【短編】勇者レベル0【ファンタジー/ライトノベル】

桜野うさ

勇者レベル0

「男なんてもう二度と信じるかぁぁぁぁ」


 レトロな雰囲気が漂う酒場の中心でそう叫んだ。その瞬間、そこいらでくっちゃべっていたガタイの良い酔っ払いどもがぎょっとしてこちらを向いた。けどすぐに何事も無かったかの様に、奴らは元の方へと向き直った。その顔には、”厄介ごとには巻き込まれたくない”って書かれている。

 男ってどいつもこいつも普段はえばりちらしてる癖にいざって時に弱いしょーもない生き物よね!


「マスター、お酒頂戴。この店でいっちゃん強いのね」


 マスターは苦い顔で私を見下ろした後、私の周りに散乱したグラスを見回した。


「これ以上はダーメ。メイちゃん、お姉さんこれ以上はお酒作んないからね!」


 言い忘れていたけどこの店のマスターは、オカマだ。

 昔は腕利きの傭兵をやってたらしく、その辺に転がっているごろつきよりもよっぽど良い体してる。だから花柄のワンピースはぶっちゃけ似合ってない。フリフリのエプロンも似合ってない。あと頭につけてるピンク色のリボンもね。


「私のおかげでこのくたびれた酒場は持ってんだからさー、ちょっとくらいわがまま聞いてくれたって良いでしょ?」


 この酒場が繁盛しているのは、ひとえに大陸一の魔法使いと言われる私のおかげなのは間違いないわ。力自慢の戦士やら、城に仕える軍人やらが私の力を借りるためによくこの店まで来るもの。そして店に入って来た力自慢の戦士やら、城に使える軍人やらはママの凄みにやられてお酒を何杯か飲んで行く。さらにママの凄みにやられて、帰ったら宣伝までやらされているらしい。

 私目当ての客がいなけりゃ、こんなボロいわママがオカマだわの店なんてすぐに潰れちゃうんだからぁ。良い常連を持ったって感謝して貰いたいわ。


「アンタ、もう子どもじゃないんだからわままなんてよしなさいよ、みっともない」

「うるさぁい! 大人だって我まま言いたい時くらいあるじゃないの! ママの馬鹿! バカマ!」

「アンタ……ぶっ殺されたいの?」

「……うっ、それはやめて」


 大陸一の魔女でもママには敵わない。力自慢の戦士やら、城に使える軍人だって言う事聞いちゃうのもわかるわ。

 ママは、大きなため息をついた。


「男に振られたくらでそんなに腐る事無いじゃない」


 私が女を捨てるほど飲んだくれてる理由は、さっきこっぴどく振られたから、それだけ。


 ――ごめん、お前とはもう一緒に居たくない。別れてくれ


 がしゃーん。

 あいつの顔やらあの時言われた台詞やらを思い出して、ついテーブルにグラスをぶつけてしまった。

 テーブルさん、グラスさん、ごめんなさい。アンタ達に罪は無いのよ。


「それ、弁償だからね」

「わかってるわよ」

「大陸一の魔女が何情けない姿晒してんのよ。アンタに勝てる男なんてそうそう居ないんだから、男のことなんかでそんなになる事ないわよぉ」

「男が私に勝てないから今こんな事になってるじゃないの!」


 そうよ、全部男と言う生き物が悪いのよ!



「決めた。私、この世の男どもに復讐してやる!」

「馬鹿な事はよしなさい」

「私はどーせ馬鹿よ。大馬鹿よー」

「メイちゃんの事を馬鹿とは言ってないじゃ無い。卑屈になるのもおよしなさい」

「どーせ大馬鹿ならでっかい事やってやるー! 今に見てろよー!」

「話聞きなさいよこの酔っ払いが! ちょっと頭冷やして来な!」


 文字通りママに首根っこ掴まれて店をつまみ出された。女の子なんだからもうちょっと優しく扱って欲しいもんだわ! まったくもう!



 はぁ……それにしても夜の風って何でこんなに気持ちが良いんだろう。嫌なこと全部忘れられそう。まぁ、実際はそんなに上手くは行かないんだけどね。

 今日何度目かの大きなため息をついた。何だってこの私がこんな気持ちにならなくちゃいけないのよ! むっきー!


