母になっても貴方の彼女

不破 侑

第1話

いつもの朝


どこかおぼろげな、だけど見覚えのある日常の景色。

何がどうなっているのかわかららないものの、不思議と不安感がない。


鼻腔が機能し始めたのか、うっすらと石鹸の香りらしきものが漂う。

それは自己主張する様な強さではなく、さりげなく身体を包み込んでくれている様に感じた。


しばらくすると耳には聴き覚えのある声がする。

(・・パ・・・!)

(パ・・あ・・だ・・!)

聴くと安心するのだが、よく聴き取れないから何を問いかけているのかわからない。


再び声が耳に入って来るのと同時に触覚が感じ取れる。

小さな暖かいものが俺の肩や顔をさすっているように思える。

形容しがたい幸せを感じる。

それが何故幸せに感じるのか、混沌とした意識ではわからないが直感的にそう感じるからだ。


そう感じているのも束の間、温かみと声が消える。

もっと感じていたかったのにと寂しさを覚えていた。

寂しさを感じた矢先、少々荒げた音が響いてくる。


なんだろう?

疑問に思っていると今度は耳にこれまた聴き覚えのある声が入ってくる。

たださっきと違うのは、かなり音量が大きく感じ、どことなく威圧感も感じる。

ただその割に恐怖とかは感じない、昔から聴き慣れた声のせいか?


(・・・た!)

(あ・・・!)

「あなた!!」

声が、聴き取れる言葉として認識できた瞬間に全てが覚醒し始めた。


「いつまで寝てるのよ!ささっと起きなさいっ!」

妻の一喝と共に掛け布団を剥がされ、完全に覚醒した。

つまり叩き起こされたのだった。


「休みだからっていつまでも寝てないで、起きて顔を洗う! 朝食もすぐに出来るから早くしなさい!」


休みだと言うのに毎回こうやって妻に叩き起こされるのもいつもの事だったが、決して不快ではない。欲言えばもう少し長く寝かせて欲しいが・・・。


日本の絵に描いた様な休日のパパ、独身時代にはこんなの漫画の世界だと、どこか馬鹿にした様な感覚であったが、実際結婚をして家庭を築けば見事なまでのテンプレ。 日本の漫画はリアルだなぁと今では感心する立場になっていた。


顔を洗い、リビングに向かえばそこには朝食が並び始め、妻と娘が準備を進めていた。


「パパおはようって、さっき起こしに行った時に何度も言ったんだよう。」

ちょっと不満気にするのは小学校入学したての愛娘の彩華(さいか)。

毎朝起こしに来てくれるからまだ懐かれている様だが、あと10年もすると洗濯物も一緒にするなとか言われるのかなと不安になる。


「毎朝ありがとう、彩華。 パパお仕事で疲れちゃってお寝坊だったな。」

 

「まーた今日もママに怒られてたね、その内ママに嫌われちゃうよ?」

ぐふっ! 今日の彩華は随分痛い所をついてきやがる。

俺は妻に惹かれ結婚したので妻に嫌われるとかのパワーワードにめっぽう弱い。


「ははは・・・・。善処します。」


「小1の娘に善処なんて分かる訳ないでしょうが、全く会社じゃないんだから・・・。」


ごもっともなツッコミを入れてきたのは愛妻の彩芽(あやめ)。

俺と社内恋愛で結婚した同い年の彩芽は厳しい中にも優しさが溢れる女性。

そんな彼女に惹かれたのだ。 


ちなみに彩芽という文字から一文字取り、華を付けたのが娘の名前。

芽から華へという流れが作られた上に、彩芽の様な素敵な女性になって欲しい願望から命名した。

我ながら天才だなと自画自賛する、誰も褒めないから・・・。


美人の愛妻、彩芽と彩芽の遺伝子だけ受け継いだと思われる可愛い愛娘の彩華。

最愛の二人に囲まれ幸せを噛みしめながら朝食を摂る。

今更ながら俺はよく彩芽と結婚出来たなって思い更けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

母になっても貴方の彼女 不破 侑 @you-fuwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