クライオニクスのその前に。

五色ヶ原たしぎ

クライオニクスのその前に。




 青ざめていく春を見ていた。

 股の内側を這わせる手に、ひんやりとした君の体温が伝う。

 灼けるような赤は首筋にあった。

 それは心臓の名残をたしかに映していて、今もなお鼓動が脈打つような錯覚を与える。


 青ざめていく春を見ていた。

 どこかうっそりとした君の、だらりと垂れた長い舌の上にも、青ざめていく春が静かに咲いていた。


 つい先ほどまでの喧騒や煩わしさが、なにもかも嘘になって沈黙の上にのしかかっている。


 ぼくは君の声を奪った。つまり裏を返せば、君が失ったのは声だけだった。肢体はまだ、愛おしき柔らかさを保っている。すれ違ってばかりいた頃には気づけなかった、いきものとしての香りが鼻先をくすぐる。


 ぼくは誓った愛を確かめるための場所に、迸る激情を何度も注ぎ込んでいた。よく手入れされたその髪を愛でながら、君のからだを力いっぱいに抱き寄せる。少しくらい嫌な音がしても、一向に構わない。


 これまでの過ちを清算するための時間が、ぼくたちには必要だった。いつからか純潔が過ぎて、白濁してしまったように思う。何よりも守るべきはずだったものは、時の流れに移ろうことをやめなかったから。


 青ざめていく春を味わう。

 舌先で君を愉しみながら、最初からこうすれば良かったのだと思い至った。ぼくはただぼくの正しさに純朴で、君を愛するのに誰よりもふさわしかった。


 ただひとつ悲しみがあるとしたら、君と子供を設けられない事実だろうか。つまりぼくが失ったのは、遠くない未来に訪れるはずだった幸福な家族風景だ。想像をめぐらせると、やはり少しだけ胸が締め付けられる。


 けれどもぼくは、決して君を責めたりしない。君がぼくの未来を奪ったのは事実だけれど、それでも。


 青ざめていく春を見ていた。

 君と添い遂げる強い覚悟が、揺るぎない熱を生んでまたぼくを滾らせる。本当にどうか、どうか安心してほしいんだ。ぼくがどれだけ傷ついたとしても、ぼくは君をずっとしあわせにするから。




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クライオニクスのその前に。 五色ヶ原たしぎ @goshiki-tashigi

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