1 この気持ちに名前を付けて

高一の夏、見飽きた校門を通り抜ける。

気だるげに挨拶してくる生徒に、先生。

その全てを無視して下駄箱で上履きに履き替える。


ロボットのように向かう、教室。

また笑顔を浮かべなければいけないと思うと更に目線が下がる。


階段を、登る。

目の前に「3」の文字。どうやら着いたようだ。

廊下を進み、教室の扉の前で呼吸を一つ。笑顔を浮かべ、扉を開ける。


「おはよう」


明るく挨拶すると、何人かの生徒が返事をする。

ここでは、私は優等生だ。

そうでなければ、生きていけないから。

怒られて、しまうから。



「彩葉、おはよ〜」

そんな思考に至った時、クラスメイト____浜辺鳴海が話しかけてきた。


みんなから「なる」と呼ばれている彼女は、勉強はできないが運動神経が良く、顔もいい。

いわゆる一軍女子、と言うやつだ。


「ねー彩葉!宿題見せて!お願い!」

そう頼み込んでいるのは同じく一軍の一瀬紗希。

鳴海は清楚系だが、紗希はどちらかと言うとギャル系だ。


「も〜第一声がそれ?また忘れたのー?」

これは本心だ。

毎日のように頼んでくる紗希を、私は断れない。

だって、優等生、だから。


「お願い!」


「…仕方ないなぁ。でも、明日はやるよう努力すること!」

少し冗談っぽく言う。

「はーい!まじありがと」

紗希は派手だけと意外と常識がある。

ありがとう、と言わないで見せてもらう人もいるから。


私は笑顔を忘れず、席に着いたあと紗希にノートを見せた。


「ほんとありがと!ちょっと借りていい?」

「いいよ。終わったら言ってね。」

うん!と、元気よく返事して席へ戻って行った。


…疲れた。

まだ学校に来て5分も経っていないのに。

早く帰りたい。ああ、でも帰っても地獄か。


…そっか。

私に、居場所なんてない。


クラスメイトは私を何かと気がきく便利な人、だとでも思っているんだろう。

そして、都合が悪くなると捨てる。

親は私に理想を押し付け、反抗すれば暴力を振う。

塾の先生は、悪気はないのだろうけれど、私の首を絞めてくる。


なんて、言うんだろう。


この気持ちは、なんだろう。


辛い?苦しい?痛い?


どれも似ていて、どれも違う。



誰か。

この気持ちに名前を付けて



誰かの喋り声も聞こえないほど、強く、願っていた。

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漆黒のキャンバスに手を伸ばして まみれ @mamire0716

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