11号! 新しい脳よ!

「そら、晩ごはんできたよ」


 と言ってフランさんは食卓に深皿を置きました。その中には粘度の高い白いスープが注がれています。


 グレートホーンの脳みそスープ、たいへん美味しそうでございます。


 はい、ということで、つぎはぎワーカー君を続投決定いたしました、脳です。これからもどうぞよろしくお願いします。


 帰ってきて一番、脳みそを抱えたフランさんを見たときは新つぎはぎワーカー君待ったなしかと思いましたが、ただの食材でした。

 良かった良かった。


 その脳ももう白い半固体のスープになり、今日の晩御飯として僕の前に置かれています。


 スープの材料はグレートホーン。体長なんと6m超えのデカいトナカイです。そしてその体長の半分は角だとか。デカ過ぎるだろ……。

 なんでも、フランさんが研究に使った素材の再利用ということでお金はかかっていません。エコですね。


 そんなスープを薬草採取で鍛えた足技で匙を使って口に運びます。


 味はねっとりと淡白。喉の奥で少し苦みを感じるかも? 結構好きな味です。

 グレートホーンは頭のデカい角を使った戦闘をするそうで、頭部への衝撃に耐えるめか脳も想像よりもしっかりとした食感があります。


 僕がスープを味わっていると、フランさんが感想を求めてきました。


「美味しい?」

「大変美味しいです」

「そうかい、よかったよ」

「ですが、美人に食べさせてもらえばもっと美味しいはずです」

「だからダメだって。自分で匙を握れるなら必要ないだろ?」


 今のは夕飯始まってから何度か繰り返しているやりとりです。


 実は腕が使えないからと昨日はフランさんに食べさせてもらっていたんですよね。

 畜生、妬ましいぞ過去の自分!


 こんな事なら薬草採取なんてできなければ良かった。そしたら今日も甘々に介護してもらえたのに!

 いや、それが続くと本当に脳をすげ替えられていたかもしれませんが……。


「これは育児放棄ですよ! 僕は0才の赤ちゃんなんですから、母が手ずから食べさせるべきです!」

「嫌。なんだって必要もないのに私より頭3つは背の高い巨漢の食事の世話をしなきゃならないのさ」


 まぁ、絵面は酷いことになりますけどね? それでも僕は養育の義務全面に押し出して交渉していく所存。


「ならせめて、せめて母乳を……」

「何がせめてなんだ……出ないよ……」

「こんなにおっぱい大きいのに?」

「胸の大きさは関係ない要素だね」


 不思議だ。こんなに大きいのに……。



 食事が終わり、洗い物の音を聞きながらダラダラしております。

 別に怠けたいわけではないのですが、 食器洗いを手伝おうとしたところ、洗った皿を足で触るなと怒られ、しょうがなく退散してきたのです。


 しばらくそうしていると、洗い物を終えてフランさんが戻ってきました。

 そして横になっている僕を見下ろして言います。


「造物主に皿洗いをさせてカーペットでゴロゴロとは、随分偉くなったものだね」

「いや、それならまともな腕付けて下さいよ……そしたら手伝いますんで」


 頑張って足で薬草採取できるようになりましたけど、別に腕があるならそっちのほうがいいですからね?


「後ろ向きに検討しよう」


 フランさんは僕の要望をあっさり流すと、僕が今日稼いできた10G硬化を指で摘んで眺めると、呟きます。


「……それにしても、昨日の体たらくからして、暫くは無収入も覚悟していたんだがね。頑張っているようだ」

「昨日の罰金については、僕の四肢に凶器を付けたフランさんの責任だと思いますけどね」

「お、反逆かい? 脳交換しとく?」

「造物主のパワハラがひどい」


 脳交換は殺害宣言と変わらないでしょうが。パーツを変えるのりで提案しないでください。


 軽口を叩きつつフランさんは機嫌良さそう笑う。かわいい。

 この人、倫理観が終わってる代わりに、見た目とおっぱいはほんとにいいんですよね……。

 これが髭面のおっさんとかなら、研究所を破壊して脱走する系の怪物になっていたところです。


「いや、結構結構。この分ならそのうちまともな稼ぎになりそうだ。期待してるよ」

「はぁ、それはどうも」

「どれ、今日は特別に御駄賃を上げよう。ほら」


 そう言うと、フランさんは手の中で弄んでいた硬貨を手渡してきました。


 御駄賃と言っても僕が稼いできたお金ですけどね?


