幕間:つぎはぎメイドの願望

 まな板の上に置かれた肉塊にはキッチンナイフが入り、一口サイズに切りそろえられていく。

 竈に乗せられた大鍋からは湯気が立ち、部屋全体の湿度を上ている。そして水に込められた熱が鍋の中の野菜達に少しずつ伝わっていった。


 ここはつぎはぎ研究所の実験場兼キッチン。フランさんが解剖台の上で料理をしています。


 衛生的にどうなのかと僕も最初は思いました。しかしフランさんによると、実験の結果に影響が出るような細菌がいては困るため、防菌殺菌用の加工にはお金を掛けたらしいです。

 なので、この部屋は研究所で一番清潔であり、料理に向いているんだとか。


 そんなキッチンで料理するフランさんを眺めながら、僕はひとつ疑問を口にします。


「そういえば、フランさんは自分で家事するんですね」

「なんだ藪から棒に。見てないで君も夕飯作りを手伝いなさい」

「じゃあ普通の腕つけてくださいよ……」

「それはダメ」


 はい、というわけで両腕がガトリングとトゲ鉄球なので料理もできない系魔法生物の11号です。

 足なら出来ますが止められました。


 いえね、質問したのは理由があるのです。

 実は、前からフランさんが料理している姿を見るたびに違和感をありまして……。


 研究に生活を捧げており、よく僕に研究以外のことに私の時間を使わせるなと言ってきます。

 そんなフランさんは料理に時間を使うのを無駄とは考えないのでしょうか。


 フランさんは天才魔法生物学者。

 労働用の魔法生物である僕を作れるフランさんなら、家事用の魔法生物を作ればいいのでは?


「フランさんなら「つぎはぎ研究所の制作品第〇〇号。つぎはぎメイド!」とか言って作りそうだなって」

「それは……随分倫理観のないやつなんだな、君は」

「倫理観!?!!?」


 疑問を口にした僕に対し、フランさんは耳を疑うような言葉を返して来ました。


 倫理観!?

 今、倫理観って言いました!?


 僕の脳みそを処刑場のさらし首から採取して、記憶を消した上に金稼ぎのために労働させる魔法生物にした女から倫理観説かれました!?


 国際法に違反するような兵器を作ろうとして、学会を追放された女から倫理観説かれました!?


