう。


その写真を見せて嘘ではないと言った。


優しい顔つきの綺麗な人だった。

あの高嶺麗華とは全く違う顔つき、この顔が好みなのか、中身に惹かれたのかわからなかったが、わかったのは写真の笑顔は宮田陽の本当の笑顔、あの夏の夜に公園で話した時に見せた笑顔だった。


その後は滑稽だった。

気持ち悪さは、口に説明できるようになるのに数年を要したが、中学校の一部の同級生達から「宮田陽は最底辺で惨めに足掻いてなければならない」と決められていて、それから逸脱されると認知が壊れるのだろうか、一部の連中は皆して今の宮田陽を見ずに、昔の宮田陽を持ち出して笑い者にしようとしていた。


宮田陽はそれから先、同窓会もプチ同窓会も来なくなった。



社会人になると、お金の使い道はさしてなくなり、飲み会に呼ばれる回数ばかりが増える。


その中にはこの集まりもあり、年に一度くらいなら情報交換もいいだろうと参加をする。

呆れてしまったのは、失敗談には宮田陽は出てくるが、結婚をした人、奥さん・旦那さんが綺麗な人・格好いい人、と言う話になると、途端に宮田陽の名前は出なくなる。

散々馬鹿にして悪く言っていたのに、旗色が悪くなると出そうともしない。


今も、「釣り合っていない」という話題で、新時代の美女と野獣なんて失礼な事を言いながら、少し野暮ったい見た目だった男子に綺麗な奥さんができた話題で、写真を貰ったと触れ回る人がいて、回し見をしている。

見た感じは確かに綺麗な奥さんで、見た目でいえば釣り合っていない風にも見えるが、仲睦まじければなんでもいい。


仲睦まじいで言えば、宮田陽の写真こそ仲睦まじかった。

だが、こういう場では宮田陽の名前は出てこない。


そういう白々しさが嫌だったが、誘われれば年に一回は会に参加した。


アラサーになった頃、幹事役の黒田という同級生が一枚の年賀はがきを飲み会の席に持ってきた。


それは宮田陽からのものだった。


「念の為に、縁を切らない為にも毎年出してたんだ」という黒田に、周りの連中は「よくやるよ」とか、「宮田も貰えて喜んでるよな」なんて声が上がる。


家を知っているのかと思ったが、黒田はあの母親のいる実家にしつこく年賀状を出し続けたら、宮田陽から年賀状が送られたという話だった。


宮田陽は嫌だったのだろう。住所欄も家族欄も無記入で、きちんと[ご無沙汰しています。年賀状をいただいていたと、今更母から聞きました。黒田くんはお変わりありませんか?元気にしていてくれたら嬉しいです。私事ですが、妻は今、2人目の子供を妊娠中です。夏頃には家族が増えてくれると思うと仕事に身が入ります]と書かれていた。


だが、黒田はいやらしい笑いと共に、「中学の時に、国語のテストを白紙解答で出したくせに格好つけやがって」と言うと、皆でこれでもかと宮田批判を行う。


彼はそこまでの事をしたのだろうか?

それこそ彼が気にしていた害虫ではないか?


そんな事を思ってしまった。



私の話を聞いて、神妙な顔をする礼奈ちゃんは「それで…、その人ってどうなったんですか?」と聞いてきた。


「最後に会ったのは、6年前ね」

「それまでは疎遠だったんですよね?」


私は「そうね」と返しながら宮田陽に最後に会った38歳の、父が亡くなる前のことを思い出していた。


変わり映えしない日々を過ごす。

30歳になった時、先生から「仕事を引き継いで。引退がしたい」と言われて、私はそれに応えて忙しい日々を過ごしていた。

大学時代の彼氏とは、その時によくある「仕事か家庭か」と問われて仕事を選んだ。

家庭に入るなんて想像もできなかった。


それ以来、彼氏なんてものはできていない。


仕事が忙しい中、無理はしていないが縁は切れずに、年に一度はプチ同窓会に参加をした。

変わり映えする話としない話。


宮田陽から届く年賀状への悪口、子供が幼稚園に入った、小学生になった。きちんと書かれた近況にコレでもかと悪口が出てくる。

毎回毎回よく出てくるな、凄いなと思う。


そしてその弊害なのか、黒田やカースト上位達は結婚を失敗したり、恋愛すら満足にできなかったりしていた。


理由は簡単だ。

宮田陽は何を言われても、何をやらされても、家にいられないので学校に来た。命を、生きる事を放棄していたので言い返さなかった。我慢をし続けた。


宮田陽を価値基準にした黒田達は人に合わせる事ができない。

嫌な事を全て宮田陽に押し付けてきた。

雑務も痛みも苦しみも、全部押し付け、本来なら高校以降で体験する人間関係の苦労を、そのストレスを自身で解決して消化するのではなく、懲りずに宮田陽を痛めつける事で誤魔化し、過去の宮田陽を悪く言う事で、論点をすり替えていた。


そして無自覚だが、総じて口が悪い。

宮田陽を批判した時の口の悪さを10として、恋人に5くらいの威力で言う。

本人達は「ちょっと言っただけ」なんて言うが、それはちょっとではない。

世間一般ならそれが10だ。


中には自業自得だが、宮田陽の奥さんを大々的に批判した事で、ハードルが下げられなくなった者は恋愛のチャンスを逃していた。

仲睦まじいのが一番なのに、相手の見た目を優先していた。


まるで自分だけ違うように言っている風に聞こえてしまうが、違う。

共に笑っていた。

止めなかった。

同じ穴の狢だった。


ただ違うのは、あの夏の日に宮田陽を見捨てなかった事と、今こうしておかしいと気づいている点だけだ。

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