第3話 雀や鳶になろうとしていた。
中学時代、少し変わった男がいた。
そもそも中学が変わっていた。
ノリと勢いが全てみたいな所があったし、一部のスクールカースト上位者達は、ノリと勢いで中位から下の連中に無茶振りをする事で、立場を崩さずに済んでいた。
中学から同じ学校になった男の中に
正直変わっていて、自分の人生をなんとも思っていない危うさやら、不思議さに満ちていた。
実際の成績なんかは知らない。
中間試験などを周りのノリで白紙で出せと言われれば白紙で出していた。
学校で美人だと評判の子に告白してこいと言われれば告白もしてきた。
当然不釣り合いでフラれるが、本人はお構いなしだった。
それも何度も言わされる。
口や態度で嫌がっても、道化のような彼は最後には必ずやらされる。
嫌がった分だけ、刑罰が重くなるように無茶振りが酷くなる。
3年間そんなだった。
それなのに…。
高校進学は下の下だと思ったのに、…中の下、中の中、見る人によって評価が変わるが、そんな学校に進学していった。
交通の便が悪く、同じ中学からの進学者が宮田陽以外にいなかったのも印象的だった。
私は宮田陽ではないのでわからないが、高校時代の無茶振りは殆ど聞かなかった。
それは皆が中学生から高校生になり、高校で友達ができて、そっちの方が現在進行形で、そっちの方が楽しいからだろう。
だから私が聞いた無茶振りは「中学時代の美人で評判の子の誕生日に、花束を持って告白をしに行く事」と「原付バイクで交番の前を爆走する事」くらいだった。
まあ…知らないだけで他にもあったのかも知れない。
交番は警察官がパトロール中で捕まらずに済んだらしく、立案者達も罰せられる可能性に後から気づいた点から、二度目はなかったと話が回ってきて呆れ返った。
【私たち、仲良しだよね?】
このスローガンで、なんだかんだ集まりたがる中学校の連中。
だが違う。
皆世界が変わり、中学の付き合いがおかしかった事を身をもって知る。
それなのに「私たち、仲良しだよね?」なんてのたまえるのは、ひとえに宮田陽がいたからだろう。
皆が嫌な思いをしなかったのは、スクールカースト上位の無茶振りが殆ど宮田陽に集まったから、どんなに不快な無茶振りも、自分なら学校に通えなくなるような無茶振りも、宮田陽は受け入れて毎日通っていた。
そう言えば、風邪をひいて8度の熱が出た宮田陽を、冬場なのに上半身裸にして外に出した奴もいた事を思い出した。
殺人ギリギリじゃないか。
教師たちは何をしていたんだろう。記憶をたどったが、思い出せなかった。
この話に礼奈ちゃんは「昭和って怖いですね」なんて言っている。
失礼な、昭和は小学生の頃に終わり、中学時代は平成になっていた。
私たちの頃は校内暴力なんかもなくなっていたし、もっと前の世代や、逆に礼奈ちゃんの世代の方が怖い。
話を戻せば、会いたがる連中はしょっちゅう「プチ同窓会」を開きたがる。
最初は良かった。
高校での新生活に馴染めない中、入学式で撮らされた集合写真を持ち寄って、他校の女子を品評する男子を見て「バカだなー」なんて思っていたし、無茶振りで「その山奈さんの連絡先を聞いて来いよ」、「デートをセッティングしろよ」なんて聞いていて、迷惑な話だと思っていた。
だが…年4回は多すぎる。
すぐに飽きると、年1回になる。
それでも多い…私は2年からは行かなかった。
それでもプチではない同窓会を19歳の夏休みに行うと言われ、また新生活のストレスを発散する為に集まる事になり、それには参加をした。
個人的に驚いたのは、宮田陽が来た事だった。
当時は未成年でも堂々と飲み屋に入ったし、飲み屋もノープロブレムで酒を提供する。
宮田陽は無茶振りで、吐くまで、倒れるまで酒を飲まされて、最後は路上に捨てられた。
夏とはいえ何があるかわからない。
原付バイクで交番前を走らされた時と同じで想像力が足りない。
仮に宮田陽が警察に保護されれば未成年飲酒から話が大きくなり、保護者や大学に話がいけばタダでは済まない。
吐しゃ物が喉に詰まって、このまま死ぬかも知れない。
そうなればもっと大騒ぎになる。
中学の時みたいに、「宮田が本気にしただけ」、「宮田が勝手にやった」で済むわけがない。飲酒の強要は店が見ていた。死んでしまった人が出れば隠すわけがない。
私は二次会を断って捨てられた宮田陽を保護して、公園で水を飲ませて、飲みすぎた分を吐かせた。
宮田陽は「ありがとう谷津さん」と言い、「無茶振りなんて、こっちに来ないとやらされないから、身体もびっくりしたみたい」なんてへべれけで話す。
案外、街の外では普通の扱いを受けている宮田陽に、私は失礼ながら驚いてしまった。
「ならなんで来たの?」
「んー…?ケジメかな?ほら、本当なら高嶺さんにも謝りたかったんだ」
「高嶺さん?」
高嶺は高嶺麗華。
宮田陽が花束まで贈らされて、告白をした相手。
「うん。周りに言われて何回も告白の真似事をさせられて、高嶺さんには嫌な学生時代だっただろうから、キチンと謝りたかったんだ」
それを言えば、宮田陽こそどうだったのだろう?