「そ、そんなに不適切な発言でした?」

「ああ、君は今、無辜の一般人を素材に魔法生物を作れと言ったよ」

「言ってないですよ!」

「言ったんだよ」


 今まで間違ったことなど一度も言ったことが無いかのように、自信満々で断言するフランさん。

 ぐぐぐ、どう考えても言ってないですが、そんなに断固とされると言った気がしてきます……。


 しかし、このまま引き下がっては、無茶なレッテルを張られただけで終わってしまう。

 それは嫌だ。


「説明していただけますか……?」


 僕が苦い顔で説明を求めると、フランさんはやれやれと言った風に肩をすくめた。


「やれやれ」


 実際に言われた。

 ウザすぎる……どうしたんですか、今日はいつもよりおかしいですよ。フランさん。

 いつもは倫理観なくても、もっとまともな言動をしてるのに……。


 ひとしきりやれやれした後、フランさんは仕方無しにといった顔で口を開く。


「説明しよう」

「痛み入ります……」

「前提条件として話すが、私が作る魔法生物には二側面の力がある。つまり肉体の力と精神……脳の力だ」

「はぁ」

「肉体はある意味簡単だ。より強く、より頑丈な構造にしてやれば良い。君みたいにね」

「まぁ、そうですね?」


 たしかに、僕の肉体は凶器を複数埋め込んだ2m超の巨漢。肉体的に強いでしょうね。これが肉体の力。


「だが、脳はそうはいかない。知識や経験を持ったプロフェッショナルの脳を使おうとしても、そうそう手に入らない」


 ふむ、なるほど……。

 肉体に対して、その頭蓋の中。脳である僕はフランさんに記憶を消されているので、専門的技術などを使うことはできません。

 これが脳の力ということですか。


「適切な調理法や知識を扱う家事は脳の力だ。そして、その経験を持っているのは主婦や料理人、使用人」

「そうなりますね」

「そんな一般人は普通処刑されたりしない。それに、事故死や老衰を待つのも脳の鮮度と言う点で難しい」


 犯罪者の脳でも、処刑場をいくつかまわって探すつもりだったとフランさんは以前言っていました。

 それが一般人、さらに若くて状態の良い素材を見つけるのは至難。そういうことですか。


「なるほど……」

「であれば、手に入れるためには無辜の一般人を殺すことになる。君はそうしろと言ったんだよ、この極悪人!」

「!?」


 いきなりアクセル踏まれて超特急の罵倒が飛んできました。

 自分の得意分野での失言を受けたフランさんは、まるで水を得た魚。ここぞとばかりに責め立てます。


 そ、それはそうなりますが……。

 知識がない故のただの疑問を口にしただけで、そこまで言うんですか? ひどくない?

 やっぱり様子がおかしいですよフランさん。


 そう抗議しようとした僕でしたが、説明するフランさんを注視して、あることに気が付きました。

 その顔が少し紅潮し、瞳孔が開いていていることに……。

 意識してみると、呼吸も荒い気がします。


 これは、興奮や楽しさを覚えている人の反応ですねぇ……。


 そ、そうかわかったぞ……。

 僕はもうひとつ気付きを得ました。


 このひとは自分が正しい側に立つことに飢えてるんだ。

 普段からマッドサイエンティスト活動してて、基本的に法や倫理を犯す側だから、不意に正義側に立てて気持ちよくなっちゃったんだ!


 カス! カスすぎますよフランさん!

 さすがの僕もドン引きです。これまでの国際犯罪者であることとかのぶっ飛んだ悪さと比べて、生々しい分なんかイヤだ……。


 ちょっとこれは、顔の良さとおっぱいの大きさだけではカバーしきれないですよ……。

 出て行こうかな、研究所。


 うん、出ていこう。


「フランさん。申し訳ないのですがお暇を……」


 しかし、決心をつけようとした僕でしたが、すんでで言葉を止めました。

 そして、フランさんの顔を再度見ます。


 上気して赤らんだ頬。

 体温が上昇して暑がったのか、少し解けた胸元。

 興奮して開いた瞳孔。

 うるんだ瞳でこちらを見つめるフランさん。


 「……」


 ふーん、なんか……えっちじゃん?


 えっちならまぁ、いいか……。


 残留決定。



 興奮してなんだかえっちな雰囲気を醸し出していたフランさん。その自慰行為に似た説教を聞き続け、なんとかいつもの調子に戻ってもらいました。


 そして料理も完成。


 今日の夕飯は野菜スープです。農場で値切りに値切ってタダ同然で買って来たクズ野菜たっぷりです。

 連日スープですが、主食のパンと一緒に食べるため。この世界で汁物は一般的な食事です。


 パンを一口かじり、野菜のうまみが溶け出たスープで湿らせる。

 よく分からない名前の根菜と葉野菜でしたが、美味しいですね。鼻の奥がスッとするような香りがいいです。


 しばらく食べ勧めたところで、ふと気づきます。


「そういえば、よく考えたら魔法生物じゃなくて普通にお手伝いさんを呼べばいいのでは?」

「お、そこに気が付いたかい」


 僕の言葉は、フランさんの想定済みだったようです。何も意外でないように返されました。

 むむ、その言い方……何か理由があるようです。


「雇わないのは何か理由が?」

「ああ、あるよ。とっても深い理由がね」

「それは……?」

「お金がない。早く稼いで私を楽させてくれたまえ、つぎはぎワーカー君」


 ……もしかして、財政状況が想像よりもマズいのでしょうか。皿の中のクズ野菜を見て思います。


 今日も薬草採取に行きましたが、稼いだお金は30G。初日の3倍と言えば聞こえは良いですが、それでも1日の食費だけで終わってしまう額です。


 生まれて一週間、ずっとこの調子。

 どうにかもっと稼げるようにならないと……。

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