銀色の星

蒼開襟

第1話

月がゆっくりと上がっていく。

夜の静けさの中では獣たちの遠吠えも少し寂しい。

丘の上の家に住むナカは時々外に出ては空を見上げている。

一年と二十五日。


朝は菫の砂糖漬けと作る。

昨日、少し離れたお隣さんが摘んで持ってきてくれた。

なかなか優しい人で人当たりも良い。

ナカのような人間にも優しいのは徳を積んだからだろうか?

そんな風にナカが話すとお隣さんはフフと笑った。

くだらない世間話だ。


午前のうちにベットのシーツを洗って、陽の射す物干しにかける。

風がはためかせて鮮やかな白が目を奪う。

あの日もこんなに白い色をしていた。



流星群が落ちてくる日。

ロケットが飛んで惑星探査へ行くという。

ナカの恋人、セラフィムはパイロットだ。

部屋で荷造りをするセラフィムの背中に額をこすりつけてナカは言った。


『行っちゃうの?』

『そう、行っちゃうの。』


長くここで二人で暮らしていたのに、パイロットの試験にはいつの間にか

合格していて、ナカも嬉しかったがいつかこんな日が来ることを知っていた。

セラフィムは恋人なのにナカを抱きもしない。触れもしない。

愛を囁いて、ただ手を握るだけ。

一度だけ『どうして?』と聞いたことがある。

セラフィムは笑って答えた。


『帰らない人を待つ必要はないから。』


ロケットが放物線を描いて飛んでいく。もう遠く遠く。

セラフィムを乗せた銀色に光る星は遠くへ飛んでいく。

ナカは丘の上でそれを見送る。

じっと遠くを見つめて、セラフィムを思って。



TVでは惑星探査のニュース。

無事成功だとか言っているが、実際のところなんて本当はわからない。

セラフィムの話だと、飛んでしまえば通信が出来ないと言っていた。

真実はナカにはわからない。セラフィムの言葉が嘘なのか、TVが嘘をついてい


るのか。

テーブルの上に置いた菫の砂糖漬けを一つ口に入れてナカは頬杖を付く。

どっちが嘘でもいい。

そんなことはどうでもいい。



二年と十八日。

ナカは長くなった髪に鋏を入れた。シャキシャキ音を立てて手から零れていく。

思った分の長さが足元でゴミになった。

日焼けした指先は細く、握る人もいない。

ナカは立ち上がると足元の髪を片付けて家の外に出た。

丘の上、空は高く向こうの方から闇が向かってきている。

美しい藍にキラキラ光る星を連れて。



途切れた通信をTVがニュースで伝えている。

ナカにはそれが嘘なのかわからない。

セラフィムは飛んでしまえば通信できないと言っていたから。

それが嘘なのか検討もつかない。

TVは嘘をついている。ナカはTVの電源を抜いて家の外に出た。


満点の星空。

今日はなんとか言う飛行機がこの上を横切るらしい。

セラフィムの乗るロケットでないのなら、見る価値なんてないけど。

その場に座ってそれが来るのを待つ。

つうっと白い線が走ったのが見えた。



五年と八日。

丘の上の家に少し離れたお隣さんが来た。

とうもろこしが沢山取れたからおすそ分けだという。

甘い黄色の果実。テーブルの上にごろんと転がって。

ナカが『おいしそう。』と笑うとお隣さんは『良かった。』と頷いた。



鍋に水を張ってお湯を沸かす。ふつふつ泡が立てばとうもろこしを湯がいて

さらに盛れば出来上がり。

ナカが久しぶりに食べる食事は甘くて瑞々しい味がする。



十二年と十八日。

TVが惑星探査のニュースをしている。

ナカは椅子に座ってそれを見る。

ロケットが打ち上げから今日になって見つかって不時着したらしい。

セラフィムの乗ったロケットは銀色で、TVに映るような赤茶けた色じゃない。

それでもナカはそれを食い入るように見ていた。


衝撃で記憶を失ったのだとスーツのアナウンサーが話している。

若く美しいセラフィムが困った顔で答えている。

ナカはそれを見つめながらゆっくりと目を閉じた。


『帰らない人を待つ必要はないから。』




三十年と一日。

ナカは丘の上で空を見上げている。

青空に溶ける雲を追いかけて鳥が飛んでいく。


また惑星探査のロケットが飛ぶらしい。

またここで見られるだろうか?

ナカは草原に跪き両手を組む。

神など信じていないけど、ただ願わずにはいられない。



忘れてしまったあなたへ。

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