「あーあ、ぶちのめすのにちょうど良い男がその辺に落ちてないかなー」

「や、やめてください……」


 きょろきょろしながら歩いていると。弱々しい男の声が聞こえて来た。聞いてるとムシャクシャする、いい具合に殴りたくなる感じの声。

 ぴこんと私の頭の中に電球が浮かび上がる。うふふ、ぶちのめすのにちょうど良い男がいたじゃなぁい。

 私は声のする方にそろそろと歩いて行った。



「ひぃっ、暴力は駄目ですよ!」


 あら、私が今からしようとしていることを読まれちゃったのかしら。……と思ったけど違ったみたい。声の主である見るからに気弱そうな男の子は、野良犬に襲われている所だった。

 さっきのはこの野良犬に向かって言ったのね。特別な力が無くっちゃ野良犬と会話なんかできないはずなんだけど。


「アンタ、何してんの?」

「ああ! ちょうど良いところに人が! あの、助けてくださいませんか?」


 男の子は野良犬に乗っかられていて、今にも噛みつかれそうだった。

 こいつってばよく見たら腰に立派な剣を刺してるじゃない。弱そうに見えるけど多分戦士かなんかなんだわ。


「その剣でやっつけちゃいなさいよ」


 私が言うと、彼はあからさまにうろたえた。

 呆れた目で男の子を見下ろす。どうせ新米戦士か何かで、剣を使うのが怖いとか言うんでしょうね。なっさけなーい。


「仕方ないなぁ、じゃあ、私が魔法でやっつけてあげる」


 指先に魔力を集める。私ならこんな犬っころ、即効で消し炭にしてやれるわ。まぁ、可哀想だしさすがにそこまではしないけどさー。ちょっと魔法で脅かしてやればすぐに逃げるでしょ。


「だ、駄目ぇぇぇぇ!」


 男の子が突然大きな声をあげたもんだから、びっくりして犬は逃げて行ってしまった。


「ああ……良かった」

「何よアンタ、人がせっかく助けてやろうとしたのに!」

「お心遣いはありがたいのですが……あの、暴力はいけないと思うんです。……すみません」


 意味わかんない。じゃあ黙ってやられろって言うの? しかもなんでそこで謝るのよ。


「そんな立派な剣持ってるくせに暴力はいけないですって? 矛盾してるんじゃないの?」

「こ、これは一度も使ってませんよ! 持ってるだけです!」


 こんな重そうな剣、装飾品にはとても見えない。


「使わないなら何でそんなもの持ってるのよ」

「そ、それは……」


 男の子は口をもごもごとさせた。ああもう、はっきりしない奴だなぁ!


「これはうちに代々伝わる剣でして……旅立つ時に親にむりやり持たされたんです」

「代々伝わる剣があるなんて、アンタの家って由緒ある家系のね」

「由緒ある家系って言うか……勇者の家系です」

「は?」

「だから俺、勇者なんです」


 ”勇者”の単語に私の心臓は跳ねた。今一番聞きたく無い言葉だった。


 ところで今さらだけど、この世界は何だかんだ行って危機に瀕していたりする。

 どこか別の世界からやって来た魔王がこの世を乗っ取ろうとか考えてるらしい。で、その魔王を倒せるのは勇者の一族だけなんだって。

 まぁ、勇者や魔王って言ったって別にそれほど特別な存在でもないけど。この世界には勇者も魔王も何人かいるし、何人かいる魔王の内三人くらい私の友達だし。

 勇者の知り合いだって一人いたしね。


「やっぱり驚きますよね。だって俺、こんなだし……」

「そんなに弱そうでよく勇者なんか務まるわって感じ」

「俺だってしたくて勇者してるわけじゃ無いんです」


 自称勇者は俯いて口ごもった。


「勇者の家系に生まれたら勇者になるのが決まりなんです。年頃になったら魔王さんを倒す旅に出なくちゃ駄目なんです。そして旅に出たら魔王さんを倒さないと家に帰れないんです……」


 そう言って彼は大きなため息をついた。

 ……昔”あいつ”から似たような事聞かされたわ。


「でも俺、戦いって嫌いなんですよ。……戦いなんて相手を傷つけるだけだし、あんなの駄目です。ましてや誰かを殺すなんて……」


 ”勇者くん”の顔はみるみる内に青くなった

 さっき剣を使えって言った時うろたえたのはそのせいか。


「……俺、本当は勇者なんかじゃなくて花屋になりたいんです。綺麗な花を育てて、売って、皆さんに心を潤して貰いたいなぁって思っているんです。戦いなんかよりずっと素晴らしい事だと思います!」


