痛み分け
大広間での騒ぎを鎮めたディエゴたちは、まずこれからの自分たちの方針を共有していた。彼の手下たちは、ディエゴに着いていくと肚をくくったものの、やはり自分たちの将来が不安げではあるようだ。
「頭ぁ……俺達、連行即処刑ってことは本当にないんすかね」
彼らの内の一人が代表するように胸中の不安を打ち明けると、傷を手当しているディエゴは「心配すんな」と答えた。
「俺が交渉したやつは年端のいかねぇガキだが、それでも信用に足る男だ。約束はぜってぇ守る」
彼のその言葉に、ミリアリアとレイナはうんうんと頷いていた。頭目の言葉に多少は安心できたのか、手下たちの緊張感も幾分ほぐれてきた。
この人たちはもう大丈夫、そうミリアリアは判断して、彼女は今一番の心配事を呟いた。
「カロッツ様は今、どうなさってるのでしょうか」
思わず、といった感じでうつむいてしまった彼女に、レイナは優しい声で諭すように言った。
「若様のことです。あの穴から跳躍し戻ってこないところから察するに、あの地下に何か重大な物を見つけたのでしょう。直に戻ってこられるはずですよ」
「そう、ですよね。きっと、そうです」
レイナの励ましに、ミリアリアは努めて声を明るし顔を上げた。そんな時だった、凄まじい音が轟き、地響きが要塞を大きく揺らしたのは。
「この震動は!」
駆け出したミリアリアに、レイナが続く。ディエゴのみ部下の統率のためここに居残ることとした。暗黙の下にこの連携はなされ、どかっと座ったままのディエゴに、先程とは別の心配事を部下が尋ねた。
「あの、いいんですかい。あの人達を追わなくて」
「待ってりゃいいんだよ、俺達は」
ここで部下たちと一緒に、大人しく待っている。それが信用された男の仕事だと、ディエゴはそう判じた。
◇
渾身の奥義を極めたカロッツは、手応えと同時に違和感をも感じていた。固定しているクルエルの体が異常に冷たいのだ。まさか、脳が警鐘を鳴らすと同時に、相手の体がパキパキと氷の粒となり崩れ落ちていった。
「氷人形……!?」
直ぐにクラッチ状態から体を起こし、戦闘態勢に復帰する。その彼の背後から声がかけられた。
「少し、違うな……」
その声の主は、満身創痍と言った装いのクルエルであった。彼の体は生身半分、氷半分といった有り様で、下半身から下は先程の氷の粒が集まっている途中だった。
「己の身を氷結晶に変え、攻撃を受け流す秘奥……まさかこの手段を取らざるをないとは、私は貴様を大きく見縊っていたようだ」
彼は山窮水尽落としのインパクトの瞬間まで、魔法力を可能な限り蓄えその秘奥を発動した。しかしその切り札を使ってなお、甚大な被害を受けたようだ。
「ぬう……」
一見、戦況はカロッツに傾いたように思える。しかし、強大な必殺技の反動は、カロッツ自身にも襲っている。万全の状態なら抑え込めたはずのダメージは、右腕の凍結によって確実に彼を蝕んでいた。
現在の戦況は、おそらく五分。しかもお互いに手を出すに出せない状況となってしまった。焦れば負ける、両者の認識は一致し、持久戦の様相を呈する。そうなりかけた時に――……。
「あーっ!やっぱさっきの震動、あんたたちのせいね!!」
場違いに明るい声が響いた。いわずもがな、ヴィクトリアである。ずしずしとこちらに歩いてくるその様は、なにやら軽く怒っているように思える。
「人が!まだ!地下に居る時に!あんなでっかい地震を起こすんじゃないわよ!あたしの居たところ崩れたのよ!!」
「それは、まあ、なんだ……すまん」
凄まじい剣幕に、思わず謝ってしまったカロッツ。よくよく彼女を見てみれば、その美しい紅蓮の髪には土が降りかかっていた。女性がそんな目に合えば、これだけ怒るのも無理はないのかもしれない。
「おい、ヴィクトリア。今はそんな場合じゃないはずだが」
「いやそれはこっちの台詞。ガチバトルの時間はもうおしまいよ、クルエル」
首のみを後ろに向けて、彼女は相方にそう告げた。クルエルは集中し彼女の背後に注意を向けると、騒ぎは既に沈静化しており、2名の人間がこちらに向かってくる気配がした。
「ここはあんたの命の使い時じゃないんでしょう?この場所での戦いは、アタシたちの負けよ」
「……そうだな、お前の言う通りだ」
道理は自分ではなく、ヴィクトリアにあると判断したクルエルは、退く構えを見せた。カロッツもまた、二人を相手に戦闘を継続する気はないようだ。
