騒ぎは繁華街の片隅で
まるねこ
第1話 朱里と翔也の身に起きた出来事
けたたましく鳴り響いているサイレン。
「ねえ、翔也。窓の外、騒がしくない?何かあったのかな」
私は窓の外を気にしながら服に袖を通す。
「なんだろうな? 今日は何処かで祭りがあるとか蓮先輩が言って気がする。そいつらが騒いでんじゃないか? あー俺も早く寮に帰りたいわ。朱里はこの後どうすんの?」
翔也も煙草を加えながらズボンを履いている。
ここは雑居ビルの七階の一室。
商業ビルの中なのに部屋の中は居住空間になっていてベッドやキッチンが備え付けられている。
蓮先輩から今日、この部屋に荷物を届けに来る人がいるから受け取って欲しいと言われ、この部屋にいる翔也。
普段この部屋は蓮先輩の友達が第二の家として使っているらしい。
翔也から一人では退屈だと呼ばれた私。
「んーもう今日は遅いし、家に帰るよ。帰ってすぐお風呂に入って寝るわ」
「俺も朱里の家に一緒にいってもいい?」
「翔也は明日学校でしょう?」
「あーそうだった」
「暇なら恵ちゃんだっけ? 電話すればいいんじゃない? あの子、翔也のこと好きっぽいし」
「もしかして妬いてんの? 恵はただのクラスメイトだよ。アイツは蓮先輩のお気に入りだから仲良くしているだけだって」
「この後、ここに来るんだっけ?」
「あぁ、蓮先輩が呼んだって言ってた。もしかしたら恵が荷物を持ってくるのかもな?」
「ふぅん。まぁ、いいわ。じゃぁ、また来週ね!」
「あぁ、また連絡する」
鏡を見ながら髪を整えた後、鞄をもって部屋を出ようとする。
ふと振り向くと、翔也の電話が鳴り、応答している。
相手はやはり恵からのようだ。
彼はスマホで話をしながら私の頬にキスをする。私もキスをした後、軽く手を挙げて部屋を後にした。
私の名前は今野 朱里。二十四歳。高卒で小さな工場の事務員をしている。顔はまあまあだと思う。けれど流行を追うのは得意ではないの。シンプルな服を着ているし、化粧も地味な方だと思う。
私の家はというと、父が浮気三昧で常に家庭内は不和が続いている状況だ。母はパートをしながら生活費を工面するのに精一杯。
早く離婚すればいいのに、と思っているけれど、何故か離婚しないようだ。
私は高校を卒業後すぐに居心地の悪い家を出て一人暮らしをしている。
恋愛に興味を持てないでいるのは幼いころから父親の浮気を見ているからかもしれない。
そして先程まで一緒にいた彼の名は志田 翔也。二十三歳。大学生。彼とは二年前に駅前を歩いている時に声を掛けられてからの付き合い。つまりナンパ。でも、友達以上恋人未満の関係。
気分が向いた時にお互い連絡を取り、遊ぶ関係なの。
私は恋人もいないし、結婚願望もないからこれはこれでいいとさえ思っている。
彼は短髪に耳ピアスでちょっとチャラい格好をしている。本人は真面目で一途だと言っているけれど、ちょくちょく女の子から掛かってくる電話を横目でみているとそうは思えない。
普段は学生寮に住んでいて寮に住んでいる先輩で今日、この部屋に来ることになった。
そして私が言葉に出した恵ちゃんという女の子。
田端 恵。清楚な黒髪の女の子。
翔也と同じ学部の子らしい。恵を知ったきっかけはある日、私と翔也がお茶をしている所を見つけて彼女はズカズカと店内に入ってきたのだ。
「翔也君を見かけたから声をかけちゃった!!今日はそっちの人とデートなの?」
「ん? あぁ、まぁね?」
「私! 田端 恵って言うの。翔也君と同じ学部でよく一緒にご飯食べてるんです。宜しくね! 翔也君と何処で知り合ったんですか?」
そんな感じでグイグイと話し掛けてきて翔也君好き好きアピールが凄かったのを覚えている。
時々私達が会っている時を狙って押しかけて来たりする迷惑な子。彼女が突撃した日はその場を翔也に投げて私は家に戻る。
面倒な事は避けたいの。翔也の彼女になるかもしれないし、ね?
