後始末
男爵領での事件が終幕してから数週間後。
どこかの街の喫茶店で、一組の男女が茶をしばいていた。
「結局、あのダサい男は詰んだみたいね」
1人は燃えるような髪を靡かせ、そのプロポーションを遺憾無く見せつけるセクシーな服を着た女、ヴィクトリアだ。
彼女はカップに注がれた香り高い紅茶を楽しみながら、手元に広げた新聞から見覚えのある名前を発見し、世間話のようにかの事件の顛末を切り出した。
「ん……?ああ、イザークのことか」
「そうそう、中央に送られて即裁判だって」
彼女が出した話題にさして興味を抱くそぶりもなく応じた男が、要塞でカロッツと死闘を演じたクルエルである。
ついついビスケットをつまみすぎる彼は、お茶請け代わりにその話に乗ることにしたようだ。
「まあ極刑は免れんだろうな、他の連中はどうなった」
彼からしたら、山賊たちがあんなに早くカロッツたちに寝返ったのは予想外のことだった。どのような取引があったのか、イザークよりかは幾分気になるところである。
「ふふ、ここ見てみなさい」
彼女が指差した箇所には「イザーク子飼いの強盗団、頭目ディエゴとカロッツ氏の司法取引により減刑」と書かれていた。紙面に占める割合も小さいので、これ以上の仔細は記載されておらず、具体的な内容はわからずじまいである。
「やはり、か」
何かしらの条件をあの強敵が示したが故に、彼の仲間があそこまで早く駆けつけてきたのだろう。それが分かればクルエルにとっては十分である。
「やるわよねぇ、あの子。強さもそうだけど、それだけじゃないのもポイント高いわ」
そんな彼女の俗な感想に、瞑目したクルエルが意外な一言を零した。
「可能なら、仲間に引き入れたいくらいだ」
「へぇ~、あんたほどのやつが」
心底驚いたようにヴィクトリアが猫のような目を大きく見開かせる。彼はその反応は予想の範疇だったようで、特に気にする様子もない。
「お前も気に入っていたようじゃないか」
「ふふ、そうね。アタシもあの子はお気に入りよ、あの時は色々偶然が重なってヤる気は起きなかったけどね」
紅玉の視線を白の男から窓の外の風景に向けて、誰ともなしに呟いた。
「また会いたいわねぇ……」
◇
王都ラーミス、その裁判所からガタイの良い男が出てきた。彼自身来たこともないような礼装を着用し、今まさに自身の判決を受け取った、ディエゴである。
「終わったか」
「お疲れ様です、ディエゴさん」
出てきた彼を迎えたのは、この2週間ばかりを共にしたカロッツたちだった。裁判自体は簡素なもので、彼らが交わした約定を公の場で再確認するためのもので、特に劇的な展開があるものではなかった。
「おう」
「おや、なにやら腑に落ちない顔をしておりますが、いかがしました?」
レイナの言う通り、ディエゴはなんとも言い難い心境であった。その原因はもちろん裁判の内容にある。
「いや自分で言うのもなんだが、俺の刑が軽すぎるんじゃねぇか」
彼は今回の件でこそ、主犯に命じられて動いた立場の人間であるが、そもそもが強盗団の長という立場であり、また自身の減刑についてはカロッツとの約定には含まれていなかったので、かなりの重罰に処されると覚悟していた。
「簡単に言えば、刑務所にお前の部下と一緒にぶち込まれて連中が問題を起こさないように監督しろ、これがお前の刑だな」
蓋を開けてみればこれである。拍子抜けというかなんというか、覚悟を決めていた自分からしたらいっそ一種のやるせなさすら感じている。そこにミリアリアが、彼女自身の解釈を述べ始めた。
「ディエゴさんが自分の罰について気になさるのは当然です。けれど、部下の方達にとってはあなたが絶対に必要な人とは考えられませんか?」
「確かに今までならそうだったかもしれねぇが……これからは牢屋ん中だろ?」
「それは少々早計かと」
ディエゴのいまいちイメージができていない様子を見て、レイナが待ったをかけた。
「独房に入ってそれでおしまい、というわけではありません。その中での生活と、その後の人生が皆様を待っております」
その注意にディエゴはハッとしたような顔を浮かべ、
「まだまだやらなきゃいけないことがあるってぇわけか」
と己の役目が残されてることを悟ったようだ。一つうなづいて、ニヤリと笑った。
「なら、まだまだ投げ出すわけにゃいかねぇな」
今を生きていくだけではなく、未来を考えさせる、それが彼の新しい責任である。
自分のこれからの道に納得したいい笑顔だった。カロッツもまた笑みを浮かべて、これからの協力を申し出た。
「刑務所はドラゴノートの外れにある所にしてもらった。連絡も取りやすいだろう」
「……おお、そりゃどうも」
本当に今更だが、なぜここまでしてくれるのかという疑問がディエゴに湧いてきた。他者の心情を推察するよりも聞いたほうが早いと考える彼が率直に聞いてみれば、帰ってきたのは明快な答えだった。
「お前もまた、守るべき民だからだ」
ディエゴにとって手下たちが己の命を賭けるに値する存在であったように、カロッツにとっても罪を清算しようとするディエゴは、守るべき存在であった。
思いもよらなかった答えに、ディエゴは生来の強面を、思わず丸くした。次いで、腹の底から愉快な気持ちが湧き上がる。
「はっはっはっ!そうか、思いの外、おめぇも単純だな」
「……悪かったな」
少しからかいを含んだ声にカロッツは僅かに顔をしかめたが、不愉快からくるものではなく、どちらかといえば気安さから発せられた表情であった。
「若様、そろそろお時間のようです」
「ん、もうか」
裁判所にディエゴの迎えがやってきた。正確には、カロッツが頼み込んで彼を迎えたわけだが。そろそろ、別れの時間なのだろう。二人の男は、どちらともなく手を差し出し、結んだ。
「でけぇ恩ができたな。いずれ返す、必ずな」
「お前たちがしっかり社会に馴染むことが恩返しと思え」
言ってくれるぜ、とディエゴが笑う。だが、確かにまずはそれをしなければならない。年がかりだろうが、必ずやり遂げると心に誓った。
「じゃあな、ディエゴ。また会おう」
「元気で居てくださいね」
「若様への御恩をお忘れなきように」
それぞれが、ディエゴに向けて別れの言葉を口にしていく。それらを受けて、彼は胸元に握り拳を作った。
「おう、次はちゃんと娑婆に出てくるぜ」
官吏に連れられ、去っていく。しかし何かを思い出したかのようにディエゴが振り返り、最後にこう言った。
「おいカロッツ!武道大会、優勝もぎとれよな!」
西方の道中で、なんとはなしに語った己の目標を、彼は覚えていたらしい。カロッツは確実に聞こえるよう、大きな声で返事をした。
「ああ、必ずだ!!」
その声は聞こえたのだろう、振り返ることなく振られた右手が、その証だった。
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非才の公爵家長男、超重力鍛錬で未来を掴む とれりか @torerica
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