第45話

 病院に着くと、病室の前には既に由梨さんと小笠原の姿があった。

 二人の表情は感情を読めないものだったが、目元を赤くしているところから泣いていたのだと察した。


 俺は少し緊張気味だった。ただ、その緊張は今までのものとは比べるのが野暮なほど大したものではなかった。


 病室へと入っていく。そこには、いつもの入院着に身を包んだ花瓶の花に劣らない可憐な女性————————目を覚ました舞菜がいた。


 舞菜は体を起こして、窓の外を物憂げに眺めていた。


 以前と何にも変わらないその姿を見た瞬間、俺の急激に目が潤んでくる。


 俺の鼻をすする音が聞こえて、舞菜は私の方に振り向く。


「だれ?」


 やはり、直接記憶が失われていることを突き付けられる言葉をかけられ、少し言葉が詰まる。


 しかし、これは知っていたこと。事前に覚悟していたことだった。


 俺は真っすぐ舞菜を見て、大切に言葉を紡ぐ。


「俺は飯田悠悟。舞菜の————————君の彼氏だ」


「いいだくん……? かれし…………? ごめん、わからないや」


 舞菜は俺の言葉に戸惑いを見せる。それは当たり前のことだ。

 目を覚ましたら、知らない場所と知らない人がいる立場に置かれた上で、彼氏だと自称する知らない人が現れたら困惑するに決まっている。


「それは仕方のない事さ」

「それに、かれしだなんて………………」

「分からないことがあるのは知ってる。そんなことは気にする必要ない」


 俺は力強く言い切る。それは舞菜の今の記憶を失い切った状態を把握しているからという理由だけじゃない。


 ただ、舞菜はまだ不安そうな顔をする。


「でも………………」


「俺は舞菜のこと……君のことを思っていること………………君のことを愛していること…………。それだけは本当のことさ」


 舞菜はまた困ったような顔をした。それでも………………。


「なんでかわからないけど………そのことば、すっとこころにはいるかんじがする……」


 舞菜の中で腑に落ちないところがあるようだけど、不思議と納得できたようだった。


「うん。ゆうごくん……わからないことだらけでめいわくかけるかもだけど……よろしくね」


 少し上目遣いで俺に話しかけてくる舞菜に好きな気持ちがあふれそうになる。


「ああ」


 俺は感情が漏れ出すのを抑えながら、そう短く答えた。


 そうして見せる舞菜の笑顔は相も変わらず誰よりも綺麗で、何よりも美しくて、世界で一番だった。


 俺は幸福感に満ち満ちていた。

 そして、再び決意を新たにする。


 俺が舞菜を幸せにする。

 二度と二人の時間を終わらせない。思い出を忘れさせない。記憶を消させない。


 俺は失ったものを受け入れ、未来を見据える。

 もちろん、今までの思い出は忘れない。大事に心にしまっておく。それがあの時の約束だ。


 彼女との過去も、今も、未来も————————すべてを抱きしめて俺は歩みを進める。


 だって、どうしようもないくらい、舞菜のことが好きで好きで仕方なくて、舞菜のことを愛してやまないのだから………。


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