Epilogue.  これが、彼と彼女の始まり。

第46話

 日常は時間の進みを早める。それはもちろん季節の進みも早く感じさせる。


 厳冬とあちこちで騒がれた冬からすっかり過ごしやすい温かさの春になっていた。

 桜の花々はこれでもかというほど美しく咲き誇り、冷え切った空気の姿は跡形もなくなっていた。


 春は出会いの季節だと呼ばれる。

 まさしく彼と彼女が最初に出会ったのは春であった。


 その彼と彼女は後に別れ、そして再び出会った。

 初めの離別は二人の間の様々なすれ違い、食い違いの産物によるものだった。

 それは再会によって解消することを可能にした。


 それによって改めて二人で過ごすことでお互いの思いは結ばれるも、無情にも病によって遮られ、彼女が深い眠りにつくことでまたも別れることを余儀なくされる。


 しかし、長い時間を経ることなく彼と彼女はまた再会する。

 彼女は目を覚ました後、欠落した生活に必須とされる知識を覚えるために、二人で過ごす空間を確保するのに時間を要した。


 そして今に至る————————。


 彼女は車いすに乗るようになり、彼はその彼女を押すようになった。


 その二人の距離感は以前と比べて少し遠くなったと感じる。しかし、それは今だけのこと。


 時間が経つにつれて、彼と彼女の距離は縮まっていく。その理由は言うまでもない。



 もしかしたらあの時の彼女と今の彼女とでは違うところが見受けられるかもしれない。感受性が豊かになって感情のふり幅が広がり、あの頃より幼くなったように見えるかもしれない。


 確かに、もし三度出会うことになった彼女は本当に同じ人間かと問われたら、彼は答えに窮するだろう。



 それでも………………いや、だからこそ………………


 彼と彼女は新しい物語を始める。



 二度とこの手を離さないと決意して————————。


 二度と失わないことを心に決めて————————。


 二人が笑顔でいられると信じて————————。


 その未来が幸せなものになると願って————————。



 そして、あの時の彼女との約束を叶えると誓って————————。



 何度でも————————『愛』の言葉を伝え続け、溶解して失った『愛』を


————————————————彼と彼女は、二人で叶える。




 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

溶解する記憶に「愛」の言葉を。 根本水面 @Nemosuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