【榧蘭】強い結びつき
雨上がりの黄昏時、空の橙色が薄灰色に霞む中。
縁側で煙管を薫らせているところへ微かな足音が近付いてきて、私は横目で其方を見た。角を曲がって現れた姿は予想と違わぬ愛しい妻のものだった。手に盆を持ち、上に乗せているものを落とさぬよう気をつけているせいか、まだ距離があるためか、私に気付いていないようだ。
「お蘭」
「榧様、そちらにいらっしゃったのですね」
名を呼んでやれば、うれしそうに表情を華やがせて此方へ寄ってくる。
「いま、榧様のお部屋にお茶を届けに参るところでした」
「そうか。なら、此方へ」
「はい」
隣を示してやると忠実に其処へ膝をついて微笑む。傍らに置かれた盆には湯飲みも茶菓子も一つしかない。
「蘭、君の分はもう食べてしまったのかな?」
「えっ、いえ、榧様にと思い買って参りましたので……」
ふむ、と呟いてから、どら焼きを手に取り、半分に割った。片方を蘭に差し出すと蘭はきょとりと目を瞬かせて私を見つめた。
「お蘭もお食べ」
「よろしいのですか?」
「ああ、一緒に食べよう」
「はい。では、頂きます」
すぐ立ち上がれるような姿勢だった蘭は私の隣に正座をして、両手で受け取った。
宝物を扱う手つきで口元へと運ぶ様を見つめていると、得も言われぬ愛しさが込み上げてくる。一口囓った途端に頬がゆるりと綻ぶ妻の姿を見つめていると、幸福感に満たされる。
蘭の愛らしい様を眺めながら、私も頂くことにした。
「美味しいです」
「そうだね。次は四つ買って、静たちにも与えてみようか」
「はい」
まだ贅沢は出来ない身だけれど、これくらいはと、甘やかす口実を作った。愛しい妻も、それについてきた忠義の者たちも、私にとってはこの世に二人といない宝だ。
「蘭、このあとはまだ仕事が残っているのかい?」
「いえ、全て滞りなく終わりました。夕餉の支度は静が行うそうです」
「そうか。なら……」
食べ終えて自由になった蘭の手を取り、指先をそろりと舐める。微かに残る糖蜜の味が舌に乗り、まるで蘭が甘い菓子にでもなったかのような錯覚がした。
「夕餉前に、お蘭を味見してもいいかな」
見れば蘭は燃えてしまいそうなほど赤く頬を染めていて、その眼差しは私の口元へ真っ直ぐに注がれている。恥ずかしいのに目をそらせない。蘭の顔にはそう書かれているようだ。
「……お蘭」
「っ、は……はい……」
「片付けを済ませたら、私の部屋においで」
「畏まりました……すぐに、参ります」
赤い顔のまま盆を下げに行く後ろ姿を見送ると、私も煙管箱を手に部屋へ戻った。
「……榧様……」
褥に胡座を掻いてなにをするでもなく待っていると、襖越しに声がかけられた。
甘く掠れ、期待の熱に浮かされた声だ。
「入っておいで」
「失礼致します」
襖を開け、蘭が静々と私の元まで歩いてくる。いつもは頭の高いところで結われている髪が下りていて、しっとりと頬にかかる黒髪が蘭の玉肌をより輝かせていた。
「蘭、ここに座っておくれ」
「えっ……はい、失礼致します……」
胡座の上を示しながら言うと、蘭は一度戸惑ってから、おずおずと腰を下ろした。幼子にするような抱き方をして、そのまま着物の襟元へ手を滑り込ませる。
「あっ……んっ」
ピンと立った蕾を撫でてやると、蘭は吐息混じりの声を漏らした。淡紅色のそれが紅梅色に染まる様を見られないのは少々残念だが、白い項と震える肩を見下ろすのもまた味があって好いものだ。
「蘭は、ここをこうされるのが好きだったね」
「ひぅ……! んぁ、あッ」
かりかりと引っ掻いてから思い切り摘まんでやると、ビクビクと体が跳ねた。
何度も薬を塗ってやりながら弄っていたら、蘭の胸は微かだが膨らみを帯びてきていた。最も、女のそれとは比べものにならない微々たる変化だけれど、蘭の愛らしい胸は、いまや其処だけで果てるに足る性感帯となっている。
「はぁ……はぁ……榧様……」
もじもじと切なげに腰を揺らし、蘭が控えめにねだる。蘭の小さな尻が私のものに擦れる度、蘭に私の有様が伝わって仕舞う。これ以上愛らしい姿を見ていると抑えが利かなくなって仕舞いそうだった。
「夕餉に間に合わなくなってもいけないからね、焦らすのは程々にしようか」
