第10話 覆い被さる女性

 僕は今まで心霊現象とは無縁の人生を送ってきていた。初めは見えるのも悪くないかもと思っていたが、ここ最近は嫌な思いばかりしていてうんざりしてきてしまった。


 もう元の体質に戻るという事はないのだろうか。


 先日お世話になった山田さんに相談してみた。山田さんはお話好きの方で顔も広く物好きな方なので、何か良い情報を持っているのではないかと期待したのだが。


「何かきっかけになった原因とかはないの?」


 と、聞き返された。


 考えられる原因としては、僕の指導係になった先輩が霊感が強いということだ。霊感の強い異性と付き合うと霊感が強くなるという話があるらしい。


 ここ最近、毎日のように顔を合わせているので、なんらかの影響を受けてしまい霊感が芽生えてしまったのかもしれない。


「じゃあきっとそれが原因ね」


 と、あっさり返されてしまった。


 なんという不運なのだろうか。たまたま就職した会社で、たまたま配属になった店舗に、たまたま霊感の強い人がいて、その人がたまたま指導係になるという。


 なんという引きの悪さなのだろうか。一体どんな確率でこんな最悪な結果が生み出せるというのだろうか。おそらく今年就職した人間の中で最強クラスの運の悪さだろう。


「知らねーよ。俺と一緒にいたからって霊感が強くなったって話、聞いた事ねぇーし」


 先輩に愚痴った時はなんとも素っ気ない返事が返ってきた。言うだけ無駄な気がしてここ最近は諦めている。


「お祓いにでも行ってみたら」


 霊感ってお祓いで祓えるものなのだろうか?


 先輩に何を言っても無駄そうなので取り敢えず、僕はお祓いというものをしてもらうことにしたのだが、今思うと行かなければ良かったと本当に思う。


 あんな体験をすることになってしまうなんて、、。


 少し早めの夏休みをいただいた僕は、山田さんに聞いたとある神社を訪れてみることにした。

 車で片道1時間、距離としてはそれ程遠くはないのだが、車通りの無い山道を延々と走ることになったので、本当にこの道で合っているのだろうかと何度も思った。


 しかし、目的地に到着すると意外と多くの人が訪れていたようなのでビックリしてしまった。


 祈願成就と書かれていた。


 いや、これ普通に合格祈願とかで来るとこなんじゃね?と思ったがせっかく走りづらい山道を来たんだし祈祷してもらう事にした。


 半信半疑のまま境内に入って行くと、十名近い方がその場を訪れていてその方々は一様に沈痛な面持ちをしていた。


 やっぱりそういうところなのかなと思い、その方達の後について行く。


 沈痛な面持ちをしているってことは合格祈願とかではないのだろう。僕と同じような悩みを抱えているということなのかもしれない。


 そんなことを考えながら他の方々の様子を伺いながら視線を忙しなく動かしていると、先頭の方が入り口付近で、巫女さんと二言三言会話を交わすと中に入るよう促されていた。


 もしかしたらここで合っているのかもしれないと思い、きっとなんとかして貰えるのかもしれないと期待に胸を膨らませた。


 中に入ると紙を渡され相談事を記入するよう促された。初めての経験だっただけになんて書いたらいいのか、どう表現したらいいのか悩んでいると他の方々は記入を終え、どんどん本殿の方へ入って行ってしまった。


 最後になってしまった僕は興味本位で他の方がどんな事を書いているのか見てしまった。

 どう書いていいか分からないので、参考になればとの軽い気持ちでのことだったのだが、見てからかなり後悔することになってしまった。


「事故で亡くなった妻が毎日のように枕元に立ちます。まだそっちには行きたくないと伝えてもいなくなってくれません」


「なかなか彼氏が出来ません。未練を持った前の彼氏が生き霊となって憑いているんではないでしょうか?」


『一、、、死のう、、、生きて、、』


 えっ!!っと思った。かすれたような声だったのでよく聞き取れなかったが、何か聞こえたような気がしたからだ。


 僕は一番最後だったので周りに誰かいたはずはない。誰かがいたのなら他の方の書いたものなんて盗み見たりなんてしてない。


 あの時、間違いなく周りに誰もいないことを確認していた。


 うっわぁー、マジかぁー、これは気持ち悪い。多分聞いてはいけないようなものが聞こえてしまったと思った。


 驚きで声を上げたくなる気持ちを必死で堪え、平静を装い自分の状況を手早く用紙に記入しその場を後にした。


 本殿に入ると白髪の綺麗な身なりをした男性、金髪のバッチリメイクを決めた派手な身なりの女性、その他に10人くらいが着席していた。


 僕は先程の声の主を探すべく隅々まで見渡したが、特に何も見当たらなかったので胸を撫で下ろす。


 そうしている間に神主さんが入ってきてお祓いが始まった。


 しかし僕は見てしまった。お祓いが始まる前にある方向を見たあとに、神主さんが驚きの表情を浮かべたところを。


 その方向に目を向けると白髪の男性が座っていた。


 特に変わった様子は見られない。


 なんだったのだろうと疑問を抱きながら、お祓いを受けていると差し込んできていた日差しが厚い雲に遮られたのだろう。室内が影で覆われていく。


 そこで神主さんが見たであろうものが僕にも見えてしまった。


 白髪の男性の背中に白髪の女性が覆い被さっているではないか。


 厚い雲はすぐに通り抜けたようで、また明るくなるとその女性の姿は見えなくなった。


 うわっー、今の絶対見えちゃいけないものだったろ。やっぱり来なきゃよかったと思った。


 今のは一体なんだったのだろうかお祓いをしてもらいに来たというのに、あの女性のせいで頭は混乱し集中することが出来なかった。


 今日ここに来たことに、意味はあったのだろうか。


 そして、外に出ると完全に来るべきではなかったと確信した。


 外では数名の女性の集団が何やらヒソヒソと立ち話をしていた。4、5十代の女性の集団と思われる。その女性の集団の脇を通り抜けようとした時に、急に話しかけられた。


「あなたも見えていたんでしょ?あの白髪の男性、ちゃんとお祓いできたのかしらね」


 その集団の中の一人の方が、白髪の男性のすぐ後ろにいたらしく、白髪の女性が白髪の男性の耳元でずっと言っている言葉が聞こえてきていたそうだ。


「一緒に死のうと言ったのに、、なんでお前はまだ生きているんだ、、」と、、。


 それってもしかしてあの時、聞こえたやつ?


 しかも、その女性の集団の方々は皆さんかなりお強い霊感をお持ちらしく、聞いてもいないのにご丁寧に講釈してくれたのだ。


 白髪の男性は交通事故で妻を失ったらしいのだが、慰謝料と保険金で今は何不自由のない生活を送っているのだそうだ。


 何だかものすごーく疑念が残る、それは本当に事故だったのだろうか?


 本当に余計なことを教えてこないで欲しいものだ。


 というかこの人達は他人が霊に取り憑かれているのを見て、楽しそうに語っているのはどういう理由からなのだろうか。


 この方々は本当にお祓い目的で訪れている方達なのだろうか。甚だ疑問である。

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新米薬剤師のちょっと怖い心霊体験 加藤 佑一 @itf39rs71ktce

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