♯3 ベッドの上の誘惑①

 本日、巴はこうの自室に連れ込まれている。いや、変な表現をしたが、実際にはお邪魔しているだけである。


 仮の彼氏彼女とはいえ、もう巴は皇に結構気を許していて、彼のベッドに寝転びながら声をかけた。

「皇くんさー」

「せ、先輩がベッドの上に……! 僕に襲われたらどうするんですか!!」

「襲わないでよ。でさー」

「う……なんですか?」

「正式に付き合うって、今と何が違うと思ってる?」

「それは——なんですかね、独占権……とか……?」

「おお、独占権。そうきたか」

 納得したような反応を見せ、仰向けに寝そべったまま伸びをして、巴は天井を眺めた。

「——えーと、つまり?」

「つまり、今よりもっと先輩を独占できちゃうってことですよ。仮だと毎日会いたいとか言いにくいけど、正式に付き合ったら毎日会うなんて全然普通のことですよね!」

「えっ。今でも毎日会いたいって言ってくるじゃん」

「まあ、言ってますね……」

「そういうところ重いんだよなあ」

「え、ちょ、まって先輩。直します! 軽くなりますから!」

「軽くはならんでいいけども。一途なのは皇くんのいいところだし」

「で、ですよね!」

「でもさ、一途な人って飽きるのも早かったりするよね」

「僕は飽きません!」

「フッ。そう言って、みんな離れていったのよ……」

「先輩は恋愛経験豊富だった!?」

「って師匠が言ってた」

「なんだ師匠か。ん? 先輩、師匠がいたんですね」

「そうなの。恋愛の師匠でね。あることないこと教えてくれるの」

「それは大丈夫なの……」

「皇くんと付き合えたのも師匠のおかげなんだよね」

「素晴らしい師匠ですね!」

 そう、巴は朱里あかりに感謝している。あの日、背中を押してくれて。彼氏を作れと言ってくれて。あともう一人いた気もするけど、まあいいとしよう。

 巴が自称大学生の記憶を雑に扱いながら横に寝返りを打った途端、皇と目が合った。むう、ずっと私を見ていたな――。巴の頬にちょっと赤みが差す。

「さっきの質問。先輩はどうなんですか?」

「さっきの質問?」

「正式に付き合うのは何が違うのかってやつですよ」

 巴は上半身を起こし、ベッドの上に座ったまま酷薄な笑みを浮かべてみせた。

「聞きたい?」

「やっぱりいいです……」

 皇は何かを感じ取ったらしい。賢い子だ、と巴は再び寝転がった。なんか眠くなってきた。このまま寝ちゃおうかな(男女の営み的な意味ではなくて)。——巴は目を閉じながら、口だけ動かす。

「あのさ、私たちって対等な関係じゃないよね」

 皇は私を好きすぎる——。それは嬉しいことだが、巴にはプレッシャーでもある。

「それは——確かに、まだ僕は先輩に相応しくないかもですが——」

「あーごめん。違うの。そうか。そう受け取られても仕方ないか……。あのね、ごめんだけど、そういうんじゃなくて——」


 言いながら、彼女は眠りに落ちた。

 午後の睡魔の誘惑を拒まず受け入れて、驚くほど鮮やかに。

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