夢の終わり
人生を左右される場面で王手を突きつけられた時、人はどうするのだろう。
イザークは、なりふり構わず障害を排除する道を選んだ。
「ッ~~!もういい!!
激怒する簒奪者志望は、自らの役に立たぬ軍勢を蹴散らすように前へ進んだ。
「そうだ!信用できぬものなど使うからこうなった!」
身をかがめた鉄の巨人が、その蓄えたエネルギーを以て飛翔した。撒き散らされた蒸気が男爵の軍を襲うが、もはや彼にとってそんなことは一顧だに値しないことのようだ。
巨大な
「はじめから……こうすればよかったのだ!」
巨人を纏ったイザークは元々の尊大な気性がさらに大きくなったようで、本来やらないような言動に出た。
しかし彼の半分ほども生きていない青年が、それを嘲笑う。
「徹頭徹尾隠れ潜むことしかできんやつがよく言う」
その侮辱がイザークの最後の理性を簡単に消し飛ばした。声にならない声をあげると共に、カロッツに怒りのままに鉄拳を叩きつける。
無論、むざむざやられる彼ではない。その破壊の拳は、カロッツが両腕で受け止めていた。
(流石にでかいだけあって、そのパワーも桁違いか!)
口では余裕をかましたが、やはり消耗は誤魔化せない。イザークは目敏くその様子を見抜いて高笑いをあげた。
「ふははは!所詮口だけか!ドラゴノート!!」
拮抗する両者の力比べは長くは続かなかった。イザークが立て続けにその最新兵器の力を発揮し始めたのだ。
「貴様は限界のようだが、この私の力はまだまだこんなものでは……なぁあい!!」
重鎧の拳が灼熱に発光しはじめる。その事象にいち早く気付いたのは、2人を半包囲する形で退避していた一団の中の一人、ディエゴであった。
「やべぇ!!」
それが発動する瞬間、彼が飛び出して横合いからイザークにタックルをかました。おかげで鉄拳の軸はカロッツからわずかにズレ——……。
その瞬間、鉄拳が爆発した。
「ぐぅっ!!」
至近で爆発を浴びたカロッツだが、かろうじて致命傷は免れた。だが爆発の衝撃は物理的なダメージよりもむしろ、精神的に大きな動揺を一同に与えた。
「魔法だと……!?」
「ありえねぇ、アレを着ながら魔法は使えねぇはずだぞ!」
魔法を使えぬ者でも尋常ならざる力を手に入れられる反面、魔法を使える者にとっては自分の力が封じられる短所も持っていたのだ。
「技術は常に進歩している、ということだなぁ!!」
全身を回転させ、カロッツとディエゴを吹き飛ばす。いとも簡単に強者を手玉に取る快感に、イザークは酔っていた。
「ならばこれはどうでしょう」
自己陶酔は油断を産み、メイドはいとも簡単に背後へ忍び込めた。
「
先ほどの爆発音を見逃さずに記録していたレイナは、それを更に相手の鎧に密着し増幅させて解き放つ。
「爆音壊城」
もはやそれは音ではなく、破壊的なまでの衝撃であった。もろに直撃を浴びたイザークは、鎧ごとかなりの距離を吹き飛ばされた。
「小癪なあ!!」
「なるほど。どうやら変わったのは、魔法を使えるようになった事だけではないようですよ」
吠えるイザークを完全に無視し、レイナは更なる情報を引き出した。
「防御力も上がってるのか、俺が着てたやつなら今ので完全にオシャカだろ」
「よかったな、いま敵にしてなくて」
カロッツの軽口に、ディエゴが全くだとガハハと笑った。状況的に見れば彼らは不利なはずなのに、その士気は衰えることを知らない。
「不愉快な奴らだ……心底!!」
「それは、こちらのセリフです!」
絶えず怒りを発散する男に、凛とした翠の目が突き刺さった。
「あなたは、卑怯者です!常に影に隠れ陰謀を巡らし!こうやって追い詰められ表に立った時でさえ、他者の威を借りる!」
「やかましいぞ小娘!貴様こそドラゴノートの影に隠れている女狐だろうが!!」
幼稚な反駁を繰り出すイザークに気圧されることはなく、ミリアリアは毅然と先頭に乗り出し対峙した。
「私はハレウス教会異端審問官、ミリアリア・シュミット!」
堂々と名乗り、そして裁くべき賊に宣告した。
「天を廻る聖なる彗星に代わり、貴方の邪を封じます!!」
「言・わ・せ・ておけばぁ〜!」
イザークにとって先ほど吹き飛ばされた距離など造作もなく詰められる距離だ。彼はまず不愉快な異端審問官を抹殺すべく、蒸気加速を全開にした。
「死ねぇぇ!!」
「させるかよ、
最も簡易な部類に入る
ぐにょん、とその壁からは意味の分からない感触がした。
「
その理由はミリアリアにあった。彼女はあらかじめ即座にその魔法を発動できるまでに力を高めておき、ディエゴの土壁生成とともに
大型
「ぐうおっ!?」
丸々跳ね返ってきた自身の力にイザークは再び吹き飛ばされ、今度は尻もちをついてしまった。
己の力は強大であり、それを振えば目の前の邪魔者などすぐに排除できる、そのはずだった。だが現実はどうだ、彼の攻撃は次々に防がれ、こうして無様を晒している。
「こ、こうなれば……あたり一帯爆破させてやる!」
このまま済ませられるものか、彼は形振り構わない形であろうと憎き敵を排除するため、鎧の全身を赤白い光に染め始めた。
「それはこれに耐えてからにしてもらおうか!」
しかし懐に入ったカロッツがそれを許さない。彼は右半身を引き力を蓄え放つ右ストレートを、流麗な動作で叩き込んだ。凄まじい衝撃だが、それで揺らぐほど脆くはない。
「ふ、ふん!なにを無駄なことを!」
ただし、それは一発だけに限ればの話だが。
「はあぁぁあ!」
その初撃は嵐の一発目に過ぎなかった。左右の拳が次々に叩き込まれていき、頑強な鎧は次第に歪み始める。
「ひぃ……!」
まだ傷一つすら負っていないイザークは、その異様な事態に恐怖を抱き始めた。
「やめろぉぉ!!!」
余裕のない状態で放たれた拳は、極限の集中下にあるカロッツにとって弾くことなど造作もない。そしてそれはイザークの体勢が崩れ、最大の隙を生み出したことを意味する。
一瞬、カロッツが溜めに入る。身を屈めた彼は、5倍程度の
「砕けろぉぉ!!」
あるいは爆発のみに集中していれば、当初の思惑は叶ったのかもしれない。だが攻撃に転じてしまったせいで、彼の魔法力は駆動と爆発に分散してしまい、二兎を追う結果となってしまった。
渾身の体当たりを食らった鎧は、その衝撃に耐えられずついに砕け散った。
「わ、私の夢の始まりが……!」
「終わりだ!!」
小心者の顔がついに顕になり、そこに鉄拳が叩き込まれた。加減した一撃ではあったが、非戦闘員の意識を奪うのには十分だったようだ。
「あが、が……」
砕かれた蒸気重鎧《スチームプレート》と共に、イザークは倒れ伏した。
「王都で裁きを受けるんだな、名も知らぬ代官よ」
堂々と立ち誇る彼は、この場の誰にとっても気高く映った。脅威の一端とはいえ、若き次期当主は仲間とともに、それを打ち払うことができたのだ。
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