♯4 ベッドの上の誘惑②

(——いやいや、喋りながら寝ちゃうって、そんなことある!?)

 衝撃的な光景だった。ちょっと自由すぎる。あと無防備すぎる。

(まじか……こんなの眠り姫じゃん……)

 長いまつげは下を向き、すうすう寝息が控えめに聞こえる。

(ああもう、先輩かわいすぎるだろ……)

 皇は巴にそっと近づくと、その頭を優しく撫でた。起こさないように細心の注意を払い、同時に自分の邪念も払い、さらさらの髪の上で手を滑らせる。


 思春期男子の頭の中には襲えとけしかける悪魔もいたが、紳士な天使が成敗してくれた。あーでも頬に軽くキスするくらいなら……と見苦しく抵抗する悪魔だったが、寝込みを襲うなんて最低だとして天使に消し飛ばされた。この術式……邪去侮の梯子か!


 そうして平和が訪れた脳内で、皇は心に沈んだ言葉の意味を考える。


 ——対等な関係じゃないよね。


 あれは、どういうことなんだろう。その意味をしばらく考えるが、

(やっぱり先輩が可愛すぎて僕には釣り合わないってことなんじゃないのかな——)

 巴の寝顔は皇の手の届く距離にあり、心臓がずっとバクバク騒がしい。彼女への想いが飽和しそうになって、ああ、と皇は思い至った。

(ああ、これだ……。これなんだ。僕が先輩を好きすぎるから——)

 だから対等じゃ、ない。


 恋愛は好きになった方の負け、という言葉を思い出す。


 好意を寄せている相手には嫌われたくないから、つい下手に出てしまう。好かれたくて、顔色をうかがってしまう。

 そこまで卑屈じゃなくて、露骨じゃなかったとしても、そういった側面は確かにある。


 もちろん相手が好きだから相手のことを優先し、お願いを聞き、言う通りにするという純粋な気持ちもあるだろう。無償の愛というやつだ。ただ、全部が全部そうではない。相手に合わせ、心をすり減らし、それでも好きだから——そうして本人すら気付かぬうちに段々と疲弊していく。それはとても悲しいことだ。

(自分は——どっちだろう)

 無償の愛か、無理をしているのか。

(——どっちもある、のかなあ)

 そうだ。大半のことは皇が巴を好きだから自分の意思でしていることであり、それを苦に感じることなどない。巴は無理難題を言うタイプではないし、これまで無理をしている自覚はなかった。ただ幸せだった。


 ——だけど、相応しい男になるために。

 ——先輩の彼氏になるために。


 。それが重いということだろうか。

(でも、勉強も筋トレも半ば習慣になってるし、個人的には無理してる感、やっぱりないんだよなあ。————あ)


 ——三船先輩は?


 先輩は無理してる? 無理させてる? ——皇は巴との会話を思い返す。


 ——毎日会いたいって言ってくるじゃん。

 ——そういうところ重いんだよなあ。


(……やばい。無理させてるかもしれん!)

 巴は嫌なことは嫌と言う(たぶん)。さっきのも冗談めかしていたから、皇は考えもしなかった。ただ自分が会いたいから会いたいと言っていた。そこに問題があるとは思いもしなかった。だけど、振り返ってみれば——2日連続で誘いを断られたことはなかったように思う。もし理由があったとしても、何度も断るのは悪いという心理が働く。少し無理をしてでも会ったほうがいいかな、という気にさせる——。


(ああ、それじゃあだめだ。先輩はかわいい。かわいい先輩に無理はさせられない!)


 その過保護な思考がすでに対等さを欠いていたりするのだが、それには皇は気付かない。


 ただ、気付いたこともあった。自分だけ熱が高いと、相手に無理をさせてしまう。今は少し温度差があるから、自分の熱は抑えつつ、先輩を温めていかないと。そうすれば、いつか対等に——。


 皇の目の前には、寝返りを打った巴の背中がある。長い髪に半分隠された、華奢な背中。自分も横になりながら、その背中を——皇は軽く抱きしめた。巴の身体は柔らかい。癒し効果のある体温を感じる。髪の毛からはよく分からないほどいい匂いがして、だけどかなりくすぐったい。

(わー、やってしまった)

 あの天使はどこへ行ったのか。いや、目の前にいる巴こそが今この瞬間、皇にとっての天使なわけで——

 やかましい、と巴の声で幻聴が聞こえ、皇は同意なく密着してしまった事実に今更ながら慄いた。

(でも、ぎゅってするだけだから——)

 先輩許して、と皇の切なる願いが通じたのかどうか。うーん、と巴は一声唸って、背を向けたまま振り向きかける。薄目が開いて、ちらりと見られた。怒られるかな——。皇は内心で身構えたが、

「ここから先は、有料です」

「——わかりました!」

「まじか……」

 そう呟きながら巴は目を閉じ、首の向きが戻っていく。また寝息が聞こえ始めた。

(——まさか、まさか先輩をぎゅってしながら寝られる日が来るなんて!)

 皇は感動に震えながら、あれ、でも寝ながら抱きしめるって相当難しいな、と悪戦苦闘し始める。片方の腕は胸やお腹に回すとセクハラになっちゃうし、もう一方の腕は上に伸ばしておくしか居場所がない。

(先輩が寝ちゃうなら腕枕してあげたかったな……)

 それはそれで徐々に腕が痺れてくるのだが、その事実を皇が知るのはもう少しだけ先の話である。

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容姿だけが取り柄の女子高生・三船巴の華麗でない日常 千日越エル @over1000days

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