 花屋になりたいだなんて、こいつオトメンって奴ね。男らしくないとか、私の一番嫌いなタイプの男だわ。……ママは良いの、ママはオカマだけどある意味男らしいし。

 まぁ、勇者ってだけでこいつは既に大嫌いなタイプなんだけどね。


「花は凄いんです! 誰かを傷つけるどころか、見ていると傷ついた心を癒してくれる。そんな所に憧れているんです。……本当は花になりたいけど、さすがにそれは無理だから、俺は花屋になりたいんです!」


 花の事を話す勇者くんは凄くきらきらしていた。


「……むりやり勇者なんかやらされて、夢が叶わなくて可哀想ね」

「いいえ、夢は叶えます! この旅を無事終わらせたあかつきには故郷で花屋を開こうと思うんです! 魔王さんを倒した後なら花屋になって良いって両親からも許可を貰いました」


 きらきらする彼に比例するみたいに、私の心の中は暗く暗くなって行く。

 夢なんか、そう簡単には叶わないものなのよ。それが現実って奴。


「俺、旅の間不戦を貫こうと思ってるんです。誰かを傷つけてしまったら花みたいにはなれないから。……こんなだから誰もパーティーになってくれませんけどね……あはは」


 だから勇者の癖に仲間も連れず一人でほっつき歩いていたのね。


「戦わないでどうやって魔王を倒すのよ?」

「それは……話し合いで……解決しようと」


 こいつ馬鹿じゃないの? 魔王が勇者の話し合いに応じるとでも本気で思っているのかしら。

 魔王と勇者は生まれた時から宿命の敵同士なんだから。


「そんなの無理に決まってるでしょ」

「や、やってみなきゃわかりませんよ! もしかしたらできるかも……いえ、やってみせます!」


 彼はとても眩しい顔をしていた。この青っちょろい奴に厳しい現実って奴を教えてやりたくなった。

 たぶん逆恨み。こいつがイライラする性格で、勇者だから、むしゃくしゃをぶつけたくなったの。


「……夢を叶えるために、こんな旅とっとと終わらせたいわよね?」

「そりゃ……できれば早く故郷に帰って花屋を開きたいですけど……」

「んじゃ、私があんたの勇者の旅をすぐに終わらせてあげる」

「え? そんな事できるんですか?」

「ええ、今すぐ魔王の城に連れて行ってあげる。とにかく魔王を一体倒したら勇者は旅を終わらせる事ができるんでしょ?」

「そ、それはそうですけど。え、いや、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

「さぁ、行くわよ!」

「え、えええぇぇぇ?!」


 腕を振ると、眩い光が現れて私と男を包んだ。

 その瞬間、何処か寂しさを感じる町外れから、不気味な城の建つ森の中へと視界に写る光景が変った。

 勇者くんは不思議そうな顔をしながら辺りを見回した。


「あれが魔王の城よ。さっさと行って魔王の奴を倒して来なさいよ」


 私は不気味な城を指差しながら言った。

 この場所が何処か知った途端、勇者くんは足を振るわせた。


「いきなり、そんな! 無理ですよ!」

「どの道やんなきゃ駄目なんでしょ? なら、今でも一緒よ。早く行けば?」


 このまま不戦を貫くんなら彼のレベルは一向に上がらない。だったらいつ魔王と戦っても結果は同じよ。

 まごついて動かない勇者くんの背を軽く蹴ってやった。まったく、だらしないわねぇ。


「……転移魔法なんて、上級魔法じゃないですか。……こんなのが使えるなんて貴方は一体」

「私はメイ、大陸一の魔女で史上最高のいい女よ。覚えといて」

「魔女のメイって、あのメイさんですか?!」

「あら、私のこと知ってるの?」

「故郷にいる幼馴染が魔導師なんですけど、貴方が憧れだって言っていました。彼から話をよく聞かされたので、俺、貴方が凄い魔法使いだって事は知っています」


 凄い魔法使い、ね。そんな事言われたって本当はあまり嬉しく無いんだけど。だって私の夢は大陸一の魔女になる事なんかじゃなくて、もっと、別の……きっともう叶わないものだから。


 魔王城の内部って結構複雑な構成ね。これまで何度も階段を上ったり下ったりしたのに、まだまだ魔王の部屋までずいぶんとあるみたい。

 本当は魔王の部屋まで魔法で転移したいところだけど、魔王の結界のせいで部屋まではワープできない様になってるのよね。めんどくさいなぁ。

 勇者くんに目をやると、彼はすっかりとへばっていた。


「アンタってば体力無いわねぇ……」

「す、すみません……」


 見るからに勇者に向いてない――それに本人もやりたくないって言ってる――奴も勇者にならなくちゃいけないなんて、家系で職業を決めるシステムってどうかと思うわ。


「メイさんは結構体力あるんですね……」

「女性に対して失礼ね!」

「す、すみません!」


 体力があるのはひとえに努力の賜物って奴よ。今でこそ私は大陸一の魔女だけど、昔はてんで弱かったの。ここまで来るのにかなり修行を頑張ったんだから。

 魔法を使うのには体力も必要だから、体力づくりのために毎晩のジョギングは欠かして無かったのよ。今日を除いてね!


