GET WILD
隅田 天美
誰かのために生きられるのなら、何も怖いものはない
北風が厳しく吹く。
死神はくしゃみをする。
少し町はずれの路地。
先ほどまで天界の聖殿で人間へ転生する儀式を行っていた。
「なんで、死神ってこんな布のマントとフードだけなんだろうな? 寒くてたまんねぇぜ……」
吐く息は白い。
雑踏を抜け、一軒の古びた食堂に向かった。
まだ、光はついている。
「親父殿、さみぃから飯ぃ食わせてよ」
建付けの悪い扉をガタガタ鳴らしながら、やや慎重に開ける。
「あら、いらっしゃい」
はんなりとした訛りで出てきたのは割烹着を着た女性だった。
「あれ? 親父殿は?」
意外な人物の登場に死神は驚いた。
「お父ちゃんな、『会派の会合があるから』ちゅうて出掛けよったで」
「うっわー……飯なしかよ……」
思わずお腹を擦る。
胃も腸もないのに、グーグー腹は鳴る。
「ちょい待ってな……ええもん、あるさかい」
そういうと女性は、奥の調理場で少し物音がして、いい匂いがした。
大好きな果実の香り。
女性はお盆を持って出てきた。
「はい、あんさんの大好物のアップルティーとアップルパイやで!」
「おお……」
確かにお盆の上には、マグカップに注がれたアップルティーと皿に盛りつけられた六分の一にカットされたアップルパイ。
長テーブルに置かれる。
まず、湯気立つアップルティーを火傷をしないように(そもそも舌はないはずなんだけど)慎重に飲む。
林檎と紅茶の香りと甘い味わい……
「ちゃんと、砂糖をバンバン入れといたから甘いで」
さすが、共に『親父殿』の元で修行した仲だ。
好みを知り尽くしていた。
アップルパイは、豪快に骨の素手で口に運ぶ。
ザクザクのパイ生地に甘じょっぱい林檎がよく合う。
無我夢中で食べる。
ああ、美味しいものを食べられる幸せ……
「ねえ……一つ、聞いていい?」
女性が、目の前に座り、真剣な眼差しで聞いた。
「何だよ?」
その気迫に少し押されながら死神は服についたパイのかすを払った。
「あなた、本当に『人間』になるの? 死神の力を捨てて、その人間の女の子のために、ここを捨てるの?」
「二つになっているぞ……」
と言いつつ、少しぬるくなったアップルティーを飲む。
「死神にしかなれなかった劣等生の意地だよ……」
事実、そうだった。
死神は『親父殿』の弟子の中で一番不出来で落第生だった。
しかし、数多くの神々を輩出した『親父殿』の中で、一番彼の傍にいて、その心と意図を理解し業に生かしたのは、その「劣等生」だったことを彼女は知っている。
一方死神は苦笑した。
--意地?
嘘だ。
単なる自分を正当化する理由だ。
この場所にいれば、安寧に生きていける。
神々と悪魔、邪神などが互いに協定を結んだ奇跡の中立地帯。
それが、ここだ。
「夢を……見たんだ」
小さく死神が空のマグカップを弄ぶようにいじりながら言った。
罪の告白のように小さく、真摯だ。
「色々なごちゃまぜの世界で人間たちがピーチクパーチクやっている。ドンパチやってギャーギャー騒ぐ……聖女のお前から見たら、今の世界は醜い世界なのかもしれない……でも、その中でも人間たちは必死に生きている。それが堪らなく愛おしいんだ……」
聖殿の儀式で見た夢で死神は考えた。
約束をした人間の女の子もそうだが、同じぐらい、周りの人間が愛おしい。
強いやつ、弱いやつ、ズルいやつ、賢いやつ……
彼らすべてが愛おしい。
だから、守りたい。
「人間のために弱くなることはないでしょうに……」
「そうもいかん……約束は約束だ。約束が守れんで、何が神様や?」
そう聖女の口真似をして、死神は胸を張った。
「バカ! そんな女の子のために体を張ることはないやん!……っても、あんさんのことや……儀式もしよったんや。もう、私では止められられへんやろ?」
死神は頷く。
「ほな、祝福だけはさせてぇな……『この死神の来世によき祝福を!』」
すると、体が軽くなり、力がみなぎる。
「感謝する」
死神は立ち上がり、礼を述べた。
その時、建付けの悪い戸が開いて、一人の男性が入ってきた。
「『親父殿』!」
「『お父ちゃん』、おかえり」
「おお、お前ら、いたんやな……あ、そうそう。お前さんに連絡事項がある」
そういうと男はとんでもないことを言った。
「お前が弱くなる分、俺も人間に転生して修行をつけてやる……というか、最近、修行していないから明日から来い。転生までみっちり稽古つけてやる!」
「約束は約束やらからなぁ」
聖女の追い打ちに死神は血が流れていないのに血の気が引いた。
GET WILD 隅田 天美 @sumida-amami
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