そして度々翔也や恵の口から出てくる蓮先輩という人。
寮に住んでいる先輩で二浪していて先輩といいつつ翔也とは同学年。
正直に私はあまり好きじゃない。
一度、翔也が先輩に頼まれて私を紹介されたことがあった。彼はなんというか、雰囲気がとても怖かった。
何処にでもいるようなちょっとオシャレな格好をしていてとっても笑顔なんだけど、目が笑っていない。
なんだろう、とても違和感のある感じで私は本能的に近づいちゃいけない人なんじゃないかって思ったんだよね。
紳士的な話し方をしているんだけど、何処となく人を従わせようとしている言葉を掛けてくる。
蓮先輩から連絡先を聞かれたけれど、私が嫌がっている感じを察した翔也が煙に巻いてくれた。
早々に仕事があると私は帰ったのでそれ以上関りを持つことはなかったからいいけどね。
後日、翔也にはあまりあの人と関わらない方がいいんじゃないかって話をしたんだけど、翔也なりに付き合いがあるらしく笑って誤魔化していた。
まぁ、私には関係のない事だし、彼の交友関係まで口を出すのも違うしね。
今の時間は夜の十一時。
……こんな時間に彼女は来るのね。
私は部屋を出てエレベーターを待っていると、音と共にゆっくり扉が開いた。
「あら? 朱里さん。どうしたの? こんな時間に」
エレベーターから出てきたのは恵だった。
「あら、田端さん。ちょっと翔也に呼ばれていたの。ちょっと顔を見せただけよ。もう帰るところ」
「そうなの? ふふっ。聞いて? 翔也君に今晩一緒に居ないか? って誘われちゃったんだ。蓮先輩におねだりしてこの部屋を貸してもらったんだよ」
「そうなんだ? 良かったわね」
恵はどこか勝ち誇ったように私に笑いかけてきた。もちろん私は相手をしない。
さっきまで一緒に居たのは私だから。
彼女の言葉にイラッとする。
そう感じてしまうのはは翔也の事を好きなのかなって思う。でもこんな関係の私が言うのも違う気がしている。
「……もうっ、なんなの!? アイツわざと声を掛けてきたのね」
彼女が呼び止めてきたせいでエレベーターは扉を閉めて階下に行ってしまった。ボタンを押してまたしばらく待つことになった。
ここのビルはちょっと古い建物でエレベーターが遅い。
非常階段を使えばいいかもしれないけれど、こんな時間に階段を使うのは正直怖い。
仕方がないのでスマホをいじりながらエレベーターを待つ。
古い電灯が暗い通路を照らしているけれど、あまり気持ちいいものではない。
むしろ何かが今にも出てきそうな感じだ。
五分は待っただろうか。
ようやくカタンッという古臭い音と共にエレベーターが開き、私は飛び乗るようにエレベーターの中に入って一階のボタンを押した。
何も考えないようにエレベーターの階数が下がる表示をじっと見つめている。
外は五月蠅かったな。
ビルを出て巻き込まれないといいな。色々な考えが浮かんでは消え、時間が長く感じる。
階数を表示するランプを眺めていると口を閉じ、無言でいなければいけないような感覚に襲われる。
…
… …
… … …
ただ機械の動く音が不安で心をかき乱してくる。
ようやくエレベーターが一階に着いた。
一階に近づく頃にはビルの外から漏れ出ている騒音が聞こえてきた。雑音を耳にし、不安が鳴りを潜めだす。
扉が開き、大きく一歩を出た時。
先ほどの静けさとは売って代わり、騒々しささえ感じる。ホッと安堵の息を吐きながら入り口に向かって歩き始める。
一歩、また一歩と急ぐ足を宥めながら。
まだ外は騒がしい。
ビルの外に出ようとしたその時。
私の前を立ちふさがるように男が立った。
男は背が高く私は一瞬分からずに下に視線を向けて『すみません』と横を通り抜けようとした。
が、それは叶わなかった。
ドンッと肩がぶつかり、そこではじめて私は見上げて男の顔を確認した。
「……蓮先輩??」
よく見ると蓮先輩のようだった。一度しか会っていなかったし、風貌が以前と大きく違い、何となくそう感じた。
「うぅぅ……。あぁぁぁ……」
風貌が違うと思ったのも明らかに動きがおかしかったからだ。
髪はボサボサでシャツはボタンがとまっていない。そして焦点が合っていなかった。
大きく開けた口からはよだれが垂れていて何か言葉を発しているが言葉になっていない。
怖い!
私はぶつかった後、二、三歩後ろに下がった。よく見ると蓮先輩の後ろにも数人の男女が同じような風貌で歩いている。
さっきから鳴りやまなかったサイレンはこのせい……?
彼らは何か手に持っている様子。
とにかく逃げなくちゃ……。
ビルの中に押し込まれたら最後じゃないかという恐怖が私を襲う。
本当に一瞬。一秒も満たない間に色んな不安や恐怖が襲ってきた。
このままじゃヤバい!