「それにしても静かですね……」


 勇者くんの言う通り、辺りは吃驚するほど静かだった。


「魔王さん、買い物でも行ってるんでしょうか。だと良いなぁ」


 まったく、お気楽なんだから。こんなの入って来た奴を油断させる魔王の作戦に決まってるでしょ。……ほら、言っている間に敵が来たわ。


「お迎えのお出ましよ」

「ひ、ひぇぇぇぇええっ!」


 魔物の咆哮が辺りに轟く。二十匹は居るであろう魔物に、勇者くんは後ずさった。


「アンタ一人で何とかするのよ、勇者でしょ」

「え、ちょっと! メイさん!」


 私はさっさと安全圏へワープ。さーて、勇者くんの働きを高みから見物してやろっと。

 魔物たちはじりじりと勇者くんに近寄って行った。


「うわぁっ!」


 魔物の一匹が勇者くんを襲った。彼はぎりぎりのところで避けた。ふーん、なかなかやるじゃなーい。


「腰にさしたそれ使いなよ。勇者の剣なら、使用者に実力が無くったってこいつらくらいなら一振りで倒せるわよ」

「ぜ、絶対に嫌です! 暴力は駄目です!」


 別な魔物が勇者くんを襲う。彼はまたぎりぎりで避けたけど、今度は魔物の爪が彼の足を掠った。


「ぐっ……!」


 苦しそうな顔しちゃって。さっさと下らない信念なんか曲げちゃえば良いのに。


「そのまんまじゃやられちゃうわよ。剣使いなって」

「嫌です……」


 見かけに寄らず往生際が悪いんだから……。


「ばっかみたい。そのまんまじゃ死んじゃうかもしれないのに」

「死んだって……嫌です!」


 また別の魔物が勇者くんを襲う。……さっきの怪我のせいで今度は避けられそうに無いわね。

 ちょいっと私は腕を振った。指先から現れた炎は、その場にいた魔物すべてを包み込んだ。

 やがて魔物たちは全員消し炭になった。


「魔物は魔法で作られた生きものよ。命なんて無いわ。そんな奴のために死ぬなんて馬鹿すぎて笑えないじゃない」


 沈黙する勇者くんにそろりと歩み寄った。そして彼の足に手を翳す。そのまま回復魔法をかけてやった。ふん、目の前で死なれたりしたら気分が悪いからね。……お礼なんか言わなくても良いのに。律儀な奴。


「作られた命だとしても、傷つけたり、こ、殺したりは駄目です!」

「どうしてよ」

「作られたものだとしても命は命です。簡単に奪って良いものじゃありません。……それに俺自身、一度でもそんな事をしたら、自分の事が嫌になってしまうと思うんです。自分の信念を曲げる事になるから……」

「夢のためなら信念くらい曲げちゃいなさいよ」

「それは絶対に嫌です! それじゃ本当の意味で夢が叶ったって言わない!」


 こいつ、何処まで私をイライラさせれば気が済むのかしら。自分の信念は曲げたく無いくせに夢は叶えたいなんてさ。そんな都合の良い話、そうそう無いんだから!


「来なさい!」


 私は勇者くんの腕をひっつかんだ。


「あ、あの! ちょっと!」


 そのままどんどんと前に進む。進行の邪魔をする魔物どもはどんどんと消し炭に変えてやった。

 魔物が断末魔をあげる。作られた物のくせに、いっちょまえにこっちの罪悪感刺激すんなっての。

 ああ、もう! イライラする!


 私、何にイラついてるの?

 魔物に?……違う。

 勇者くんに?……それも違う。

 だったらあいつにかしら。……それも多分違う気がする。


「や、やめて下さい! メイさん!」

「くだらない信念なんて押し通さなきゃ前に進むのなんてこんなに簡単なのよ!」


 ――ごめん、お前とはもう一緒に居たくない。別れてくれ


 ――どうしてそんな事言うの? 私、貴方のためにやったのに


 ――本当に俺のためを思うなら、二度と俺の前に現れないでくれ!


 ――待ってよ! ねぇ! 行かないでってば!


