事件シリーズ とろけたホスト

龍玄

とろけたホスト

 「拓哉、何しているんだ⁉」

 拓哉の父親が目にしたのは、人が入った寸胴を見守る息子の姿だった。

 拓哉の父親は、拓哉の彼女に強く誘われ居酒屋に連れていかれていた。その間に拓哉は、自分の犯した罪の隠蔽に勤しんでいた。

 阿辺拓哉は埼玉でボークンという店でホストとして勤務していた。ボークンのオーナーは、ホスト界では凶暴さで有名な槌田正道だった。槌田は、キャバクラも経営していた。キャバ嬢の殆どが槌田の女だった。それをいいことにキャバ嬢にノルマを課すが給与は殆ど払わない悪行を暴力と威嚇で成し遂げていた。

 ホストクラブでも同じだった。槌田は、その日の気分で何かと従業員に因縁をつけ、罰金を課していた。ある時、プレイヤーでもある自分より売り上げを上げたNo.2を朝礼で名指しし、ニコッと笑ってテーブルの上にあった分厚いガラスの灰皿を手に取り、No.2の顔をぶん殴った。No.2は頬骨が折れ、目元が腫れあがった。またある時は、水槽で飼っていた巨大なアロワナという魚をナマで食べろと命じたり、犬の糞を従業員の口に捻じ込んだこともあった。また売り上げが落ちた店長を呼び出し、落とし前に指を詰めろと恫喝。槌田の暴力は日常茶飯事で、店は独裁国家そのものだった。

 槌田の行動は反グレそのものであり、その界隈の繋がり・報復もあり、従業員は逃げられないで服従するしかなかった。もし、逃げようとすれば自宅まで押しかけ、暴力と恫喝で蹂躙していた。

 槌田の経営する地域では客引きのキャッチが禁止され、売り上げに大きなダメージを齎していた。ある日、槌田は阿辺に拉麺代を払わそうとしたが持っておらず恥を搔かせられたと因縁に思っていた。そこで槌田は阿辺にキャッチを命じた。阿辺は槌田の命令に従うしかなかった。案の定、逮捕された。その責任は、店にも及び、休業を余儀なくされた。

 警察から拘束を解かれた阿辺は、変える場所がなく恐る恐る槌田の店に戻った。住居が特定されており逃げられなかったからだ。店に戻った阿辺は槌田に呼ばれた。そこで阿辺は槌田から「えらい損害や。お前の責任だから弁償しろ」と店の改装費用を含めた一千万円を請求された。

 阿辺に払える額ではなく、払うべきものでもなかった。そんな論理は槌田には通じなかった。阿辺は、自暴自棄になり槌田を亡き者にする決意を彼女に明かしたが、思い直すように諭された。阿辺の決意は揺らがなかった。

 店の上司にあたる源池源一は、阿辺拓哉の様子が可笑しいことに気づいていた。源池は、阿辺を呼び出した。呼び出された阿辺は自分の思いがばれていると針の筵に座らされている思いで出向いた。そこで、阿辺は思いがけない言葉を掛けられた。「俺も槌田さんには我慢できない。あいつを手に掛けないか」というものだった。

 源池と阿辺の根深い思いが一致し、源池が槌田を呼び出し、阿辺が実行することで話はまとまった。その際、暴力で劣る阿辺のために源池は反社に通じる者から拳銃を調達し、渡した。

 槌田の瞳孔はいつも見開き、薬に手を出しているという噂は絶えなかった。   

 予定通り源池は槌田を呼び出した。そこには阿辺がいた。槌田と向き合った阿辺は槌田の胸に至近距離から二発発砲した。

 阿辺には遺体の処理方法を何かで見て覚えていたものがあった。それを実行に移した。動かなくなった槌田を車で自宅まで運び、前もって用意しておいた寸胴に押し込んだ。そこに通常の濃度の95倍もの強力なパイプクリーナーを流し込んだ。パイプクリーナーは阿辺の彼女が買っておいたものだった。

 当日、家にいた父親を彼女を使い連れ出させ、その間にラーメンの出汁を作るようにコトコトと何時間も煮込んだ。体の殆どが溶け始めた頃、父親が帰ってきた。阿辺の父親は、その悍ましい状況を見て絶句した。阿辺はこうなった事情を説明し、「頼むからこのまま続けさせてくれ」と父に懇願した。

 このままでは息子は犯罪者として捕まる。息子の受けた理不尽さへの怒りと息子を助けたい思いが交差し、父親は拓哉の要望を聞き入れ、リビングに向かって作業が終わるのをただ待つしかなかった。やがて、槌田の体は大きな骨以外とろとろに溶けた。コロイド状になったものは、少しづつ掬い取り、下水道へと水と共に流した。残った骨は川に流し始末した。本来、寸胴を川辺に運び流せばよかったが余りの重さにそれは叶わなかった。

 槌田正道は日頃の行いから身の危険を感じていた。近しい者に一日連絡がなかったら警察に連絡するように頼んでいた。連絡が取れなくなった槌田の家族は警察に通報した。

 警察が動き始めたが槌田の体は溶けてなくなっていたため、遺体なき殺人として捜査は難航した。警察は、槌田の素行の悪さからその犠牲者への事情聴取を行った。源池や阿辺も受けたが口を割るわけがない。

 警察は監視カメラや槌田の足取りを洗い出した。そんな中、阿辺の実家の水道使用量がいつもの約三倍になっていることを警察は突き止めた。一体何のためにこんなに大量の水が必要だったのかと捜査を進めた。警察はそれが手掛かりに成るかも知れないと阿辺の実家の敷地内の汚水槽を捜査した。そこで発見されたのは、人間の顔の骨らしきものだった。しかし、劣化が激しくDNAは検出できなかった。だが、骨とは別に見つかった物があった。小さなネジだ。そのネジはインプラント手術で顎の骨に埋め込まれるもので、直径4.1㎜、長さ7㎜。チタン合金のため超強力なパイプクリーナーでも溶けることがなかった。警察はこのネジの出所を捜査した。このネジが槌田の物とは断定しがたく、同型のネジは当時全国で599本使用されていた。警察は、全国の歯科医院を巡り、一本一本潰していった。そして、槌田に辿り着いた。


 事件から三年後に関係者全員が逮捕された。そこで悲報が届く。逮捕された源池源一は裁判の判決を待たずに立川拘置所内で首に靴下を巻き、自害したというものだった。

 阿辺に関しては、完全犯罪を狙った極めて悪質な本犯行であり非常に高い計画性があったとして、求刑懲役25年に対し、懲役20年が言い渡された。拳銃を渡した男も共同正犯として懲役20年が言い渡され、その他の者は執行猶予付きの判決が言い渡された。遺体を溶かした後の処理が完全なら迷宮入りしていた案件かもしれない。因果応報とは恐ろしい恨み節の集積場かも知れない。

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