「ありがとうございます……。うーん、といっても何に使ったものか」

「まぁ、渡した以上は君のもの。好きに使いなよ」

「ふむ……」


 お金の使い道……。

 ああそうだ、あれがありましたね。



「ということで、お礼がしたいんですよ」

「うわ、変な名前の変質者」

「つぎはぎワーカー君です」


 ひとつのセリフ中に2回も僕を変と言ったこの失礼なガキはクソガキ先輩。

 薬草が摘めなくて困っていた僕にアドバイスをくれた恩人です。


「昨日は助かりました」

「昨日って……ああ、足で薬草摘むってやつ? ほんとにやったんだ」

「ええ、これで何とか家にお金を入れられそうです」


 ある意味、脳みそすげかえを防いでくれた命の恩人とも言えますからね。感謝してます。


「それで、お礼をと思いまして」

「ふーん、まぁ、どういたしまして?」

「いえいえ、どうか言葉だけでなく物で返させて下さい。なにか奢りますよ」

「別にそこまでされるほどのことしてないでしょ」


 む、クソガキ先輩は乗り気ではないご様子。そんな謙虚な姿を見せられると、是が非でも奢りたくなってしまいます。


「もう怒りました。絶対に奢らせて貰います!」

「なんでそんないきなりキレたんだ。沸点分からなくて怖いよ……」

「まぁまぁ、何頼んでもいいですから」


 と、僕は自信満々に胸を張ります。現金を手に入れた僕は、無敵だ。


「薬草採取ってそんなに稼げないでしょ、いくらあんの」

「10Gですね」

「10Gでよく威張れたな……」


 ちなみに10Gは主食であるパンを1食分くらい買えるぐらいのお金ですね。


 しばらく交渉をすると、先輩はしぶしぶと指を指します。


「うーん、じゃあ、あそこの露天で串焼きでも買ってよ」


 お、ついに先輩は折れてくれました。これで恩は返せそうです。

 それはそれとして、今回の恩返しバトルは奢るのに成功した僕の勝ちなので、宣言しておきましょう。


「僕の勝ち!」

「えぇ……? 何コイツ……」



 串焼きを頬張る先輩を真横で眺めます。


 先輩は見た目から推察するに小学校高学年くらいの年齢でしょうか?

 小さい口でちまちまと串焼きを食べています。


「全身に包帯巻いた怪人に見られながら食事するの怖いんだけど……」

「失礼ですね。怪人じゃないですよ」

「怪人じゃないにしても、包帯男に見られてるのは怖いだろ」


 包帯なしの剥き出しガトリングトゲ鉄球ブレード砲砲男のほうが圧倒的に怖いはずなので、僕は気にしません。

 引き続き先輩が串焼きを食べるのを見守ります。


 それにしても、先輩は所作にどこか教育を感じますね。食べる姿が美しいです。

 この国の教育水準は高いのでしょうか?


 お、そんな事を考えているうちに食べ終わったようです。

 よし、これでとりあえず恩は返せましたね。


「ごちそうさま。あ、そういえば、最近ここらへんで不審者情報が出回ってるらしいから気をつけろよ」

「不審者……? 気をつけろと言われても僕を襲いますかね……?」


 身長2m超で四肢に凶器がついた巨漢を襲う変質者。存在する?


「いやお前のことでしょ」

「え? いやいや、どうして僕なんです?」

「子供が遊ぶ空き地に出没する、全身に包帯を巻いた巨漢って情報なんだけど」

「僕じゃん」


 僕じゃないとしたら、そんなのが2人も出没する街のほうが怖いですね。


「まぁ、こっちでも害はなさそうって広めとく。衛兵には気をつけな」

「先輩……」


 きゅん。

 先輩カッコいい……。でも、これでまた恩ができちゃったじゃないですかぁ……。

 絶対また恩返ししてやるからな……!


「なんでそんな見つめてくるの……。怖ぁ……」

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