ふと彼女がカロッツの負傷を目に止めた。
「……酷い凍傷ね、それ。溶かしてあげましょうか?」
「いや、結構だ。それよりも早く行け、俺の仲間が来るぞ」
そうなれば状況はより混沌と化す、それを避けたいのは三者に共通する認識である。
「それもそうね。それじゃ、お大事に〜」
ヴィクトリアが豊かな胸元から一枚の札を取り出し、魔法力を込める。するとその札は空に貼り付き、空間に空いた穴が周囲を塗りつぶすように濡羽色を広げた。
(転移の呪符か、初めて見たな)
物珍しげにその光景を眺めているカロッツに、ヴィクトリアが陽気に別れの挨拶を告げた。
「それじゃ、また会いましょ」
ゆっくりと彼女たちがその空間に踏み込んでいき、徐々に全身をそこに浸すと、開いた穴が次第に縮まっていく。
「ああ、また会おう」
穴が閉じ終わるその間際、カロッツは彼女に返事をした。聞こえたのか聞こえていないか、それは分からない。しかし、その返事は彼自身の覚悟を決めるためのものでもあった。
「……ふぅ」
その場で完全に一人だけになり、緊張の糸が切れた途端にその場で座り込んでしまった。目を閉じて耳を澄ませば、ミリアリアたちのものであろう足音が、もうすぐそこまで来ていた。
「カロッツ様!」
ほんの一瞬、瞑目した隙に意識が途切れていたようだ。心配そうにミリアリアが自分の顔を覗き込んでいた。
「ああ、ミリアリアさん……そちらは、無事に終わりましたか?」
自分のことよりもまず自分たちの状況を確認する主に、メイドが叱責の色を含んだ声で答えた。
「若様、まずはご自身の身を案じてください。我々は心配いりません」
「うん……そうだな、右腕もこの有り様だからな、レイナの言う通りだ」
完全に凍りついた右腕を見て、これからのことを考える。すぐに治療を受けない限り、直ぐに壊死してしまうことだろう。痩せ我慢でヴィクトリアの申し出を断らなければよかったか、そう思いかけた時。
「私にお任せください」
ミリアリアが彼の右腕にそっと触れた。彼女の顔は真剣そのもので、これから行う行動の難易度を物語っている。
「世に漂う万象の源よ、彼の者を救うための力を分け与え給え」
呪文の詠唱を一字読み上げるごとに、彼女と大気に漂う魔法力が混ざりあい、ミリアリアの体から力強い光が放たれ始める。
「あるべきものよ、あるべき様に」
その光が、ミリアリアの手から、彼女が触れている凍てついた右腕に注ぎ込まれていく。
「
彼の右腕が神々しい光に包まれると、徐々に氷がなくなっていく。それだけではない、ろくに感覚すら覚えなかったはずが、氷の冷たさを指先まで感じるではないか。
「おお……っ!」
思わずその自体にカロッツは感嘆の声をあげる。レイナもまた、信じがたいと言わんばかりにその目を見開いていた。
そして冷気に封じられていた右腕は、完全に元に戻った。熱で溶かして治療したわけではなく、まさしく巻き戻ったようだ。
「ふうぅ……いかがでしょう、カロッツ様」
「完全に元通りです、とてもびっくりしましたよ」
拳を開いては閉じ、その無事を確かめる。やはりどこにも以上は見当たらない。
「ミリアリア様の魔法は、かなり希少なのではないでしょうか。通常の回復呪文とはかなり効果が異なるようですね」
「えへへ……私が未熟なせいで、とても集中しないと使えないんですけどね」
彼女の魔法は、おそらく物体そのものに作用するものなのだろう。列車の戦闘でも遠目で見た、彼女の使った違う呪文と今回の呪文から、カロッツはそう察した。
「ありがとうございます、ミリアリアさん」
「そんな、お礼なんていいんですよ。当然の務めですから」
なんとなく、先程の地下でおきたヴィクトリアとのやり取りを思い出し、小さく吹き出してしまった。その様子を見てミリアリアは怪訝そうに顔をかしげた。
「あの、どうされました?」
「いいえ、大丈夫ですよ。ただの思い出し笑いです」
この状況でそんなことあるのだろうか、彼女はそう思ったが口には出さなかった。
「おかげさまで完全に治りましたので、とりあえずディエゴのところまで戻りましょう」
彼女への礼は、後日改めてちゃんとすればいい。カロッツはそう思って、まずは別れてから起きた出来事を共有するべく、要塞の方へ3人で歩きだすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます