希望持っていきましょう、功罪(コーザイ)
鈴乃
希望持っていきましょう、功罪
『SH-308さん、診察室へどうぞ』
なめらかな合成音声が頭の中に響く。
私は待合室の椅子から立ち上がった。
一歩踏み出すと、診察室までの地図が脳内のチップに画像として送られてきた。
古めかしい設備だが、
自動掃除機が私の横を通り過ぎた。
昔は、人工知能をーーAIを搭載した機械なんて、スマホかこいつくらいだった。
いくつかある診察室のドアの一つが、私の患者コードと生体反応を読み取って開く。
「SH-308……いえ、佐藤ヒデノリさん。こんにちは」
私は思わず足を止めた。
診察室には人間の医師が座っていた。
それを囲むように三人の看護師が控えており、こちらも全員人間だった。
そうか。私の命は残り少ないのか。
私は自分の運命を
【希望持っていきましょう、
人間の暮らしにAIが導入されて、もうどのくらい経っただろう。
開発から
病院も例外ではない。
たまに医者の診察が必要になっても、リモートで
わざわざ人間の医者の治療を受けたがるのは、レトロ趣味の金持ちだけだ。
残念ながら私は庶民だ。
ただ、少しばかり
それも医療特化型のAIが自動で進めてくれていた。
しかし、人より多く病院に通っている者として、人間の医師がどんな仕事をしているかは知っている。
子供の頃見た番組で、研究者が語っていた。
ーーーーどれだけ科学が発達しても、人間から心がなくなることはない。
ーーーーだから、『人の心への理解が必要な仕事』だけは、今後も残るだろう。
その通りになった。
現代の人間の仕事は、いや、人間の医師の仕事は、不規則な他人の心を理解し、対応するスキルが求められている。
たとえば、AIが下した診断が間違っていた時、患者に頭を下げること。
AIがおこなった手術にミスがあった時、報道の場に出て責任をとること。
そして、重病の患者に余命宣告をすることも、重要な仕事の一つだ。
死を前にした患者は必ずとり
一時期はそのケアをAIに任せるこころみもあったが、あまりうまくはいかなかったらしい。
発表された結論はこうだ。
『人間は、人工知能が膨大なデータから出した
私のような古い時代の生き残りに言わせれば、当たり前のことだ。
「佐藤さん。こちらへどうぞ」
「はい」
私は深く息を吐いた。
目まぐるしい人生だった。
急激な科学の進歩は世界中でさまざまな悲劇を起こした。
私のなりたかった職業は、機械で全自動化されて消えた。
それでも、かつてこの星を滅ぼしかけていたさまざまな問題は、とっくに過去の歴史になっている。
AIの進化によって、人類は地球を救う最適解を見つけ出せたのだ。
最後に懐かしい『人間同士のやり取り』をして終われるなら、私の人生もそう悪いことばかりではなかった。
かもしれない。
医者は
「来月の検査、前日から入院してくださいね」
「えっ」
「あなたいつも検査前にお菓子食べるでしょう。医療AIが何回警告してもやめないんですから」
「だ、だって先生、おなかがすいて……」
「多いんですよ、『人間に叱られないと反省しない人』」
医者は手を出した。
「だからね。私と約束してください」
無数の医療用ナノマシンを埋め込んだ手、その小指がぴっと立つ。
「ゆーびきーりげーんまーん」
「せ、先生、恥ずかしいです……!」
「子供みたいなルール違反するからですよ。メタボリックシンドロームなんて、もう珍しい症例になっちゃってるんですからね!」
看護師たちが困ったような苦笑を浮かべて私と医者を見ている。
私は照れ笑いして頭をかいた。
そろそろ食欲
end.
希望持っていきましょう、功罪(コーザイ) 鈴乃 @suzu_non
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