第9話 曇りガラスから覗く首

 これは月に一回高血圧のお薬を貰いに来られている方の、実家のお片付けをボランティアすることになった時のお話です。

 

 その方、山田さん(仮)は60代の女性の方で三女としてお生まれになったそうだ。つまり上に姉が二人いるという事になる。


 10年以上前に母親を亡くしてから、姉二人は完全に実家とは疎遠になっているのだそうだ。

 何でも父親はかなり厳しい方だったそうで、特に姉二人にはかなり厳しかったそうだ。なので二人とも父親が大っ嫌いで葬儀にも参加しなかったそうである。


 山田さんのご実家は広い庭付きの大きな日本家屋のご自宅で、リノベーション物件として人気が高いそうである。

 早く片付けて処分してしまいたいのだが姉二人が全く手伝おうとしないので、全然片付けが進んでいないのだとか。


 10年以上もこの大きな庭付きの日本家屋に、一人で住まれていたのかと思うと何だか寂しい気持ちでいっぱいになる。


 早速、次の休日にお伺いすると快く迎え入れてくれた。


「助かりますー、うちの男どもは腰が痛いから重い物は持てないだとか何だとかで全く役に立たないんですよ」


 お邪魔してみるとお亡くなりになられてからかなり月日は経っているというのに、片付けは全然進んでないようだった。


 1階2階と合わせ10部屋近くあるようだが、ほとんどが最近は使われていなかったようで、埃だらけでカビ臭い部屋となっていた。

 2階には部屋が四つありそのうち三つの部屋が、ガランとしていて何も置いていない部屋だった。一つはベットが置かれていたがこの部屋も最近使ったような形跡は見られなかった。


 昔は三姉妹がそれぞれ一部屋ずつお使いになられていたらしいのだが、今は全く何も置かれていない部屋となっていた。

 使ってないのであれば物置になっていてもおかしくないのだが、全く何も置かれていないということは、いずれ戻ってきて使うかもしれないと想定していたのだろうか。


 またなんだか寂しい気持ちになってしまった。


 そしてもう一つの部屋のベットルームに入ると、大きなベットが二つ並べられていた。べットの隣にはこれまた大きな鏡台が置かれている。


 最近は膝の痛みが辛いこともあって2階は使っていなかったようだが、この部屋もいつから使われなくなったのだろうか、豪華すぎる家具が何ともいえない物悲しさを醸し出していた。


 ボランティアに来ていたのは僕だけではなく地区の善意の方が数名来られていたので、その方と協力し大きな家具を一階へと下ろしていく。


 見た感じ一階の居間と書斎と水場くらいを使用していただけで、他は使われていなかったようだ。

 誰もが大きな家に憧れを持つが、独り身には何とも虚しい空間になっていたようだ。


 僕は大学は都会に出ていて一人暮らしをし、最近地元に戻ってきたので引っ越しをしたばかりだった。

 なので何をどういうふうに片付ければいいのか最近したばかりなのである程度慣れている。


 書斎にある本やレコードなんかは高く引き取ってもらえたりする。最近はネットで依頼し引き取りに来てもらい鑑定してくれたりするので、比較的簡単に売って処分する事ができると伝えると是非依頼したいとのことだった。


 僕はスマホを操作して買取依頼をする。


「これで大丈夫です。後日段ボールが届くのでそこに詰めて送るだけです」


 そう言うと『若い人がいると助かるわー』と、大変感謝された。そんな感じでお手伝いを進めているとあっという間に暗くなってきてしまった。


 居間に通され簡単なおもてなしを受けていたその時だった。それはなんの前触れもなく起こった怪奇現象だった。


 その家は居間から庭が見えるようになっているのだが、庭に出入りできる180cmくらいのガラス張りの引き戸があって、その上にも30c mくらいの曇りガラスの引き戸がある造りになっていた。


 その曇りガラスの窓に対し、水平方向に首が伸びてきているような影が見えていたのだ。

 曇りガラス部分に見えているので表情まではわからないが、多分髪の毛だと思うが顔の上部分に黒い輪郭が見えていて、目と思われる黒い点が二つ見えていて、唇の部分は少し赤みがあるように見える。


 上から垂れ下がって覗いている訳でも、下から伸び上がって覗いている訳でもなく、壁側に足場を組んで四つん這いになって、横から覗いているんじゃないかと思えるような格好で覗き込んでいる女性の首があった。


 女性だと思ったのは髪の毛が下のガラス戸にサラサラと垂れてきていたからだ。


「もしかしてあれ見えるんですか?」


 急に声をかけられ思わず『ビクッ』と、なってしまった。


 僕に話しかけてきたのは山田さんだった。


 詳しく聞いてみると時々覗いている姿が見えるらしいが、山田さん以外誰も見えないんだとか。

 確かにこの場には数名いるが、これほど不気味な現象が起こっているというのに誰一人として僕と同じような反応をしている者はいなかった。


 特に何かする訳でもなく、ああやって時々中の様子を覗いてくるらしい。


 初めてその姿が見えた時はかなりビックリしたが、特に何も実害を起こすようなことはしてこないで、覗いているだけなんだとか。


 特に何も無いなら気にすることもないなと思いそのままにしているんだとか。


 その後山田さんのご実家はすぐに買い手が見つかったそうだ。


 ちなみに僕は山田さんからあの日に見たものは、内緒にしていて欲しいと固くお願いされていた。


 何も知らずに買われた方は大丈夫なのだろうか。何も起こらないことを祈るばかりである。

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