こくりと頷いた蘭の下帯をほどくと、傍らに放り出して着物をたくし上げた。私も余分なものを取り払ってから、蘭の腰を掴み、硬く滾るものの上に座らせた。
「ッああ!」
途端、背を大きくしならせ、蘭があられもない声を上げた。
中が激しくうねり、私を奥へと導いていく。果てたのだとわかったのは、腕の中ですっかり私に凭れている姿を見たときだった。
私は蘭を褥にうつ伏せで寝かせ、腰を掴んで奥を貫いた。
「あっあっ、あんッ、あんッ、ふぁ……あぁっ!」
中を抉る度、押し出されるような声が蘭の喉から漏れる。覆い被さる格好になり、片胸とこれまで放置していた蘭自身を同時に刺激してやると、食いちぎらんばかりに私を締め付けた。
「あふぁあっ! かやさまぁ、それ……っそれ、だめれすぅ」
「そうかな? 蘭の此処も、此方も、そうは言っていないようだけれど」
「ひぐっ……んぁあ! あっ、あぁ、んっ」
とろとろに濡れて何度果てたか知れない先端を擦る。ぷくりと熟れた蕾を摘まむ。そうしながら腰を打ち付け、耳をねっとりと舐める。
蘭はどこが好いのかもわからない様子で、ガクガクと腰を震わせながら甘く鳴いている。
「あっ、んあ、ふぁあ……かやしゃまぁ、も……ゆるしてくらしゃいぃ」
とろけた舌で懇願する様があまりにも愛らしくて夕餉も忘れて耽りそうになるが、そうなれば今度は蘭が拗ねてしまう。以前に思い切り抱きすぎて動けなくしたときは静たちにも呆れられたものだった。
「ふふ、そうだね。可愛い妻の頼みだ」
そう囁くと、安堵したようなふやけた笑みを浮かべた。
そして、激しく腰を打ち付けながら、耳元に唇を寄せる。
「……続きは、夜にしよう……ね、お蘭」
「ひっ、あ、ああぁ――っ!」
私の手の中で蘭が白蜜を吐き出し、何度も腰を震わせて果てた。うねり、蠢く蘭の媚肉に搾り取られる感覚に、私も深く息を吐いた。
蘭の体を繋いでいたモノを引き抜けば、支えを失った体がくたりと萎れて崩れた。赤い顔で荒く息を吐く蘭を見ているうちに、慾の証が頭を擡げるのを感じたけれど、着物でさっと隠して素知らぬ顔をした。
「蘭、大丈夫かい」
「……は、ぃ……」
薄い背を撫でるとまだ腰がヒクヒクと痙攣しているのが伝わってきた。少しだけのつもりが、またやりすぎて仕舞ったようだ。
「夕餉まで、そうして休んでおいで」
「すみません……」
「蘭が謝ることではないよ。お蘭が可愛いからと、ついつい歯止めが利かなくなって仕舞う私がいけないんだ」
そう言って髪を撫で、頬を擽る。
しあわせそうな蘭の笑みを見ているだけで、心が春のように温かくなっていく。
ずっと、蘭に片想いをしていた。
商売敵の跡継ぎ息子同士という立場ではどうあっても結ばれない。たとえ蘭が娘であったとしても、店が私たちを引き裂いただろう。
だから私は、蘭の心を少しずつ染めていった。彼の憧れとなれるよう立派な大店の息子として振る舞い、其処に在るだけで人目を引く存在となった。
年頃となった彼の視線が熱を帯びていることに気付いたときは、悦びですぐにでも抱いてしまいたいとすら思った。あと少し。もう少しと言い聞かせる日々がどれほど大変だったか。
「……私は、君が思う以上に君を想っているんだよ、蘭」
涙で潤んだ瞳が私を見上げる。やがて言葉が脳に染みたようで、とろりとした甘い笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、榧様……」
心からしあわせそうに、蘭が囁く。
礼を言うのは私のほうだ。
君が七つの頃から仕込んでいたことがこうして叶っているのだから。全ては、君を手に入れるため。初めて君を見たあの日から決めていた。
君のために築き上げた全てを捨て、君だけを選び、君に全てを捧げると。
恋とは斯くも人を狂わせるものかと君に会って初めて知った。だから蘭も、どうか私に狂って欲しい。そのためなら何だってしよう。
「愛しているよ、蘭」
想いを吹き込むように深く重ねた口づけに、蘭は未だとろけたままの舌で応えた。遠くに夕餉の香りを感じながら、私たちは幸福な日常に浸っていた。
青柳に徒花添いて 宵宮祀花 @ambrosiaxxx
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