謎の超美女ヴィクトリアによってもたされた情報により、イザークの脳内はパニックに陥っていた。


(どうする、どうする!?バレたのか、全てが!?)


 どこまで調べがついているのかは分からない、そもそもあの手紙が本当なのかも……。いや、まずなぜあいつらは直々に報告しに来ない?

 イザークがそう考えた瞬間、彼は悟った。


「見捨てたというのか……この、私を?」


 そう考えれば、全てに納得が行く気がした。イザークは自分が彼らを利用していると、今の今まで思い込んでいた。しかしその実態は全くの逆だったのだ。


「……終わらん、終わらんぞ、このままでは」


 しかしこの状況に陥ってなお、彼は権力への道を諦めてはいなかった。

 それが彼の幸福につながるかどうかは、ひとまず置いておこう。




 山から降り、ホーディア城に向かうべく歩みを進めていたカロッツたちだが、見晴らしのいい平原に差し掛かったところで妙なものを見た。


「あれは……軍か?」

「の、ようですね。かなり貧相ではありますが」


 カロッツは物心ついた時から、良く鍛えられ充実した軍を見慣れてきた。そんな彼からすると、こちらに向かってくる装備もまちまちで動きもバラバラな集団が軍だとは中々思えないようだ。


「あいつら、どう見ても俺たち目指してきてるよな」

「隠蔽目的でしょうか」


 なんというか、露骨な行動である。一同にそんな感想が流れるが、呆けてばかりもいられない。敵が刻一刻と迫ってきているのは事実なのだから。


「カロッツの旦那ぁ!あっしの遠眼鏡つかいますか?」

「ああ、うん……ありがとう。だが旦那はどうだろうか」


 引き連れているディエゴの手下たちのうちの一人が、望遠鏡を貸してくれた。彼らはなぜかカロッツのことを旦那と呼び、割と慕ってくれている。


(何を言ったんだ、ディエゴは)


 この戦場とは別の不安を抱えつつも、彼はまだ遠い軍隊の方を見やった。


(やはり肉眼で見た印象と大差はないな……。ん?あれは)


 軍隊の最後部に、カロッツは見覚えのあるものを見つけた。望遠鏡で見てなかったら、発見は遅れたことだろう。


蒸気重鎧スチームプレートだ、でかい」


 即座に周囲へ警戒すべき対象がいることを伝えると、一同に緊張感が漂ってきた。


「でかい?俺が使ってたやつ以上か?」

「周囲との比較になるが、5mはあるはずだ」


 カロッツの情報に、ミリアリアが息を呑んだ。遠目ではあるが、蒸気重鎧スチームプレートを戦場で見た身としては、否が応でも緊張してしまう。


(まずいな……今のコンディションであれに勝てるか?)


 カロッツもまた、彼我戦力を冷静に計算する。ミリアリアのお陰で右腕の凍傷こそ治ったものの、戦闘で負ったダメージ事態は依然として彼に残っている。彼女の力量ではまだ体全体の巻戻しはできなかったようだ。


「カロッツ様、今度はお一人ではありませんよ」


 思わず思考の渦に引きずり込まれていたところに、ミリアリアがカロッツの手を取りそう言ってくれた、自身も恐怖を覚えているはずなのに、である。


「……ええ、そうですね。その通りです」


 強い女性ひとだとカロッツは思った。彼女の勇気に応えるためにも、絶対にあのデカブツをなんとかすると心に火を入れる。


「作戦を練ろう」


 彼の言葉に一同が頷いた。




 ほどなくして、両軍は相対した。カロッツ達が先頭に立っているのに対し、大将であろう大型蒸気重鎧スチームプレートが最後尾に陣取っているのは対照的である。


「かかれぇ!奴らを殺せぇ!!」


 有無を言わさず、蒸気重鎧スチームプレートから大声で命令が降った。魔法で拡大しているのか、やけに辺りに響く。


 命を受けた兵隊たちは、戸惑いつつもカロッツたちへ向かってくる。一応、魔法兵や銃兵、弓兵などの遠距離部隊も揃えてるようだ。


「人の上に立つものとしていろいろ欠けているご様子ですが、なによりも優雅さが足りないとお見受けします」


 相も変わらず小綺麗なままのメイド服を纏うレイナが一歩、足を踏み出して先頭に立った。


「音の使い方、教えて差し上げましょう。大音響呪文ビガン・サウホール


 両の手のひらで三角形を作り天へ向けてかざすと、そこに頭部ほどの大きさがある光球を生成した。その光は大と小に分たれ、大きい方は天を目指して飛んでいった。


 敵軍もまた遠距離攻撃の準備が整ったようで、やかましい号令を半ば聞き流すように戦闘の端緒を切ろうとしたその時。


『控えよ、者ども』


 天から透き通るような声が聞こえてきた。それは決して他者を威圧するようなものではなかったが、不思議と攻撃の手を下ろさせる力があった。


『いまお前たちは、誰に武器を向けたかわかっているのか』


 声はなおも続く。カロッツたちを殲滅せんとやってきた一団は、気づけばその声に聞き入っていた。


「な、なあ……俺たち、何かまずいことしまってりのか?」

「わ、わかんねえよ。代官のイザークが山賊どもが襲ってくるって言うからここまで来たんじゃねぇか」


 どよどよと戸惑う兵たちの声に、天の声が答えるかのように彼らが刃を向けた誰であるかを明かした。


『ここにおわすのは、このフェリクス王国東部の守護を任ぜられるドラゴノート家、その次期当主である、カロッツ・ドラゴノート様であらせられるぞ!』


 どよめきはさらに広がり、混乱と化して群衆に広がった。


「なにを足を止めている!お前らはベントン男爵の代理たるこの私よりも、あんな得体の知れぬ声を信じるつもりか!?」


 蒸気重鎧スチームプレートの中にいるイザークがそう激怒するも、彼の言葉で思い直す兵は絶無と言ってよかった。


「こんなところでそんな方が賊を率いて流わけがなかろう!」


 なんとしても自身の正当性を通すために、さらなる主張を続けたところに、その若々しくも威厳のある声は轟いた。


『ベントン男爵とその領地を守護する兵たちよ、私は決して諸君らを害そうとここに来たわけではない』


 声変わりが終わったくらいであろうその声は、しかし今自分たちを指揮する男のそれよりもよっぽど指揮官に相応しい声に思えた。


『私の目的は、この地に根付く山賊を説得すること。そして、その彼らをたぶらかし我が領地に危害を加えんと画策した者を罰するために来たのだ』


 カロッツは自分の敵を限定して伝えた。後ろにいる山賊たちと、前にいる男爵軍同士を無駄に争わせないためである。


 兵たちも馬鹿ではない、そもそもとしてイザークが無理に動員して出動したのだ。その時点でこの作戦に対する疑念に満ちていたところに、この演説が重なった。


「おい貴様ら!なぜ戦わん!!」


 もはやこの戦に臨む士気も、後ろで喚いている男に対する義理も消え失せた。


『その最後尾にいる奴、貴様が首謀者だな』


 そして影に蠢くことだけが得意な男は、自ら裁きの場に躍り出た。


『投降しろ』


 最後通告が、イザークに通達された。

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