 思い出したくも無い記憶がまた頭を過ぎる。ちくしょう。


 ずっと前だけ見て進んでいたから、勇者くんの顔は見えなかった。どんな表情で私の行動を見ているんだろう。


「ここでラスト、か。このドア開けたら魔王のお出ましよ。魔王はあんたにしか倒せないけど、どうする? 帰る?」


 勇者くんの顔を見ないようにしながら、私は彼に問うた。


「……行きます」

「戦う覚悟が出来たのね」

「戦い……ません」


 思わず彼の方を見た。


「まだ話し合いがどうとかって言ってんの? そんなの無理だしやられるだけよ」

「でも、自分が通りたい道を諦めて前に進んだって本当に行きたい場所になんて行けませんから……」


 気づかないうちに、私は勇者くんから手を離していた。


「え、偉そうな事言ってすみません」

「……私さぁ、勇者って元々嫌いだったんだけど、今日で最悪の最低に変わったわ」

「どうして勇者が嫌いなんですか?」

「振られたの、とある勇者にこっぴどく」


 何で今こいつにこんな話をしているのか、わからない。アホな信念通そうとするへっぽこ勇者にムカついたのか、それとも、聞いてくれるなら相手が誰でも良かったのか。……そうね、たぶん私はこの事を”勇者”に言いたかったんだ。


「その男さぁ、私に言うわけよ。お前とは一緒に居られないって。お前といると嫉妬するって。私が強すぎるから、あの男より強いから」


 私の言葉に、勇者くんは俯いた。 


「彼はそりゃ腕の立つ立派な勇者だったわ。だからあいつの彼女として恥ずかしくないように、魔法の修行して強くなって、大陸一の魔女になったの。なのに、あいつ喜んでくれるどころか……もう二度と私なんて見たくないって。そんなに頑張らない方が良かったのかなって思ったわ。……だけどね、きっと彼のために頑張らなかったら私は私のことを嫌になっていた」


 私の努力は男のプライドって奴を引き裂いただけに終わったらしい。そんな風に傷つけるつもりなんかこれっぽっちも無かったのに。だって私、本当にあいつの事……。


「頑張ったって報われない事なんかこの世にはごまんとあるの。わかったでしょ?」


 勇者くんは何も言わなかった。


「……私にもアンタみたいに夢があったわ」

「メイさんの夢って何ですか?」

「……笑わない?」

「笑ったりしませんよ!」

「……好きな人のお嫁さんになる事。だけど好きだった人には振られたし、それにもう無理ね。殆どの男は私のこと怖がるもの。夢のために努力したのに、逆に自分で夢を叶わなくしちゃったの。馬鹿よね、本当に馬鹿」


 勇者くんの顔が見れなかった。私もあいつと同じ様に、この子に、勇者くんに嫉妬して酷い事したわ。

 本当、なんなのって感じよね。こんなに性格悪くちゃそりゃ振られたって仕方ないわ。……わかってる、全部私のせいだったなんて。このままの私じゃ駄目なんだって。こんな私の事を好きになってくれる人なんて、そんな都合の良いものはこれから先もきっと現れないわ。だから私はこのまま一人で生きるか、誰かに愛されるために自分を曲げるしか無いのよ。


「……あの、メイさん」


 しんと静まりかえった空気の中、勇者くんはぽつりと呟いた。


「……何?」


 安っぽい慰めの言葉ならいらないけど。


「この戦い、いえ、話し合いが無事終わったら、俺の故郷に来てください」

「何でよ」

「メイさんに、俺の作った花屋を見て欲しいんです」


 その声はやっぱり弱々しかったけど、今までとは少し違って芯の強さみたいなのが見えた。


「俺、メイさんにお店の中で一番綺麗な花を差し上げます。それをブーケにして、結婚式で使ってください。貴方のこと、本当に好きになってくれる人との結婚式で」

「……そんな奴いるわけないでしょ。無理だって」

「自分のままで生きることを諦めないで下さい!」


 胸の奥の方がびくっと震えた。


「俺は自分の信念を曲げないまま夢を叶えます。……そして、それができるって証明してみせます。貴方に、それから他のみんなにも!」

「……そういうかっこ良い事はさ、言葉に相応しい男になってから言ってよね」

「……すみません」


 はにかみながら謝る勇者は、次の瞬間びっくりするほど精悍な顔つきになって魔王の部屋の扉に手をかけた。


「それじゃあ行きますよ!」


 開かれた扉の向こうに、一瞬、色とりどりに咲く花と、その花を一生懸命世話する頼りない勇者くんの姿が見えた気がした。

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