掴んだ証拠

 カロッツたちは無事に要塞内で待機していたディエゴと合流し、まず件の手紙を抑えるためにディエゴの私室まで来ていた。


「ここが、お前の部屋か」

「おう、もし誰も手を入れてねぇならここにまだあるはずだぜ、証拠がよ」


 しかしまあ、なんとも雑然とした部屋である。脚を踏み入れる場所があるのかないのか、それすらもろくに分かりはしない。

 ……部屋の主たるディエゴが特に気にする様子もなくズカズカと入り込んでることから、そういうことを気にする男でもないのだろうが。


「っと、確かこの辺だったかな」


 どの辺なんだ、ディエゴ以外の三人は皆そう思ったが、黙ることにした。

 がさこそと心当たりがある感じの場所を手で掻き分け探していたディエゴが、「あったぞ!」と声をあげた。


「これだこれ、見てくれよ」


 意外と手紙その物は丁寧に保管されていたようで、特に破損は見受けられなかった。代表してカロッツがその内容を確かめるが、すぐに顔をしかめた。


「……字が汚すぎる」

「ああ?これでか?」


 綺麗なもんじゃねぇか、と首をかしげるディエゴに、レイナが補足した。


「領主の仕事の2,3割は綺麗な手紙を書く事と言っても過言ではありません。手紙の文字は、その『綺麗』の基準に至っていないのでは?」


 レイナの問いかけに主が首肯した。曰く、貴族相手ならこの文字で手紙を出すだけで偽物扱いされるだろう、と。


「まあ、ほぼ男爵を騙っていることを確定する物証だな。レイナ、持っておいてくれ」


 承知いたしました、と彼女は恭しく手紙を受け取るとその手紙をどこかに仕舞い込んだ。


「さて、みんなに聞いてほしいことがある。地下のことだ」


 カロッツが3人を見渡してから、自身が地下で見たことを説明し始めた。

 洞窟のような通路とその奥にあった祭壇のみが鎮座している薄暗い小部屋、そしてそこに居た腕の立つ魔法使い。それらの情報を聞いて、ミリアリアが意見した。


「……なるほど、カロッツ様が感じていたこの要塞の違和感というのは、その洞窟に関係していそうですね」

「俺もそう思います。あそこは、おそらく秘密を共有した少人数のみで拓かれた通廊です」


 先ほどヴィクトリアが通路が崩れたと言っていたので、正規の出入り口を探すよりはカロッツがクルエルを投げて開けた穴から入るのがいいだろうと判断し、四人はその部屋へと向かうことにした。




 さて、例の部屋である。先刻の戦闘の影響で室内は氷に侵され、大規模な魔法力の衝突が起きた証である衝撃波の痕跡まで見受けられる。

 その凄絶な有り様を見て、ディエゴが冷や汗を流した。


「とんでもねぇな、こりゃ。立ってるだけで怖気が走るぜ」

「そうですね……決してこの寒さだけが原因ではないはずです」


 ミリアリアもその意見に同意し、室内を見回す。荒れ果てた室内の一部分だけ、不自然なまでに平穏無事な場所があるのを見つけた。


「これが祭壇でしょうか。妙な力を感じます」


 何かを祀っているかであろうその祭壇は、少なくともハレウス教会のものではない。どこか禍々しさを感じるのは、異教のそれを無意識に拒絶しているだけなのだろうか。


「……そこの手前の物は、何かの儀式道具でしょうか」


 祭壇本体に目を奪われがちなところに、レイナがその手前に安置されている物を目敏く見つけた。


「ヒトガタか……呪具の可能性が高いな」

「呪いっつうと……病気で倒れたって噂の男爵か?」


 ディエゴの推測にカロッツが是と答え「これは俺の想像だが」と前置いてから彼の見解を述べ始めた。


「この要塞を築いた者と、ここを造り守護していた者は、協力関係にあるが別々の思惑で動いているように思える」


 カロッツの意見に賛同するように、ミリアリアが自身の推測を重ねた。


「そうですね、もし目的を同じくしているのなら、ここの防衛はもっと力を入れていたのではないでしょうか」


 だからこそクルエルとヴィクトリアは簡単にここを放棄したのだろう。男爵を騙るものにとっては重要でも、彼らにとってはさしたる場所ではなかったのだ。


「で、この呪具っぽいもんはどうすんだ?」

「魔法力を込める者がいなくなれば自然に効果は薄れるはずだが、ここに放置しておくのも気味が悪いな」


 この場で判断すべき話題に話を戻したディエゴに、カロッツが心情を率直に述べる。そう、もし回収でもされたら面倒なイタチごっこの始まりだ。


「これ持ったからって別に死にはしないんだろ?じゃあ俺が持っとくわ」


 ひょいとヒトガタを掴むと、ディエゴは腰蓑として巻いている毛皮の中に仕舞った。


「なにか異常が起こったらすぐ知らせろよ」

「あいよ」


 よく得体の知れないものを直ぐに掴めるなこいつ、と言わんばかりの目でディエゴを見つつ、彼の体調に気を配ることにしたカロッツだった。


 ◇


 ベントン男爵領ホーディア城、その執務室。

 各地から搾り上げた税金を記帳した帳簿を、薄ら笑いをしながら悪代官イザークは眺めていた。


「ふ、ふふ……愉快この上ない。この調子でカネを貯め続ければ、この地方を超えていずれは国をも狙える力が手に入る……」


 荒唐無稽な夢を、彼は本気で信じているようだ。そんな甘美な夢が見られるほど、クルエルらが彼に持ちかけた取引は魅力的だったのだろう。


 そんな彼の元に、夢を邪魔する騒がしい足音が聞こえてきた。


「イザーク様!不審な手紙を発見いたしました!」


 ノックもろくにせずドアを開け放った者を睨みつけ、イザークは詰るように質した。


「なんだ、騒々しい!要らん手紙なぞその辺に放って捨てろ!」

「そ、それが……封もせずに、まるで見せつけるようにこのような事が書かれてあったのです」


 恐る恐る差し出された手紙を、イザークは乱暴にひったくり内容を読み上げれば、そこにはこう書かれていた。


 イザークさんへ


 色々あったから、あの山から貴方の大嫌いな連中がやってくるわよー


 超美女より


「ふ、ふ、ふ……ふざけるなぁぁ!!!」


 甲高い悲鳴が、城中を木霊した。

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