「それなら宮田くんは?」
「俺は断れないから。俺は仕方ないから」
宮田陽は、そのまま「俺は害虫ではなく、せめて小動物になりたいから」と言い出す。
酒のせいで話が合わないと思ったが、それは間違いで、宮田陽は自身の人生観ではないが、少し思った事を口にした。
「目の前にさ…目の前に、腹を空かせた生き物がいるんだ。谷津さんは、それがハエやゴキブリだったり、…わかりにくいかな、蚊なら?蚊が腹を空かせて死にそうなら血をあげる?」
考えるまでもなく嫌だ。
今も夏の公園なんて蚊の巣窟で痒くて嫌だ。
「嫌だよね。でもこれが鳥なら?鳩はカラスは?」
鳩は、餌をやるなと看板すら出ていて、カラスは怖いからあげたくなんてない。
「嫌だよね?でもこれが雀とか雲雀とか鳶なら?あげてもいいって思えるよね?だから俺はそう言う存在になりたかった」
その言葉の意味はすぐにわかった。
知らなかったが、宮田陽は小6の時に親が離婚していた。
宮田姓は父親のもので、それなのに引き取ったのは母親で、わざわざ家裁に行って手続きをしてまで、父の姓を名乗らされていた。
母は青島らしい。徹底して母親が引き取った宮田陽を青島陽にせずに、ただ1人宮田の姓を与えていた。
話す宮田陽は「手間なのによくやるよね」なんて呆れている。
高等学校への進学なんかは父親の援助もあってできたが、高校の時に父親は再婚をした。
そして高校3年生の時に子供ができたと言われたらしい。
「もう会えないし、会う気もない。これからはその子供にお金を使わなきゃいけないから、四年制の大学は無理だし、母親に俺の学費を払う気はないから、最後だからって無理言って、2年で済む専門学校に行かせてもらったんだ」
そして中学時代の行動の意味を知った。
「生殺与奪は全て母親にある。どんなに媚を売ろうが、勉強を頑張ろうが、何をしようが、あの人の心一つで俺は殺される。生きていても意味がない。普通なんて手に入らない。だから無茶振りで死んでも構わないから、家にいるよりマシだし、色々やらされても学校に通ったよ。風邪で家に居て寝込んでいたら、仕事から帰ってきた母親に『誰のお陰で寝込めていると思ってるんだ』って包丁片手に殺意を向けられながら言われるんだよね」
だから学校にいた。
何を言われても学校にいた。
そして害虫ではなく害鳥ではなく、雀や鳶になろうとしていた。
「良かったよ。間違った部分もあったけど、谷津さんには助けてもらえたから、雀になれたかも」
そう言った宮田陽は「それに、ケジメとは違っていたけど。谷津さんに話を聞いてもらえた。きた意味があったよ。まあでも会う事はないけど、高嶺さんには釣り合いの取れない相手から、何度も声をかけてごめんと謝りたかったな。来ないとは思わなかった…。まあ、来たらまた無茶振りに巻き込まれる可能性があったから、嫌だったんだろうね」と言って笑うと、「俺は彼女からしたら害虫だね」なんて言いながら、私にお礼を言うと千鳥足で帰って行った。
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