「こっちに来ないでーーー!!!」
私は力一杯声を張り上げて鞄を抱え、蓮先輩に体当たりをした。
彼は身体が大きいせいか私がぶつかってもよろけるだけだった。
蓮先輩はブツブツと何かを発しながら私の腕を右手で掴み、左手に持っている何かを私の肩口にぶつけてきた。
チクリと刺さった何か。
掴まれた手をすぐに振り回し、離れた瞬間走って逃げた。
怖い。
どこまで走ればいいのか。
「誰かっ、助けてっ」
私の思いとは裏腹に何かが足にぶつかり私は転んでしまう。
……駄目だ。
確認している暇はない。
逃げなきゃ。
「誰かっ…」
肩に刺さった何かを引き抜いて立ちあがった。逃げなきゃ。そう思っているのに力が抜けていく。
誰かが遠くで私を呼んでいる気がした……。
「朱里! 気が付いたか!?」
私の顔を覗き込むように見ていた翔也が急いでナースコールを押している。
「こ、ここは?」
「病院だよ」
ズキンッ。
えっと、私はなんで病院にいるんだっけ……?
頭を抑えながら昨日の事を思い出そうとする。確か、雑居ビルから出たところで蓮先輩に襲われた……?思い出して恐怖で震える。
「大丈夫だ。もう、大丈夫」
翔也がギュッと私を抱きしめて宥めるように耳元で囁いた。
「助かった、の?」
涙がぽろぽろと零れてくる。
「あぁ。もう大丈夫。ごめん、巻き込んで」
私は倒れてから半日ほど眠っていたらしい。
翔也の話を聞くと、あの日、蓮先輩と仲間達は私達がいた雑居ビルで今街で出回りはじめたドラッグを持ち込み、使おうと思っていたらしい。
そのドラッグは幻覚が見え、人々を襲うような物だったのだとか。
私達が雑居ビルにいた時、警察のサイレンが五月蠅かったのは道路でドラッグパーティをしていた人達がいたようだ。
そして大人数で人を襲い始め、雑居ビル一帯は一時閉鎖されていたらしい。
そして私はドラッグを使用した蓮先輩と鉢合わせをして襲撃された。
やっぱりあの時、この人達と関わっちゃいけないと直観で思ったのは間違いなかった。
あの時、翔也に会いに来た恵はどうなったのか聞いたのだが、翔也は渋い顔をして答えた。
「荷物を預かろうとしたら、勝手に箱を開けたんだぜ? 止めようとしたんだけど、箱の中身が大量の注射器で焦ったよ。こいつはやべぇ! って。
でさ、恵のやつ、躊躇なく注射器を自分の腕にぶっさしたんだ。
マジで俺、終わったって思った。俺も荷物を受け取ったらすぐ帰る予定だったからさ、速攻でリュック持って逃げたね。
あいつ、注射してすぐにラリってきてマジで怖かった。
注射器持って俺を追いかけてきたんだぜ? 寸前で蹴り飛ばして必死で非常階段使って逃げた。あいつ、まじやべぇんだって!」
翔也は思い出したように恐怖を早口で話した。
非常階段を降りてビルの入り口から逃げようとした時に私の助けてという声が聞こえて走ったみたい。
どうやら私の他に襲撃された人達が何人か倒れていて私はその人達に引っかかって転んだようだ。
翔也の話では転んだ私に襲い掛かろうとしていた人達がいて止めに入った翔也が襲われた。
ちょうど警察が助けに入ったので私も彼も重症にはならずに済んだ。
……そう、彼も手を怪我して包帯が巻かれていたのだ。
「翔也こそ大丈夫? その腕、骨折?」
「あぁ、俺は大丈夫。これは朱里を助ける時にちょっとしくじっただけだし。感謝してくれてもいいよ?」
「もうっ。でもありがとう」
あの事件から二週間が経った。
「朱里、助けてっ」
「どうしたの?」
「あの事件で蓮先輩達が関わっていただろ? あいつらのせいで寮が閉鎖されるんだ。俺、行く当てがないから朱里の家に少しの間、泊めてもらっていい?」
そうして彼は私の住んでいるアパートに転がり込んできたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
いつもは異世界恋愛やファンタジーカテの片隅にひっそり埋まっていますが、初めてホラー?パニック?を書いてみました。
カテゴリーもこれで本当に合っているのか!?
なんて思ったりしてます。
こういった感じの文章を書くのは初めてなので不安で一杯です。(*'ω'*)
騒ぎは繁華街の片隅で まるねこ @yukiseri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます